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智恵嬢と傀儡王  作者: 緑色の変人
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智恵1


――これもまた、ひとつの‘学び’なのかもしれない。

代々、王による理不尽な圧政、議会による革命、議会による政治の支配、宗教による暴動。それらがどの国々をも作ってきた。

地球とはまた異なる別次元、別世界のある星のとある箇所にある国メリーズもまた、それに該当した。


かくて、人々は同じ過ちを繰り返し、学習し失敗し、今の政治を確立させた。民主主義や資本主義などの思想、社会権や生存権、自由権に平等権などの権利それらは過ちの産物であり、無からは生じないのである。とでも言っているかのように歴史は存在する。

もう一度言おう、これもまた、ひとつの学びなのかもしれない。

幾度目かの王の圧政に、ようやくある1人の人物の指導により議会は従い、学習した。

議会は、王の理不尽を斥け、国民の賛成を経て、ある宣言を打ち立てた。

『全政一新宣言』……読んで字の如く、全政治的規律を全て放棄し、初めからやり直すという、横暴極まりない宣言。だが、その宣言が樹立されたのも、多くの国民の指示があってこそのものである。

それによって、王は退位し、議会も解散。


かくして、ある1人の人物によって、一日にして培われた政治的規律を廃棄し、新政権が行われるようになるのである、1人の少女と、選ばれし2人の国王によって、この国は平和への近道の駒をひとつ進めたのである。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□



ある夏のことだった。それはよく晴れた蝉がうるさいほどに鳴き、燦々と照るコンクリートの熱に当てられた、夏のことだ。いや、冬だったかもしれない。否、冬であった。しんしんと降り積もる雪にはしゃぎ、物置の奥から懐かしく出した石油ストーブの温かみに、外へ出ることを怪訝とさせるある冬のことだった。

なんの特技もない普通な高校生の俺は、帰宅途中にマンホールに落ちた。いや、登校の途中であったかもしれない、否、登校の途中であった。はて? マンホールであったか? いや、正確に言うとマンホールだという確証はない、道路に空いた人ひとりが落ちることの可能な、穴であった。マンホールであると言うならマンホールであるし、はたまた、ただの穴であると言われれば確かにそうである、だが、俺が思うには、それは異世界のゲート出会った可能性が高い、いや、いつも通るその道には、穴もマンホールもなかった。平たいただのコンクリートである。

ならば、それは確かに異世界のゲートだったのかもしれない。否、突然空いた宇宙人の仕業とか言われる例の穴かもしれない。


――だが、それは、俺が今こうして、エルフ耳だのエンジェルリングだの、猫耳、犬耳、リザードマンを見て、はたまた、俺が王様の冠言うなればクラウンを被っている理由にはなっていない。


いや、ここが誰かの家の地下であり、コスプレパーティに参加してしまっていた。そして、俺は落ちたという錯覚をしただけだった。

いや、これは俺の錯覚である。


――ここは異世界だ。目の前にいる見慣れないヤツらが知らない言語を話しているのもそれで納得がいく。

そうならば、俺は異世界のゲートに落ちた、それで正しいことになる。


それならばどうだろうか、俺は俺と同じく冠を被った今知らない男の隣に、見るからに城のバルコニーであろう所に立って、その下にいる見知らぬヤツらの群衆に何やらの喝采を浴びせられている。

おそらく、罵詈雑言では無い、喝采も喝采喜びの感情を全面に出した、「万歳」の声に違いないだろう。

人々がこうも声を高らかに万歳と声に出すケースは多くはないだろう、

戦争に勝利した時または議会の解散、はたまた、お祝いごと時の胴上げ、それか、国王の戴冠式。


どこからどう見ようと、これは戴冠式だ。先程、エルフの少女にこの冠を群衆を被せられれば、間違いなくこれを戴冠式であると答えよう。

そう言えば、先刻それを行っていたかもしれない、いやそうだ。

先程からチラチラとあたりを見ている隣の男も恐らくは、異世界から転移した者だろう。

はて、知らない人だ。見覚えもないのだから、すれ違ったことすらないのだろう。

赤の他人、それに同じ地球かどうかも怪しい。


先程から、ここを勝手に異世界と言っているが本当にそうだろうか? 太陽が子供が書いた太陽のように真っ赤、真紅、深紅だ。雲の形はいつも見ているそれと同じ、辺りの民家を見渡せど、近代的な建造物はなく、いつだか勉強したヨーロッパの家に近しい。そう思えば少し暖かい気もする。

ならばここは、ヨーロッパのある一国の箇所である可能性もある。そうだ、ヨーロッパならば、エルフ耳も獣耳もリザードマンもいるだろう、そして、太陽も赤いだろう。

うんそうだ、そうなのだろう。


先程から、エルフの少女が群衆に向けて何かを言っているが、何を言っているかは一切理解できない。

ハローでも、ボンジュールでも、グーテンモルゲンでも無い。ヨーロッパ諸国の言語であれば1度は聞いたことがあるような言葉がないか、耳を傾けるけれども、無い。

となれば、ここは本当にヨーロッパなのだろうか? 異世界の可能性もあるが、地中海性気候の他の国の可能性もあるし、俺がしならないだけで、ヨーロッパのどこかの言語を喋っているのかもしれない。


そうも、考えているうちに、俺達は書斎のようなところへ連れていかれた。魔法らしきものを使って、エルフ少女は本を差し出した。

魔法。魔法だ。疑うことなくふたつの本が宙を浮いて、俺達の座らされた机、正確に言うなれば、座らされた椅子の前の机の上に置かれた。

これを魔法と言わずしてなんというだろうか? ポルターガイストだろうか? 霊現象だろうか? 科学技術の賜物だろうか? 否だ。今確かに、エルフ少女の手のひらの前に、魔法陣、数字を書くあの魔法陣ではなく魔法を使うための陣が展開されていた。


「こほん、今からここで生活していく上でこの国の言語を学んでもらいます。」


エルフ少女がそう発した。

確かにそう発したのだ、空耳でもすき間風でもなく、確実にそれは聞きまごうことなく、日本語であった。

よく異世界系というものは言語が一致するという天文学的奇跡が起こるが、それが起こったのだろう。

そう思う矢先に、エルフ少女ははたまた異なる言語で隣の男におそらく同じ説明を入れる。男も、俺と同じく不審に思っているようだ。


「何も、おかしなことはありませんでしょう?

翻訳魔法でも、テレパシーでもありません、私はあなたの国の言語、日本語を学んだのですから」


その不審に気づいたのか、エルフ少女は2度説明を入れる。

学んだ。確かにエルフ少女はそう言った。それも日本語をだ、どうやって、どうして、なぜ、それらの疑問が湧き上がるも、俺は言葉を飲んだ。

何となくわかった気がしたからだ。

俺達は、彼女に呼ばれてこの異世界であろう地域に来た。ならば、それにも理由があり、それについての準備をしたのだろう。

ひらがな、カタカナ、漢字の3つの区分がありつつ様々な国の言語に影響されて形成されている。つまりは、世界の集大成と言っても過言ではないのでは? と俺は思っている。

それを学んだと言った。この場合だと男の国の言語も学んだことになる。


「ネワスデマテ」


そうエルフ少女は発して、指をひとつ鳴らす。ネワスデマテ。俺にはそう聞こえた。だが、もっと発音が良かったし、イントネーションも伝わるまい。

パチンとだ。パチパチでは無い。次第に、魔法陣が出来上がり、エルフ少女が複製されたのである。魔法というものは非常に奇妙なものである。彼女は違う意志を持って、男と俺にこの国の言葉を教えるのだろう。


「先程も申した通り、私が日本語を学んで、あなたに話しかけることがこうして、出来ています。ですが、あなたが私でない誰かに話した時、その意思は伝わりません。」


俺は、ここに来て初めて声を発した。あまりにもの驚きと流されるままの行動によって長らく忘れていた、言葉を発したのである。


「魔法が使えるんだろう? なら、それを使ってくれればいいじゃないか」


「私の魔法を使える力、魔力はそれほどまで大きくありません。言語魔法、テレパシーの魔法はその実力に見あって相当量の魔力が支払われます。断続的に。

こうしている間にも魔力はなくなりますし、そもそも使えません。」


「じゃあ仕方ないか…」


はぁ、と溜息をつき、俺は適当に書をめくる。

ローマ字でもギリシャ文字でもなく漢字平仮名片仮名でもなく、ドンと簡単に文字が記されている。


「まずは、この教科…、絵本で楽しく覚えてもらいます。 出来るでしょう?」


よく見ると、下に綺麗な文字で平仮名が振られている、漢字が振られていないのは少し残念ではあるが、こちらの方が断然読みやすい。


「そこに書いているのは、訳です。音声言語は私を通じて覚えてくださいね」


訳を見てみると本当に簡単な言うなれば児童書だ。それも、二、三歳の子供が読むようなものだ。

だが、違う言語となればそれは変わる。あいうえお。が分からない人に本を上げたところでそれはただのつまらないものであり、破り捨てて唾を吐き出すだろう。

だが、今は違う。目の前に完璧な翻訳家が居て、完璧な訳があり、本がある。

そう、これはつまり…


「勉強…」


どんと嫌気がさした。勉強を好んでするやつなんかは、きっと何かに取り憑かれているか、頭のネジが人より1本多かったのだろう。俺は一般人なので、頭のネジは人並みにしかない。つまり、勉強という環境は嫌いである。授業は寝ずに普通に受けるが、予習復習は行わないので、成績は中の下くらいだし、何せ勉強したくない。

それでもにっこり笑顔のエルフ少女を見るととてつもない罪悪感を覚え、教科書もとい、絵本に目を通す。

ノートいらずの完璧な教科書だ、この1冊に要点や、重要箇所それらが全て記されている。大事な表現、忘れやすい表現、難しい単語それらがまるで嫌に感じない。

着々と俺は、絵本に目を通した。発音を聞き、読み上げ、訳す。

隣で、男も着々と勉強を進め、本棚から新しいものを歩いて登って取ってきては、読んでを繰り返している。

おそらく、何かの手段、簡単に言うなれば、裏技を男は持ち合わせていたのだろう。

それをしているうちにも真っ赤な太陽は、既に傾いていた。傾くの定義は知らないが、太陽が何かに対して傾いている訳ではなく、夕暮れ時だということである。


「今日は、終わりにしましょうか。」


「ヨタッカワ」


俺は何となくそう返した。するとエルフ少女は何も言わずニコニコして、俺の頭を撫でる。何故か嫌な気はしない、きっとそれはエルフ少女だということと、エルフ少女が以外ではないな、確定で可愛いということ以外に何かあるだろうか。


「そう言えば、あなたの名前は?」


「言っていませんでしたね。私の名前は、ルーメナです。」


「俺の名前は…、あれ? なんだっけ…?」


俺は焦った。それもそのはずだ、15年間共にしてきた母親につけられた大事なたった一つの名前が思い出せないのだ。否、思い出せないと言うよりかは、抹消された、または、無くなった。という表現が正しい。俺は自分の名前があった事実は分かっているのに、名前が分からない。そんな以上な状態にある。


「その点については、しっかりと勉強が終わったら全て、お話しますね。あなた方が連れてこられた理由も」


そう言って、エルフ少女――ルーメナは含み笑ったのだ。

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