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Imagine World  作者: サツマイモ
『逆想世界』
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002 移動中

「じゃあ、お疲れ様」


担任のホームルームは、他のクラスと比べ物にならないほど速い。もしかして、重要な連絡さえしていないんじゃないかと思うほどに速い。しかしながら、そう言ったミスをするような人でもないのも確かだった。まあ、とにかく要領が良いのだろう。


まったく。格好いい女教師だこと。

気づけば、担任はいなくなっていた。


「……そうだ、今日帰れないんだった」


教室を出て、階段を降りきり、下駄箱まで行って、ようやく気付く。

先輩は待たせると怖い。


この前、デートではない何か―買い物に付き合わされただけ―の時、電車が思わぬ人身事故によって遅れただけで、昼食代をおごらされた。


僕のせいでは全くないのに。


「今からなら、『掃除でした』っつってもバレないよなぁ」


下駄箱で手にした靴をもう一度戻し、気を取り直して図書室に向かおうと左を向いた瞬間に、その言い訳は通用しなかった。


「この子、事件の子?」


そこには、すらっとした高身長の女の子の裾をつかむ1学年上の先輩がいた。

ちなみに、学年の違いは靴の色で決まる。

3年が青、2年が赤、1年が緑である。

というか、未桜先輩と子村さんだった。


「……何をしているんですか、先輩」

「未桜でいい」

「未桜先輩」

「むう」


お決まりの流れをしたところで、先輩は喉を鳴らし「で、君こそ何をしようとしていたのかね」と推理小説に出てくる名探偵のような台詞を僕にぶつけた。


「掃除に行こうと思ったんですよ」

「君のことを掃除してあげようか」


子村さんは、先ほどからずっと面倒そうにしている。


「……あの」

掠れた声が響く。

「ごめん、この人とどういう関係なの?」


ええと。


確かに、これについては何と言ったらいいのか、僕にもそして先輩にもわからなかった。同じ部活でもなければ、系統すら違うし(僕は文系で、先輩は理系だ)、だからと言って同じ中学校を卒業したわけでもない。先輩は転校生なのだ。

だから、一応はお隣さんくらいの感覚だろうか。


「お隣さんだよ」

「……へえ、そう」


クールな雰囲気を纏いつつ、「それで、私も連れていかれるってことですか?」と先輩に問いかけた。

「そういうことになる」

クール対クールという、いかんともしがたい構図。


「じゃ、じゃあ行きましょうか」


下駄箱から離れてすぐに自動販売機がある。

そこで、先輩はいつも苺カフェオレを購入する。

どんな日であっても、それは変わらないそうで、言ってしまえば彼女のルーチンワークだという。


「これが無いと頭が働かないんだよ」


先輩の『頭が働かない』というのは、IQ250から、IQ150に下がる程度の、それだけの話なのだが、それでも彼女はそれを欲している。


「軽く信仰だね。苺カフェオレ神を信じているのかもしれないね」


階段を昇りながら、先輩は啜る。


「子村さんは、いつもしていることってあるのかな」


踊り場にあるごみ箱に、華麗にシュートを決めた先輩は、一歩後ろで歩いていた子村さんの方を向き、尋ねた。


「……私ですか」と、突然の質問に困惑しながらも、「絵を描くことでしょうか」と返した。「なるほど」とつぶやく先輩に、今度は子村さんから「どうして、そんなに勉強できるんですか」という質問が投げかけられた。


「……」


これは、僕も知りたい所だった。

僕も、何度か訊いたことがあった。ともに登下校しているときとか、テスト前に勉強を見てもらった時とか。それでも、先輩はなあなあにしてごまかして、答えてはくれなかった。


「私には、それしかないから、かな」


窓から差す日光が、先輩の半身を照らし、後光のように見えた。

儚げで、神々しいそれは、僕と子村さんを一瞬にして黙らせた。


「料理もできなければ、洗濯もできない。片づけという概念さえ弁えなければ、礼節なんて知識だけ。この前も知人を些細なことで失って、コミュニケーション能力が著しく低いからバイトの面接も落っこちちゃう。皆、勉強のない私は嫌いなんだよ。そんな私だから、勉強するしかないんだよ」

「そんなこと言わないでくださいよ」


僕は、この気まずさをなんとかしたくて、自分でもどうしたんだと問い詰めたくなるようなことを言ってしまった。


「僕は、先輩のこと大好きなんですから」

「……」


黙ってしまった。

先輩は、僕と目を合わせるとすぐに窓の外を見つめ始めた。

子村さんは、「君って意外と大胆だよね」と真面目な分析をした。

当の僕は、自分でなにを言ったのか今更気づき、そして、黙った。

沈黙が僕らを包むまま、フリースペースにたどり着いた。


フリースペースというのは、いわば勉強スペースみたいなもので、部屋の両サイドには赤本や参考書がずらりと並べられている。軽食もオーケーなので、普段は3年だけでなく勉強熱心な2年もこの教室を使っているのだが、今日は午前授業ということもあって、誰もいなかった。


……いやいや、待って。


確かに4月というのは午前授業が相対的に多くなる月ではあるけれども、今日はちゃんと6時限目まで授業があったし、何しろ昼飯を食ってから2時間経つという、何よりも精密な僕の体内時計がここにある。

あれ、だったら、どうして今日は誰もいないんだ?


「先輩?」

「未桜でいい」

「未桜先輩、もしかしてなんですけど」


長いぼさぼさの髪をまとめながら、先輩は釘をさすように答えた。


「使ってないよ」


質問の内容を先読みできるということは、自分の中で何かしらの心当たりがあるということに違いない。僕は、そう思いながら肩をつかむと、「……むう。そうだよ、使ったよ」と子供のような拗ね方で白状した。


「……これが、先輩の世界ということですか?」


子村さんは、初めて見る他人の世界に、興奮していた。


普通、他人の世界に紛れ込むときは、怯えたり怖がったりするものだが―僕のそのうちの一人だった―、しかし彼女はそれをも受け入れようとしていた。


他の人間には出来そうもない、崇高なものだと感じた。


「『孤独世界(アイソレート)』。本当は、動詞じゃないからとか、名詞はこうだとか色々あるだろうけれど、呼びやすさを重要視することで、この呼び名になった」


僕らは、机を三角形になるように並べ、そしてそれぞれお茶を飲みつつ、互いの話を始めることとなった。どうしてここにお茶があるのかというと、フリースペースには自販機がない代わりに、無料(お布施感覚でお金を払う形式)のお茶が用意されているのだ。


しかしまあ、これはもっともらしい嘘であり、結局は先輩が欲しかったから、この世界に生まれたというだけである。


自分が産んだ世界は、自由に操ることができる。

やりたいようにやり、知りたいように知り、広げたいように広げる。

それが、自分の世界を作るうえでの鉄則だったりする。


「それで、君のは何かな。ヒントはBL作家ということだけなんだけれど」

「……それについては、私が話します」

「え?」


てっきり僕が話すものと思っていたので、これは意外だった。


「ちゃんと自分で話さないと、ケリがつかないと思うから」

そんな彼女を、否定することができるほど、大それた人間ではなかった。

「では、聞かせてもらおう」


未桜先輩は、いったいどの立場なのだろうか。


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