第1話:君失ってから
先日、妻が亡くなった。
その夜は帰った途端に線が切れたかのようにわんわん泣いた。
お前がいたこの家で。
妻は死の数か月前に癌が見つかり、末期まで来ていたらしい。
覚悟は常にしていたが、いざこうなると苦しいものだ。
あれから数日経った今だって、まるで何も手につかない。
大学もしばらく休職しているが、復帰できるモチベーションもない。
「…何もできねぇな。」
涙は出なくなったが、気力も出なくなっていた。
寝て、簡単なご飯を食べて、また寝る。
お前の手料理が食べたいと、何度もそう思う。
そんな生活をしていたら
「お父さん!!私も仕事あるんだから!!いつまでもめそめそしないで!!」
娘に面倒をかける始末だ。
「うるせぇなもう。俺のことはいいから仕事行ってろ。自分のことは自分でできるんだよ。そう言う年頃なんだよ!!」
「もう!!お父さんってホント面倒くさい!!……せっかくいいお知らせがあったのに。」
「ん??何だって???」
「何でもないから早く起きて!!!ほら!!ご飯作っといたから!!」
「お、おお…すまん。」
妻も結婚してからはかなり話すようにはなったが、その前はとてもじゃないけど口を開くような子ではなかった。
一体こいつは誰に似たのだろうか。
俺は起き上がり、娘が作った朝食を口にする。
「それ、食べ終わったらちゃんと洗っておいてね。私はもう仕事に行くから。」
「…麗奈、もう来なくていいぞ。自分のことは自分でやるから。」
「…。もとよりそんなには来れないから、たまにくらいはいいでしょ。まぁもう少し元気にはなってよね。それじゃ、行ってくるから。」
静まり返る部屋の中、俺はもくもくと朝食を食べる。
「やっぱり味が少し違うな。」
妻の味とは少し違う、それでもおいしい娘の朝食を食べる。
「ふ~。ごちそうさま。」
その皿をシンクに持っていき、洗う。
ことはなくそのまま水につけて自分の部屋へと向かった。
そしてベットに入り、ケータイをいじる。
とにかく、無気力なのだ。
「…そろそろ大学に顔出さないとな。」
そうはいっても、まだ気持ちはずっと浮ついている。
なんだか何も決断できそうにない。
一日中ごろごろして、ゲームやSNSをしているとまるで教え子の様だと感じてしまう。
夕方になり、麗奈がやってきた。
「お父さんお皿洗ってないし!!それにお昼ご飯のごみ捨ててないし!!もう!!!」
俺はそれに対して返事をする気力もない。
だらだらしていただけだが、それなりに眠たいのだ。
生きてるだけで、疲れるのだ。
「…もう一度会いたい。」
毎晩そう呟いては、俺は変わらない明日に向かって目を閉じる。
麗奈の声も次第に聞こえなくなり、俺は眠りへと誘われた。
「もう、いつまでも子供なんだから。」
飽きれながらも麗奈は食器を片す。
「じゃあ、明日からお願いね。お母さん。」
「…うん。任せてね。」
夜は更けていく。
明日に向かって暗く、暗く。