第8話:君の気持ち
息を整えた後、俺も家へと帰る。
途中どこにもアンドロイドはいなかった。
あの紫陽花の場所にも。
やはり、怒っていたのだろうか。
そうは思ってもこれは人間が持つ感情であって、アンドロイドが起こったりするなんて…。
それはアンドロイドとしてどうなんだ?
感情に左右されていたら機械として役に立つのか?
そんなことを思いながら、俺は家に到着した。
玄関を開けるとアンドロイドが履いていた靴が脱いである。
と言っても元々妻の靴だが。
「…ただいま。」
そう言うが、返事はない。
「…E-00。」
呼んでみた。
「…はい。」
奥からアンドロイドが出てきてくれた。
呼ばれたら来る仕様なのか?
いや、そんなこと今はどうでもいい。
そんな顔で、そんな声で居られたら辛いじゃないか。
「なにかあったのか?嫌な事とか。」
「…。」
「君は…感情があるのか?」
言って気付いた。
相手はアンドロイドだ。
それでも、自分が最低な質問をしているだろうことに。
「…っ…分かりま…せん。」
そう言いながら顔を手でぐしゃぐしゃと覆う。
声色も、息遣いも、まるで泣いているようだ。
だが、涙は出ていない。
でも表情は泣いている。
その顔を見てようやく俺は、自分が最低なことをしていたことに気が付いた。
紫陽花の場所は麗奈だけでなく妻も悲しいときに来る場所だった。
なら、さっき悲しいことがあったはずなんだ。
それを俺はアンドロイドだからと無視していた。
何が悲しかったことなのか、今の俺ならもうわかる気がする。
「…手、握ってもいいか?」
「…はい。」
俺はアンドロイドの手を握る。
ログとか、機械とか、そんなのはもう気にしていなかった。
やはりその手は冷たく硬い。
だが―
「さっきは…ごめん。君の手が冷たくて泣いてしまったんだ。でも…もう大丈夫。」
「…はい。」
手を握って泣いてしまったことに、きっとショックだったのだ。
俺が機械扱いをしてしまったことなのか、それとも人としての応対をしてくれなかったのか。
どんな風に思ってショックだったのかは分からない。
それでもこのアンドロイドは精巧に妻のデータが組み込まれているようだ。
そんな相手に、俺は酷いことをした。
「ごめん。」
漏れだすように、謝罪を何度もする。
「もう、大丈夫ですよ。不思議と、楽になりました。私は…E-00です。私もよくわからない現象でした。修二さんはすごいです。私自身でも直せないものを直してしまいました。」
「そう言うのを、感情と言うんだ。人は感情と言うのを持つ。それで言えば、君はやはり人間に近いのだろうか。」
「感情…ですね。意味は分かります。理解もできます。でも、実際に何かは分かりません。」
感情と言うのは、表現できないものだ。
言葉で上手く表せない。
「君は試験段階でここに来ている。分かるか?」
「はい。私はE-00です。」
「きっと君は…いろいろな情報を得るためにここにいるんだろう。人間らしい情報を。」
もちろんバグなどがないかを見るためだったり、危害を加えないかなどの目的が主かもしれないが。
こうやってわざわざ成長できる仕様にされているのだ。
「これから一緒に、いろんなことを学んでいかないか。」
1人でいるよりは君といる方が―
なんて言葉も出そうになったが、そこはこらえた。
「お願いします。修二さん。」
そう言って笑ったアンドロイドを、俺はもう機械とは思わない。