表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Imagine World  作者: サツマイモ
『逆想世界』
2/81

001 素晴らしい景色

目が覚めると、そこは天国ともいうべき、美しき世界だった。


耳をくすぐる吐息。芳醇な香り。柔らかそうな、肌の白色。

この美しい景色を見られたということは、その代償として何かがあるということに違いない。これは、僕の約17年という人生の上で学んだことであり、さらに言えば、この世の中の不変の真理としてそこにある。


僕は、その線で模索してみる。


今日の授業は、提出物があるわけではない。

今日注目の番組は、すでに録画済みだ。


色々模索し、色々検索をかけた結果、僕は気付いてしまった。

否、気づいていたのだけれど、あえて無視していたといっていい。


僕はその現実を受け入れたくはなかったのだ。


ちらりと、机の上にある時計を確認すると、8時を過ぎようとしていた。

登校に、少なくとも30分はかかる。始業時間は25分からなので、完全にアウトだ。


僕は、高校生にして初めての寝坊というものをしてしまったらしい。


「君、いつまで睡眠に時間を費やすつもり?」


今僕の上を仁王立ちしている彼女は、猪口未桜(いのぐちみお)先輩。

真っ黒の髪に、銀縁の眼鏡。いつもむすっとした顔で、何を考えているのかはさっぱりだが、時折見せる笑顔が少年のようで、格好良かったりする。


「どうして、先輩がいるんですか?」


というか、どうしてお隣の先輩が、うちにいるのだろうか。どうやって?

部屋にある大きな窓は、しっかりと施錠されていた。

次に小さい窓を確認しようとして、やめた。

なぜなら、いくら体躯の小さい先輩であっても、あの小ささは通れない。

猫の額くらいの大きさの窓なんぞ、誰が入れようか。


「ああ、それはお兄さんが」


親指で隣の部屋を指す。納得である。

彼―僕の兄貴は、僕と同じ仕事をしている。


『世界管理人』


僕らの仕事は、そんな風に巷で言われている。


この世の中に蔓延る有象無象の不可思議を調査するというと、幾分か真面目な仕事のように見えるかもしれないが―いや、多分見えないだろうけれど―、決してそんな大層なものでもなく、要は怪奇現象の後処理みたいなものをしているのだ。


そして、その仕事を請け負う人々は、この住宅に住んでいる。

いわゆる、シェアハウスというやつだ。

と言っても、その人数はたった4人である。


僕―瀬川十哉。高校2年生。

兄―瀬川一哉、教師。

外村(とのむら)うてな。同級生。

佐渡島(さどしま)まどか。担任教師。


「では、どうして先輩は、遅刻ほぼ確定の僕の家まで足を運んでいるのですか?」

「それは、私にとって始業に間に合うことよりも大切なことがあるからだよ」


臆面もなくそんなことを言える先輩を、僕は心から尊敬する。



4月26日。入学式も始業式もその他もろもろ終わり、特にやることもなくなったころ。

僕は、今日もまた学校へと向かっていた。


高校2年となれば、もう進路について考えなければならないそうで、だからと言ってやりたいことも特になかった僕は、今日もまた憂鬱に歩いていたのだった。


「そんなに嫌なら、学校なんか行かなければいいのに」


小柄である彼女は、高校3年生である。

つまり、今年は受験の年なのだ。

まあ、彼女にとって入試というのは小テスト並みに緩いらしいが。


噂によると、大学のとある研究所からオファーがかかっているらしい。


「そういうわけにもいかないんですよ。僕みたいな凡人は」

「ふーん。まあ、来てくれるのなら、私は凡人だろうと何だろうとかまわないけれど」


先輩はぽつりとそう呟いた。

いつの間にか耳にこびりついて離れないゴミ収集車の音楽が、僕らのBGMとして、ゆったりと流れる。


「先輩は」

「未桜でいい」


いくらなんでも出会って1年の間で―しかも、一年先輩で―その呼び方はできない。

僕は、それくらいの小心者だ。


「未桜先輩は」


むすっとした。


「未桜先輩は、どこに行くんですか?」


先輩は、半分面倒そうに、半分呆れたように答えた。


「そうね。近くの大学かしらね。そこに行けば、とうやとも遊べるし」

「そうですか」

「何よ。嫌なの?」

「いえいえ、恐悦至極にございますよ」

「心籠ってない」

「込めまくりですよ」



通学路の中で、最も景色が良いと思うのは、今歩くこの大橋だと思う。


この学校は、2つの大きな河川の間に形成された三角州の上に建っており、登校するためにはどちらか一つは必ず橋を渡らなければならない。そのため、学生は『東大橋』と『西大橋』を渡るのだが、僕らが渡る『東大橋』から見える景色は、『西大橋』よりも美しいと思う。


もしかすると、地元民だからという意見もあるかもしれない。地元愛が特段強いわけでもない僕だけれど、無意識のうちに愛している可能性だってある。


しかし、去年引っ越してきたばかりの先輩もまた、「この景色、いいよね」と言っているのだから、やっぱり東大橋の方が綺麗なのだ。


誰に、何を張り合っているのかは知らないが、とにかくそういうルートをいつも歩いている。


ちなみに、この三角州に浮かぶ島のような存在には、この学校しかないため、2つの橋を使うのは、この学校に通う学生と先生方だけである。


たわいもない言葉のキャッチボールを唐突に切り上げたのは先輩だった。

「あのさ、瀬川」

「どうしたんですか、改まって」

「私達って、カップルとかそういうのではないよね?」

「当たり前じゃないですか」


僕と先輩は、付き合わない。

それこそまさに不変の真理であり、太陽が東に沈み始めるほどありえない話である。


「なら、平気か」


空を見上げる先輩を見て、僕はこの前のことを思い出していた。

最近、僕は兄貴と共に調査に出ている。そのために今日は遅刻しているのだが、まあそれは置いておくとして、とにかく僕らは仕事をしていた。


具体的には事故である。


不思議不可思議不可解案件というのは、事件よりも事故の方が圧倒的に多い。まあ、事故が実は事件でしたということもないことは無いが、基本的には怪奇現象が介入して事故を引き起こしている。

最近、巷では不思議な事故が多数起きている。それを調査していた。その不思議というのが、事故を起こした車には、全てカップルで乗車しているということだった。


カップル。カップリング。


「そういえば、先輩。この前、新刊が欲しいとか言ってましたよね?」

「そんなこと言ったかしら」

「言ってましたよ。ほら、あのBLの」

「あー、言ったわね。てか、そんな大きな声で言わなくても」

先輩の声は、車の走行音で掻き消されてしまう。

「先輩の声が小さいんですよ。で、それなんですけど」

「どうしたの?」

「これですか?」


瞬間。先輩の足は止まった。目が散瞳し、頬が紅潮し、口が閉まらなくなった。右手の人差し指を僕に突き出し、体が震え始めていた。


「……どうやったの、それ」

「え、ええと」

「だって、明日発売なのよ?」

「それは」


作者が知り合いだなんて、言えない。

僕の少ない知り合いに、BL作家がいる。というか、LGBT作家と言った方が良いのかもしれない。そいつは、先輩とは真逆の容貌で、高身長で男の子っぽい。ショートカットが似合う彼女は、学校では僕と同じはじっこ勢だったりする。


「本屋特権でしょうか」

「あなたの家、本屋じゃないでしょ」


母親がOLで、父親が専業主夫の家庭です。


「とにかく、良いじゃないですか」

「むぅ。でも、これもらってもいいのかしら」


先輩は、禅問答を始めた。


「……やっぱりいいわ。ちゃんと自分で買う」


勉強に関して色々破天荒な先輩だが、こういうところは本当に尊敬できる。


「……それに、今回の事案も何となくわかったし」

「事案、ですか?」

「そうね、大体1週間前ってとこかしら。それくらいから、君学校来なかったでしょ?」

「確かに」


4月15日。僕は、別世界に巻き込まれた。


「その時、君は何か事件に巻き込まれた。そして、その人がこれを描いたってこと。つまり、君はこの作者と友達になったということだ」


その解は違ったりする。友達になったわけではない。

知り合いになったくらいだ。

それくらいの、関係なのだ。


「ええ、そうですよ。さすが先輩。黙っていてもわかっちゃうものなんですね」

「じゃあ、聞かせなさいよ」

「……へ?」

「だから、聞かせなさいって。今からじゃなくていいから。そうね。放課後、図書室の隣のフリースペースで」


そう言うと、先輩はそそくさと歩いていってしまった。


「あれ、もう校門だったのか」


先輩と話すと、いつも時間を忘れてしまう。まるで、時間を操られているようなそんな感覚に襲われてしまう。

……何を馬鹿なことを言っているんだ。単純に先輩が好きなだけだろう。



「一限目何だっけな」

下駄箱の扉に手をかけたところで、後ろからの気配がした。

こういう時は、大抵頬を突くような悪戯をされる。

肩をとんとんと叩かれたので、叩かれた右ではなく左の方から振り返った。


「引っかかった」

無意味だった。

「爪伸びました?」

「そうかもしんない」

「痛いです」

「知ってる」


楽しそうに僕を嘲笑う彼女が、今回の女の子だったりする。


子村明奈(ねむら あきな)

高身長。ショートカット。キリっとした瞳。扇情的なハスキーボイス。やることが少年のそれ。普段はしゃべらない、はじっこ勢。そして、BL作家。


「どうして僕の周りは声の小さい奴が多いのか」


他の高校に通ったことがないので、小中学校の記憶と比較しなければならないが、普通小中学校の時の方がうるさいはずなのに、この学校はそれを優に超えるほどうるさい。


「違うよ。君は、そういう風に世界を構築しているだけだよ」


それは、僕の世界が反響しやすいということなのかもしれないが。

反響。反芻。反復。

それが、僕の世界。


「聞きたくない言葉だけが響いて、本当に欲しい言葉は慎重に扱い過ぎて消えてしまう」

彼女の台詞に、反論の余地は一つもなかった。


「だから君は、私を見つけてくれた。そんな君だから、私は君と」

そう言って。

彼女は教室に入っていった。


「なんだよ、それ」


彼女の席と僕の席は、見事に真逆の位置にあり、普段から話すことは無いのだけれど、そんな僕に親近感を覚えていた。

客観的に考えれば失礼なことこの上ない。


「でもまあ、俺とは違って、人気はあるんだよなぁ」


僕の周りの席は、残念ながら女子ばかり―しかも、相容れないタイプ―で、だから僕は寝たふりをするしかないのだが、その時に聞こえる会話はいつも彼女のことだった。


「何を聞いているんだ、僕は」


相当気持ち悪いところが発揮されたところで、僕は思い出していた。


『人は皆、一つくらいは世界を持つ。誰もがその世界の創造主で、この地球の上に世界をぶつけ合っている。常識って言うのは大多数の人間が作った世界の、言ってしまえば共通点だよ。つまり、正解も不正解もない。たまたまそういう世界だった、それだけさ』


専門家―兄の言葉。

自分が産み出した世界。共存共栄するのが当たり前とされる、むしろ弾圧するのが普通とされるこの世の中で、彼女は自ら産んだ世界に飲み込まれそうになった。


『だから、産まれた世界も、壊せないんだ。何かに置換することでしか、解決方法はない』


その言葉の冷淡さを、未だに僕は覚えている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ