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月が綺麗ですね。〜ギルド編〜  作者: 藍歌
ギルド編
13/26

13.誤算

  青銀の髪とアイスブルーの瞳をもはや隠そうとしない蒼に恵美は苦笑を浮かべた。


「私ももう隠さなくて良いんじゃない?」


  肩を竦め、クスクス笑いながら恵美は呟く。

  やっと震えも止まり、笑う様になった恵美に蒼は顔には出さないがほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「もういっそ全員隠すのをやめるか?下手に隠そうとするからこうなるのかもな」


  半ば投げやりとも受け取れる蒼の言葉に益々恵美は顔をほころばせた。

  恵美は一度ゆっくり瞬きをする。

  ブルネットの艶やかな髪は一本一本が仄かに光る白髪に。

  深い黒にも見紛うばかりの紫の瞳は、光の加減で深みの変わる鮮やかな青紫の菫色すみれいろへと変わった。

  イタズラっ子のように笑いながら細められた双眸に星が宿る。

  頭を撫で、愛しそうに髪をすくい口付ける。


「久々だな」

「蒼も」


  互いの瞳が交錯し、どちらともなく笑みが漏れる。


「だいぶブルネットにも慣れたが、やはりそちらの方が見慣れているな」


  愛しそうに目を細める蒼に恵美は小首を傾げる。


「あれ?でも私、元々栗毛だよ?」

「…………」


  え?と、言いたげにパチクリと目を瞬かせ、蒼は恵美を見つめる。


「そうだったか?」


  きょとりと聞く蒼が愛らしく、恵美は思わず吹き出した。


「もうどちらでもいいよ」


  口元に手を当て屈託無く笑う恵美に蒼は口付けた。


「どちらの君も綺麗だからなぁ。本当は誰にも見せたくはないのだが仕方ないか」


  はぁぁぁぁ。と、深い溜め息をこぼし、蒼は優しく恵美を抱き締める。


「まあ、嫌な事は早く済ませてゆっくりしよう」


  優しく恵美の額に口付け蒼は苦笑を浮かべる。恵美も釣られる様に苦笑を浮かべ、二人は赤い煉瓦亭の自分達の部屋へ向かった。

  広い部屋には二段ベッドが二つあり、真ん中にはテーブルセットがある。

  奥には大きな窓があり、ベランダが備え付けられていた。

  四人がとった部屋である。

  蒼はスタスタと扉に歩き、恵美は蒼の腕の裾をキュッと掴んで後を追う。


「………」


  恵美の手を見ると蒼はふと立ち止まり、しばし思案すると恵美の手を握り、微笑んだ。


「こちらの方が良いな」


  菫色の瞳は僅かに見開かれ、頬に朱が走るのを感じた恵美は少し俯くと口元を綻ばせた。

  蒼は扉まで進むと露骨に顔をしかめた。

  確かめる様に扉の淵に手を当て、瞳を閉じる。

  やはり、よく見知った魔力の波動を感じる。

  でも、なぜそれをしたのかがわからなかった。


「恵美」


  少し後ろで蒼を見ていた恵美が首を傾げる。


「安心して良い。次はもう無い」


  ハッキリと断言した蒼の顔には困惑が滲み、けれどもその声は僅かに怒りを含んでいた。


「え?」

「理由はわからんが、日が昇ってから直接本人から聞けばいい」


  キョトンとする恵美を蒼は静かに見つめる。


「翠羅の魔力の残渣がある。理由はわからん」

「は?翠羅様が⁈」


  素っ頓狂な声を上げる恵美に蒼は溜め息を吐きながら頷く。

  恵美が驚くのも無理はなかった。

  蒼自身でさえこの魔力の波動と残渣が無ければ信じられなかったのだから。


「だから戻ろう。術も一度限りの効力しかないから問題ない」

「うん…」


  歯切れの悪い返事をしつつ、恵美は蒼に従った。

  確かに本人に聞けば確実であるが、イタズラにしてはいただけない事をなぜ翠羅がしたのか…。

  二人は全く見当がつかなかった。


 

  青味を帯びた青銀の髪と淡いアイスブルーの瞳。

  仄かに光る見事な白髪と深い菫色の瞳。

  煌と聖は朝起きて宿屋の部屋に行くと、珍しく先に来て長椅子で寛いでいるモノに目が点になった。


「イヤイヤイヤイヤイヤ」


  我に返った聖は激しく被りを振る。


「ソレはダメでしょう⁈」


  さすがの煌も突っ込みを入れた。


「もう良い。中途半端だから悪かったのだろう。下手に隠すのはやめだ」


  憮然ぶぜんとした態度の蒼がキッパリと言い放つ。


「は?意味がわかりませんが」

「煌、おまえも変化を解け」

「蒼様、何を自暴自棄になってるんすか?」

「説明は翠羅が来てからする」

「は?」


  煌と聖は蒼の言葉に顔を見合わせ、一拍の後頷くと長椅子に腰掛けた。

  しばらく四人が宿屋の部屋でお茶や軽食を摂っているとその場に何の前触れもなくエメラルドグリーンの宝石の輝きを放つ、長い髪の人形のような美貌の美少女が現れた。


「来たか…」


  ボソリと蒼が漏らす。


「人を呼びつけおって。しかしなんじゃ、せっかくこちらに来たと言うのに酒場ではないのか」


  翡翠の瞳の美少女は不躾ぶしつけに周りを見つめる。


「久しいな、恵美。息災かぇ?」


  ビスクドールの様な美少女は蒼の隣に静かに腰掛ける恵美に相好を崩し、花が綻ぶ様な微笑みを浮かべた。


「翠羅様、お久しぶりです」


  軽くお辞儀をすると陽の光を浴びて見事な光沢を放つ白髪がサラリと流れる。

  翠羅の気に入っている菫色の瞳に星が宿るのを認め、満足そうに頷く。


「ならば下へ行くか?」

「そちらの方が広かろう」


  立ち上がった蒼は恵美に手を差し伸べ、それを取った彼女は静かに立ち上がると蒼に付いて歩き出す。

  三人もそれに従い階下へと移動した。

  五人が食堂に現れると店内は騒然とした。

  それはそうだろう。

  店員を始め周りの者達は彼らをよく見知っていた。蒼のグレーの髪は元々銀色に近く、それが青味を帯びた銀色に変わっているのでまだ納得出来たが、恵美の髪があからさまに変わっていた。

  一夜であの見事な艶やかなブルネットの髪が、これまた見事な美しい白髪に変わっているのだ。しかも、黒い瞳が淡い青味を帯びた紫…ちょうど菫色の様な色に。それは驚かずにはいられなかった。

  その上、今日は見事なエメラルドグリーンの髪のビスクドールの様な美少女も居るのだ。

  騒がしくもなる。


「ここは何が美味いんじゃ?」


  ちゃっかり恵美の隣に腰掛け、翠羅は艶然と微笑む。

  五人が席に着くと、誰がオーダーを取りに行くのかで揉めていた。

「今日は私の順番なのに!」と、一人が悔しがりながら強引にオーダーを取りに行った先輩ウェイトレスを目尻に涙を貯めて軽く睨んでいた。


「ここはワインとチーズだな」

「ならばそれを貰おう」

「私はフルーツとパンで」

「俺はBセットとハーブウィンナー」

「自分も同じで」


  それぞれのオーダーを聞くと蒼がまとめ、ウェイトレスに話す。


「ワイン五本とチーズのセット。Bセット3つとハーブウィンナー3つ。カプレーゼとさばトマトを頼む」


  ウェイトレスが水差しとレモン水が入ったグラスを置いて去っていくのを見送り、蒼は消音の魔法を展開した。

  実に便利な魔法で、蒼は時々これを使って周りに自分達の会話が聞こえない様にしていた。

  周りの人間からは彼らが黙々と食べている様に見え、魔法に多少明るい人からは何らかの魔法が使われている事がわかるが、この場に来る魔法使いにわかるのは所詮その程度だ。


  早々とチーズの盛り合わせとワインが中央に並び、グラスがそれぞれに配られる。 それぞれの前には前菜が並ぶ。


「翠羅、おまえに聞きたい事がある」


  ワインを口にした翠羅を冷ややかに見つめ、蒼は口を開いた。


「中々に美味いな。何じゃ、朝から無愛想だの」


  楽しそうに煌や聖、恵美にもワインを勧めながら翠羅はワインを味わう。

  そんな美少女と裏腹に、アイスブルーの瞳は益々冷気をはらみ、淡々と昨夜の話をした。

 

「は?おんし、恵美の側を離れる事があるのか?」


  思わず手に持ったグラスを取り落としそうになりながら翠羅は、翡翠の瞳を丸く見開き蒼を凝視した。


「調べ物があって昨日に限って席を外した」

「は?煌を呼ばなかったのか?」


  信じられないとばかりに翠羅は蒼に身体を伸ばす。


「私、退いた方が…」


  互いに互いをガン見する二人の間に、さすがの恵美も居心地悪く、所在無げにもそもそしながら呟く。


「君は隣に居て」

「恵美は横で良い」


  異口同音に二人に言われ恵美は「はい…」と、小さく返事し、軽く目を閉じた。


「私の部屋に居るのに、私も城に居るのなぜ煌を呼ぶ?」


  いぶかしげに聞く蒼に翡翠の瞳に怒気が宿る。


「恵美はまだ覚醒途中だろうに。ならばいつ神翳かみかげりになってもおかしくあるまい?」


  翠羅のセリフに蒼だけではなく聖と煌もハッとした様に顔を上げた。

  話に付いて行けない恵美だけが、自分に関する事を言われているのだろうな…と、きょとりとしていると翠羅が口元を綻ばせて恵美を見つめる。


「神翳りはの、成長途中の神がなるもので人によるのだが、その間眠り込む者もいれば、力が使えなくなる者もいるんじゃ。その期間も回数もわからん。我等に眷属がいるのも、その神翳りの期間我等を守る為みたいなもんじゃな」

「でも私には眷属がいない…」

「そうじゃ。だから蒼や煌が居るんじゃろう。龍族とて龍神の花嫁となったお主はもはや身内。蒼を守る様に恵美も守るだろうに」


  安心させる様に恵美の頭をポンポンと撫で、翠羅は蒼をめ付けた。


「まさか、失念していたとは言うまいな?」


  翡翠の瞳が黒く光り、剣呑な光を宿す。

  蒼に額に手を押し当て、天を仰ぎ見ると深い溜め息を吐いた。


「若造が…」


  ボソリと侮蔑を込めて呟くと翠羅は怒りを抑える様に一度大きく瞬き、今度は花が綻ぶ様な笑みを浮かべて恵美を見つめた。


「恵美、今からでも遅くないから妾を選び直せ。こんなバカタレの様に危険な目には合わせぬわ」


  ぎゅっと恵美を抱き締め、よしよし…と翠羅は恵美を撫でる。

  美少女が古めかしい言葉で自分より大人の恵美を抱き締めその光景は何ともシュールな感じがし、恵美は複雑な気分で苦笑を漏らした。


「しかし、恵美は選んでしもうたんじゃなぁ…」


  恵美から体を離すと、翠羅は嘆息を漏らし残念そうに呟く。


「煌か蒼司はもう恵美から離れるでないぞ?」


  ギラリと翡翠の瞳に睨まれ、二人は言葉なく頷いた。


「でも、翠羅様…」


  今迄黙っていた聖が、その瞳に剣呑な光を宿し口を開き、翠羅は促す様に聖を見つめた。


「確かにあの一味の処遇に関してはお任せしましたが、なぜ蒼司様の寝室に繋がれたのですか?」


  その質問に今度は蒼の眉が跳ね上がる。


「聖はあいつらを知っていたのか?」

「ええ。出来れば穏便に対処しようとしていたのですが、しっかり対処した方が良いと翠羅様に助言を受け、お任せしたのですが…」


  聖は言葉を濁した。

  まさかこんな事をするとは夢にも思わなかった。

  言外にそう語っていた。


「妾もまさか恵美が一人になるとは思わなんだ。蒼司が居る事を前提でやったからの。おんしが側におれば入り込んだ瞬間に八つ裂きにしたじゃろう?」

  「入られる前にする」


  蒼の言葉に得たりと翠羅は頷く。


「じゃろう?だから敢えてああしたのだがな」


  まさか蒼が側から離れるとは…。


  言外の呟きに翠羅は深い溜め息を吐き、認めずにはいられなかった。

  自分の失態だけではなく、自分の中にある感情に。


「ならばそうする前に一言あれば…」


  後悔先に立たず。

  蒼の呟きに翠羅は目を閉じた。


  何故こいつなのか…と。


  先に出会ったのが自分ならば、彼女の側に居たのは自分だったのだろうかと、栓無き夢を見る。

  自分の中のみにくい感情を認め、翠羅はそれを深く沈めた。

  それによって彼女が傷付いては本末転倒なのだから…。


「すまなかった」


  ボソリと漏れた言葉に恵美は微笑む。


「事故ってね、魔が悪いの連続で起こるもんね。きっと今回もそうなんだと思うよ。私も常に誰かと居る様に気を付けるね。さぁ、料理も揃ったし、久々に翠羅様にも会えたし、食べよ?」


  俯く翠羅を恵美は覗き込むと、サラサラと長い仄かに光る白髪が流れる。

  菫色の瞳に星を宿した恵美は小さく頷くと翠羅も頷き、五人は食事を始めた。




  久し振りの再会に会話が弾む。

  そんな恵美を任せ、蒼は一度席を立った。

  宿屋を出ると人気の無い方へと進み、姿を消した。

  夜中に蒼達の部屋に押し入り、恵美に触れた男の元へと気配を手繰る。

  どうしても彼だけは許せなかった。

  あの時、あの場にいた殆どの者がその場に居たのは幸いとでも言うべきか…。

  目的の男は蒼を恐れてか大量の魔封具を身に付けていた。


  テーブルにつき、仲間と食事をとる男を見下ろす様に、蒼は男達の上空に現れた。

  音も無く突然現れた蒼司を知る者は腰を抜かす様に椅子から転げ落ち、夜中の襲撃に参加しなかった者は突然の侵入者に剣を抜いた。


  たったの一瞥いちべつだった。

  それだけで剣を抜いた男たちは硬直し、動けなくなった。

  這う様にして声ならぬ声をあげながら逃げようとする者もいたが、扉は固く閉ざされて開かない。

  親方からはみるみるうちに血の気が引いていった。

  ゆるゆると眼球を上げ、上空を伺う。

  圧倒的な存在感とでも言うべきか、絶対的なソレを感じ、生唾が喉を通る。


「おまえだけは許せぬ」


  蒼は呟き、瞬きをした。

  風が下にいる男を瞬時にして切り裂き、肉塊ひとつ残さず消し去った。

  やもすれば、元から男はいなかったのでは無いかとさえ錯覚する程キレイに…。

  ただ彼が確かにそこに存在したと示す様に、大量の赤い血飛沫だけがその場に弾け散り、大量に身に付けていた魔封具がボトボトと床に転がった。


「ヒッ…」


  息を呑む者、喉を引きつらせる者、悲鳴をあげ逃げ惑う者、命だけはと懇願する者、部屋は騒然となった。


「他の者達は敢えて生かしてやろう。そして我等に…彼女に手を出そうなどと二度と思わぬ事だ。そしてこれを伝え広めて良い」


  蒼は威圧的な低い声で冷ややかに言い、思い出した様に地面に足を着けた。


「一つ教えてやろう。私に魔封具は効かぬ」


  敢えて下に転がったかなりの硬度を誇る魔封具を数個手に取ると、それを豆腐か桃の様に軽々と握り潰した。

  その場に居合わせた者は益々恐怖に打ちのめされた。


「次は無い」


  フワリと青味を帯びた銀色の髪が宙に舞い、蒼は姿を消した。

  どうにか生き延びた、生かされた者達は安堵の為に再度その場で腰を抜かした。

  ガタガタと震える者も居たが仕方がない。

  人ならざる者。

  彼ら四人が何の理由でギルドに属し、魔物退治をしているかはわからなかった。

  しかし、その圧倒的な強さは本物だ。

  少なくとも、人に害を為すつもりがない事はわかる。ならば敢えて触れてはいけない。

  好奇心で触れて良い様な相手ではない事は今回で良くわかった。

  それでも、あれだけの美貌と装飾品だ。どこに行っても好奇の目に晒され、狙われるだろう事は火を見るよりも明らかだ。

  生かされたタオは目を閉じ、早鐘を打つ心臓を落ち着かせる様に深呼吸を繰り返した。


  少なくとも、この国にいる間は大丈夫だろう…。

 

  タオが居た一味が、この国で最大の組織だったからだ。

  だが、国を出たらそうはいかない。

  そこまでは、俺にはどうしようもない。

  タオはゆっくりと目を開け、生き残った者達に指示を出し始めた。

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