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月が綺麗ですね。〜ギルド編〜  作者: 藍歌
ギルド編
3/26

3.神殿

  冒険者ギルドを出ると四人は港町アザレを見て廻った。

  石畳の道にレンガの街並みは、実に美しい港町の姿を呈していた。

  港へと続く道端には露天が並び、一角には市場が形成されていた。

  魔道具や武器、防具などはエルフの村の様な工芸品としても、強度としても優れた物は無かったがそれでも恵美や煌には目新しく楽しかった。

  回復アイテムや毒消し、麻痺回復草なども売られており、まさにゲームの世界だなぁと恵美はしみじみ見つめた。

  思わず買わなくていいのかと蒼に聞くと蒼は不思議そうに恵美を見つめ「なぜそれが必要なんだ?」と逆に聞いてきたのだ。

  目が点になる恵美に、聖は「魔法があるからね」と、説明してくれたが魔法が使えない状態ならどうするのだろう…と、不思議に思ったがそれ以上は突っ込まなかった。

  街の奥に進むと、チャイス神王国でも見たパルテノン神殿のような白い大理石の神殿が見えて来た。

  神殿には回復系の法術が使える神官が人々の為にいるらしいが、全てボランティアではなくやはりお布施がいるらしい。

  何をするにもお金が掛かるのはどこも一緒のようだった。

  神殿に入ろうとして、神官らしき人に呼び止められた。


「旅の方々ですね。如何されましたか?」

「この街に立ち寄ったので祈りに来ました」


  そつのない返事を聖が素早く答えると神官は顔を綻ばせて頷く。


「素晴らしい信仰です。冒険者様ですか?」

「はい」

「神様は常に私たちを見守ってくださっております。あなたたちにも女神様の祝福を」


  四人共の出で立ちから神官はそう言うと手を胸の前に組み、小さく祈ると去って行った。


「女神様の祝福ねぇ…」


  誰ともなく呟き、四人はそっと目配せた。

  神様も何も、ここに居るし…。

  煌のそう言いたそうな複雑な顔があり、恵美は思わず頭を撫でた。

  奥に進むと治療室と礼拝堂に別れていた。四人は礼拝堂へ進む。日差しがステンドガラスを通して虹の様に礼拝堂に降り注ぐ。どうやらこの神殿は女神信仰の場所らしく、礼拝堂には大きな白い女神像がまつられていた。

  四人はその礼拝堂で周りと同じ様に膝を折り、胸の前に手を組んで祈る。

  神が神に祈ると言う、何とも滑稽な構図が出来上がっていた。

  短く祈りを捧げると四人は礼拝堂を後にし、反対側の治療室の方へ行く。

  そちらの方は少し並んでいた。

  多少の風邪や怪我ならば法術で治るが、臓器的な病にまでなると法術では治らないのだ。

  簡単に言えば、大抵の者が使える法術は体の免疫力や自己回復力に働きかけ、それを促したり一気に引き出して強化させる事により治癒するのだ。

  だから大きな怪我の場合、傷口は塞がるのが早いが本人はかなりの体力を消耗する事になる。

  逆に言えば、体力が無い者。自己免疫力や回復力が低くなっている者は治りが悪く、酷い場合は法術に耐えられない場合もあった。そして回復の法術は術者にかなりの負担を強いる。

  患者の気の流れを読み、弱い場所を補い、逆に大い場所を減らしそれを弱い場所へ補ったりするのだ。かなりの集中力と時間がかかる。魔法の様に元素の精霊や聖霊の力を駆使して回復するのでは無いので効率も悪い。

  腕に怪我をして分厚い布でグルグル巻きにして血を流す者、顔を赤くして小さな声でむずがる赤ん坊を抱いた母親など沢山並んでいた。

 

「結構並んでいるのですか?」


  蒼達が気付かない間に、最後尾の赤ん坊を抱く母親らしき人に恵美は話しかけている。

 

「もう三時間は並びました」


  突然話しかけられ母親は恵美の方を見やり、一拍の間を置くと苦笑にも似た笑みを浮かべ、母親は答えてくれた。


「いつもそれぐらいかかるのかしら…?」

「三時間ならまだマシではないでしょうか。半日、酷ければ一日仕事になりますよ」


  大きな病院にかかると予約を取っていても待ち時間はそんなものだ。この世界は医学が発達していないのだろうか…。

  恵美は口元に手を当て考える。

  母親が恵美をずっと見つめている事に気付き、恵美は微笑を浮かべた。


「撫でても?」

「もちろん!」

「恵美…」


  制止の声に恵美は小さく肩をすぼめ、蒼を見やると赤ん坊に向き直る。

  小さな赤ん坊の額に触れずともかなりの熱が指先に伝わる。


「熱が…。いつから?」

「もう七日目になるんです。お乳も飲まなくて愚図っても声も小さくて…」

 

  少し陶然と恵美を見つめていた母親は不安そうな表情に変わる。


「早く良くなるといいですね」

「本当に…」


  小さく頭を下げると恵美は蒼達の方へ戻った。

  蒼が背中を向けた隙に、恵美の指先にほんのりと白い光りが宿り、直ぐに弾ける。

  一瞬辺りを優しい風と光りが包む。

  蒼達が一斉に振り返る。

  にっこりと微笑み、恵美は先を促し、煌と手を繋いで歩いて行く。

  盛大な溜め息をこぼす蒼の肩を叩くと聖は促すように歩き出した。

  しばらくしてむずがる赤ん坊の元気な泣き声が廊下に響き渡り、痛みが無くなったと歓喜する人々の声や騒めきがその場を支配した。



  そそくさと神殿を後にした恵美達はしばらく街に溶け込み、徐ろに蒼が口を開く。


「恵美…」

「ごめんなさい。でも、見過ごせれなかった…」


  小さく嘆息する恵美に蒼はベールの上から頭を撫でた。


「見過ごすのも神の仕事だ」


  言われ、弾かれた様に顔を上げる。

  そこにはいつもと変わらない穏やかな笑みを湛える蒼の顔があった。

  けれども、恵美は知っている。彼が凄く優しく、繊細で臆病な事を。

  他の四神達もとても優しい事を…。

 

「神様って大変ね」


  溜め息混じりに呟き肩を落とす恵美に蒼は益々相好を崩した。


「まぁ麒麟は君みたいに何でも助けようとしてするがな」

「恵美は紫苑と一緒に居たぐらいなんですから。自分達の性質と似ているのは仕方ないんじゃないですかね」

「そうだな。まぁ、どっか入るか?」


  丁度食堂街に差し掛かり、蒼が言うと煌が目をキラキラさせた。


「ウィンナーと言うのが食べたい!」

「肉詰めか…。恵美は?」

「何でも食べれるよ」

「聖は?」

「自分も何でもいいですよ」


  全員の意見を聞くと、蒼は食堂街を歩き出した。

  昼食の時間を少し過ぎたと言うのに人の数はそこそこあり、どの店も繁盛していた。

  昼間から酒屋が開き、賑わっているのはやはりさすが港町なのだろう。蒼は酒も取り扱っている一件の店に入った。


「いらっしゃいませー。何名様ですか?」


  ウエイトレスの元気な声が直ぐに聞こえる。


「四人だ」

「こちらにどうぞー」


  ウエイトレスに案内され、四人は奥に通される。


「先にお飲み物を伺って良いですか?」

「私は果実酒を!」


  素早く恵美が言うと蒼が露骨に顔をしかめた。


「一杯ぐらいいいじゃない…」

「一杯だけだからな」


  ハイハイと流しながら恵美は腰掛ける。

「何の果実酒にしますか?」


  中央に置かれたメニュー表を見ながら恵美は元気良く答える。


「梅で!」

「わかりました」

「俺エール大とウィンナー!」


  恵美の横に腰掛けた煌もメニュー表を覗き込む様にして見つめながら言う煌をウエイトレスは少し目を見張って見つめた。

  それも仕方がないと言えば仕方ない。

  煌の見た目は10歳ぐらいの子供だ。貴族の子供たちならエールは早くから飲むが平民ではあまり無い。そしてこの店は貴族御用達ではなく、平民の店なのだ。


「聖は…」

「任せます」


  恵美と煌の向かいに腰掛けながら聖は頷く。


「ではエール大3と5種盛りと若鶏の丸焼きとカルパッチョ、汲み上げ豆腐のサラダと今日のパンとスープ。全て人数分で」

「ウィンナーは?」

「あ、自家製の肉詰め全種も」

「ちょっと待って?人数分って私そんなに要らないよ?」


  半ば腰を浮かせて言う恵美に煌はビッと親指を立ててニッと口角を上げた。


「大丈夫!残したら俺が食べるから」

「多分足りんだろうから問題なかろう」


  どんな胃袋してるんだろう…。


  乾いた笑いを浮かべながら恵美は浮かした腰を沈めた。


「とりあえず、それで。また注文する」


  ウエイトレスが席を離れると蒼達はそれぞれ被りを取った。


「蒼はこの店に来た事が?」

 

  ベールを椅子に掛けながら恵美は小首を傾げる。


「ない」

「その割に迷わず来たね」


  聖がみんなを代表して問うと、あぁ。と小さく呟き、続けた。


「精霊達が、ウィンナーとエールが美味しい店があると教えてくれたんだ」

「俺、基本的に精霊の声は聞いてないからなぁ…」

「精霊達はお喋りだからね。取り留めないし」


  三人の会話に恵美は精霊達の声をずっと切ったままだった事を思い出し、少し意識を集中させた。

  身体の中を流れる魔素が耳に少し満たされるのを感じる。

  途端、ワッと音が溢れ始める。

  耳を抑え、恵美は魔素を調整する。


『姫神様とお話し出来るんですってー』

『新しい神様だー』

『わたしも新しい神様とお話したいー』

『ご飯美味しいですかー?』

『バカ、まだ食べてないよー』

『ここ、人の子が美味しいってよく言ってるよー』

『姫神様、髪の毛触っていいー?』

『あんた何恐れ多い事を言ってるのー』

『姫神様、髪の毛珍しいねー』


  一斉に意識下に多数の声が流れ込んで来る。

  精霊の声はなぜか全て間延びした様に聞こえる。

  ふわふわと周りを飛び交う小さな光りが見え始める。


「恵美、大丈夫か?」


  意識の調整をしている恵美に心配そうな顔をした蒼が話しかける。


『龍神様は心配性だからー』

『違うよー。龍神様は姫神様が大好きだからー』

『らぶらぶー』

『らぶらぶー』

『姫神様恥ずかしいってー』

『可愛いー』


  恵美は顔を真っ赤にして俯いた。


「いらないお喋りばかりしていると消すぞ…」


  精霊とのリンクを戻した蒼は、青い瞳を細め呟いた。


『姫神様は何でこんな所にいるのー?』

『龍神様のお城にいた方がいいよー?』

『悪魔の軍団が沢山いるから危ないよー』


  精霊達の言葉に恵美は聞き捨てならないものを見つけ、聞き返す。


「悪魔の軍団がいるの?」

『36と85と…あといくつだっけー?』

『70?』

『60だよー』

『36と85と60の軍団ー』


  精霊達が何でもない様にサラリと言ってのける数字に頭痛を覚え、こめかみを押さえているとウエイトレスの子が「お待たせしましたー」と、飲み物を持って来た。

 

「恵美…」


  蒼は手を伸ばし、テーブルの上に置かれた手を握る。恵美はゆるゆると面を上げる。紫を帯びた黒い瞳が不安そうに揺れている。


「一旦、食事にしよう。精霊も言っていただろう?ここはエールと腸詰めが美味いらしい」


  恵美の前に果実酒を差し出す。


「それに、時間は沢山あるから」


  いつも通り聖は穏やかに微笑み、ジョッキグラスを掲げた。


「恵美、一旦精霊との話はおしまい。腸詰め冷めちゃうよ?」


  目の前に並べられた山盛りの腸詰めに煌は黒曜石の様にキラキラとさせ、今にもヨダレを垂らさん勢いで見つめている。

  そんな煌を見つめ、思わず吹き出した恵美は口元を綻ばせた。


「そうだね」


  果実酒を持つと先に掲げて待ってる三人とグラスを合わせた。

  一口エールを飲むと、煌は待ってました!とばかりに腸詰めに食い付き「行儀が悪い」と、蒼に叩かれ聖は口元を手で覆うと声を殺して笑った。

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