16.海の旅
出航までの間、恵美達は翠羅とアザレの街の観光を楽しみ、街の外に出ては力を抑えながら戦ったり人の作った武器で魔物と闘ったりしていた。
観光が済めば帰るのかと思っていた翠羅だが「乗りかかった舟じゃ」と言って一緒に海の魔物退治も行く事になり、恵美は久々の翠羅との旅に喜んだ。
魔物討伐は恵美達だけで良かったのだがユングも同席し、何故か領主の息子のクヌートまで同乗する事になって益々蒼の機嫌が悪くなる。
ユングが足手まといにしかならないクヌートを止めても聞かず、領主であり父でもあるカルステンが足手まといだとハッキリ言っても、危険だと説いてもクヌートは聞く耳を持たず剰え
「ならば尚更エミリ様をお守りしなくては!」
と、なぜかやる気になる始末。
「どうやって非力な人の子が恵美を守ると言うのじゃ?恵美に守ってもらうの間違いじゃろが…」
呆れた翠羅がズバリと言うが、彼の耳には届いていなかった。
こうして、彼等の船旅は始まった。
船に乗り込んだ途端、恵美に纏わりつくように側にいるクヌートに蒼の機嫌が悪くなり、露骨に不機嫌を露わにしていたのにユングは肝を冷やし、早々に睡魔の魔法をかけたが、クヌートも魔法使いだけあり効きがイマイチ甘かった。かなり眠いながらもクヌートは覚醒の魔法を使って目を覚まして…を繰り返していた。
「彼、眠らせていいの?」
見兼ねた聖が聞くと、ユングは二つ返事で答えた。
「その方が有難いです」
圧倒的な力の持ち主たる蒼の逆鱗に触れるのはまっぴらごめんだ。
そんなユングの気持ちがわかってか、聖はクスリと肩を竦めて笑う。
「正直、こちらもその方が助かるかな」
聖の人差し指に金の光が点り、弾ける。
すると恵美に纏わりついていたクヌートの膝がガクリと落ち、彼は意識を失った。
ユングが素早く風魔法で受け止め、聖に礼を言うと規則正しい寝息を立てる彼を寝室に運ぶ。
そんなユングを聖は静かに見送り、恵美は少し安堵したような顔で聖を見つめた。
港付近では分かりにくかったが、エメラルドの海は透き通っており陽の光を浴びキラキラと輝いていた。
大型の帆船は風を受け、海を突き進む。
煌と恵美は瞳をキラキラとさせながらデッキから身を乗り出し、海を覗いていた。
「落っこちるぞ?」
本当にそのまま海にドボンと落ちかねない程欄干に足を掛け、身を乗り出す恵美を心配した蒼が腰に腕を回す。
「見て見て、キレーっ!海が澄んでる!」
身を乗り出したまま、恵美は蒼を見上げる。
興奮した恵美の頬は僅かに上気し、菫色の瞳に星が宿る。
眩しそうに目をすがめた蒼は口元を綻ばせた。
「あ、恵美!魚だよ?魚が泳いでる!」
煌に言われ、海に目を戻した恵美は更に身を乗り出し、ギョッとなった蒼は更に恵美を強く抱く。
「すごーい!沢山いるー!しかもかなりおっきい魚が下から来てるねー」
「ホントだー。デカイなー」
「クジラかなぁ?」
恵美と煌は興奮しながら無邪気に海を見つめ話し合う。
そんな二人を脂の下がった顔で見つめていた蒼を翠羅がジトリとした目で見る。
「デレデレとしおってほんにまぁ…」
溜め息混じりで呟くが、蒼は全く聞いていなかった。
「危ないッ」
海から伸びる気配に一早く気付いた蒼は恵美に回した腕に力を込め、素早く引き寄せる。
ザバァッ!と、海から勢い良く何かが飛び出し、恵美の目の前を通り過ぎる。
途端煌の瞳が鋭く光り、それに腕を伸ばし掴むと触手の様な物は煌の腕に絡まった。
ビシビシビシビシっと海から次々触手が伸び、煌の腕に絡まっていく。
蒼は恵美を抱いたまま大きく飛びずさる。
煌が握る欄干がその力にミシミシと悲鳴をあげる。
「せやぁッ!」
触手が絡まり付いた腕をグンッと振り上げる。
まるで一本釣りでもする様にザバァッと海から巨大なクラゲの様に透き通った物が姿をあらわす。
「おー。綺麗だなー」
余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な煌は空いた片手を額に当てて天を仰ぎ見る。
海の水が陽の光を浴び煌めき、クラゲも何とも言えない美しさがあった。
「コレ、食べれるかなー?魚?」
キョトンと聞いて来る煌に同じ様に天を仰ぎ見ていた翠羅がキッパリと言い放つ。
「クラゲは食べれんぞ」
「じゃあ倒すかー」
「そうじゃな」
言うが早いか、クラゲは朱色の金味を帯びた炎に包まれ跡形も無く消滅した。
船の看板に一つの輝く水晶が落ち、クラゲに付いていた海水が霧雨の様に一瞬降り注ぐ。
触手が絡み付いていた腕には粘液状の物がへばり付いていたが、煌は一度大きく腕を振りそれを払い落とした。
「恵美ー。見て見て、あのクラゲみたいだねー」
看板に落ちた水晶を拾い、煌は恵美の方へ駆け寄る。
どう見ても10歳ぐらいの可愛らしい子供が巨大なクラゲを一本釣りして瞬殺するという場面を目撃したユングは顎が外れる程口を大きく開けて目を点にして煌を見ていた。
あの力もさる事ながら、あの魔法の威力はかなりな物である。
ユングは思った。
何があろうとこの旅の間はクヌートを起こさないようにしなければ…と。
それが一番身の安全なのだろうと。
初日に巨大クラゲに遭遇し、その後雑魚敵に時々遭遇しながらも快適な海の旅は続いていた。
食事はアザレ領主の料理人が提供してくれ、味は良かった。
酒もちゃんと用意されており、翠羅もご機嫌だった。まさに至れり尽くせり。
しかし、見渡せど見渡せど辺り一面海で景色も代わり映えがしない旅は一週間もすればだいぶ慣れてしまい煌や恵美がはしゃぐ事もなくなった。
船内には退屈な船旅に対応する様に娯楽アイテムもあり、中でも卓球が五人を熱くさせていた。
温泉宿などで見かけられる卓球台。
ラケットもほぼ同じだがボールが少し違った。
とにかく硬い。
当たるとハンパなく痛い。
そして、人外の者達がする卓球である。
繰り出される攻撃は魔球の嵐。
途中から主に審判に徹する事にした恵美だが、この状況を楽しんでいた。
一度ユングが様子を見に来ていたが、豪速球もかくやと言う球の連発。
球の周りに風や光を纏わせる魔球の嵐。
殆どユングでは彼らの動きはおろか、球さえ捉える事が出来ず何も言わずに静かに扉を閉め踵を返していた。
見てはいけないものを見た。
決して触れてはいけない世界。
それが扉一枚隔てた向こう側には展開されていた。
魔物が出た時にだけ呼びに来よう…。
ユングは誰にとはなく呟いた。




