14.領主の館
ブランチを済ませた後、翠羅は「どうせ暇だから」と、そのまま居続ける事になった。
翠羅の為にもう一度観光をし直す案も出たが、14時に領主の遣いが迎えに来るので時間的に中途半端になり五人は屋台巡りをした後、赤い煉瓦亭に戻ってきた。
時間より少し早く宿屋に戻ってきたが宿の前には四頭立てのしっかりした馬車が止まっていた。
恵美達が素通りして中に入ろうとした所、昨日の警邏隊の男が走り寄って来た。
「あの、すみませんが」
反射的に手を伸ばそうとし、引っ込めながら男は蒼達を呼び止める。
「あれ?でも色が…。あ、でもあの…」
警邏隊の彼は色味が変わっている恵美を見て目を瞬かせながら躊躇しつつも声をかける。
「昨日の?」
見るからに困惑しながらも、多分そうだと思いつつ、昨日の今日で蒼が怖い彼が挙動不振にあたふたとなるのは容易に想像がついた。
そんな彼に助け船を出す様に口元を僅かに綻ばせた恵美は優しく聞き返す。
「はい。約束の時間より少し早いので待っていました」
警邏隊の彼はホッとした様に息を吐き、恵美に微笑む。
僅かに顔をしかめた蒼は恵美の側に立つ。
それだけで十分威圧的になるのだから不思議だ。
「そっか。お気遣い有難うございます。行きましょうか?」
「はい」
彼は馬車のドアを開いた。
中に全員乗り込むと彼は眉根を寄せて聞く。
「お伺いしても?」
「どうぞ?」
馬車に腰掛け、恵美は小さく頷く。
「色が違いますが…昨日の方々ですよね?」
「はい」
「お一人多いのは…」
「私の連れだ。気にしなくて良い」
アイスブルーの瞳が鋭く光る。
警邏隊の彼は小さく息を呑み「すみませんでした!」と叫ぶ様に言い、逃げる様に素早くドアを閉めると従者席へと移動した。
「蒼…」
恵美の眉尻が下がり、嘆息しながら蒼を見る。
そんな二人を黙って見ていた翠羅はみるみるうちに呆れた様な顔になった。
「おんし、いつもそうなのか」
「…………」
黙って窓の外に目を向ける蒼を冷ややかに見つめ、翠羅は呆れきった顔でワザとらしく溜め息をついた。
「それぐらいで妬いていてらキリがなかろう」
窓から差し込む陽の光を受け、青味を帯びた銀色の髪がキラキラと輝き、仄かに頬を染めた蒼がジトリと反対側に腰掛ける翠羅を睨む。
「恵美がすれば可愛いのだろうが、おんしがするとなんかシュールだな」
「やかましい!」
見てはならない物を見てしまった様な顔で言う翠羅に蒼は素早く突っ込んだ。
「まぁ、余り独占欲の塊も嫌われても知らんぞ」
肩を竦め、翠羅は隣に座る恵美を見ると空いている手を優しく包み込むように握った。
「息苦しくなったらいつでも遊びに来るが良い。妾はあやつみたいに余裕が無いバカタレとは違うからな」
うんうん…。翠羅は口角を上げ深く笑みを刻み、恵美は少し困ったような顔で乾いた笑い声をあげた。
そんな三人の向かい側には、我関せずと決め込んだ煌と聖は二人で仲良く話していた。
辻馬車とは違い領主の馬車だけあって座椅子のクッションはかなり良く、乗り心地はマシな方だった。しかし、相変わらずサスペンションは悪く感じてしまうのは仕方ないのかもしれない。
辻馬車の様にすぐにはお尻が痛くならないだけマシなのだろう。
そう考えていると、蒼がふいに宙から少し薄めの座布団みたいなクッションの様な物を取り出す。
「ちょっとおいで」
言うが早いか、蒼は繋いでいた手を離して恵美の腰に腕を回すと自分の膝の上に乗せる。恵美は大きく口を開いてパクパクし始めた。
取り出したクッションを恵美が座っていた座席に置き、その上に恵美を座らせる。
顔を赤くした恵美はパクパクと口をし、やっと少し落ち着いたのか、俯いて自分の膝にかかる衣装をキュッと握った。
「あ、ありがとう…」
「私は膝の上でも良かったのだけどね」
「もぉ!」
耳まで赤くした恵美は上目遣いに潤んだ淡い菫色の瞳で蒼を見る。
クスクスと蒼は相好を崩し、恵美の頭を撫でた。
「いつもこんなのなのか?」
再びパカーンと目と口を呆けた様に開いた翠羅が向かい座る聖達に聞く。
「いつもですね」
「時々もっとひどい時もあります」
二人がうんうんと頷きながら言い、翠羅は目眩がした。
「目立ってかなわんではないか」
「目立つのはもう容姿で諦めてますから」
聖の言葉にそれもそうだな、と納得した翠羅は仲の良い二人を横目に肩を竦めた。
「まぁ。恵美が良いなら良い」
彼女の愛らしい笑顔に翠羅は穏やかに微笑んだ。
その笑顔の先が自分ではなくとも、その笑顔が枯れる事さえなければ自分はまだ大丈夫だと信じられた。
石畳の街並みはだんだん様子を変えていく。
家と家の距離が広がり、閑静な住宅街を抜け、最奥に領主の館があった。
止まる事なく門扉は開けられ、馬車はロータリーまで進み入り口でとまる。
馬車のドアが開かれ、聖や煌、翠羅が先に降りり、恵美と蒼が続く。
聖が恵美に手を差し伸べようとしたが蒼にやんわり断られ、蒼は恵美を抱いて馬車から降りてきた。それを見た翠羅がまた詰るが、聖は肩を竦めるしかなかった。
「蒼…。もう歩くよ?」
お姫様抱っこをしたまま下ろそうとせずに館の中へ進む蒼に顔を赤くした恵美が消え入りそうな声で言った。
「こうしていれば君に手を出そうなどと言う不遜な輩は出なかろう」
「アホはどこにでもおるぞ」
しゃあしゃあと翠羅が突っ込み、ぶすっとした蒼が激しく睨む。
すると翠羅は鼻歌を歌いながら明後日の方向を見上げながら歩いた。
煌と聖はただただ苦笑を浮かべるしかなかった。
しばらく歩き、奥の部屋に通されるとそこには焦げ茶の髪と瞳をした、きっと親子だろうと容易に想像出来る男が二人。
執務机に向かう男の後ろに控える男。
脇にあるテーブルセットに腰掛けていた魔法使い然としたローブを身に纏った茶色い髪と瞳の男がいた。
中に通された聖と煌は、魔法使い然とした彼の事を覚えていた。
灯台でクラーケンを相手していた魔法使いを束ねていたのが彼で、恵美達より先に着いた聖達は彼と話をしたからだ。
魔法使いも聖と煌が自分を見ているのに気付き小さく会釈した。
「よく来て下さりました。私はアズレ領主のカルステン・ヴァン・アザレと申します。こっちは私の秘書のイル。こっちは息子で魔法使いもしてますクヌートです。そちらがこの国筆頭魔法使いの一人でもあり、我が領土を担当する魔法使いのユング殿です」
領主のカルステンは立ち上がりそれぞれを紹介し、順番に頭を下げていく。
カルステンは蒼の前に行くと穏やかに微笑む。
「皆さんのお名前を伺ってよろしいですか?」
にこやかに問うカルステンを真っ直ぐ見つめ、蒼は口を開く。
「私はソウ。彼女は私の妻のエミリ」
そこまで言うと蒼は少し体を傾け、聖と煌を見る。
「セイとコウです。彼女は私たちの友人です」
聖はサラリと翠羅についても説明すると領主の息子のクヌートが鼻を鳴らした。
「なぜ友達を連れて来るのだ。領主の館は観光地ではないぞ」
その場の穏やかな空気が一気に張り詰める。
カチン…。
そう音が聞こえた気がして恵美は蒼の腕を振り解き、まるで蝶が舞い降りる様にフワリとわざとらしいオーバーリアクションでその場に降り立つ。
仄かに光る白髪がふわりと舞い、キラキラと光が降るようでその場に居た者達は思わず見惚れずにはいられなかった。
顔が余り見えない様に細かい刺繍が施されたベールを上げるとドレスの裾を持ち恭しく礼をとる。
「失礼いたしました。何分私たち田舎者ですので作法がなっていないと思われます。どうかご容赦の程、宜しくお願いしたいのですが…」
ゆっくりと面を持ち上げ恵美は微笑む。
張り詰めた空気が一変し、カルステン達から吐息が漏れる。
「お許しいただけますか?」
片足を後ろに引き、礼の姿勢のまま恵美は微笑み小首を傾げる。
『蒼、翠羅様は人の世界ではいつも名前は何と?』
その隙に念話で蒼に確認を取る。
『スイだったかな?』
『スイでいいらしい』
すぐに確認を取ったのだろう。蒼からそう話された。
「許すも何も、我々は皆さんにお礼を言わなければならないのに。どうぞ楽になさって下さい」
先にハッと正気に戻ったカルステンが少し慌てたように言い募る。
「有り難うございます」
礼の姿勢を解くとカルステンは五人に椅子を勧めた。
奥側に恵美を挟む様に蒼と翠羅が。
向かい側に煌と聖が腰掛け、一人掛けの椅子にカルステン。その少し後ろに控える様に秘書のイルとクヌートが立ちカルステンの横、聖側にはユングが立った。
「今回お呼びしたのには理由があります。一つは、先のクラーケンを退治していただいたとユング殿から伺っておりますが」
穏やかにそこまで言い、カルステンは言葉を区切り、恵美を見つめる。
「退治なさったのは女性と。しかし、髪の色が報告書とは異なるのですが…あなた様で間違いはございませんか?」
用事が無いのに、半ば無理矢理連れて来られたような蒼は露骨に不機嫌を露わにする。
翠羅も恵美が疑われているのがわかり面白くないのは同じだったが、ただ目を細めてカルステンを一瞥するだけに留めた。
この場において、本当に心中穏やかで無いのは唯一ユングだけと言っても過言ではなかっただろう。
髪の色や瞳の色がどうあれ、彼らが尋常では無い力の持ち主である事はその美貌が証明されている。
その彼らの機嫌を損ねて無事でいられるわけがない。
カルステンには心配していないが、彼の息子がやらかさないか。先程は彼女が助けてくれたが、二度はないだろう。ユングはひたすら怯える様に心配していた。
「目の前で色を変えたら納得するか?どちらが本当かもわからんのに。それとも、手っ取り早くこの家でも吹き飛ばすか?」
鼻で笑う様に蒼は言うと椅子に深く腰掛け、足を組んだ。
高圧的な蒼の気配にカルステン達は身を縮こませた。
「め、滅相もございません。失礼いたしました」
そんな蒼の手を握り、恵美はカルステンの方を見やり口を開いた。
「実はですね…」
そうして、恵美は昨晩の人攫いにあいかけた事や盗賊の事を話し始めた。
この姿では目立つから色を変えていたが、意味がないなら隠す必要が無いとなり戻した事も…。
そうして、煌も髪と瞳の色を変え、恵美は一度その見事な白髪をブルネットに変えてみせた。
「確かに、色を変えたぐらいではその美貌はどうにもなりませんね」
クヌートが溜め息混じりで呟く。
有り難い事に、クヌートは恵美のあのワザとらしい挨拶以降彼女に見惚れて毒気を抜かれ、大人しくなっておりユングとカルステンは内心胸を撫で下ろしていた。
「その様な大変な目に遭われては、我々人に対して警戒されるのもわかります。申し訳ございませんでした」
カルステンは頭を下げ謝る。恵美は苦笑を浮かべ「それより」と話を進め、カルステンは面を上げ恵美を見つめる。
「私たちに何か用があったのですよね?ただ礼を言うだけで呼んだわけじゃありませんよね?」
核心を突いた問いにカルステンは苦笑を浮かべ「実は折り入ってお願いがあるのですが…」と、話し始めた。




