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月が綺麗ですね。〜ギルド編〜  作者: 藍歌
ギルド編
11/26

11.遠くで鳴る鈴。

  噂は千里を駆け抜ける。

  毎日郊外でそれぞれ課題という名のハンデを抱えながら魔物退治をし、自分の力を隠しながら闘っていた。

  煌や蒼並みになると魔物からもかなりの強敵になり、知性が全くない魔物でない限り寄って来ない。ある程度知性があるモノになると四人を恐れて近付いて来ないどころか、逃げ出す始末だ。

  だから四人は自身の力を抑えながらの戦闘を余儀無くされた。

  そんな闘い方にもだいぶ慣れ、そろそろ赤い煉瓦亭から次の宿を探す為に街をぶらついていた煌は屋台で珍しい菓子を見つけて買い込む。

  小さな丸いそれは外側はカリッとした食感と上品な甘さの餡で出来た菓子だった。


「和菓子みたーい」


  それを含んだ恵美が顔を綻ばせて呟くと煌は「それなーに?」と言わんばかりに首を傾げて恵美を見つめる。


「和菓子ってね、私が以前いた世界にあったお菓子なの。まさかこっちにも似た様な物があるなんてねー」

「作れるようになろうか?」

「んー。和菓子は甘いのが多いからなぁー」


  苦笑を浮かべる恵美に煌はわかったと小さく頷く。


「待て、そこの四人組」

「恵美は甘いのも好きだろう?」


  珍しいとばかりに蒼が聞いてくる。


「んー。好きだけど…和菓子はクッキーみたいに沢山は食べれないかなぁ」

「なるほど」

「美味しいけど一つ一つがしっかりしてるから」

「エルフの四人組、待て」

「でもチョコは好きだよね」

「そうだねー。チョコは好き!」

「チョコはうまい!」


  「ねー」と、煌と恵美は互いに顔を見合わせて頷き合う。


「待てと言っている!」


  ガッといきなり伸びてきた手に恵美はすっと静かに狙われた手を上げて避け、蒼は素早く恵美を抱き寄せ煌が蒼と恵美の前に出た。

  恵美の腕を掴もうとしたそれは空を掴み、バランスを崩して前につんのめる。


「我等に何用か」


  その場に居合わせた人々は温度が少し下がるのを感じた。

  青い瞳は冷たく光り、目の前の男を見る。

  茶色い髪の男はこの街の警邏隊が着ている制服を身に纏っていた。

  彼の後ろから二人の警邏隊が走ってくる。

  恵美は静かに蒼を見上げるが蒼はかなり不機嫌そうに警邏隊を静かに見つめたままだった。


「人違いならばもう行くが」


  圧倒的な王者の風格。絶対的なその威厳に思わず平伏し、許しを乞いたくなるようなものがあった。


「蒼…」


  それでは喋れない…。

  恵美は蒼の袖をきゅっと握り、軽く引っ張る。

  懇願する様な瞳で見上げる目に蒼は雰囲気を緩める。


「もう一度問うが、人違いか?」


  先程の声から圧する雰囲気もなく、蒼は普通に聞いた。


「クラーケンを倒した四人組ではないか?」


  つんのめった警邏隊の一人が少し蒼から離れ、聞いてくる。


「あぁ。確かに我等だな」

「おまえ達に…」

「おまえ?」

 

  ピクリ。

  蒼の片眉が跳ね上がる。


「いや、いえ、皆様にこのアズレの領主様がお話があるのでご同行願いたいのですが…」


  警邏隊は言葉遣いを正し、言い直した。


「我等には用が無いから問題ない」

「おまえ達に無くともこちらには」

「誰に向かって口を利いている」


  青く澄んだ瞳が静謐さを増す。

  我知らず、まさに本能的に彼等は地面に平伏し、許しを乞うた。


「申し訳ございません」

「蒼…」

「恵美」


  諌める様に名を呼ばれ、蒼は憮然となった。


「私たちが行かなければ、あなた達が怒られるのよね?でも、領主様が私たちに何の用事かな?」


  平伏ひれふす警邏隊のそばに屈み込むと恵美は立ち上がるように促す。


「申し訳ございません。自分達にはそこまでは…」

「そう…。いつ行けばいいのかな?明日?今すぐ?」

「まだ昼食ってないよ?」


  煌はすかさず口を開き、蒼と聖は呆れたように見つめた。


「では明日お迎えにあがります。お宿は赤い煉瓦亭で宜しかったでしょうか?」

「よく知っていたな…」

「それなら蒼様、まだあそこに泊まりましょうか」


  聖に言われ、蒼は仕方ないと頷いた。


「明日の十四時にお迎えにあがりますのでよろしくお願い致します」


  警邏隊は深々と頭を下げ、蒼が頷くのを見てそそくさとその場を去った。彼らを見送り、恵美は蒼をゆるゆると見やる。


「あんな風に威圧しちゃダメだよ?」


  小首を傾げて上目遣いで見上げる深い紫の瞳に蒼はイタズラが見付かった子供の様にしゅんとなる。


「しかし君に触れ様とした」

「私なら大丈夫だよ?」


  きょとりと答える愛しい人に蒼は嘆息する。

  神として力の覚醒は進んでいるが、その力を上手く使えていないのは容易たやすく理解出来た。元々人の身で、剣と魔法に馴染みがある世界に居たわけではなくしかもこれと言った運動もしていなかった恵美の感覚的なものはかなり物質界アッシャーに引きられていた。

  そんな彼女に大丈夫と言われても蒼には不安でしかない。


「明日は必ず私の側に居てくれ」

「心配性だなぁ」


  優しく触れる蒼の手に自分の手を添えると恵美は吐息を漏らす様にため息を吐きハッとなる。

  自分達が街道の真ん中におり、人々が遠巻きに見ている事を…。


「い、行こうか」


  そのまま蒼の手を掴み、俯き加減で歩き出す恵美に煌と聖は顔を見合わせて付いて行った。

 





  港町アザレが目を覚ます前の真夜中の二時。

  いつもなら階下の宿の酒場で食事を済ませる四人組は他所で食事を済ませ、宿に戻ってきたのが12時半頃。

  タオは親方の指示に従い、五度目の赤い煉瓦亭襲撃を行っていた。

  ただ、今度は親方直属の魔法使い達が動員されており派手に動いても問題なかった。


  どうせ今回ももぬけの殻だろう…。


  今までやってきたタオ達五人組はそう思いながら親方達に付きさたがう。

  親方直属の魔法使いの一人が扉に魔法の反応を感じたが、それが何の魔法なのがまではわからず、それを解除する事は到底出来なかった。


  タオは今迄部屋に進入してももぬけの殻だったのは魔法が関与していたからかと理解し、納得する。

 そして何とも形容し難い予感に襲われる。

  これ以上踏み込んではいけないような気がした。


  罠の確率があるが進んでみるか否か…。


  親方は判断を仰がれた。

  当然、進まない。

  その一択でしかない。

 

  しかし今日の親方は珍しく進む事を選んだ。

  対エルフ用の魔封具も用意している…そう言って部下達に持たせた封印石を見せた。

  仲間内からはその量に目を見張る者や感嘆の溜め息を漏らす者もいた。

  しかし、エルフは魔力もさながらだが、その身体能力の高さも定評がある。親方はそこを失念しているのではないかとタオは不安視せずにはいられなかった。


「タオ」


  ドアノブに手を掛けようとして親方はふと振り返る。


「はい」

「頼んだぞ」


  言われてタオは嘆息する。


  斬り合うのはオレか…。


  それならば親方のその飄々とした態度も頷ける。

  タオは自分の得物を握り、ドアの脇に控える。


「行くぞ」


  軽く言い、親方はドアを開いた。




  その先は、まるで王公貴族の寝室の様な豪華な部屋が展開されていた。

  彼らは目が点になり、タオを振り返る。

  タオは被りを振った。

  目の前に広がるそれは、赤い煉瓦亭の最高級客室でも置かれていない、高級宿屋でもお目にかかれない様な寝室だ。

  足元には隅々まで毛足の長い絨毯が敷き詰められ、豪華ながらも華美過ぎない。品良く整えられた部屋に親方達は引き込まれる様に足を踏み入れた。

 

  リィィーン…。


  遠くで鈴が転がる様な音が響く。

  目の前に広がる埒外らちがい光景に彼らはその音に誰一人気付かなかった。


  彼らを調度品の数々に溜め息を漏らす。カーテン一つ、天井から吊り下げられた照明一つにしても繊細な彫りや精緻なカットが施され、どれも芸術品クラスだった。

  奥には天蓋付きの大きなベッドがあり、遠目からもベッドを飾る透し彫りが見事なのがわかる。

  天蓋から降りる薄いしゃにも刺繍が施されており、王族であろうともここまで見事な部屋を持つ者は少ないだろうと彼らを目を見張る。

  親方は奥まで進む。

  ベッドの側のサイドテーブルに置かれたグラスに手をやり、値踏みするように見る。

  切子グラスの様に美しいカットが施された芸術品。

  気泡一つない見事なガラス細工。

  側に置かれた衣装に手を伸ばし、更に驚愕に目を見開く羽目になった。

  絹の様な手触りで見事な刺繍のそれ。

  エルフの姫君、エルフの若君と噂の彼らだがそれはあながち嘘ではなかったかと思わせた。

  天蓋から降りた紗の向こうに月明かりでハッキリ見えないが人影が動く。

  親方は紗に手を掛け中を見つめ息を飲んだ。

  薄暗い明りに慣れた瞳が映し出すのは、薄いシーツの中に包まっていてもわかる様な容姿端麗な傾国の美女だった。

  親方の後ろから溜め息が漏れる。

  ハッとした親方は紗を閉じ、振り返ると口を開いた。


「これはオレが貰う。他のはお前達で分けていい」


  後ろで小さな歓声が漏れる。

  タオは軽く眩暈を覚えた。

  親方の女好きはわかっていた。だからこうなるからなるべく関わらせたくなかったのだが、この調度品はそれでも十分お釣りがくるレベルだったのでタオとしては問題ないと言えば問題ないのだが…。

  チラリと紗の向こう側で眠る人を見る。

  確かに絶世の美女ではある。何とも言えない雰囲気の優しい…愛らしい女性であったのも覚えている。あの美貌の男が護っていたし、あの子どもらしくない恐ろしい殺気を放つ子どもが昼間、警邏隊と彼女の間に目にも留まらぬ速さで入り込んだのも見ていた。

  あとの一人は、動く所を見たことが無いのでタオにはわからないが、只者ではないだろう。

  そんな彼らが護る彼女は、本当に弱いのだろうか…?

  ただの姫君なのか?

  タオの中では否だった。

  雰囲気も見た目も確かに戦いからは縁遠い存在なのだろうが、ただ護られるだけの存在には見えなかった。

  嫉妬が入り混じったような目で見られ、タオは親方を見る。


「おまえ…」

「いや、オレは違いますからどうぞ」


  そう言って背中を向けて調度品の方へ行くタオを見つめあからさまにホッとしたような親方の吐息が聞こえた。

  残った親方は再び紗に手を掛け、そこに眠る女を見つめ、手を伸ばす。

  月明かりで仄かに光る艶やかな髪。

  寝返りによって彼女の形の良い双丘が僅かに覗く。

  指先が彼女の肩に触れる。


「…ん。そう…?」


  吸い付くようにしっとりと滑らかな肌。

  長い睫毛が僅かに震えた。


  リィィーン…。

  リリィィーン…。


  遠くで鈴が鳴る。

 

  親方はベッドに上がり、彼女の肩をしっかりと掴む。

  その隠された二つの宝石が露わになった時を見たいと思ってしまった。


「っ⁉︎」


  絶世の美女はカッと目を見開く。

  月明かりにもわかるその瞳は深い紫の光を湛えていた。

  その美貌に親方は一瞬呼吸をする事さえ忘れて見つめた。


「きゃあああああああああああああああッ!」


  ガバリと起き上がった美女は甲高い悲鳴をあげ、親方は反射的に彼女の口を塞ぎ、勢い余ってベッドに押し倒した。


  ギィィィィイ


  鈴の音がつんざくような音に変わり、親方とタオ以外は荷造りの手を止め、耳をおおった。

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