第二話
大概の場合において、転校生という生き物はエイリアン、ツチノコ、ビッグフット、ネス湖の恐竜よりは珍重視されず、多摩川に突如、姿を現わしたアザラシ程度には珍重視されるという程度の稀少種である。
真新しさ、ミステリアス感に加え、世話を焼きたいという、母性(或いは父性)的本能が加味され、従来の人物的評価に対し、二割から三割増程度の付加価値を一時的なスキルアップアイテムとして与えられ、一通りもて囃された挙句、季節が過ぎ去る頃には、一平民として確固たる地位を築くことになるのである。
アイザック=ニュートンの「万有引力の法則」と並ぶメジャーな法則である。
然し、風間空は特に緊張した様子も無く人畜無害、装着しているのをまるで感じさせない夜間用生理用品みたいなフィット感で、スポーツ大会の選手宣誓並の当たり障り無い自己紹介文を、アクセントに乏しい般若心経の様な口調で唱え終えた後(感想としては、奴の趣味が、スポーツ観戦だったのか映画鑑賞だったのか思い出せない程、希薄なインパクトだったと思う。)奴は私の斜め後ろ、遥香の隣(遥香が窓際最後尾で私がその前なので丁度トライアングル状態、キッチンの排水溝脇三角型生ゴミステーションみたいな形になっている。)をあてがわれ、私と遥香、その他隣接する席の生徒に対し、「ヨロシク」といった趣旨の軽い挨拶を如才なく述べた後、先祖代々その土地を守り続けて来た先住民であるかのように、窓際から二列目の最後尾に腰を落ち着けてしまったのだ。
ここまで瞬間的にクラス内の空気圧に浸透し、即戦力の脇役としてクラスの名簿に名を連ねた風間空を、私は国際的諜報機関に属する者か、或いは、余程、忍びの術に長けた手錬であると看破し、第1現目の時間を費やして監視、観察することを決意した。
斜め後に位置する超一級要注意人物を、チラ目で注意深く観察するのだが、目標はただ黙々と、黒板の英文と、文法的注釈を板書するだけに留まり、一向に不審な素振りを見せる気配などは無い。
これでは埒が開かないと判断し、後ろの遥香に援軍を求めるべく、ルーズリーフを一枚取り出し、回し文をしたため、敵に勘付かれぬよう細心の注意を払いつつ、後部席との通信を開始する。機密通信文書の内容は、以下の通りである。↓
「遥香、あんたの隣のあの転校生怪しいと思わない?」
「何が?」
「立居振る舞いとか、存在感みたいなもんが自然すぎて反って不自然だと思わない?絶対怪しい。」
「そういう、フランクな人って言うか、サバけたキャラなんじゃない?」
「違うのよ!ハゲた人がズラをかぶれば不自然になるけど、ハゲた人がズラをかぶらなければある意味自然で、ハゲてない人がズラをかぶれば、自然だか不自然だかを通り越して訳が解らなくなるというニュアンスの話よ!」
「、、、死ね、、ハゲ。」
遥香の返事にブチ(怒)キレた。
「つまり、あんたがその極貧Aカップの胸の上に、サラシをビッキビキに巻いて登場したらどうなるって言うのと同じ理屈でしょうがっっ!!」
刹那、後頭部、脊髄の中枢神経付近に、reader教科書の右上角部分が音も無く直角にめり込むのを感じた。
痛みは無い、不覚にも朝からHP、MPを大量に使い果たしていた私は、モルヒネを大量に投与されたモルモットさながら、緩慢で甘美な脱力感と、α波のフィルハーモニーオーケストラ管弦楽団に誘われながら昏睡モードへと突入した。
頭上を旋回する羊の群れを、ドンブリ勘定で大雑把に数え、(残りは日本野鳥の会にでも委託するとしよう。)もしや遥香が既に、桃園での義兄弟の誓いを破棄し、水面下で敵と密約を結んだのでは?という疑念に駆られ、薄れていく意識の中「ブルータスお前もか!」と吐き捨てた。
こうして1現目readerの大半を睡眠学習に当てることになった私は、休憩時間に入るや、何者かの呼ぶ声に目を覚ました。
「ねえ、ごめん。ちょっと起きて貰っていいかな?」
目を開くと例の、いわく付き転校生「風間空」が私の席の前に、柔らかな笑顔を浮かべて立っていた。
「何?、、あ、起こしてくれて、アリガトウ。。」(照)
いや、違う、そういう展開ではないだろ。。ってゆーか(照)とか書くなっっ!一瞬、眠れる森の美女だか、白雪姫だかの物語を頭に浮かべ、不覚にも頬にわずかな朱みが注すのを禁じ得ず、風間空に気取られぬよう、わざとらしく冷静を装った。
もしかすると敵は私に心理的動揺を与える為、一種の精神攻撃を仕掛けて来たのかもしれない。
「次の授業、音楽。音楽教室、場所解んないから、案内して貰えないかな?」
「あ、別にイイケド、、。」
「転入書類とかいろいろ、職員室に持って行って教室、戻ったら、君しか居なかったから。お願い。」
気付くと周りの生徒は既に移動済みで、誰も居ない。
「わかったわ。急いで!」
教室を出て、足早に渡り廊下を抜け、音楽教室を目指す。風間空が同じく急ぎ足で声を掛ける。
「面倒ついでに、昼休みにでも、もう1つ案内して貰いたい所、あるんだけど。いい?」
「何処?」
「パソコンルーム。」
「わかった。昼休み案内してあげる。」
私程、人間の器が寛大に出来ているというか、高い徳を積んだ人間になると、敵であれ味方であれ、窮地に陥っている者を見てむざむざ、見過しには出来ない。敵に塩を贈った上杉さんの心境である。
「有難う。助かるよ。」
音楽教室に到着すると他のクラスメートは既に着席している。空いている席を探す。
ここで私は自分の両手に持っているのが。音楽の教科書とアルトリコーダーではなく、生物の教科書と水彩画セットであることに気付き、クラス全員の失笑を買う羽目になる。
「確かに違和感はあったんだけど、なかなか言い出せなくて。。」と申し訳なさそうに苦笑する風間空。絶対ワザとスルーしてただろ、、このヤロウ。。
しかたが無いので、生物教科書の挿入図、淡水プランクトンのスケッチでもしようかと考えたが、音楽教師、藤井に促され、しぶしぶ音楽の教科書とアルトリコーダーを取りに(しかし、高校生にもなって、リコーダーでもないだろ。バカバカしい。かのアマデウス=モーツァルトは3歳でピアノを弾き、5歳で作曲し、6歳で演奏旅行に出たというのに、それに比べ、我が校の文化的レベルの低さときたら、何たることか。。)2−7の教室に戻ることになる。実に朝から無駄な体力ばかり消費している気がする。
その後、午前中の授業は至って平穏無事のまま終了し、突如として異次元世界へのワープホールが開くことも無かった。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、先ずはランチタイムである。たまに気まぐれで自作弁当を作ってみたりもするが、今朝の火事場的状況の中で、それが不可能であることは、地球が太陽系衛星軌道上を回っていること位、自明の理である。
とりあえず今日は購買部で、パンでも買って教室で、遥香と一緒に食べることにする。
転校生クンは学食で済ませるつもりらしい。音楽教室から引き揚げる際、場所を訪ねて来たので教えてやった。
学食は私もたまに利用するが、味の方は全般的に可も無く、不可も無く、といったところで(中ではウドンが結構美味くてお勧めだが、まあ香川県在住、もしくは出身の方が手放しで絶賛する程でもないのだろう。)席の数があまり多くなく。少々混むのが煩わしい。
購買部で何種類かのパンをピックアップし、あと、いちごオーレも購入。教室に戻り、遥香と席を向かい合わせにくっつけ、食事を開始する。
「国際指名手配中のテロリストだとか悪の秘密結社だとか言ってた割には(。。いや、そこまでは言ってないぞ、、)凛あんた結構、あの転校生クンに頼られてるじゃん。」
「まあ、転校初日だし、教室とか設備の場所とか、分からないだろうし、色々教えてあげてる訳よ。」
「ふぅん。。」
遥香は、手作り弁当をつつきながら。アカラサマな猫口+ジト目で私の顔の覗き込み、悪代官みたいにニヤニヤと、気色悪い笑みを浮かべた。
なんかちょっとムカついたし美味しそうだったので、遥香の弁当箱の中の唐揚か卵焼きを没収すべく要求したのだが断られ、代償としてブロッコリーをくれた。。
、、、器と、胸のサイズの小さい女だ。。
「そういや、遥香も一緒に行く?パソコンルーム。」
「いや止めとく。今日、化学実験室の準備、私当番だから。」
教室の後ろ側の扉から、食事を終わらせた風間空が帰って来た。彼は扉をくぐるや、私の姿を見付け、ヒョイと左手を挙げた。
残りのパンを口に放り込み、いちごオーレで流し込む。勢い余っていちごオーレが器官に入り、大仰にむせ込む私。。
まあ、かろうじてに鼻からいちごオーレを噴き出すには至らなかったので、ギリギリセーフ。
遥香がそんな私を、さも可哀相な娘であるかの様に憐憫と軽い嘲笑を込めた眼差しで見詰めていたいた。
「じゃあ、遥香、私パソコン教室行ってくるわ。」
「ほい、行ってらっさい。」
ちょっと馴れなれしげな転校生、風間空の引率者としてパソコンルームへと向かう。
「俺まだ、IDとPass発行して貰ってないから。君のでログインして貰ってもいいかな?勿論、僕は見ないから、君が入力してくれたら。。」
既にパンドラの箱だか、ゴミ屋敷だか訳が解らなくなっているマイフォルダのことを思い出し、
「いいけど、人のフォルダ勝手に開けるのはナシだからね!呪われるわよ。新手のコンピュータウィルスとか、わんさか出てくるかも。」
「、、随分物騒なフォルダなんだね。。まあそっちは別に必要ないから、開けることはないけどね。」
しかし、転校初日で、まだID、Passも無いのにパソコンルームでパソコン使いたいなんて、こいつは一体何を考えているんだろう?ハッカーとかクラッカーとかいう類の人間だろうか? そんなことを考えつつ、パソコンルームに到着した。
パソコンルームは校内に生徒がいる時間帯なら施錠されておらず、解放されている。今は誰も使っていない。静かなものである。
「じゃあログインお願いするね。」と風間空。
「はい、はい、了解。」
ログイン画面からID、Passを入力し、校内サーバにアクセス完了。
「じゃあちょっと使わせてもらうね。ご心配なく、君のフォルダは開けないから。ウィルス感染すると、深刻にヤバイんでね。」
こいつ、まさか私の口からデマカセを本気にしてる訳ではあるまいな。。
風間空はパソコンの前に座り、マウスを動かし、私は背面の席の椅子を反転させて座り、万が一、彼が私のカオス的フォルダをクリックすることのないよう、監視することにした。
やがて彼は手に持っていた、ポーチの中から、CDかDVDであろう円盤を取り出し、ドライバに挿入し、また次にヘッドフォンを取り出し挿入口に差し込んだ。
「これ聞いてもらえるかな?」
手渡されたヘッドフォンを掛け、画面を見る。音楽再生のウィンドウみたいだ。
「僕が作ったんだけど、どうだろうこの曲?」
たぶん、DAWやらDTMなどの音楽制作ソフトを使って作ったんだろう。オルタネイティブっぽい曲調でそれほどアップテンポなカンジではなくメロディアスな曲、ベースラインがとても美しいのが印象的だった。
Aメロ、Bメロ、サビ部分に差し掛かる。
この辺りで違和感を覚える。反射的に脳神経が拒絶反応を示す。チョット待って、この曲、何かオカシイ。
頭の中を微弱な電波みたいなヤツが走ったかと思うと、脳のシナプスを伝って中枢に侵食してくるみたいな映像のフラッシュバック、波状攻撃。数字の螺旋みたいのとか、幾何学的な模様、壁画みたいのとか地上絵みたいのとか、化学反応式みたいのとか、核酸塩基の構造式みたいのとか、コンピュータ言語みたいのとか。etc..膨大な量の記号だか数式だか図式だか模様だかが私の頭の中を駆け抜けた。
然しそれは、どうやら一瞬の出来事だったらしい。多少の耳鳴りの様なものと、残像を残しながら、次の瞬間には、ヘッドフォンからは何の変哲もないオルタネイティブロックが依然として流れ、パソコンのディスプレイにはイコライザの曲線が波打っていた。
風間空の顔を見上げ、きっ、と見据える。
「何!?どういうつもりっ!!何なのアレっっ!!?あなた私の脳にサイバーテロを仕掛けようとしているでしょ!?誤魔化しても無駄なんだからねっ!!」
気付くと私は無意識に彼に詰め寄り、襟首を持ち上げ、叫んでいた。
彼は私の目を見据えて、落ち着いた口調で言った。
「申し訳ありません。我々としては、事前に説明という事になると様々な混乱を招く可能性があると判断し、止むを得ず、事後承諾を得るという形で合意しました。」
はぁ??
「今すぐ私の納得の行く様に説明しなさい。納得しないと、帰さないからっ!!」
風間空は淡々と語り始める。
「我々が暮らすこの世界の均衡を護る為、あらゆる角度からの徹底した厳選調査の上、あなたを最適合者と判断した我々の組織は、私が先程、あなたに視聴頂いたデータソフトを介し、あなたの脳に直接、或る重要な情報を記入しました。」
何だかとんでもない面倒事に巻き込まれて行ってるらしいという事は理解できた。
「世界の平和と秩序を護るため、我々も資金力、技術面、人材面に至るまで全面的にバックアップ致しますので、是非我々に御協力願いたい。神宮遙香殿!」
・・・・・・・・・・・・・・・・??????????????????
限りのないのクエスチョンマーク群が私の頭上で無限のスパイラルを描く。
神妙な面持ちで畏まるドジっ子特務転校生に対し、私は名札とアマツサエ、生徒証を提示してあげる。
「まさかこれだけ大袈裟な話しといて、人違いってオチとか無いよね?転校生クン。。」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔でマジマジと私の顔を見る風間空。
見つめ合う私と風間空。
一瞬、世界の全てが凍り付いたのを背筋から感じた。。。