002 殺界出現
やみくもに探したところで、絶対に見つからないことは当たり前の話なわけで、それは決して呪いの孤島だからということではなく、なんというか、人間の摂理みたいなものである。
人の思考回路は本当に分からない。
迷子を見つけるプロなどもいるにはいるそうだが、それもあくまでも傾向とそれに対する対策に過ぎず、それらの素養がない僕らには土台無理な話なのである。
だからと言って、探さないわけにもいかない。結局はコテージに戻ってくるのだろうという楽観的な考え方は、この際できないのである。
夕立。
探し始めた直後である。
「先輩、大丈夫かなぁ」
僕の牧歌的な愚痴に、うてなは付き合わなかった。
真剣な表情を浮かべる彼女の脳は、きっとスパコンよりも速いスピードで動いているのだろう。
「……」
にしても、不思議な話である。
確かにこの島は小さくともコテージや寮が建てられるほどの、それなりの大きさを有してはいるけれど、いくら10分も満たないくらい目を離しただけで、これだけ探しても見つからないほどに迷子になるだろうか。しかも、建物はさっき言ったそれくらいで、他はもう開けた景色が広がるだけなのだ。
「これじゃあ、まるで誘拐にでもあったような感じじゃないか」
歩きながら、そんなことをつぶやく。
しかし、何度も何度も言っているように、この島には誰もいないはずなのである。もしかして、漂流してきた人間が住み着いているのかと考えたけれど、その仮説はうてなが「それは無いと思う」と一蹴してくれた。
「それは、君が一番わかっているんじゃないの?」
言われてみれば、確かにそうである。
僕の反響世界に何一つとして反応が無いのは、おかしいのである。漂流してたどり着いたような人ならば、そんなに精神も安定していないはずだし。
「……あれ、雨?」
雲行きが怪しいとは全く思っていなかった朝だったが、瞬間的に暗くなり、気づけば強めのシャワーのように僕らに降り注いだ。
あまりにも強い雨に僕は強い嫌悪感を示そうと、空を見上げた。
「嘘だろおい」
見上げると、その雲は普通のそれではない何かを感じたが、僕自身そういった能力を持っているわけではないので、あくまでもそれは勘でしかなかった。
空を覆う、紫色の何か。
暗闇でもなければ、青空でもない。曇り空でもないし、夕焼け空でもない。空において見たこともない色が、空を覆っていた。
もはや、紫色と言っていいのかすら分からない。
なぜならそれは、あくまでも僕の常識の中で最も近い色を言ったまでだからだ。紫色っぽい何か。
それが、判然としない正体の容姿だった。
「あれ、もしかして」
うてなは、同じものを見て、そう呟いた。
突然、電撃が走ったかのようなひらめきの表情を見せるや否や僕の腕をつかみ、そして海岸を背にして走り始めた。僕とどっこいどっこいくらいの運動神経だと思っていたのだが、彼女はそれをはるかに上回る尋常じゃないスピードでダッシュした。途中、僕の意識は無くなったり戻って来たりを繰り返していたが、最終的にはコテージで意識を取り戻すことができた。
あの疾走感、焦燥感は、寡聞にして聞かないようなものであった。
「……あ、目を覚ました」
期待していないわけではなかった。目を開けるより先に意識を取り戻した僕は、もしかして、うてなの膝枕を堪能しているんじゃないかという期待を持っていた。しかし、それは結局ぬか喜びの肩透かしであり、僕の高等部の下にあったのは、市販の枕だった。
というか、ベッドですらなかった。
いやまあ、別にそこまでの手厚いフォローをしてほしかったわけではないんだけれど、しかし、それくらいしてくれてもいいような気がする。こちとら、意識を失っていたんですけど。
「私がいなかったら死んでたよ」
隣にちょこんと座っていたうてなは、真剣なまなざしでこちらを見つめる。どうやら、僕のジョークは好まなかったらしい。
「冗談だよ。ごめん」
「ううん。私も寝かせてあげたかったんだけどね」
そう言って、彼女は天井を見上げる。そこでようやく、僕の愚かさが露見されてしまった。どうやら僕は、とんでもない勘違いをしていたらしい。取り戻せたと思っていた意識は、全然朦朧としていてはっきりしていなかったようだ。言い訳はこれくらいにして、状況を確認しよう。
僕には、ここがどこだか分からない。
「ここは、コテージの隣の倉庫だよ。鍵をかけてあるあから、入ってこれないと思う」
そう言われて、扉の方を見やる。
古典的な閂で閉じられていた。
「なあ、あれって、何だったんだ?」
起き上がりながら、僕は問いかける。
すると彼女は、「今は訊かないでくれる?」と僕を諭した。こんな彼女は初めてである。いつもなら、軽く流すか、明るく話すかするはずなのに、今日の―今回の彼女は、全く違った。
まるで、命を狙われているかのような。
そんな雰囲気を醸し出していた。
「……なんで、そんな本気な顔してんだ? いつものお前らしくないぞ?」
「今回は、わけが違うの。先輩の命だって、危ないかもしれない。あのね、よく聞いてほしいの」
うてなはそう言うと、僕の顔にぎゅっと近づいてきて、そして告げた。それはあまりにも恐ろしい一言で、信じられない一節だった。
「あれは、殺界なの」




