009 そんな場合じゃない
「それは嫌だ」
「えー」
あからさまに彼女は嫌がる。
やだよ、誰が聞くんだよ。
「いいじゃん、喋らせてよ」
回る椅子に座って、ぎゅんぎゅん回転する彼女を横目に、私は何か使えるものがないか探す。
何に使えるか。それは、先輩の復活に決まっている。それ以外何があろうか。
「今はそんなことをしている場合じゃない」
「ほらほらー、この後立派な殺人祭りやるんでしょ?」
最終決戦になるかもしれない物を、そんな風に例えるな。
無視を決める私に、彼女は続ける。
「だったら、私の過去とか聞いといた方が良いんじゃないの? もしかすると、伏線になるかもしれないじゃん」
「お前の話にその価値があるとは思えない」
「おやおや、手厳しいねぇ。口調も変わっちゃったし。そろそろガチギレされそう」
ううっとわざとらしく怖がる彼女に嫌気がさしながらも、私は彼が使用していたであろう机の上をやみくもに探す。
「ああ、その辺にはないよ」
「知っているの?」
「さあ、話を聞いてくれれば正解を教えてあげよう」
「ならいい」
彼女の台詞と同時に、私は決意した。
彼女の意識を取り戻せるのは、彼しかいない。
瀬川兄弟の兄である。
「おいちょっと」
手招きをする彼女に、いやいや振り向く。
「なんだ?」
「私は?」
「は?」
「いやだから、私は?」
回転いすからすっと立ち上がり、数かいジャンプを見せて後、一回転し、腰に手を当て仁王立ちした彼女は、自分の胸を叩いて続ける。
「私のことは、解決―というか、解消というか、しなくていいの?」
「……なんで?」
「いや、なんでって。普通、こんな風になったら助けるなりなんなりするでしょうよ」
「あなたが、彼女を助けたんでしょ?」
彼女は、あっけにとられたような表情を見せる。
「彼女―馬屋原奏は、抑圧されていた。貧困や困窮のような苦しみでもなく、金持ち特有の悩みでもなく、一般家庭の、若干裕福な家庭における、ありふれた厳しさに、彼女は苛まれていた」
実際、彼女はどんな風に考えていたのだろうか。嫌だったのか、なんだかんだ言って嬉しいのか。それに関して、私が何か言える立場ではない。
「でもそれは、あなたが鏡面世界を見せることで、見事に失われた。それが今のあなたで、幸せそうなあなただ」
「……」
「私達は、ヒーローじゃない。誰かを救うことなんてできないし、誰かを助けることだってできやしない」
瀬川十哉もそうだ。私達は助けることも救うこともできない。
それでも私は、彼を支えたい。
「でも、違う世界を見せてあげることはできる。そのままじゃ見られなかった世界を、あなたは彼女に見せてあげているんだ。それが何よりの救済だよ」
「……じゃ、じゃあ私はいてもいいの?」
唐突の質問に、私は戸惑ってしまった。
「へ?」
「だって、私は、」
すると、彼女は大粒の涙を拭うこともなく地面へと落とした。
「生まれちゃいけない、存在なんでしょ?」
どうしてそうなった。
なんで、その考えに至った。
どういうことだ。
思考を巡らせ、回路を形成し、一つの正解にたどり着く。
話を聞いてやればもしかするともう少しすっきりしていたのかもしれないが、しかし私にはそんな余裕はなかった。
生死の境目をさまよっている先輩を、このままにしておけない。
「そんなわけないだろ。誰かが願ってくれなきゃ、この世には存在できないんだ。ご主人様を、信じてやれよ」
私は先輩を背負い、テントを出る。
「待って!」
馬屋原奏は、私を止める。
「ん?」
無理やり振り返ると、彼女は涙を拭いながら、私のことをじいっと見つめる。
「なに?」
彼女は深呼吸をして、宣言した。
高らかに宣言した彼女に、後光が指しているようだった。
「私も行く!」




