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Imagine World  作者: サツマイモ
『幻想世界』
14/81

006 超人的な勘

「座って、座って」

彼女は、僕をソファへと誘導した。


ソファで寝ている佐渡島さんを、うてなは慣れた手つきで部屋まで運び込む。僕は、空いたソファにゆっくりと腰かけた。


帰ってきた彼女は、僕に顛末を話し始めた。


「まず、本件は先輩に関係ないと言いましたね? つまり、これは世界係の話でありましょう」


彼女には、僕が進路とかで悩むという可能性が無いらしい。


「そして、先輩に関係ないということは、新たな案件もしくは、今までの人からの依頼となるわけです」


他の可能性とかバリバリあるだろうに。


「君に限って、新たな案件が入ってくることなんてまずないでしょう。よって、今までの人からのご依頼となります」


もうツッコむことは止めよう。


「今までの人と言っても、君のことだから関わりは最小限にするはずです。ともすると、可能性として挙がるのは、クラスメイト。そして、直近に解決した人となります。

よって、子村明奈さん。彼女が、その件を持ってきた。

君が話したがらないということは、保守義務うんぬんより、プライベートにかかわることだったから。

身内の肩だったが被害に遭っている。あるいは、加害者になっているということなんだろうね。

それは多分、そこまで近いわけでもなく、遠いわけでもない。近かったら、君が抱え込むなんてことしないだろうし、遠かったらそもそも相談になんて来ない。

まあ、偏見ではあるんだけど。

だから、そうね。おじさんくらいかな。で、その場で解決しなかったってことは、被害者なわけだ。

ここまで、間違っている?」


何も言うことがないくらいに、完璧だった。彼女の勘は、気持ちが悪いほどに正確で、精密だ。


「正解」

「じゃあ、ここからが私の答えね。君が悩んでいるのは、可能性が一つに絞れないから」


大正解だった。

「正解だ」


「やった。じゃあ、一緒に入ろ」


仕方ない。約束をしたのだから、果たすのが当たり前だ。文句や恨み言は言いっこなしだ。


「ほんと、よく分かるよな」


「思いの強さは、誰よりも強い自信はあるよ」

彼女は、少し寂しげにそう言った。


「あ、そうだ。君に答えを授けよう」

「いや、でも」


僕は、自らで答えを見つけようとしていた。それが普通だと思ったし、義務だとさえ思った。しかし、彼女は「君は、謎解き担当じゃなくって、後処理担当なんだから。ちゃんと答えを言ってあげないとダメでしょ?」と諭した。いやいや、凄く馬鹿にされているじゃないか。


「だって、ことは一刻を争うのに、君に任せていたら、1年はかかっちゃうよ」


酷い言われようである。


「だから、答えをあげよう」


その答えとやらは、僕を悲しませた。あるいは、安堵させた。

それは一度考えて、ありえないだろうとすぐに捨てた、所謂捨て案だった。被害者であるというところまでいって、それでも何度も捨てた案だった。しかし彼女は、何の臆面もなく断言した。


「君が出会ったというそのおじさん、人間じゃなくって人形だよ。誰かが産んだ、操り人形」


先に、言い訳をさせてほしい。

彼女に言われた通り、僕が推理することはそうそうない。だから、稚拙な思考回路しか持っていないのだ。そんな僕でも6点取れるほど考え続けたのだから、褒めてほしいくらいだ。


ただ、そんな甘く褒められたところで、そのまま受け取ることはできない。そんなに世の中は甘くない。


「……」


やっぱりと言うだけなら、それ以上に簡単なことは無い。そっちかぁとうなだれれば、自分さえも騙せる気さえする。知ったかぶりは良くないと言われがちだが、それでもやったことがない人はいないだろう。そこには、それくらいの魔性が隠されている。


「……どういうことですか」


ただし、僕はそんなことをしなかった。というか、できなかった。その答えは僕にとってあまりにも衝撃的で、完全に考えていなかったことで、意表を突かれたものだったのだ。


「え、いや、そのまんまなんだけど……」


彼女はさも当たり前のように、きょとんとした。

そして、彼女は少しだけ微笑んだ。


「たまにあるんだよね。根底から覆すことが」


ふふんと鼻を鳴らし、彼女は、未だ意図がつかめない僕の肩をつかむ。


「深く話してあげよう、さ、一緒に風呂に入るのだ」


どうしてそこまでして同じ風呂に入りたいのか。これに関しては本当に分からない。誰とでも入るような子ではあるのだが、それでも異性の境界というのはしっかりと持っている子だとは思っていた。しかし、それはただの妄想だったようで、彼女にとって性別は関係ないらしい。


「一人じゃ、寂しいんだよ」

悲しそうな瞳が、鮮明に映る。


「だからって」

常識に縛られる僕がとった最終的な条件は、互いにタオルを巻くというものだった。それすらも彼女は抵抗したが、結局折れてくれた。安堵というより、心配の方が勝る議論だった。


「失うのが、怖いの」

彼女の世界を、僕は知らない。


「そーれーよーり」


寂寥感漂う風呂場の空気を、彼女はたった一言で換気してみせた。彼女の声は、太陽に負けない明るさを持ち、彼女の声を聴くと、自然と未来が開けるのだ。


「君は、彼が被害者だって思ったんだよね?」


人差し指を立てて、僕に確認をとる。少しだけおどけた僕は、「ああ」と言葉になっていない肯定を返す。


「だったら誰が加害者かなんて、一目瞭然じゃないの」


彼女は、その人差し指を口の中に入れ、ぽっと鳴らした。普通だったら確実に乱闘もののウザさだったが、彼女にそれをされると全て許してしまう。


「……誰だって言うんだよ」

「他人が天才であることで自分が幸せになる人なんて、家族くらいしかいないでしょ」


もっとしっかりと考えれば、他にも色々いるのだろうが、そのどれもが彼女の勘を前にしては間違いでしかない。

彼女が左だといえば左だし、右だといえば右なのだ。

それ以外はあり得ない。


「……でも、それって」

「普通、既婚者かどうかなんて、初めから聞くかしら」


瞬間。僕は震えた。

風呂の温度はとてつもなく温かくて、熱いはずなのに、寒気がした。さすがに、それは怖すぎる。僕でなくても、あるいは僕じゃない方がもしかすると心臓に来るかもしれない。下手なB級ホラー映画よりよっぽど恐ろしい。それを平然とやってのける彼女が、もっとも怖い。ラプラスの悪魔と形容してもいいのかもしれない。


圧倒的恐怖。

絶対的畏怖。


「……どうして、それを」

僕は、そのことに関しては一言も言っていない。

「予測と予感と予言ってところかな」

あらかじめの女王。


「まあ、勘だけど」


彼女の勘は、もうすでに勘の領域をはるかに超えている。人間じゃない。これはもう、人間の脳ではない。


「どうして最初に既婚者だと言ったのか。それは、彼女にそう言えと言われているから」

僕はまだ追いついていない。話だけが独り歩きしていく。


そんな感覚は、いつだって感じていた。


「明日、明奈さんと共に、お母様のお姉さんもしくは妹さんを訪問してみたらいいんじゃないかな」


彼女は、そう言って、微笑した。


「私が、怖い?」


僕は、何も言わず、苦笑した。


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