8.筆頭魔法使い。
アザレの灯台で魔法使い達を束ねていた茶色い髪と瞳をしたなかなかの眉目端正なユングはこの国での筆頭魔法使い七人の中に序列する。
彼は同じ様な内容の報告書を三通提出していた。一通はこのアザレを統括する領主に。もう一通は直属の上司であるこのアザレを含むこの辺り一帯を統治するイワーナ国の筆頭魔法使いの長に。最後は、魔法使いは全て魔法使いギルドに入る様勧められる。それは半ば強制であり、新たな魔法使いを見出した時などは必ずギルドに報告する様会員は義務付けされている。よってユングはギルドにかなり強力な魔法使いがいる事を報告する義務があったのでそこに一通。
あれ程の力を有する魔法使いならばモグリでも知っているレベルの魔法使いだ。しかもメンバー全員が神がかった美貌の持ち主。筆頭を冠するユングの耳に入らないはずがない。
それぞれ提出し、夜が更ける頃にはやはり領主の館に呼び出されていた。それも火急で…。
ある程度覚悟し、準備をしていたユングはその呼び出しに応じて馬を走らせていた。
港町から伸びる街道を奥に進み、市場や賑やかな宿屋街、酒場、食堂街を抜けると街並みが広がり、その奥に官公庁が集まり、役人関係者の邸宅が並び、その奥が貴族達が住む邸宅がある。
それはどこの街も似た様な造りでこのアザレも御多分に洩れずであった。
市街地から離れれば離れる程静かになり官公庁街を過ぎると閑静な住宅街へと入る。
そこまで来ると最早すれ違う人の数が稀になり、警邏隊ぐらいになる。
一軒一軒の間隔が広まり、門構えも立派になり、門扉から奥行きがかなり広く、手入れの行き届いた庭先が並び、際奥には庭先に噴水まである領主の館があった。
ユングは門番の前で馬を止め、フードを外す。
「ユング様。伺っております、どうぞ中へ」
門番は敬礼を取り、手で合図をすると巨大な門扉はゆっくりと開かれ、ユングは再びフードを目深に被り、馬首を巡らせ開ききる前に中に入り込んだ。
館の前で馬から降りると待っていた馬番に手綱を渡し、中へと通される。
「ユング様。ようこそお越しいただきました。カルステン様がお待ちです」
外套を執事に預けると、執事は恭しく礼を取り奥へと案内する。
見事な緑色の分厚い絨毯が廊下の中央に敷かれ奥へと伸びる。
しばらく進み、木目の美しい扉の前で立ち止まると執事はドアをノックして待つ。アズレの領主、カルステン・ヴァン・アズレの執務室へとユングは案内され、中から扉が開かれる。
「失礼致します。カルステン様、ユング様をご案内致しました」
深く一礼し、言うと執事は素早く移動してユングを通す。
「失礼します」
「待っていたよ、ユング殿」
最奥には執務机に座る領主カルステン。
その後ろ脇に控えるのは護衛を兼ねた秘書と…。
もう一人に、ユングはわずかに顔をしかめた。
領主のカルステンの息子、クヌートだった。
二人はこの辺りでは一番多いこげ茶に近い髪色と瞳をしており、残念な程顔立ちは似ていた。息子は魔法使いとしての素質はあるが、申し訳程度しかなく、それは容姿として顕著に表れている。
しかし領主の息子でありそれでも貴重な魔法使い故、威張るのが大好きな少し頭の弱いタイプでアザレの未来が少し心配なのはユングだけではない。
父親のカルステンはまともなだけに周りは溜め息が尽きなかった。
ユングの目線に気付き、カルステンは小さく肩を竦めると席を立つ。
「息子も魔法使いなので貴方の報告に興味深いようでね。同席させて貰ってすまない」
側にあるローテーブルと長椅子のセットと1人掛け用の椅子が置いてある方を手で指し示しながら移動し、1人掛けの椅子に腰掛けると執事にコーヒーを依頼した。
「ユング殿はコーヒーはいけるかな?」
「最近入り始めた、あの?」
ユングは示されるまま長椅子に腰掛ける。
秘書はカルステンの後ろに移動し、クヌートはユングの向かいに腰掛けた。
「そうだ。あの苦味が私は好きでね」
「では私も同じ物で」
ユングが答えるとカルステンは執事に依頼する。
「すまなかったね、夜遅くに来て貰って」
「いえ、準備はしていましたから」
苦笑を浮かべるカルステンにユングは静かに答えた。
本当に悪いと思っていたら明日招集すれば良いだろ。とは、思っていても言わなかった。
「さっそくだが、報告書は読ませて貰った」
「はい」
「まず1点目。クラーケンは退治されたとあったが…。本当か?」
カルステンはユングにも飲むよう促しながらコーヒーを飲みながら聞く。
「はい」
「そんなわけがないだろう!倒せるものならもっと早く出来ただろうが」
すかさず突っ込みを入れてくる息子にカルステンは一瞥をくれ、ユングを見つめる。
「その4人組だが、ユング殿はご存知では?」
「存じ上げません。クラーケンを倒したのは、まさにエルフの姫君の様な女性が魔法で倒しました」
「はっ。エルフなんぞ絵空事だろうが」
再び突っ込みを入れてくる息子にカルステンは小さく溜め息を吐いた。
「クヌート」
「はい。父上」
1人掛けの椅子に深く腰掛け、手を組んで肘置きに腕を預けるとカルステンはゆっくり瞬きした。
「ユング殿が嘘を言った所で、何の得にもならない。まして、自分の手柄にしたのではなくきちんと他人が倒したと報告して来たのだからな?」
「しかし父上!よりにもよってエルフなどと…」
諭す様に話すカルステンになお食いかかるクヌートをカルステンは見つめる。
「では、神や悪魔なら良いのか?」
さすがにそう言われ、ユングは口を閉ざした。
「私は彼女が神だと言われても信じます。4人共それ程の美貌の持ち主でしたから」
魔素の高さが美貌に比例するのはこの世界では常識だ。この国の筆頭魔法使いに序列するユングもまた眉目端正な作りをしている。
「彼女達はどこに?」
「それが、クラーケンを倒すと消えたので…」
「消えた⁈」
またもや口を挟む息子をカルステンは鋭く睨み、クヌートはハッとなると口を閉ざした。
「はい。恐らく、転移の魔法を使われたのかと…」
「なっ…馬鹿な!転移の魔法など!しかも距離のある場所への転移なんてそんな高等な事が」
「だからエルフだとユング殿は言うんだろうが」
半ば諦めに似た口調でカルステンは呟くとユングを見つめた。
「ふむ…。その者達ならばシードラゴンに守られたセイレーンをどうにかするのも可能そうだな」
「恐らく…」
カルステンの言葉に、ユングはやはりそれか…。と嘆息した。
アズレにはクラーケンだけでなくまだ厄介な敵がいた。こちらは神出鬼没で遭遇率もそう高くないのだが、この海域でシードラゴンに乗ったセイレーンが船を襲う事があるのだ。
「探す事は可能か?」
「わかりません。私より遥かに高い魔素の持ち主ですから私の魔法は効かないでしょうから…。まだ街にいるようならば、あれ程の美貌です。占術士や市民に聞いた方が早いかもしれません」
素直に答えるユングにカルステンは頷いた。
「わかった。そちらも手配しよう。一応ユング殿もやってみてくれ」
「わかりました」
短く答え、ユングは頷く。
「夜遅くにすまなかったね。一応部屋を用意した。今日はもう休んでくれたまえ。それとも帰るかい?」
「明日の準備もありますので戻ります」
「そうか…。気を付けて帰ってくれ」
カルステンは口元を緩め笑顔を刻む。
小さく頷くとユングは立ち上がり、一礼すると部屋を後にした。
カルステンは深く溜め息を吐くと息子に向き直る。
その後、カルステンの説教が始まったのはこの館ではよくある事だった。