始まり街ー??
ログイン──したはずだった。
公式で、誰かのゲーム実況…まあ、主にβテスター達の自己配信だが。
…それで見馴れた街“始まりの街”。
青空とテンプレ街の、ありふれた喧騒…それが。それが。
「…え゛っ?プレイヤー…私だけ?なんで…えっ?」
見馴れた筈の街、青空…いや、なんか赤紫色だし。私の瞳の色ぉ…!
戸惑い困惑する私に近付くNPC…
「おや、渡り鳥さんとは珍しい。この街は初めてかい?」
「…えっ?あ、はい…」
焦げ茶色の短髪、ムキムキの上腕二頭筋。長袖シャツを肘の所で捲った紺のサロペット、脛毛とゴツゴツした大きな手、優しそうな“鍛治屋”のおじさんが穏やかな笑みと口調で話し掛けてきた。
現状に戸惑ったままの私に対して男性は気にした素振りもなく淡々と説明していく。
「…?兎に角、お嬢ちゃんが何を気にしているかわからねぇけど…まあ、鑑定してみろよ」
「鑑定…」
私は始まりの街に向けて【鑑定】を使ってみた。
──始まりの街??
世界の裏側の街。始まりと??の悪夢。
混沌の使者たる貴女はこの街から冒険の始まりである。表へと行くにはメインストーリーを進める事だ。
我々は待っている。××は○○○○を…。
「!!?な、な…これ…って。」
「おぅ、気付いたか。お嬢ちゃんが何を知って何を知らねぇのかは知らねぇが…まあ、頑張りな」
「…は、はい」
(一人だけボッチゲーかぁ…。はあ、取り敢えず兄さんにメールだけ送っておこう。)
フレンド登録はまだ会っていないので普通にPCメールで。ポチポチ~。“なんか、一人だけボッチゲーになったー…”と。これでよし。
混沌の使者…今の所はたまゆらだけのようだ。流石UR。開始地点が可笑しい。
『始まりの街』が『始まりの街??』でちっとも読めない。…うん、もっと鑑定のレベルを上げてストーリーを進めろ、と言う事デスネ?分かります。
…たった一人だけで歩く見馴れた『始まりの街』。その行き交う人々は…うん、見事にNPC表記がある。プレイヤーが一人もいない~!
因みにNPC…この世界の住人はプレイヤーの事を“渡り鳥”…冒険者を指す意味とこの世界とは違う世界から渡ってきた鳥…と言う両方の意味でそう呼ばれる。
まあ、特別に親しくなった場合とかは名前を覚えてくれるが。
「…まずは冒険者ギルド。ここから始まるのよね?確か。」
……。
「たのもー!」
西部劇に出てくるような内開きの木造扉を潜って盾に鳥の片翼、剣と杖が×字にクロスしたカッコいいデザインの木造の建物の中は2階建てである。
1階が受付と報酬支払い窓口、それから買い取りカウンターだ。
2階は図書室になっており、そちらには世界地図と周辺の地図、魔物分布や最寄りのダンジョンの位置や情報が載っている。
座って読めるスペースもあるのでなかなかに良い場所である…とたまゆらは思う。
過去、この図書室で幾度となく情報を仕入れたたまゆらとしてはなぜ、調べもせず街の外へと突っ込むのか…理解に苦しむ。
この図書室…無料なんだぜ?いや、流石に穴場とかは載っていないけど。後特殊クエストとかで限定的に出現するダンジョンとかマップとかは載らない。
「冒険者に登録したいのだけど」
「はい、ではこちらにお名前を…はい、結構です」
綺麗な金髪エルフ美女の受付嬢さんににこやかにテンプレ対応される。
因みに声優は立花いのりさんで癒し系美少女ボイスのアイドル声優、こうしたゲームのキャラクターやアニメ作品とかに頻繁に出演している、まあこの時代の“水樹奈々様”のような存在だ。
歌って踊れる声優で愛らしい26歳の女性。
ENBは他にも大物声優や売れっ子声優を多用していてそちらのファンもがっちり掴んで離さない貪欲さ…嫌いじゃない!!
「では簡単に説明をいたしますね?」
「はい、喜んでー!」
「?喜んで?……んんっ、と、兎に角…説明。しますよ?」
受付嬢の金髪エルフ美女がたまゆらのノリ?圧?に笑顔が引き攣るも、咳払いしてすぐに持ち直したようだ。
甘く優しいお声に酔いしれるように瞼を閉じて聞き入る姿に金髪美女(以下略)はビクッ!と悪寒に背筋を震わせた。
──称号:『モア変態的』を取得しました。
【モア変態的】
始まりの街??で冒険者ギルドの受付嬢を引かせた貴女へと贈られる変態の証。
取得条件:受付嬢を引かせる事(例えば裸踊りする、虫を食べるとか本来あり得ない動作をすれば簡単に取れる)。
効能:特になし
「…変なアナウンスが入ったけれど気にしないわ!」
「気にしてください」
爽やかに呟いたら、低い声・ジト目で言われました。テヘ☆
…。
ENBで冒険者ランクはFからスタートである。
チュートリアルの戦闘、採取、採掘、剥ぎ取り…解体を一通り行えば比較的簡単に昇格する。
因みにランクはF-からF、F+、E-、E、E+、D-、D、D+、C-、C、C+、B-、B、B+、A-、A、A+、S-、S、S+、SS-、SS、SS+、SSS、EXの順に上がっていく。
チュートリアルを終えるまではプレイヤー、NPCの冒険者は全員この“F-”からスタートし、チュートリアルを終わらせると自動に「F」へと上がる。
非売品のギルドカードとタグは-が取れる頃には銅色の渋い色合いだ。
「F」で行けるフィールドは始まりの森と始まりの街近郊の比較的安全な場所のみ。ダンジョンへは入れない。Dランクまでは比較的簡単にサクサクッと上がる。プレイヤーないしNPC冒険者がダンジョンに挑戦できるのがEから。サクサク初心者用フィールド歩きと雑魚相手にある程度レベルアップを図ってからエリア解放に向けて頑張れ、と言うやつである。
早く私もそちらに合流したい。
…と言う訳でチュートリアル戦闘、行ってみよ~!
「え゛!?」
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名称:チュートリアル鼠
種族:チュートリアル鼠魔物
職業:鼠戦士Lv.2
Lv.15
HP:150/150
MP:100/100
ATK:135
DEF:50
AGL:250
ING:100
MID:35
RAK:10
スキル:噛みつきLv.3・爪擊Lv.6・毒攻撃・俊足
魔法:ウインドボール、ウインドランス
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…こんなのが3匹。無理やない?
彼我の距離は500m。俊足持ちが2匹もいる…やだぁ!
チュートリアル草原へ勝手に切り替わるのでもうチュートリアル戦闘に突入している。
呆けている場合じゃない。魔術師プレイがしたい私の面目躍如だ、えーーいっ!!
「…さ、酸の雨よ疾く降れ…酸の雨!!」
初心者用杖を翳して呪文を唱える。
ポツポツ、ポツポツ…と赤い雨が降る。
ザァァーーッッ。
「ギギィッ!?」
「ギャギッ!?」
「ギギィィーーッ!!」
威勢良く突っ込んできた3匹のチュートリアル鼠は3匹揃って酸の雨に打たれその灰色の毛皮を、肉を、骨を、溶かしていった…。
「え゛!?つ、強すぎない…?」
哀れチュートリアル鼠は3匹ともそのHPバーを消し飛ばして行った。
俊足持ちの魔物と無しの同種の魔物だと俊足持ちの方が僅かに敏捷であり、それが身軽な鼠の魔物とかだとより速くなって厄介だ。
《たまゆらのレベルが上がりました。》
《たまゆらのレベルが上がりました。》
《たまゆらのレベルが上がりました。》
《たまゆらのレベルが上がりました。》
……。
…インフォメーションが一気にきました。
はい、ご馳走さまでーす。
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名前:たまゆら
性別:女
種族:混沌の使者
職業:魔法使いLv2new!/錬金術師/侍
称号:混沌の使者
Lv.20new!
HP:200/200new!
MP:700/700new!
SP:100new!
ATK:40new!
DEF:30new!
AGL:25new!
ING:120new!
MID:55new!
RAK:30new!
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サクッと戦闘が終わった…けれど。
「次は「侍」の動作です」
「ですよね~」
淡々と進められるエルフ青年の進行の下、またまた別のフィールドへと移動する。自動で切り替わる為、拒否はできない。
どうやらこの??と付く『始まりの街』のチュートリアルは通常の始まりの街とは違って高レベル、強モンスのようだ。
MMOの定番としてはチュートリアルのモンスター=周辺フィールドのレベルであるのだが…チュートリアルですらこのレベルだ。きっとこれと同等、ないし格上のモンスターが蔓延っているのだろう…。恐ろしい事だ。URを引いた洗礼か?
…今度はどこかの岩場のようなゴツゴツとした地面の上、対面は…案山子。
「ここでは侍の基本動作、【居合い】【抜刀】【納刀】の確認・実践をして頂きます。動かない的に向かって武器を振るだけです。子供でもできる簡単なもの、ですよ?頑張って覚えて下さいね」
動かない藁と稲でできた身長150㎝くらいの細身の案山子。昔あった携帯電話の顔文字“(・_・)”のような雑な顔、人形の案山子…HP5000。やはり、増えてるか~。通常の「始まりの街」はこの刃物を使用する職業なら全て強制参加の「講習」で相対する案山子はHP3000なのだ。魔術師職でも後から戦士職へと転職も可能で、その時もこの『ただの案山子』はHP3000である。──なぜHPがあるかって?
それはこの後分かるよ。嫌でも、ね。
……。
【居合い】
職業「侍」の基本動作。素早く刀を抜き放ち振る。
【抜刀】
職業「侍」の基本動作。素早く刀を抜き放つ行動。
【納刀】
職業「侍」の基本動作。素早く出した刀を鞘に仕舞う動作。
一連の動きを違和感がなくなるまで続ける。
「流石はたまゆら様ですね。──では、実践に移りましょうか?
ああ、わかっていると思いますが──魔法の使用は禁止、ですよ?侍のスキルだけで戦って下さい」
爽やか美形エルフがしれっと笑顔で言う。
…その微笑みは死出への旅立ちのようであった…。
眼鏡をクイッとする姿も絵になる。…だが…一部のファンは“陰険眼鏡”だとか“鬼畜眼鏡エルフ”とか呼んでいる。彼に直接言ってもNPC対応されるだけなので。
後日、不平不満をぶつけても「講習ですから」や「なにか?」又は「はて?」「?」と素っ惚けられる。
そんなNPCエルフ…セレストさんはLv.80の全ステータス5000オーバーなので街中で襲い掛かろうものなら手痛いしっぺ返しを食らう。警備兵にも通報されそのままリアル時間で3日は地下牢からは出られない。戦闘行為はそもそも不可だし魔法の使用も不可。唯一出来るのはチャットと掲示板巡り…それから配信を見たり?くらいだろうか。
メニューからほとんどの項目が選択不可で、ログアウトかチャット、他サイト巡りしか選択出来なくなる。
このようなペナルティーは街中だとNPCのみならず、プレイヤー同士でもペナルティー(地下牢送り)の対象となる。
執拗なナンパや付き纏い、現実の法に抵触する行為…未成年者への18歳未満立ち入り禁止エリアへの勧誘、強引な引き摺り行為等々と言ったものだ。──PK?街中では全プレイヤー禁止されている。ただ盗賊行為やセクハラは防げないが。まあ、その度に警備兵が何処からともなく現れて下手人を捕らえ、盗った金や装備、セクハラ行為に対する地下牢行きを課すのだが。
街中でいくら武器を降ろうが矢を放とうが魔法をぶっぱなそうが一切被害はない。…派手なエフェクト(魔法とかの)はあるが。砂ぼこり一つ起きないので弓使いは無駄に矢を、魔法使いは無駄にMPを消費するだけ、である。
因みにこの時代男女共に18歳で成人。酒も煙草も。婚姻すら自由である。…まあ、自由には責任が伴うのだが。
18歳未満立ち入り禁止エリア──…バーとか娼館(あるのかよ、と言う突っ込みは聞かない)、スラム街とかがその対象。
閑話休題。
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名称:ただの案山子
種族:ただの案山子
職業:戦士
Lv.-
HP:4000/5000
MP:0/0
ATK:35
DEF:50
AGL:250
ING:0
MID:9999
RAK:50
スキル:体術・跳躍・舞踏・刺突
魔法:なし
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身長150㎝くらいの案山子は両手を突き出してファイティングポーズ。いつでも飛び掛かって来れる状態で向き合っている。
…因みにHPは持ち越しだ。ATK40=400のダメージとなる。
勿論防具やスキル、称号でも軽減したり、無効化することは可能だが。当然ENBの世界は防御無視の攻撃…貫通攻撃も存在するから一概に“防御無双”とはいかない。物理も魔法も。