004 掃除している間に見つける漫画って、ついつい読んじゃうよね
「ここが、おじいちゃん家」
17年の人生で、初めて見る景色がそこにはあった。よほどの大金持ちでしかもっていないとか、そもそも誇張表現されたもので、現実にそんなものを展開している家など無いと思っていたのが懐かしい。まさか、大金持ちだったのか。
6つ目の駅に到着した僕達は、子村さんから「絶対驚かないでね」という忠告を受けていた。その時は、自動販売機で売っていた珍しい飲み物に惹かれて、話半分に聞いていた。そんな忠告をしておいて、実はそうでもなかったという例ならいくらでも見たことがある。想像するに、普通の家よりもいくらか大きいくらいだろう。
駅を出ると、その瞬間に想像は破壊された。
大きいとかいうレベルではない。
彼女のおじいちゃん家こそが、この町のようだった。
駅から徒歩一分のところに、門があった。もはや関所と言っても間違いではないほどに荘厳な雰囲気のある入り口だ。
「嘘でしょ?」
きっとそういうボケなのだろうと開き直って解釈しなおそうとしたが、それを彼女は許さなかった。
「だから言ったのに」
先輩は唖然として、先ほどから一言もしゃべっていない。
「行きますよ」
子村さんは、呆然と佇む僕らの腕をとり、その門を開けた。門の開け方が虹彩認証と指紋認証、それから声紋認証を突破しなければならないという、超近代的なものだった。木造の門とのギャップに新たに驚く。もう何も驚かなくなりそうだ。
「……あれ」
門の中に入ると、左と右では世界が全く違っていた。一つ共通点があるとすれば、それは現代風の庭ではなく、古典的であったというところくらいである。むしろ、対比と言えば、わかりやすいだろうか。左の方は、平安時代を想起させる、荘厳に、そして厳格にあしらったかのような、緑と白のバランスが心地よい、庭園となっていた。一方で、右は中世ヨーロッパの、宮殿前に広がる噴水と大理石の小道が壮麗な庭園となっていた。
そのど真ん中で、彼女は突如立ち止まった。
想定外だと言わんばかりに。予想外と言わんばかりに。
「おじいちゃんがいない」
こんなに大きな敷地の、入り口に入ったばかりでそんなことが分かるものかと、一瞬疑った。しかし、よくよく考えてみればこの家については他の誰よりも彼女の方が知っているわけで、その彼女が「いない」と言えば、確かにいないのだろう。普段は入り口にいるとか、きっとそんなことだろう。
そんな風に安易に考えていた僕は、その後起きることを考えれば相当に愚考だったと知らしめられてしまう。
「『一つ』に決まっていないなんて、おかしい」
「……どういうことですか?」
「おじいちゃんは、何でもかんでも一つのものしか選ばないの。昔から使っているもの、昔から仲良くしている人、会社。新しいもの、今までにないものを受け入れないの」
その解答に反応したのは、先輩だった。
「二重世界」
その言葉に聞き覚えがあった。振り向いて先輩の声を聞こうとする子村さんは、全くの素人のはずなので、知る由もないことだ。きょとんとする彼女に、僕は説明する。
「たまに起きる現象のことです。二つの相反する世界が、同じ場所で同時に発生したとき、二つの世界が混在してしまう現象です。子村さんのおじいさんは、どんな庭が好みでしたか?」
すると、彼女は「日本庭園の方」と指差しながら教えてくれた。
「でしたら、多分この西洋庭園の方が、他の人の世界ということになるのでしょうね」
子村さんは、納得してくれた様子だった。
「そう」
すかさず、先輩が話に割り込んでくる。
「おじいさんがいなければ、倉庫の整理はできないの?」
「いえ、そんなことはありません」
「なら、さっとしましょうか」
部屋の中で何が起きているのかも知らず、僕らは倉庫へと向かった。倉庫と言っても、それはもはや家だった。4人家族が住んでいてもおかしくないくらいの、それこそまさに半端じゃない倉庫だった。
「これが、倉庫」
彼女は、その細い腕で力強く扉を開く。
そして、ようやくこの倉庫が大きい理由を知る。
それは、亀の生態のようだった。亀は、水槽の大きさだけ大きくなる。この倉庫に入っていたものは、何十年分もありそうな、書物だった。しかも、部活動や青年団で描かれそうな、部誌の数々だった。
「これ、全部ですか」
「ええ、そうね」
きっと、3日はかかるんだろうな。
隣の先輩は、「いっちょやったりますかい」と楽しそうだった。
「やりましょうか」
僕も、遅まきながら決意を固める。
「おじいさんって、小説家か何かをしているの?」
ようやく10分の一くらい整理できたところで、先輩は口を開いた。どの部誌も完成度は高く、プロというには少し遠いが、それでもお金を出してでも読みたいと思えるような作品ばかりだった。
「いえ。普段は、監督をしています」
監督。監督?
「何の監督なんですか?」
僕が訊くと、子村さんは「サッカーです」と作業の片手間、簡単に教えてくれた。「この町の少年サッカーチームを率いているのです」子村さんの言葉を聞いたそのタイミングで、僕が手に取っていたのは、ちょうどサッカーが題材となっている作品だった。
「おお」
あらすじとしては、サッカー部のない進学校に新たにサッカー部を設立し、ゼロからチームを作り上げるというものだった。読み進めると吸い込まれていく。気づけば、次巻へと手を伸ばしていた。
「何してんの、仕事して」
先輩の声もよそに読み進めていく。
チームは結局地区予選を突破したものの、県大会で大敗を喫するという終わり方だった。しかし、それを悲観的に描くのではなく、むしろ未来につながるような、明るく描かれていたのが印象深かった。
「これ、元ネタとかあるんですかね」
ボソッと呟いた瞬間、何かを感じた。振り返ると、そこには部誌を縛る縄を構えた先輩がいた。
「いつまでサボっている気なのかな」
「……すみません」
笑っている彼女の眼を、見ることはできなかった。
閑話休題。
縄で何度か殴られたのち(新たな何かが目を覚ましそうだった)、先輩はこんなことを話し始めた。昔のことに関して、彼女は知らないことがないらしい。少し前に、そのことに関して訊いたことがあるが、彼女曰く「いっつも図書室とか行くから」ということらしい。じゃあ、授業はどうしているのかと尋ねようと思ったが、それは愚問以外の何物でもない。時間の無駄ってやつだ。
「教師の話より、私の話の方が確実」
そう言うに決まっている。
その彼女が話し始めたのは、僕らが通っている学校の初期のころの話だった。
「確か、創立70年を去年か一昨年記念していたような気がする。昔は女子高だったはず。それで、初めに入った男子学生は10人とか。もちろん、部活なんて大抵が女子部で、男子は10人集まって何でもしていたみたい。スポーツ、文芸、演劇に吹奏楽。忙しくしていたそう」
手元を狂わせることなく、彼女は淡々とつなげる。
「確か、その集大成がサッカーだった」
うちの学校は、本当に部活動が少ないし、ちゃんと活動している部活なんて片手で数えられるほどなのだが、不思議といつもその部活動にはエース級の人たちが集まり、その学校を全国は無くとも、その一個下のカテゴリでベスト4に輝いていたりする。
そして、そのうちの一つがサッカー部だ。
毎年のようにベンチに一人座れば良い方の人数で勝ち進む姿を、人々は少数精鋭と呼んでいる、らしい。
「言われてみれば」
子村さんは、少し手を止めた。そして少し考えた後、再び手を動かし始めた。その間何を考えていたのかは分からなかった。
「ほうほう、つまりそういうことか」
先輩はもうこの結末に気づいたらしい。
教えて欲しかったけれど、それを知ったところでこれが片付くわけでもないので、聞かないことにした。
沈黙の中の作業が続く。




