プロローグ
その日、町はスパイスの香りに満ち溢れていた。
具体的に言うとターメリックやコリアンダーにクミン。カルダモン。シナモン。フェンネル。クローブ。その他諸々。ぶっちゃけカレーの匂いに包まれている。
町の、『中央公園』とは名ばかりのチンケな空き地に設けられた特設会場。
そこに集まった、およそ町民の八割以上が見守る中、選ばれた五人の審査員の前に二皿のカレーが運ばれた。
一皿目のカレーを持って来たのは純白のコックコートに身を包んだ、八十年代のアイドルを思わせる鳥の巣の様な髪型をしたイケメン男子。年齢は二十歳を少し回った位だろうか。
もう一皿のカレーを持って来たのは、女性だった。まるで昭和の大衆食堂から抜け出て来た様な白い割烹着に、美しい黒髪を束ねてあねさん被りをした、清楚な雰囲気を纏う若い女性。
会場の両端から現れた二人は一瞬だけ互いに鋭い視線を交わしたものの、それ以外は完全に無表情を貫き、審査員達にそれぞれのカレーを配膳した。
ちなみに――
五人前のカレーを一度に運ぶのは熟練のウェイターでも苦労する作業なのだが、二人は事も無げに淡々とこなしている。この事一つ取っても、二人の実力が垣間見れると言うものだ。
配膳を終えた二人は審査員の前に並び、
「お願い致します」
と、声を揃えて深々と頭を下げた。
今ここに、町を二分した一世一代のカレー勝負、その火蓋が切って落とされたのである。