教育制度
断られて、しまいました。
どうしよう、また、田舎に戻る、お金なんて、ないのに。
それに、あそこに帰っても、どうしようも、ない、のに。
「でもさ、おじさん、さすがに、それはないんじゃないかい?元々はあんたの知り合いの伝手で、こんなとこに放り込むってことは事情があるんでしょ?」
涙腺が、痛みを訴え、涙がこぼれそうになる寸前。
しかし、こぼれる前に、エヴァさんは、助け船を出してくれました。
「まぁ、確かにな。……」
宿のおじさんは、村長の書いてくれた【紹介状】から、目を離し、ちらり、と、私のほうに視線を投げてきます。
きっと、私のことについて、話すかどうか。
……けれど、あったばかりの、エヴァさんには隠しておきたい。
優しいお姉さんはきっと、怒ってしまう気がするから。私は首を横に振ります。
「まぁ、そうだな。事情はある、が。まぁ、問題は宿の空きがないってのも事実ってところだ。俺も泊めてやれるなら、泊めてやりたいが。冒険者実績のないやつをほいほいと置けるほど、余裕ってわけじゃないぜ?」
はぁ、と大げさに頭をふる、おじさん。
そうです。話さない、というのは、別に問題じゃない。けれど。
このままじゃ、私の行き場がなくなる。というのは変わらない。
「あ、あの、私、雑用でもなんでもします!だから」
だから、私は、必死におじさんに、縋り付くしかない。
しかし、おじさんは困った顔をしたままだ。
「この前、そういう類の奴を数人受け入れちまってよ……。もう本当に、空きがねぇんだ。屋根裏もそいつらが使ってるし、馬小屋なんぞに泊めれねぇ」
うぅ……。
やっぱり、どうしようもないんでしょうか。
「……えっと、本当に何でもする気は、あるかな?キャロちゃん」
そう、思っていると、エヴァさんが、話しかけてくれる。
なんでも、と、強調されると、なんだか、とっても恥ずかしく感じて、私はあわてて、言葉を走らせる。
「え、えっちなこととかはだめですよ!?」
出た言葉は、とても、酷い言葉だった。
良くしてくれたお姉さんに、なんてことをいってるんでしょうか、私は。
「アハハ……もう、そんなわけないでしょ」
けれど、エヴァさんは、気を悪くすることなく、たしめるように、優しく叱ってくれる。
まるで、お母さんみたいに。……私は、話でしか、知りませんけれど、きっと。
「じつは、私、いい加減にギルドの人に、弟子。というか、後輩を育ててほしいって言われててね。」
「で、弟子、ですか?」
「育成制度っていってな?冒険者が、新人をいくらか囲って、冒険のいろはを教えるってことだ。それで、エヴァはまだ一度もやったことがない。ってことで、ギルドからいろいろ言われているんだ」
そう、おじさんが私に教えるようにいう。意外だった。
エヴァさんみたいな人なら、一杯、教えて、っていう人がいそうなのに。
「んー、まぁ、人自体はいたんだけど、魔法銃って、武器を用意するのも大変だし、技能に左右されるところが多いから、あんまり人気なくってね。
生きていくために・・・・・ってなると、どうも、私に合わない人ばかりが残っちゃったから断ってたんだ。それに、」
「……それに?」
「いや、何でもないよ。まぁ、とにかく。育成制度は、ある程度長い間冒険者をやったベテランが、新人をある程度信用のおける人間に育てるまで面倒をみるって制度。
これを受けないと、あんまり、自由になれないしね」
また、意外なことばだ。
「……憧れの冒険者さんたちは、みんな自由気ままに、みんな仕事をしてるんだと、思ってました」
これじゃあ、むしろ、普通の仕事のような。そんな感じに聞こえちゃう。
「まぁ、一般のイメージはキャロちゃんのいうようなのだよ?
でも、冒険者の仕事って、魔物を倒したり、遺跡に潜ったりだけじゃなくって、警護をしたり、色々なものを取ってきてってのもあるから」
「そうなると、信用が、必要になるですか?」
「うん、そういうこと。知らない顔の人にお仕事を頼むって、危ないからね。例えば大切な研究資材を、奪ったりとか。だから、そういうことも大事なの。
勿論、そういうのだけをして、いつの間にかっていうのもいるけれど。そういう人は、最初から強くて生き残ってこれた人たちだけ。
だから、教育制度を受けるほうが一般的だし、多分、近道。お姉さんとしても、実績がついたりで、色々ありがたいんだけれど、どうかな?代わりに、住む場所を提供するよ、ご飯と、あったかいベッドつきでね?」
「お、お願いします!」
もし、ここで断ってしまえば、きっと、どこにも居場所がなくなってしまう。
むしろ、こんな破格の条件、受けないと、バチが当たる。
「私!何でもしますから!お願いです!」
だから、必死に頼み込む。それこそ、床に頭を付けて。
そんなことをしていると、エヴァさんは、私を立ち上がらせて、苦笑いしながら、
「大丈夫。そんなにしなくても、私からお願いしてるんだし。素直に受け入れればいいんだよ。キャロちゃんはまだ、子供なんだから」
……私、一応、成人してるんですけど……。
というのは、中々言いにくい。それに、実際に、エヴァさんからみたら、子供、なのでしょう。
それに、、いい……よね?頼っても。ベテランのエヴァさんに、教えてもらえるなら、冒険者としての独り立ちも早くなるはず、だもん。
「って、ことで、おじさん。この子、私の部屋に入れるから」
「あいよ。ほら、嬢ちゃん。こいつの部屋のカギだ」
ぽいっと、雑に、綺麗な銀色のカギを投げ渡される。
「え!?い、いいんですか!?」
「私だけがはいれても、問題だし、それに、私が仕事の時に、キャロだけがここにのこるかも、だしね」
キャロ。
と、優しく名前を呼ばれる。それだけで、私はうれしい。
こんなことは、今まで、そんなになかった。
「えっと、じゃあ、よろしくお願いします。エヴァお姉さん」
少し、恥ずかしい。
名前にお姉さん。姉妹。みたいで。
「ん。よろしくね。さて、色々やることはあるけれど、まずは日用品を、買いに行こうか。
さっき、荷物を買ったけれど、あんまり中身はいってなかったでしょ?今のスカートとかで外に出ると危ないし。」
そういうと、エヴァお姉さんは、いくつか指を折り、うん、うんとうなずく。
「大体、うん。明日、ギルドに行って、登録とか色々して、買い物に行こうか。冒険者にはいろいろと、必要になるからね」
「で、でも!わ、わたしおかね、ないですよ!?」
「大丈夫。ある程度はお姉さんのおさがりだし。本当に必要なのは、師匠として私がだしてあげるから」
「ありがとうございます!エヴァお姉さん」
ぺこり、と、頭を思い切り下げる。
そうすると、目の前にいるお姉さんのおなかにぽすんと、埋もれてしまう。
……とっても、やわらかい。
それに、とっても、甘い匂いが……。
「こらこら、感触、味合わないの」
ぺちんっと、優しく頭を叩かれる。
「さて、とりあえず、今ある荷物を、整理しよっか」
「はい!」
そういって、私は、エヴァお姉さんより先に、階段を昇って行くのでした。