2.ギルドの登録
ギイィィィイ…………。
油の切れた重い音と共にドアが開かれ、四人は中へ入る。
入ってすぐ右手の方にカウンターがあり、白いエプロンと三角巾をした案内係か、受付嬢らしい人が立っていた。
蒼達がそちらの方へ歩み寄ると受付嬢はニッコリ営業スマイルを浮かべる。
「こんにちは。ようこそ冒険者ギルドに。ご用命はなん…で…し…ょう…」
蒼の顔が見える距離になると受付嬢は凝視する様に見つめて頬を染め、感嘆の溜め息を漏らす。
「登録をお願いしたい」
「はい…ご登録ですね。何名様のパーティでしょうか」
「4名だ」
「でしたらこちらの方の紙にご記入下さい」
蒼の青い瞳を真っ直ぐ見つめ、呆けた様に言うと受付嬢は紙とペンを差し出す。
代表者の欄に、ソウと記入し、その下にそれぞれ名前を書く。
隣には自分達のクラスを書く欄があり、ソウとコウは魔法剣士、セイとエミリは魔法使いと記入した。
半ば呆けたまま登録用紙を受け取り仕事の為に用紙に目を落とした受付嬢は目を見開く。
「え…っ。魔法使いがお二人も?」
魔法使いは術士に比べて資質の問題がある為かなり数が少ないのが現状だ。
「ああ」
「そ、そうですか…」
まぁ、魔法使いと言っても、大した魔法使いではないのが普通で、かなりの使い手になると国や有力貴族のお抱えとなるのが常設だ。
ただ聖霊や神、それに近いエルフが良い例で魔法使いも魔素の高さ、つまり能力に比例してその美貌も比例している。
目の前にいる新しい四人のパーティは、それぞれ目深に被り物を被っているがかなりの美貌の持ち主である事が容易に想定出来た。
しかも白いベールを被った女性は同じ女である受付嬢さえうっとりと見惚れるような傾国の美女並みの美貌を持ち、けれども美人特有の近寄り難いオーラが全くなく、儚さとかではなく暖かみのある実に愛らしい人だった。
「こちらが登録証です。そして身分証はネームタグを作りますのでしばらくお待ち下さい。こちらが引換券になります。現在、依頼が来ているモンスターの一覧を見られますか?」
分厚い冊子をドンドンドン…と、受付嬢は机の下から4冊の羊皮紙の束を積み上げた。
「S級、A級、B級、C級とありまして初心者の方はC級からをお勧めしておりますが…」
受付嬢の説明を無視し、蒼は表紙にSと書かれた物をめくり出す。
後ろで待っていた聖も煌も来て隣から覗き込む。
やっぱりそれか…と、受付嬢は納得した。この英雄然とした一行は冒険者初心者ながらも何とも言えない貫禄が凄かったのだ。そう、特に蒼が。
後ろでキョロキョロしながら待っていた恵美はハタリと受付嬢と目が合いニッコリと微笑む。
頬を染め、しばし呆然と恵美を見つめた受付嬢は少し照れたように伏し目がちになった。
コトリと小首を傾げると恵美はツツツと前に出て受け付けの奥、酒場へと近付いた。
「あ…」
興味津々の体で静かに奥へと進んで行く恵美に気付いた受付嬢は顔をあげる。
奥は酒場になっており、昼間から飲んでいる者や談笑している者など様々だった。
中に入ると一斉に視線を浴び、今までと空気がガラリと変わり、一瞬怯む。
値踏みする様な露骨な視線や、好奇の視線、会話しながらも警戒している気配に恵美は目を瞬かせた。
場違い。
まさにその状態だ。
「えらく綺麗なお嬢さんだな。まさかここが何か知らなくて入って来たわけじゃないよな?」
入り口近くのテーブルに腰掛けていた若い男が腰を上げ、恵美に歩み寄る。
腰に下げた剣と鎧から剣士だろうとは想像がついた。
恵美はここが会員制クラブか何かで入ってはいけなかったのかとたじろぐ。
「俺は剣士。あんたクラスは…って、もしかしなくても魔法使いじゃねぇの?」
「はい」
口元に笑みを刻む男に恵美は小さく頷く。
周りの者達はそれぞれ酒や話に戻り、露骨な目線こそかなり減ったがそれでも恵美達の方に耳をそばだてて居た。
「魔法使いのあんたが一人でここに入るって事は相棒探し?情報収集?」
向かいの席を勧めてくれる青年に恵美はどうしたものかと思案し、少し情報収集してみようと考え、腰掛ける。
「外で仲間が手続きしていて…」
「なーんだ。残念…。やっぱ魔法使いは需要高いもんなぁ」
目に見えて落胆する青年に恵美は思わず申し訳なくなる。
「貴方は仲間探しに?」
「今席を外してるけど相棒はいるんだよねー。あんたに声をかけたのは魔法使いは欲しいからなんだよね。で、あんたは何をしに?」
「最近、魔物が活性化してるけど、どこが一番被害にあってるのかとか知りたいなぁと…」
テーブルの上のつまみを勧めてくれる青年に小さくお礼を言って恵美は答えた。
「へー。ここも大概だと思うけど?この海域にクラーケンが出るみたいで小さな港町は幾つか壊滅的な被害にあってるらしいよ。んで港を閉鎖したりとかしてるって聞いたなぁ」
つまみを食べながら、思い出すように宙を見つめ、青年は教えてくれた。
「じゃあこの街はどうして大丈夫なの?」
「規模だな。港の先の灯台にクラーケンが入ってこない様に魔法部隊を配置してるらしいよ。でも最近の魔物ってかなり凶悪になってるからなぁ…時間の問題とも言われてるが」
「魔王が居なくなったのに何故魔物が活性化するの?」
思わず呟く恵美に青年はクスリと笑った。
「そこまで俺は知らねぇなぁ」
「恵美ー。終わったよー?」
小走りに煌は恵美の側にやって来る。
目深に被った帽子でから覗く見事なプラチナブロンドは背中で一つに束ねられ光りを弄ぶ。
「はーい。ありがとう。私はエミリ。貴方は?」
「俺はカミユ。まあ機会があれば一緒しような」
席を立ちながら言う恵美を見上げ、カミユと名乗った青年は手を出し、固まった。
じゃあ、と短く返事をして紫を帯びた黒い瞳を細め恵美は握手すると迎えに来た美少年と共に酒場を後にした。
カミユはまだ固まったままだった。
ベールで余り良く見えず、パーティ持ちと知りきちんと見ていなかったが、エミリと名乗った魔法使いはかなりの美貌の持ち主だった。
乳白色の真珠の様な滑らかな肌と艶やかなブルネットの髪、深い紫を帯びた黒い宝石の様な瞳の彼女は人外の美しさだった。
むしろ、伝説のエルフが人に化けたと言われた方がすんなり納得してしまう程に…。
しばらくして、カミユの相棒が戻ってきたがボケーッと惚けているカミユを怪訝そうに見つめ、心配したのは言うまでも無かった。
煌に呼ばれ、酒場から出てきた恵美はまだ受け付けで依頼書を見ていた。
「恵美のネームタグ。これが身分証みたいな物らしいぞ」
戻ってきた恵美に蒼はネームタグを首に付け、依頼書をパタンと閉じた。
銀色のプレートに所属ギルド名とエミリと言う名前、クラスは魔法使いとだけ書いてあるシンプルな物だ。
「衣装に合わないねぇ…」
異様に浮いているネームタグに思わず恵美は呟く。
「そうだなぁ。一度城に戻って女官に頼むか?」
「これに合わせた衣装が良いのかなぁ…」
タグを指先で持ち上げながら、眉根を寄せて恵美は呟く。
装飾性のカケラも無いそれは、女官達が用意する華やかな衣装達には似合いそうもない。
似合うとすれば…。
ノースリーブやタンクトップやTシャツなどのシンプルな上やにパンツ系や、胸元を開き気味にシャツを羽織り、下はやはりパンツ系のシンプルな服装かなぁ…と、恵美は想いを馳せる。
「女官が泣くからやめとこうか」
蒼と恵美の会話に聖は嘆息混じりに呟き、自分もネームタグを受け取ると外へ促す。
「そうだな。とりあえず全部覚えたからとりあえず出るか」
四人は冒険者の登録を済ませ、街に出た。
受付嬢は四人の後ろ姿を挨拶も忘れて呆然と見送った。
去り際の蒼達の会話から、もしかしたらどこかのお抱え魔法使いかともしれないとも考えられた。
それにしても、四人共絶世の美貌の持ち主だった。
噂に聞くエルフの様な…。
そして、ハッと思い至る。
彼等はエルフの姫君と若者達なのではないかと…。
この魔物が蔓延る世界を憂い、冒険者として来てくれたのではないかと。
彼女は自分の考えが一番しっくり来てそう思い込んだ。