11. 嫉妬
あのガーデンパーティーから数日。
オフィーリア宛にキャロラインからお詫びのプレゼントと心のこもった手紙が届いた。
素敵なドレスと靴とアクセサリー一式。
泥でダメにしてしまったドレスの代わりだという。
プレゼントも素敵だったが、オフィーリアはキャロラインの気持ちが嬉しかった。
それ以降、キャロラインとオフィーリアは友達になった。
時々お互いの家を訪問してお茶を飲んだり、街へ出てショッピングを楽しんだりして友情を育んでいった。
娯楽のない田舎育ちのオフィーリアにとって、キャロラインと過ごすひとときはとても新鮮で楽しい時間だった。
ニコラ夫人がそうであったように、キャロラインもまたオフィーリアの魅力の虜になった。
もともと末っ子で甘やかされて育ったキャロラインだったが、根は素直なお嬢様だ。
会えば会うほどオフィーリアにのめり込んで行き、日々オフィーリア愛を炸裂させていた。
ここまでは良かった。
オフィーリアに貴族令嬢の友人が出来た。
ここまではバーンホフ家の面々も微笑ましく思っていたのだが…………。
ある時キャロラインは、ショッピングの待ち合わせに兄を伴って現れた。
「兄のロバートよ。荷物持ちにしちゃおうかと思って。うふふ」
「初めまして。キャロラインにいつも君の話を聞かされているよ」
穏やかに微笑みながら、これはお近づきのしるしに……と可愛いミニブーケを差し出した。
ロバートはキャロラインより4つ歳上の優しい兄だ。
アドニスよりもがっしりとした体格で、温かい茶色の髪と黄金色の瞳をしている。
包容力のある素敵な大人の男性だった。
とにかく言動の全てが紳士的で柔らかい。
昔からわがままな妹の世話を焼いてきたので、女性の扱いは手慣れたものだ。
疲れていないか、喉は渇いていないか、暑くないかと気にかけ、いたわってくれる。
アドニスと違って優しいこと!
故郷の兄と違って気が利くこと!
オフィーリアはキャロラインにそっと耳打ちする
「キャロライン、こんなに甘いお兄様がいて、よくアドニス様のような人と婚約する気になったわね」
「顔が好みだったのよね。あと甘い物食べすぎてたまにはしょっぱい物が欲しくなることってあるじゃない?」
なぜかすんなり納得した。
キャロラインもすっかりアドニスのことは吹っ切れたようだ。
3人はその日和やかにショッピングや食事を堪能した。
ロバートはオフィーリアが試着するドレスやアクセサリーを可愛いと褒めてくれた。
アドニスにはいつも罵倒されてばかりなので、嬉しくて照れ臭い。
そんな様子をキャロラインは腕組みをしながらが満足げに眺めていた。
やがてロバートが馬車を呼びに行き、女子二人だけが店に残された。
するとキャロラインがおもむろに切り出した。
「ねえ、オフィーリア。あなたアドニス様とはもう深い関係なの?」
「は! とんでもないわ。いつもポンコツだ、山猿だと馬鹿にされてばかりよ」
「エンゲージリングはもらったの?」
「まさか!花一輪だってもらったことないわ」
キャロラインはそれを聞くと、予想通りだと言わんばかりに頷いた。
「やっぱりね。ねぇ……オフィーリア」
キャロラインは真剣な顔でオフィーリアの手を取る。
そしてものすごい爆弾を投下した。
「あなたアドニス様との婚約を破棄してうちの兄にしない?」
「えっ……………………!」
そう。キャロラインは例の一件以来、すっかりオフィーリアの信奉者となっていた。
そしてオフィーリアが好きすぎるあまり
(毎日一緒に遊べたらいいのに)と思い、さらに
(姉妹だったらなぁ……毎日一緒にいられるのに)になって、
(ハッ………………!)思いついてしまったのだ。
……姉妹になれる方法を。
アドニスは家柄と顔だけは良いが性格が最低だ。
オフィーリアも辛い思いをさせられるかもしれない。
かつての自分のように。
ロバートはいつも自分のわがままを聞いてくれる。
常に穏やかで優しい。
オフィーリアのことだって絶対に大切にしてくれるはずだ。
考えれば考えるほど素晴らしいアイディアのように思えた。
オフィーリアと同じ屋根の下で暮らす……
毎日がお泊まり会だ。毎日がお茶会だ。
ああ、想像しただけで夢みたいだ。
「ねっ? ねっ? いいと思わない?」
キャロラインの熱いプレゼンは続く。
「それで、結婚後は兄と寝室が一緒になるとしても、婚約期間中は私の部屋で一緒というのはどうかしら」
何がなんでもお泊まり会にする気満々のようだ。
キャロライン自身の結婚はどうするつもりなのだろうか。
(確かにロバート様は優しいし、大人だし、素敵な男性だとは思う……けど)
キャロラインの家の馬車でバーンホフ邸まで送ってもらう。
馬車を降りる際、ロバートが紳士らしく手を差し出した。
そして馬車を降りると…………ロバートはオフィーリアの手に口づけをしたのだった。
意味ありげな眼差しでオフィーリアを見つめながら。
さらには「キャロラインとお揃いにしておいたから使ってね」と言って可愛らしいネックレスまでプレゼントしてくれた。
…………この様子は玄関掃除のフリをしながらこっそり観察していたミアにより、すぐさまニコラ夫人に報告された。
「なんてことなの!!」ニコラ夫人はショックを隠せなかった。
「色っぽい眼差しで秋波を送ってましたよ! 思わず私までドキッとしました」ミアの顔が赤い。
これは由々しき事態である。
「まずいわ。このままではあの娘を奪われてしまうかもしれない」
なんと言ってもアドニスは23回も婚約を破棄されているのだ。
精神的に未熟で、情緒レベルは8歳児並みだ。
女性を口説くことなどできるはずもない。
いっそオフィーリアが顔と家柄で男性を選ぶような打算的な女の子だったら良かったのにと夫人は思った。
今のアドニスには勝ち目はない。
彼はオフィーリアに対してちっとも優しくないではないか。
もう何ヶ月も一緒に暮らしているのにプレゼントの一つも贈ったことがない。
それに対してロバートは初対面で花束、ネックレス、手に口づけの三大クエストをクリアした強者である。間違いなく恋愛上級者だろう。
早速アドニスを呼びつけ、厳しく叱責した。
アドニスは母の小言を適当に聞き流していたが、
『ロバートが色っぽい眼差しでオフィーリアの手に口づけを』
のくだりを聞いた途端苦虫を噛み潰したような顔になった。
「アドニス、お前はオフィーリアのために何かをしてあげたことがありますか?」
………………なかった……かも。
「いたわってあげたことがありますか」
………………ない。
「プレゼントや花を贈ったことがありますか」
………………ねえよ。
「美しい、かわいい、好きだ、愛してる……と言ったことはありますか?」
………………あるわけないだろ。
「このままオフィーリアがロバートに恋をしてしまったらどうするのです!」
不愉快になったアドニスは逆ギレした。
「は? 知らねえよそんなこと! あんなポンコツが誰を好きになろうが俺には関係ない!」
自分はオフィーリアになんか興味ない、興味ない、興味ない……。
アドニスは自分に言い聞かせた。
手に口づけされた時、オフィーリアはどんな顔をしていたのだろうか。
嬉しそうに頬を染める様子を勝手に想像してイラつく。
気になってしまう自分にも腹が立った。
そんな最悪な気分の時、廊下でばったりオフィーリアに出くわした。
オフィーリアは手に可愛らしいミニブーケとネックレスを持っていた。
「…………それ」
「はい? あ、これですか? 可愛いでしょう?」
オフィーリアがにっこり笑ってブーケを見せる。
ーーなぜかその笑顔が無性に癪に障った。
「別に見せてくれなくていいよ。興味ないからそんなもの。お前にも」
アドニスは冷たく言うと、プイと顔を背けて行ってしまった。
「キャロラインごめんね。 だけど僕とオフィーリア嬢は多分無理だ」
その晩、自宅のラウンジでお茶、ロバートはお酒、を飲みながらくつろいでいたら突然切り出された。
「お兄様! どうして!? 彼女の何が気に入らないの?」
「そうじゃなくてオフィーリア嬢の方に全く脈がなくてさ」
「なんでそんなことわかるの!? まだ会ったばかりじゃない!」
ロバートは口ごもる。
「そ、それは……分かるんだよ」
「そんなことないわ! 二人は絶対上手くいくんだから!」
兄と親友をくっつける気満々のキャロラインを眺めながらロバートはため息をつく。
手に口づけたとき、さりげなくモーションをかけてみたのだがオフィーリアの反応は『無』だった。
(あれは……絶対に想い人がいるだろ)
(でもまあ、いい友達ができて良かったねキャロライン)
とキャロラインに優しい眼差しを送る妹想いの兄なのであった。
ちょうど同じ頃、オフィーリアは自室のバルコニーで星空を眺めていた。
先程のアドニスの言葉が頭から離れず眠れなくなってしまったのだ。
(興味ないからそんなもの。お前にも)
頭の中で何度も繰り返されるセリフ。
わかっていたはずだ。
もともと自分と親しくするつもりはないと言っていたではないか。
だから落ち込むことなんてないはずだ。
それとも自分は何かを期待していたのか。
そんなことを考えているとふと、夜風に紛れて覚えのある匂いがした。
(あれ……。焚き火?)
焚き火の匂いのする方を見てハッとする。
厩舎の方角から煙が上がっている………………?
「ミア!デミィ!馬小屋の方の様子がおかしいの! 私ちょっと行ってくるわ!」
ミアとデミィの寝室のドア越しに叫んで、オフィーリアは寝巻きのまま飛び出して行ったのだった。
あて馬の回




