思ってたのと違うー3
―坂上寂阿は幼少期のころから、アニメ、マンガに毒されていた。
それも良い方向に限った話ではなく、その世界独特な思想、言葉遣い、立ち振る舞いを真似し、しかしそれが彼のすべてだった。
通常の人間ならば、それがいつしかフィクションの世界のものであり、楽しみ方も変わっていく。
自分がそうなるというわけでなく、他人としてそうありたいと願っていくものだ。
彼にはそれがなかった。
自分の特異な名前の影響も少なからずあるかもしれない。
自分には何か特殊な力があると、何を成し遂げたわけでもいないのに信じ切っていた。
そんな彼に周囲の人間はだんだんと離れていく。
だが彼の思考は加速する。
自分が特別であるから周りの人間には何もわからない。
俺はこれでいい。
そしてとうとう彼の絶対的な願いは叶ってしまった-
ジャクアが喜ぶ最中、コロという少女が店の外を見てつぶやく。
「…注意してたのに…」
突然ジャクアの腕をつかみ、飲みかけのカフェオレを置いて外に出た。
「なんだ、どうしたんだよ」
「つけられてた…逃げないと…」
後ろを見ると二人の男が並んでいる。俺と目が合うとすぐさま走りこちらに向かってきた。
「なに、誰なんだよ」
「たぶん、魔王派の連中、あなたを…狙ってる」
その言葉には少し悪寒が走った。
先ほどからのたどたどしいコロの説明からでも、二人の男が俺にとっていい関係を築ける人間ではないと理解できたからだ。
街中を逃げ回り、コロの担ぐギターに目を向ける。
「そのギターで飛んで逃げられないのか?」
「…ちゃんと巻いてからじゃないと…きっと追いつかれる…」
そのとき、前から一人の男がこちらに走ってきた。
「まずい…三人目…」
先ほどの二人組がこれる方角からではない、男たちは三人組だったのだ。
「…坂上くん、私があの男をどうにかするから、一旦逃げて…」
「どうにかって、どうするんだよ」
「いいから…」
そういうとコロは俺を突き飛ばす。
といっても路地裏から出されただけで、逃げ道らしい逃げ道があるわけではない。
「人ごみにまぎれたら、きっと見つけられない…あなたのことをしっかり見たわけじゃない…」
「だったら一緒に逃げよう!」
自分が情けないセリフを吐いていることにすら気づいていなかった。
「一人くらいならきっと食い止められるから…早く行って」
か細い声から放たれる強く雄々しい言葉に、俺はとっさに従ってしまった。
コロはギターを持って、一人の男に向かっていく。
逃げながら後ろを向くと、彼女は確かにその男に打ち勝ち、先ほどの俺のようにギターの弦で縛り上げていた。
それを見て路地裏に戻ろうとすると、二人の男が路地裏に入っていくのが見えた。
ヤバい…
戻ると俺がどうなるかわからない
一人なら勝てたが二人の男に彼女が勝てるのだろうか
なら最初からあんな風に逃げはしない
俺だけでも逃げろと言っていた
さっきは迷わず逃げていったじゃないか
というよりなぜ今日会っただけの女をそこまで気にかけなきゃいけないんだ
警察を呼んでもいいのだろうか
そんな時間がない
生まれて初めて遭遇した特異な状況下で、ジャクアのとった行動、考えていることは全く持って普通の人間のそれだった。
そのことに気付くのに、彼は普通のことを考えてしまってから数秒立ってからだった。
彼は路地裏まで走った。
彼女を助けるために。
今の今まで憧れることしかできなかった行動を、生まれて初めてとることができた。