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Imagine World  作者: サツマイモ
『幻想世界』
12/81

004 佐渡島まどかの酔っぱらい

「君は、どうして正解の前でぐるぐる迂回しているのかな」


僕のポケットには鍵が無かった。しかし、僕はそんなことで、慌てふためくことはしない。なぜなら、まだ家に置いてきたという可能性があるからだ。もしくは、学校に置いていったとしても、担任もしくは兄貴が持ってくる可能性もあるからだ。


そして、こんな時間に誰もいないということがあるわけがない。

こういう仕事をしている4人だからこそ、家に誰もいないことがないようになっているのだ。

それはもう、阿吽の呼吸で。


「誰がいるかな」


可能性を探るという行為は、非常に大切なことで、様々な角度から物事を見つめることで正解が見えたりする。正解だけでなく、これから自分がとるべき行動なども、しっかりはっきりわかるのだ。


誰がいるのかという疑問に対する答えによってはその後の対応が違うため、その可能性を探るべきなのだろう。


例えば、兄貴だった場合。

ほとんどの確率で飯は外食だ。あるいは、コンビニ弁当だろう。とにかく、もう一度外出しなければならない。


逆に、女性陣だった場合。

これはつまり内食を意味する。ありがたいことに、女性陣の作るご飯は大変美味しいのだ。


共同生活をしているというと、若干違うような気もするが、ただ便宜上そう呼んだ方が良いと思えるこの生活は、家事分担がきちんとなされている。


ざっくり分けると、食事・買い物は女性陣担当。

掃除・洗濯は男性陣担当だ。


これは別に決めたわけではなく、気づけばそんな風になっていたというだけである。

ドアを開けると、そこには仁王立ちする女性がいた。


艶やかな黒髪。凛々しい瞳。可愛いより、綺麗より、格好いいが似合う風貌。

僕より高い身長。すらっと伸びる足。

の普段とは、全く異なる状態の担任教師だった。


「おそかったじゃないの~。ぎゅっしたげる」


とっちらかった髪に、真っ赤の頬。キリっとした瞳はどろんとたれ、まともに焦点があっていないようだった。


「要らないです」


要らないといっても、彼女の耳には届かない。

いつものようにいつもの如く、例によって酔っぱらいに抱き着かれるのであった。


佐渡島まどか。僕の担任。


確か、兄貴と同期らしい。彼女の方が、成績が優秀だったらしく、この共同生活の案者は、彼女だったりする。


そんな彼女は、世界係の係長を務める。


「そろそろ暑いです」


5月と言っても今日は一段と暑かった。すでに真夏日なのではと疑いたくなるほど太陽は元気に活躍し、僕の眉間は自然としわができた。


ちらっとリビングを見る。


空のビール瓶が、彼女のこのありさまを、如実に表していた。


「まさか、一人でこの量じゃないでしょうね」

「あたしのきゅうりょうなんだし、えーじゃろ?」


ため息以外に吐けるものは無かった。つまるところ片づけるのは他の誰でもない僕だし、愚痴も言いたくはなるが、ここはじっと我慢して、静かに広間のソファまで持っていった。


「いえーい、おひめさまだっこ」


右手を僕の首に回し、もう左手でピースを作る。


想ってもいないことをすらすらと言えるのが、彼女の係長たる所以らしい。僕にはわからないが、兄貴曰く『コミュ力お化け』なんだそうだ。担任の仕事をしているときとは、まったく違った彼女が、そこにはいるらしい。


一度会ってみたいものだ。


「それでー、どったの? そんな浮かない顔して」


にやけ顔を見せびらかす彼女は、当たり前のように瓶に手を伸ばす。僕がそれを遠ざけると、彼女はむすっとした。頬を膨らませる彼女なんぞ、クラスメイトの誰が想像できようか。


「いえ、別に。考え事をしているだけです」


僕の返しに、彼女は疑いの眼を見せる。そののち、ふーんとしたり顔を浮かべ、「なるほどねぇ」と呟いた。


「それより、試験作りとか大丈夫なんですか? 他の先生はてんやわんやしてましたけど」


帰り際に職員室を通ると、あーでもないこうでもないと先生方はそれぞれの意見を戦わせていた。


「あー、それね。全然問題ない」


そう言うと、彼女は突如目を醒ました。彼女は、仕事に関しては本当に抜け目ない。恐いくらいに。


「ちなみに、どんな問題なんですか?」

「どうして受験する生徒に教えねばならんのだ」


彼女は、ふんと腕を組んだ。こんな彼女を、クラスメイトの誰が……以下略。


「ただ一つ、ヒントをやろう」


教師にあるまじき行為をするということは、その裏にはとんでもない見返りを欲するに違いない。それがどれくらいのものなのか定かではないが、どうせ彼女のことだ。一日費やして返せるくらいの、大掛かりな見返りを要求するのだろう。


「分かりました。じゃあ、一日あなたに付き合います」

「いやいや、違うよ。確かに、それもいいかもだけれど、私が欲しているのはそれじゃない」


酒をあきらめたかと思えば、今度は煙草に火をつけ始めた。

煙草を取り出してから、火をつけて咥えるまでの動作は、まさにベテランの所業であり、そのあまりの格好良さから僕は黙って見入ってしまった。そして、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「君の悩みごとを聞かせろっつってんだよ」

可愛い笑顔と台詞が一致しない。


「さあ、ほら」

催促する彼女は、もう話を聞く気満々で、冷蔵庫の隣にあるつまみのさきいかを、小走りになりながら準備し始めていた。


「いやいや、喋りませんよ?」


そう言った途端、彼女の動きはピタッと止まった。笑顔は消え、視線を下に落とした。

僕の方にだって、守秘義務ってものがある。


「あーそう。ほうほう、なるほどね。はいはい、えーと、じゃああ、そっちかぁ。そっちだったら割と興味ないんだけどなぁ」


彼女は、途端にうなだれた。まるで子供のような態度をする彼女は、少しだけ上を向いて、ブツブツ呟きだした。


「どうしたんですか?」


すると、彼女は僕の眼をぎゅっと見つめだした。

吸い込まれそうな瞳に、僕の胸は高鳴る。


「その可能性は、潰さない方が良いよ。正確には、もう一つ先のことなんだけどさ」


何を言い出したのかさっぱり分からない。主語がないとよく言われる僕ではあったが、そうか、言われてみると確かに会話に支障をきたす。


「自分が産みだしたのではないなら、他人の産み出したものかもしれない。それに関しては、正しい。半分正解だ。私が採点者なら、10点中6点はあげよう。残りの4点は、……そうだな、自分で考えてみろ」


すると、彼女はソファにあった毛布にくるまって寝始めてしまった。


「……」


その一言で、僕の悩みごとは解決しなかった。彼女が僕の悩みに気づいたというところまでしか、僕にはわからなかった。


というか、何のヒントも与えていないのに導き出すとか、怖いよ。恐ろしいよ。もしかして、盗聴器とか仕掛けられていたんじゃなかろうか。慌てて服を確認するが、そんなものはどこにも見当たらなかった。


「あ、そうそう」


彼女は、くるまった毛布からぴょこんと顔だけ出し、「ヒントだけどな」と切り出した。


「医師免許をもらうための試験には、禁忌肢ってのがあるらしいから、その逆をいれといた」

「つまり、どういうことですか?」

「他のすべてを間違えていても、それだけ合っていれば単位を評価5をやるってことだ」


今度こそ彼女は、夢の中へと落ちていった。


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