003 個人世界
「座ってくださいな」
うてなさんの言われるがままに、私は指差された席に座ります。
その隣に、未桜さんはちょこんと座りました。なんだか緊張して、私は窓の外を見つめます。気を紛らわすつもりで見ようとしたのですが、しかし外の景色は気晴らしに見れるほど晴れておらず、むしろどんよりとしていて、まるでこの状況のようでした。
よいしょ、と言ってうてなさんは目の前に座ります。なんだか、尋問を受けるかのような位置関係に私は体が震えます。
「ああ、そんなに緊張しないでください。よくある話です。特に、思春期の女性には。まあ、男性にないとは言いませんけれど」
うてなさんは、淡々と話します。慣れた口調はまるで店員さんのようでした。
「え、ええと」
私が言葉に詰まっていると、うてなさんは「落ち着いて聞いてください」と少し落としたトーンで話し始めました。
「この話は、冷静な時に聞いてほしいのです」
「いえ、私、冷静になれていないのですが」
それもそのはず。
昨日その事件が起きて、今日いきなり大天才の二人に目をつけられて、なんだか知らない場所に連れてこられた挙句、話を聞いてくださいなんて言われても、まだ何も整理できていませんし。
「な、なので。私から、いくつか質問させてもらってもいいでしょうか」
相手からの情報を遮断し、自分の脳内を整理する。単純な方法ですが、大天才に対抗するにはそれしかありません。寛容な二人は、「どうぞ」と言ってくれました。
本当にお姉さんのようなふるまいを見せてくれるので、安心して甘えることができます。
……あれ、私甘えたいんですっけ。
「ま、まず。あなた方は、何者なんですか?」
すると、彼女らは少しだけ目を合わせ、それから表情を柔らかく変えました。
「それはですね……」
そう言うと、うてなさんは机の中からチラシを取り出し、その裏面を向けました。そこに書かれているそれは、本当に芸術的な絵でした。
人間の絵と、地球の絵。
話し出す瞬間、未桜さんは私の手を握っていてくれました。優しい柔らかな手に喜びを感じます。
「皆、一人一人必ず世界を持っているんですよ。例えば、小さいころに想像していた世界ってあるでしょ? そうですね。電車に乗っていた時に屋根の上を走る忍者とか、もしもこの静かな教室にテロリストが入ってきたらとか。皆、その中では自由に力を使えたと思うんです。運動能力が向上したり、IQが跳ね上がったり。それを、私達は世界と呼んでいます。いわば、想像の創造。想像の具現化とでも言いましょう。
才能とも、基礎能力とも違う。
その世界を管理するのが私達、芸術同好会―またの名を、世界係です」
芸術同好会。私はようやく聞きなじみのある単語を聞きます。それは確か、学校に関するいろんなことを手伝っているというボランティアグループの名称だったはずです。
大抵の学校行事は、彼らによって成立しているとも言われています。
そういうことだったんですか。
「芸術同好会っていうのは、社会通念上の名称。世界係というのは、同じような境遇の人たちに対する名称。だから、公的には世界係なんだ」
補足説明してくれる未桜さん。
なるほど。あまりにも突拍子過ぎてまだ実感は得られていませんが、そういうことなら仕方ありません。
つまり私は、そういったファンタジーの世界に呑まれてしまったということですね。
小説とか漫画とかでよくありますけど、本当に起こるものなんですね。落ち着きを取り戻すと、なんだかワクワクしてきました。
「ということは、あなた方二人も、世界を持っているんですか?」
「まあ、一応。でも、あなたにそれを伝える必要があるかと言われたら、ちょっと疑問ね」
未桜さんは優しく窘めます。そうですよね。いわゆる、巻き込んでしまうとか、そういうことですよね。
「そういうこともあるけど。単に、この説明の後自分の持つ世界について話しちゃうと、『へー、そんなことを想像していたんですね』と冷ややかな視線を浴びるのが怖い」
そんなことだったんですか。
心配して損しました。
「と、とりあえず分かりました。つまり、私はその世界とやらに巻き込まれてしまったということですよね」
誰かの世界に巻き込まれてしまって、それが私と真逆の私を作ってしまった。
テセウスの船の実験をされてしまった。
そういうことになるのでしょう。
しかし、二人はそういった回答を提示しません。むしろ、不正解の雰囲気すら感じます。少しばかり明るくなった空気が、またもやどんよりとし始めます。
「ええと、それに関してなんですけど。その理解には、少しばかり語弊があります」
あれ? そうなんですか。
「今回世界を作り出したのは、」
思わず溜飲が下がります。
「あなたです」
……え?
「で、でも。私、今の今まで世界なんて、知りませんでしたし。そ、そんな一般人、一般人が作り出せる物、なんですか?!」
取り乱す私を、そっと宥めてくれる未桜さん。しかし、私はその優しさに目もくれず、うてなさんに問い詰めます。
「ええ、そういうこともあります。というか、その方が多いです」
淡々と事実を語っていくうてなさんに、私は腰が抜けてしまいます。
「……その世界というのは、人に危害を加える場合もあるんですか」
「ええ、そういうこともあります」
ということは。ということは。ということは。え、ええと、ええ、ええと、じゃあ、じゃあじゃあ私は。
「大丈夫です。あなたの世界は、まだ一人も傷一つつけていません」
うてなさんは、そんな笑顔を見せてくれました。
「珍しいんですよ、ほんとに。それが唯一の救いです。あなたがとっても優しい方だという証明でもあります」
「優しいからなぁ、馬屋原さん」
「で、でもこれから、危害を加えるかもしれないってことですよね?」
うてなさんは、一考して、それからやっぱり微笑んでくれます。
「それは、あなたの心境次第です」
しかしその後続けた言葉は、表情と共に重いものでした。
「ただ、その世界が狙われているのです。他の研究チームに」
確かに、さきほど同じような境遇と言っていました。
「ちなみに、そのチームの名前は何なんですか?」
二人、声をそろえて、言ったのです。
「同一同盟」




