005 回想②とご名答とお別れと
翌日から。彼の言う通り、私はこれ見よがしに孤立していった。いきなりだったら衝撃も受けていたのだろうけれど、しかし彼が言ったとおりになってしまったので、驚きもしなかった。
逆に、先生の態度の方が問題だった。
いやまあ、あの時点で相当な問題だったけれど。
とある日の朝。
「可哀想に。一人だなんて」
そう言うと、先生はいつも誰かと一緒に行動させようとした。まあ、いわばお友達係だ。
そんな地獄もなかなかない。
「要らないです」
何度もそう言ったが、まあまあと耳を貸さない。彼女は、良いことをしている気分に浸っているのだ。別に、悪いとは言わない。人間、誰だってそんなもんだ。如実に出るか、隠しきれるかの違いだ。
「私には、いますから」
同盟相手として。
彼がいるってだけの話だ。
「そう? でも」
「ですから、もう関わらないで頂けますか?」
私は、自ら孤立を選んだ。
下駄箱には上靴が無く。代わりに、ゴミがぶち込まれている。
ようやく見つけた上靴には、画びょうがいっぱい。
そして、靴を履いた瞬間に、男子どもが私のスカートを下ろす。
慌てて履くと、今度は背中に張り紙。
日によって変わるから、本当に面倒なことをやってくれる。
教室に入ると、一斉無視。
頼んでもない―つうか、いつやったのか知らない席替えは、気づけば、教室の窓際一番後ろ。隣は、「はは、しょうがないよね」とこちらに苦笑いを浮かべる瀬川十哉だった。
あいつは、いつも苦笑いを浮かべているような奴だった。だから、表情が読めない。嬉しいのか悲しいのか、さっぱりである。
机は、絵具や生卵でびっしり。
椅子も机に同じ。
机の中にあるはずの教科書類も、それらに同じ。
面倒なので、机を捨てる。
椅子も、一緒に。
何も持たずに、私はスタンディングで授業を受けようとする。
「教科書、貸そうか?」
彼の言葉に、対応しない。
「まあいいさ」
こうして、今日もまた、授業を受けるのだった。
放課後。
一人でいることが悲しいわけではないけれど、やっぱり寂しいのは否めなかった。苛められていることに関して、別に傷ついてはいないのだけれど。で、一人でいることにそこまでの寂しさは感じていなかったけれど。そもそも、救いがあるだけ、私はいじめられていないのだとさえ、思う。
と、強がったところで、やっぱり傷つくし寂しいことを知った。まだまだ私は一般人で、まだまだガキだなぁと思う。
そんな時だった。
「最近、足が鍛えられてきたんじゃない?」
彼は、優しい口調でからかってくるのだった。
「まあね」
私は、足を叩き、ふてくされながら返す。
心は、踊るように鳴った。
「そんな感じなら、大丈夫だろうね」
「うるせえ」
「女の子なんだから、もっと頼ってくれていいのに」
「これ以上頼るわけにもいかないの」
「さいですか」
「さいですよ」
そんな会話が、嬉しかった。何の救いも、何の助けにもならないと思っていたけれど、人との会話というのは、冬の鍋のように心を暖める。
「私と関わったら、君も嫌われるんじゃないの?」
「そりゃあ残念だなぁ」
彼は、空を見上げながら呟く。
「だったら、」
「でもさ」
彼は、私の目を見つめる。この時から、モテる素質は持っていたのかもしれない。彼の瞳は、夕焼けに光って神々しかった。何も言えずにいる私に微笑みかける彼に、一瞬で落ちそうになる。しかし、自己肯定感の低い私は、すぐさま「ありえない」と悟る。
「僕は、1000万人の愛想笑いより、君の笑顔が見たい。それで嫌われても、それは嫌った方が悪い」
ポジティブな言葉の少ない救いの言葉は、私の心に刺さる。他人任せ、他力本願。なるほど、そういう考え方もあるのか。
「そうやって、何人も女性をオトしてきたの?」
からかうように返すと、彼は「そんなことないよ」と返し、もう一度空を見上げた。
「僕は、君みたいな子が好きなんだよ。君みたいな、全てしょい込むような子に、他力本願を教え込むのが大好きなんだよ」
あ、ダメな奴だこれ。
子供ながら、瞬間悟った。
「変態」
「ありがとうございます」
紳士のような対応に、思わず吹き出してしまった。
私のくしゃくしゃの笑顔を見るや否や、彼も笑った。
だから、私はいじめられていないのだなぁと思った。
彼には、お礼をしたいと思った。
しかし、彼はもういなかった。
そして、翌日、彼は転校したのだ。




