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交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章
9/46

第9話

2034.4.27

バルツェル共和国 リディーリア

演説会場

08:00 現地時間





 バルツェル共和国の首都リディーリア。そこにある大統領府から程近い場所に演説会場があった。そこにはバルツェル共和国の各報道機関の人間が集っていた。

 もちろん、彼らは無意味にそこに集まっているわけではない。今日、この時間からバルツェル共和国大統領ルーカス・ロッテンダムによる重大発表があるというのだ。報道機関ならば、これを逃すなどあり得ないことである。

 そんなわけで報道機関の人間達は演説台の前に置かれた多数の報道機関用の席に座ってロッテンダム大統領の登場を待っているのである。


 そして、ようやくその待ち焦がれた時がやって来た。


 ロッテンダム大統領が壇上に上がると夥しい数のフラッシュが巻き起こった。カメラマン達が次々と写真を撮っているのである。


 ロッテンダム大統領はその眩しさに僅かながら顔を顰めつつも、落ち着くまで少し待った。やがてフラッシュの嵐が過ぎると、ロッテンダム大統領は口を開いた。


「今回は諸君らに重大かつ喜ばしい発表がある」


 ロッテンダム大統領の言葉に場が静まり返る。皆、それを早く聞きたいのだ。


「栄えある我が共和国軍は、遂に東方の蛮族共の征伐作戦を本日より開始する!」


 その瞬間、場がざわめき、再びフラッシュの嵐が発生する。それほどまでにこの言葉は報道陣の人間の報道魂を揺さぶる宣言であったのだ。


「大陸東部の住み着く蛮族共は、その貴重な資源を無駄に食い潰し、そして我が国の安全を脅かしている。故に、我々は行動せねばならない! 我々の安寧と発展を脅かす愚かな者達に教えてやるのだ! 我々の偉大さを、強さを!」


 ロッテンダム大統領はそのような調子で演説を続ける。

 いろいろなことをいろいろな言い回しで言っているが、その内容自体はそれほど多くない。要は、大陸東部の蛮族達が資源を持っているのが許せないし目障りだから潰す、ということである。それを尊大な言い回しと、民族主義的な思想による発言で正当化しているに過ぎない内容だ。

 しかしながら、ロッテンダム大統領と感性を同じくするバルツェル人は国民の大半だ。もちろん熱狂的な支持を受けており、演説会場では歓声が上がる。もちろんサクラもいるだろうが、本気で喜んでいる人間もまた大勢いるのである。


「我々は必ず勝利する。そして、大陸から蛮族を駆逐し、奴らが不当に独占していた資源をこの手に取り戻すことができるのだ!」


 ロッテンダム大統領が放つ言いがかりにもならない言葉。しかし、それを咎める者はいない。蛮族が資源を使うべきではないという考え方をする者が多いからだ。この世界では資源が前世界よりも貴重だ。それ故、蛮族如きが無駄に消費することは'高等文明であるバルツェル共和国'にとって許せないことなのである。


 その後もロッテンダム大統領は言葉を続けていく。そのいずれもが大陸諸国を罵倒し、貶める内容のものであった。

 しかしながら、それは自尊心の高いバルツェル人の心に響くものでもあった。


「偉大なるバルツェル共和国にさらなる栄光を!」


 その言葉で会場のボルテージは最高潮に達した。自分達こそが世界で最優良な民族。そう思えるだけで日々の苦しみも耐えられる。だからこそ、バルツェル人達は自分達が最優秀民族だと信じて疑わない。

 ……故に考えもしなかったのだ。自分達よりも強い国家が存在する可能性を。それが彼らにとって最大の不幸だったのかもしれない。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





同日

旧アーカイム皇国 バルサ市郊外

バルサ空軍基地

09:00 現地時間






 旧アーカイム皇国領バルサ市。その郊外にはバルサ空軍基地がある。元々はアーカイム皇国空軍の基地であったが、今はバルツェル共和国空軍が使用している。

 滑走路の延長や格納庫の拡充により、そのキャパシティーはかなり大きい。実際、ここの基地に集結しているバルツェル共和国空軍の航空機は200機以上だ。そのほとんどが戦闘機や攻撃機などの足の短い航空機であり、足の長い爆撃機や大型偵察機はさらに後方の旧皇都アーカイメル郊外にあるアーカイメル空軍基地に集結している。

 今回、大陸東部に侵攻する航空部隊は第3航空団。第1航空団や第2航空団に比べると旧式機が多いものの、この大陸では圧倒的な強さを誇る部隊だ。実際、ベールニア連邦軍やアーカイム皇国軍は蹂躙された。


 その第3航空団であったが、遂に彼らは行動を起こそうとしていた。本国でロッテンダム大統領が演説を行い、正式に大陸東部侵攻が国民に布告されたのだ。それと同時にバルツェル共和国軍は進軍を開始する。

 そう、遂に戦争が始まるのだ。






「楽しみですね、隊長」


 側を歩く部下の嬉々とした声を聞く男。彼の名はルーイン・ベネトン。バルツェル共和国空軍の少佐である。

 側を歩くのはリーチ・カリファ少尉。ベネトン少佐の飛行隊の戦闘機パイロットである。まだ若いが、将来有望なパイロットだ。


「任務を遊びと混同するなよ?」


 ベネトン少佐はそう注意しつつも、一方でカリファ少尉の気持ちもよく分かっていた。

 今回の戦いは、前回同様に圧倒的な格下が相手。自分達の強さを歯向かってくる愚者共に見せつけるのは、やはり気分がいいものだ。要は自己顕示欲に似たようなものだろう。


 彼らが歩いているのは格納庫。自分の機体のところに向かっている途中だった。ベネトン少佐の第303飛行隊の格納庫には、他の部下達も既に来ており、ベネトン少佐が見えると一斉に敬礼した。


「お、ライラちゃん発見!」


 カリファ少尉が嬉しそうに言う。彼の視線の先にはこの部隊の紅一点であるライラ・ステンダム曹長がいた。バルツェル共和国では戦闘機パイロットは准士官以上、つまりは曹長以上と定められているため、彼女は戦闘機パイロットとしては最下級の階級である。

 そんな彼女にカリファ少尉は駆け寄った。


「ねぇーねぇー、ライラちゃん。任務が終わったら、一緒に飲みに行かない?」


「申し訳ありませんが、結構です。私、お酒飲めないので」


 別にライラは未成年ではなく20歳だ。しかし、単純に体質が酒を受けつけないのだ。


「あらら残念。だったら、ジュースでもいいよ?」


「いえ、私はカリファ少尉と飲みに行くよりもやりたいことがあるので」


「………………うぅ」


 カリファ少尉は玉砕した。

 ライラは金髪緑目で髪は邪魔なのでポニーテールにした美しい女性である。しかしながら、言い寄る男性は全て玉砕しており、一時期はレズビアンなのではないかと噂されていた。

 だが、実際は違った。それは彼女の普段の趣味を見れば分かる。


 彼女はパイロットとしてこの部隊に入ってから、普段は戦闘機を眺めたり、戦闘機を磨いたりするのが趣味となっているのだ。

 ……まぁ、つまりは戦闘機(だけに限らないが)が好きすぎて男のことなど目に入らないのである。今も少しばかりウットリとした表情で自分の愛機を眺めている。


 この部隊に配備されているのは『クリーガーMkⅠb』戦闘機である。『クリーガーMkⅠb』戦闘機は、初期型であるMkⅠaのエンジンを換装したものだ。

 MkⅠaに搭載されていたエレクノル社製『エレクノルⅢ』ジェットエンジンの稼働率の低さが問題視され、急遽、トリオン社製『スターラスターⅠ』ジェットエンジンに変えられたのである。『エレクノルⅢ』はスペック値は良好であったが、整備性が悪く、稼働率も低いのが難点であったが、『スターラスターⅠ』はスペック値こそは『エレクノルⅢ』に劣るものの、整備性や稼働率は良好であったのだ。


 そんな『クリーガーMkⅠb』戦闘機は実戦配備されている戦闘機の中では最新機種である。最高速度は1050km/h、20㎜機関砲を機首に2基搭載しており、爆装も1000kgまで可能だ。

 第3航空団では多くの部隊が旧式の『アンバー』戦闘機を運用している。タイプは部隊によって異なるが、多くの場合はMkⅡcである。この『アンバー』戦闘機はジェット戦闘機であるものの、翼下にジェットエンジンポッドを吊り下げている、本当に初期のジェット戦闘機である。

 そんな戦闘機を扱う彼らからすれば、最新機種を扱うベネトン少佐達第303飛行隊は羨ましいことこの上ない存在だ。まぁ、『アンバー』戦闘機でもオルメリア大陸諸国の戦闘機よりも優れた性能を持っているのだが。


 そんな戦闘機パイロット達の垂涎の的と言っても過言ではない『クリーガー』戦闘機のせいで美女の気を引くことに失敗したカリファ少尉。


「……こんな金属の塊に負けるとは」


 そんな彼が思わず呟いた言葉。それはある意味、ライラにとっては恋人を侮辱されたのに等しかった。


「……カリファ少尉? 今、何と仰いましたか?」


 その声音は冷たく、そして鋭かった。ライラが完全にキレた瞬間である。


「い、いやぁ、その……」


 そして、そのライラの怒気にしどろもどろとなるカリファ少尉。そんな彼にライラはさらに口撃を加える。


「カリファ少尉にとっては、この戦闘機がただの金属の塊ですか、そうですか。戦闘機パイロットとは思えない発言ですね」


 そんな彼らの姿を見て、ベネトン少佐はため息を吐く。しかし、いつまでもこんなことをやっている場合ではない。


「おい、早く機体に搭乗しろ。もう作戦が始まるんだぞ」


「……了解」


「り、了解っす」


 ベネトン少佐の叱責に、ライラはカリファ少尉を睨みながら、カリファ少尉はどこかホッとした様子でそう返すのだった。






 やがて、ベネトン少佐の第303飛行隊も含めた第3航空団の戦闘機部隊は、アーカイメル空軍基地から飛び立った爆撃機部隊と合流する。そんな航空部隊の動きと呼応するように地上軍が越境。


 バルツェル共和国軍はエルスタイン王国への侵攻を開始した。


 それを日本の自衛隊によってずっと監視されていたことを知るのは、戦後しばらくしてからだった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




同日

エルスタイン王国 ウェルディス市

ウェルディス侯爵邸 私室

10:30 現地時間






「ようやく動いてくれたか……」


 私室で安心したかのような声を漏らす反乱軍の指導者であるウェルディス侯爵。先ほど、バルツェル共和国軍が動き出したという報告が入ったのだ。


 既に政府軍は反乱軍の本拠地でもあるこのウェルディス市に到達せんとしている。もしや見捨てられたのかとウェルディス侯爵は思ってしまったぐらいにはバルツェル共和国軍の行動は遅かったのだ。


「だが、これで勝利は確定した」


 ウェルディス侯爵はそう言って息をつく。バルツェル共和国軍の実力はベールニア連邦とアーカイム皇国を相次いで陥落させたことから相当なものだということが分かっている。彼らならば政府軍はおろか、あの忌々しい日本ですら打ち破ってくれるだろう。ウェルディス侯爵にはそう思えた。



 しばらくして響き渡る轟音。ウェルディス侯爵は窓から空を見た。

 そこには見たことない航空機による梯団が存在していた。


「あれがバルツェル共和国の航空機……」


 待ちに待った援軍である。その梯団は東の方向……政府軍がいる方向へと飛んでいった。今頃、政府軍は大慌てで撤退しているだろうと思うと笑みが溢れる。


「さて、私も仕事をせねば」


 そう言って執務机に向かおうとするウェルディス侯爵。しかし、また別の轟音が近づき始めているのに気づく。

 もう一度空を見ると、西の方角からもう一つの航空梯団がやって来るのが見えた。


「徹底的だな……」


 どうやらバルツェル共和国軍は政府軍に対して大規模な空爆を行うらしい。先ほどの梯団だけでもウェルディス市に近づく政府軍は壊滅しそうだったが、どうやら念には念を押すようだ。

 ウェルディス侯爵はバルツェル共和国軍のそんな態度を好ましく思いつつ、執務机で仕事を始めた。




 しかし、彼はその後すぐにジェットエンジンとは異なる轟音を耳にする。


「何が起こった!?」


 今の轟音は明らかにジェットエンジンのものではない。はっきり言おう……爆発音である。


 ウェルディス侯爵は窓から街を見て、そして目を見開く。


 街の一角から黒煙が立ち上っていた。建物が崩れ落ち、火災が住民を焼き、混乱によって秩序を失う。


 だが、それだけでは終わらなかった。次々と街の至るところで爆発が起きたのだ。そう、あらゆるところで。


 そして、ウェルディス侯爵にはその時にはっきりと聴こえたのだ。空気を切るような音……航空爆弾が落下してくる音が。


「まさか……!」


 空を見る。あの後続の航空梯団はウェルディス市の真上にいた。

 そして、街に降ってくる多数の爆弾。それらが示す答えは簡単に導き出せる。


 バルツェル共和国軍はウェルディス市を空爆している。


 ウェルディス市の工業地帯は爆撃によって破壊され、多くの可燃物や爆発物に引火、工業地帯全体で連鎖爆発を起こしている。住宅街や商店街では焼夷弾を使われたのか無数にある着弾地点で火災が発生し、周囲に延焼している。一部は火災旋風を引き起こしており、人々を焼きながら巻き上げていた。


 瞬く間に赤く染まるウェルディス市。今見えている範囲だけでも、もはや10年以内での復興は絶望的というレベルの被害だ。


「な、何故だ……! 何故なんだ……!」


 燃える故郷を見て涙を溢すウェルディス侯爵。彼はこの故郷を誰よりも愛していた。国よりも故郷の街が大事だと思うほどに。だからこそ、故郷の産業に悪影響を及ぼす日本のことを憎んでいたし、そんな日本に媚びる王国政府に失望していた。それ故の反乱であったのだ。

 全ては自分の故郷のため。そのはずなのに、故郷は燃えている。


「燃えている……。私の……生まれ故郷が……!」


 ウェルディス侯爵は赤く染まったウェルディス市に愕然とする。


「閣下!」


 ウェルディス侯爵の私室に慌てて入り込んでくるのは彼の執事。


「閣下、お逃げください!」


 執事は自分の主を逃がそうと必死の表情だった。そんな彼にウェルディス侯爵は力なく言葉を返す。


「逃げる……? もう逃げるところなどない。私の居場所はこの街以外に有り得ない……」


「何を仰いますか! このままでは危険です!」


「……貴様は逃げろ。もういいんだ」


 ウェルディス侯爵はそう告げた。彼にとってはこの街が全てであった。この街には様々な思い出がある。楽しいことも、悲しいこともあった。だが、全てまとめて良い思い出であったと思える。そんな街が失われつつある今、もはや生きていたいとも思えなかった。


「息子や妻を頼んだぞ。安全な場所に連れてやってくれ」


「閣下……。分かりました……」


 執事はウェルディス侯爵のその言葉を受け、直ちに実行に移す。彼の最後の命令である。執事は死んでもこなす気でいた。意外なことだが、ウェルディス侯爵は部下や側近には慕われていたのである。


 空を見るウェルディス侯爵。悠々と空を飛ぶバルツェル共和国軍機。それらを見るだけで沸々と憎しみが沸いてくる。


 ウェルディス侯爵邸にもいくつかの爆弾が着弾する。どうやらここも、もうダメなようだ。


「先に地獄で待っているぞ……!」


 怨嗟の声を上げるウェルディス侯爵。次の瞬間、屋根を突き破って彼の私室に爆弾が突入、ウェルディス侯爵ごと床を突き破って地面にまで達すると爆発した。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 反乱軍のリーダーであるウェルディス侯爵は、味方であるはずのバルツェル共和国軍による空爆で死亡。反乱軍の本拠地であるウェルディス市も空爆による直接的な死者だけでも3万人以上を出して壊滅した。怪我人は目を覆わん数にまで達し、内戦中であったことやバルツェル共和国軍の介入による混乱で手当てもまともに受けられず、怪我人達は次々と感染症などで死んでいった。





9/7 作中の日付を変更しました。

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