憤怒世界(ガールズアングリー)
「わたしは、怒っています!」
鍋パーティーのさなか、彼女―龍澤央那は突如として立ち上がった。立ち上がったと言っても、ようやく僕の座高より少し高くなるくらいで、全くと言っていいほど覇気は感じられなかったが、しかし憤怒であることは何となく伝わってきた。
「どした、急に」
佐渡島先生は、クジラ肉をほおばりながら問いかける。片手に持たれたジョッキは、すでに空だった。
「どうしてもこうしてもないです」
彼女は、持ち場から動くと、
「どうして、こんな奴に」と言いながらうてなの頭をグーで挟み、「負けたことになっているんですか!」とぐりぐり押し始めた。
「痛い痛い痛い痛い」
うてなは抵抗しなかった。きっと、この乱戦が怖かったのだろう、疲れているようだ。
「でも、あの状況で倒せたとしても、君は彼の従僕にはなれないと思うな」
うてなは、口で抵抗する。それに対し、龍澤は「むぅ」と頬を膨らませて抵抗する。
「なんで?」
「だって、君のご主人様は、私や先輩にぞっこんだもの。もし、君がここで私らを殺したら、きっと彼が暴走すると思うな」
彼女は、これ見よがしにしたり顔で僕を見つめた。
「そうなんですか、ご主人」
そんなこと言われても。
僕にはそんな能力を兼ね備えているわけでもないし、万が一怒りのあまりに実力行使しても、彼女にすぐ殺されてしまう。
そんな判断をするかどうかは、なってみないと分からない。
「いえ、君ならきっとそうすると思いますよ」
静々と鍋に箸をつついていた先輩は、静かに呟いた。
「君は、そういう人間でしたから」
そんな言葉を、呟いたのだった。
鍋の後、僕らは帰り支度をしていた。
「結局、龍澤の仕業ってことでいいんだよな?」
「はい、そうですね!」
元気よく手を挙げる龍澤。
「お前のせいでこんなことになったんだぞ?」
まあ、とにかく死人が出なくて良かった。
しかし、能力を返すとは何だろうか。
僕には反響世界という唯一無二の能力があるはずなのだが。
「佐渡島先生」
僕は尋ねる。
「おいおいわかる。今は、かけがえのない二人から、どちらを選ぶか考えとけ」
先生は笑う。
「どちらかを選ぶ?」
僕は反芻する。
「知識か、能力か」
先生は、かっこよくそう言って、コテージのドアを閉めた。
真っ暗の道はいつもの通りを別世界へと変化させた。
先輩もうてなも龍澤も、すっかり寝てしまった。
「先生、龍澤のことどうするんですか?」
「あー、どうしようか」
「え、考えてなかったんですか?」
彼女は、思いっきり笑ってから、僕に言った。その言葉はとても新鮮で、しかしどこか懐かしかった。
「明日のことは今日考える。でも、今日のことは明日考える。世界はそうやって回っているんだよ」
「意味わかんないですよ」
「いつか分かるさ」
僕らのドライブは、もう少しだけ続くのだった。




