思ってたのと違う-4
俺は木刀「邪龍神木刀」を構え、路地裏に入ると、縛り上げられた男、その近くで立つコロ、向かい合う男が二人立っていた。
「何で…」
「お?」
コロに睨み付けられ、二人の男が振り向く。
「手間が省けた、こいつの反応からすると賢皇の末裔はお前だな?」
「フン…それがわかっていながら、俺に立ち向かうというのか…哀れだな」
「は?何の魔法も使えないんだろ?」
精一杯のハッタリもあっさりと見破られる。が俺は何とか強がりをつづけた。
「本当にそう思うのか?…なら試してみるがいい…!」
頼むからこれで引いてくれ。もし火の魔法などでも使われれば、何ともできそうにない。
「お前な、やっぱり何にも知らねえだろ」
男の一人があざ笑うように語り掛ける。
「魔法ってのは、何か魔力を持った媒介を通さねえと使えねえんだよ。そしてお前の持ってる木刀にも、何にも魔力を感じねえ、つまりお前はまだ話をどこまで聞いたか知らねえが、魔法を使える人間じゃないってことだけは確かなんだよ」
それを聞いて俺はもう何もできなくなってしまった。
後ろでもう一人の男がコロの腹を思い切り殴り、そのままコロはうずくまってしまった。
「だからおとなしく…」
ジャクアは飛び出していた。木刀を男に向かって力いっぱいふりぬくが、簡単に避けられる。そのまま転げ、木刀も手放してしまう。
「なんだこいつ…こんなのが賢皇の力を持ってんのか?」
あきれるように、男たちはジャクアのことをあざ笑った。
「ま、一応動けねえようにして連れて帰るか」
男がジャクアに手にもった杖を見せつける。
「これが魔法に必要な『媒介』だ。これを持ち魔力を込めながら、呪文を唱える。」
杖をジャクアの足に向ける。
「やめて!」
コロが痛そうな顔を上げて声を上げたが、男は気にせずに
「アグニ!」
と唱えた。
その瞬間ジャクアの足が燃え始める。
「うわあああ!」
熱い!
手品や映像なんかじゃない、本物の火が、自分の足を燃やしている!
俺はその痛みに耐えきれず、ごろごろと転げまわった。
「わかったか?これが魔法だ。本物の魔法だ。今のお前には何にもできやしない」
何とか火を消せはしたが、まだ足が熱い。そして、何より恐怖で体が動かなかった。
男はジャクアの首元をつかみ上げ、杖を顔に向けた。
「俺たちが受けた指令は、『賢皇』の子孫を探し出し、連れて帰ること、お嬢ちゃんと一緒だ」
うずくまったコロを指して、男が話す。
「ただお嬢ちゃんと俺たちの違いは、お前の生死を問わないこと、別に死体でも構わないんだよ」
ニヤついた顔で、俺の顔を覗き込んでくる。
「かわいそうになあ、あの子もお前と会わなきゃ、こんな目に合わずに済んだのになあ」
その言葉を聞いてジャクアは気づいてしまった。次にこの男の口から出てくるセリフ、展開について。
「まあこの後も楽しませてもらって、お前の死体と一緒に連れて帰るとするよお!」
ああ、こいつも同じだ。
俺とは違うベクトルにいるが、この見るからに雑魚でしかない情けない男には、俺と同じ価値観を持っている。
でなければ、こんな安っぽくダサいセリフはなかなか出てこない。
そしてお前はどこかであきらめてしまったんだ。主人公であること。
でなければ、こんな顔つきにはならないだろう。
厨二病でなければ。
「なあ」
「あ?」
そう考えると自分が何を怖がっていたのかわからなくなってきた。
この雑魚に負ける要素がどこにある?
伝説の魔法使いの子孫なんて、なろうと思ってなれるものじゃない。
俺はこの世界の主人公で、そしてそれは事実だった。
「呪文には何かルールがあんのか?」
「は?」
なんだか急に勇気が湧いてくる。
「そうだなあ、そりゃ学ばねえとわからねえよ。適当な言葉で出るもんじゃねえぞ?」
「そうか…ならなんだろうな…」
「あ?」
「なんかずっと頭の中にある言葉が浮かんでるんだよ」
「なんだそれ…」
なにより女の子を傷つけることが許せない。
「まさか…オリジナル…?」
コロが振り絞るように小さな声を出した。
俺は自然に男の顔を指さしていた。
「なんの真似だ…」
「ありがとよ…クズ野郎」
指先が熱い。
俺は頭の中に浮かんできた呪文を唱えた。
「ゲデロ!!!」
指先からまばゆい光が放たれる。
男は驚いてジャクアの首から手を放し、コロの近くにいたもう一人の男が駆け寄っていった。
その隙に這いずって俺はコロに近づく。
「うわあああああ!」
「おい!どうした!なんだ!?今のは!おい!」
俺が光を当てた男が慌てている。それを抑えようとするが、もう一人の男も状況をよくわかっていないためか、しどろもどろになっている。
「すごい…」
「大丈夫か?」
コロが静かに頷く。
「で、あれなに?」
俺は自分自身よくわからないままなんとかこの状況を切り抜けられたことに安堵し、純粋な疑問を尋ねた。
「…オリジナル魔法…基礎となるベーシック魔法とは全く異質なもので…たしかにオリジナルは呪文が頭にふと浮かんでくるというものだけど…」
オリジナル魔法という響きに高揚を隠せないのも束の間だった。
「おい」
男には、何の変化も見当たらなかった。
火が付いたとか、水がかかったとか、小さな影響すら微塵も感じられない。
「いきなり光ったからビビっちまったが…何ともなってねーじゃねーか!」
マジかよ…
「ふざけやがって…」
男が近づいてくる。
「もう遊んでやらねえぞ!」
杖を俺たちの方に向ける!
「いうあおろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
突然男はおう吐し始めた。
これでもかというほどの量を口から流れ出してくる。
その場にいた全員が凍り付く。
俺も、コロも、もう一人の男もその状況を全く理解できていなかった。
俺とコロは自然にその現場から目をそらし、はっと気づいたもう一人の男は背中をさすり始めた。
「お、おい…大丈夫か…」
それでも全く止まる気配がない。そのまま顔を向けられた男は、苦悶の顔で俺に向かって言う。
「お、お前の仕業だろう!早く止めてくれ!もうやめるから!」
といわれても俺にもこの現象が俺のせいなのかどうかもわからなかった。
どうしようもない、とりあえず近づいてこないように、俺は指先を男たちの方に向けた。
「わかった!わかったから!お願いだ!そいつも連れて帰る!黙って帰るから!お願いだからやめてくれ!」
その男はまだまだ吐き出す男と、ギター弦につかまっていた男を連れて、逃げ帰っていった。
静かな空間が流れる。
コロも俺の方に顔を向けてくれなかった。
「思ってたのと違う…」