第8話
けっこうスランプ気味ですが、何とか書き上げました。旭日旗の方も頑張りたいのですが、そっちはさらにスランプ気味です( ;´・ω・`)
2034.4.20
日本 神奈川県
横須賀駐屯地 食堂
07:20 JST
ここは横須賀駐屯地。在日米軍縮小によって第7艦隊の多くが撤退し、余った土地を日本自衛隊が使用することとなって発足した新しい駐屯地である。その土地を使用する部隊は増強された海上自衛隊第1護衛隊群(駐屯地ではないが)に加えて陸上自衛隊第1外征団の一部の部隊や第1特装団である。
現在、隊員達は朝食を取るために食堂に押しかけているところである。この駐屯地にはかなりの人数がいるため、それなりに広いこの食堂でもかなり手狭に感じるほどだ。そのため、部隊ごとに時間を少しずつずらすなどといった努力も各自で行っていたりする。
この日、この駐屯地の隊員達はどこか落ち着かない雰囲気を出していた。個々人で見ると、特に何か変わったところはないが、集団としての全体的な雰囲気は明らかに普段とは異なっていた。
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「やっぱり、どこかそわそわしてるな……」
和人はそうポツリと呟く。それに反応するのは隣で朝食を取っていた鉄平。
「当たり前だろ? 今日から戦場に向かうんだぜ?」
先日、第1特装団や第1・第2外征団といった陸上総隊隷下の部隊を中心とした遣エルスタイン部隊を編成し、派遣することが正式に決まった。それ以前から準備はしていたのでそれほど時を置かずに部隊が派遣されることとなり、今日、この駐屯地に駐屯する和人達第1特装団や第1外征団隷下の第2外征普通科連隊が現地に向かうのである。
「しっかし、政府や上層部はかなり積極的だよな。反対勢力なんて恐れていない感じだ」
鉄平の言葉に頷く和人。
この派遣は名目上、内戦状態となったエルスタイン王国の治安維持任務のためとされている。しかしながら、それを真に受けるのは一般民衆ですら一部であろう。
これの真の目的はバルツェル共和国軍に対する備えである。バルツェル共和国軍による介入が予想されているという話は専門家や軍事雑誌では常識であり、そこから少しずつ広まって一般人でも少しだけ事情は把握している状況である。
バルツェル共和国の技術力と軍事力はエルスタイン王国を大きく上回っており、日本の初動が遅れればエルスタイン王国失陥の恐れすらある。それ故の素早い行動だ。
エルスタイン王国は既に日本にとって重要な友好国であり、経済的に強い繋がりが形成されつつあり、さらには食料輸入先でもある。ここを失えば多方面に渡って日本に悪影響を与えるだろう。それを看過するほど政府は腑抜けてはいない。
しかし、あらゆる政治勢力が諸手を挙げて賛成しているかと言えばそうではない。
例えば野党の一部。最近は真っ当な野党勢力も増えてきているが、未だに与党のやること為すことに取りあえず反対しておく、といった勢力もあるのだ。事実上、政治的な信念のないただの政権アンチである。与党に反対しておけば票が取れる時代はとうの昔に過ぎ去っているのだが、それでも全て消え去ったわけでもない。
他にも平和団体というのもある。転移前の様々な成り行きから、その求心力も最近は地に落ちているが、本来ならば政府としては目障りな存在なはずである。
そんな連中のことなど歯牙にもかけないような政府の素早い判断と行動。
「そろそろ本気でバルツェルの連中がやらかして来そうなんだろうな」
和人はそう言って肩を竦める。政府が急ぐ理由などそれしかない。
「……正直、何かの間違いだったら良かったんだけどな」
「違いない」
鉄平の言葉に頷く和人。中国との戦争で、戦争に対するハードルが下がった日本だったが、別に戦争をしたいわけではない。前例ができたおかげで、戦争という選択肢を多少選びやすくなっただけだ。言い換えれば、戦わねばならない時に後込みする恐れが小さくなっただけなのだ。
「だが、相手が来るっていうんだったら、盛大に歓迎しないとな」
「感動のあまり、バルツェルの連中が即倒してそのまま天に召されそうになるくらいにか?」
和人は頷いた。
彼が口にしたのは全員が全員とは言わないが、派遣部隊の自衛隊員の気持ちである。ここでエルスタイン王国が倒れると、日本は立ち行かなくなる。エルスタイン王国は経済的にも資源供給先としても重要な友好国なのだ。
つまり、エルスタイン王国が敵対的な外国勢力に侵略されようとしている現状は、日本にとって立派な存立危機事態であるのだ。中国との戦争以後、自衛官の意識は少しずつ変わっている。元より日本のため、という気持ちはあっただろうが、今ではその気持ちが強くなっているのだ。自衛隊という組織が国家存亡をかけた局面で活躍した経験があってこその変化だ。
結果、派遣部隊の士気はかなり高くなっている。自分達が今からこの日本を守るのだという責任感がその状態を作り出しているのだ。
「……なぁ、和人。お前、家族とか友達から連絡来てるか?」
「ああ、ちょくちょくな」
「やっぱお前もか。俺んとこもそうなんだよ。……やっぱり心配してくれてんのな」
鉄平は少し申し訳なさげに笑った。自分が国のために戦うのは、自分で納得していることだから別にどうということはない。しかし、大切な人が戦場に行くかもしれないという立場にある者達はそうはいかないだろう。
「派遣部隊じゃない連中の家族も心配していたりするんだろうな……」
「派遣部隊つっても、ただの先行派遣の部隊だしな。後から追加で派遣されるだろうし、派遣部隊に入っていない隊員の家族も心配の種は尽きないわけだ」
例え今派遣されなくとも、近い内に派遣されるのではないかという心配もしてしまう。そういう意味では、今回の日本参戦で一番辛い気持ちになっている日本人は自衛官の家族や知り合いなのだろう。
覚悟と責任感のある自衛官本人達はいいのだ。自分で選んで自分で納得した己が道なのだから。問題は戦場に赴く親しい者を離れた場所から眺めるしかない者達なのだ。
「……でも、そこは仕方ないさ。国のために戦うことが俺達の責務。みんなも頭では分かってるはずだ」
和人はそう言う。彼の言う'みんな'とは心配してくれる人達のことだ。彼らとて頭の中の冷静な部分では結論を出している。仕方ないのだと。しかし、心から歓迎できるようなシチュエーションではないのも事実だ。
「全部終わったら、親孝行とかしてみようかねぇ……」
鉄平はそう呟く。
「いいじゃないか。せめてフォローはしないとな」
和人も鉄平の考えには賛成だった。心配かけたのだから、その分のフォローは必要だろう。
そんな会話をしているのは2人だけではなかった。食堂では他の者達も様々なことを話しているが、やはり親や恋人に心配されていることなどもよく話題に挙がっていた。
そして、これは全国の駐屯地でもよく見られる光景であった。やはりどこの誰であっても、親しい者が戦場に行くかもしれないとあっては心配するものなのだ。
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同日
日本 東京都
小鳥遊家 リビング
7:30 JST
和人と鉄平が食堂で話し込んでいるのとほぼ同時刻。年頃の女子高生が朝食を取りながらもテレビのニュース番組に目が釘付けとなっていた。
それを、一緒に朝食を取る彼女の両親が苦笑しながら見ている。
「美咲、いくら和人君が心配だからといって、そこまで熱心に戦争関連のニュースを見るのは女子高生としてちょっと……ねぇ」
あまりにも熱心な様子の女子高生……和人の幼なじみである美咲を見かねた母親がそう言った。女子高生が戦争のニュースを熱心に見ているというのは、世間一般の女子高生像からあまりにもかけ離れているが故の発言だった。
「そんなの関係ないよ。だってカズ君が戦争に行くかもしれないんだよ?」
美咲はそう言い返す。そう言われると何も言い返せないのが両親である。その気持ちはよく分かるからだ。彼らとて心配なのである。
その間もニュース番組は進行する。
『今回は軍事評論家兼ジャーナリストの大峯さんに来ていただいております。大峯さん、今回の自衛隊の動きはどうなんでしょうか?』
『えー、今回、政府は内戦状態にあるエルスタイン王国の治安維持のため、という名目で部隊を派遣しております。しかし、治安維持というには、あまりにも規模が大きすぎます』
『と、言いますと?』
『えー、今回派遣された自衛隊部隊は陸上自衛隊の中でも精鋭とされている第1空挺団や第1特装団、さらには本格的な外征を目的とした2つの外征団の両方を出動させています。それだけではありません。航空自衛隊の戦闘機部隊や空中管制機、給油機に海上自衛隊の第1護衛隊群なども出動しています。治安維持活動に必要な戦力を遥かに超えた戦力です』
『つまり、政府としては戦争に参戦するつもりだと?』
『内戦に参戦するか否かについては、我々軍事評論家の中でも意見の別れるところです。しかしながら、この派遣の主目的ははっきりとしています』
『それは?』
『大陸の西にあるバルツェルの侵略に対応するためです』
『バルツェルというと、大陸西部の国々を支配下に置いた'武装集団'ですね』
『バルツェルは実際には国家であると推測されていますが、我が国はバルツェルと国交を持たないので国とは認めていない、というややこしい関係です。そのバルツェルがエルスタイン王国侵略を画策していると日本政府は考えているわけです』
『今回、部隊が派遣されたということは、日本政府はバルツェルが侵略を画策していることを裏づける何らかの情報を得たということでしょうか?』
『そうである可能性は十分に高いと私は考えています。ただの用心、というには些か戦力が大きい』
軍事評論家の大峯とアナウンサーの話が続いていく。それを見ていた美咲の父親は、同じくテレビ画面を凝視していた美咲に問う。
「内容……分かってるか?」
「………………さっぱり」
その返答に思わずずっこけそうになるが、逆に考えれば、これが普通の女子高生だ。娘が変な方向に走っていなくてよかった、と内心で喜ぶ父親。
そんな美咲達の様子とは全く関係なく、ニュースはさらに進んでいく。
『仮に自衛隊がバルツェルと戦闘になるとして、一体どのような作戦を自衛隊側は立てるのでしょうか?』
『今回派遣された戦力を分析するに、バルツェルの攻勢を押し止めることに重点を置いていると考えられます。陸上自衛隊は精鋭部隊を派遣しているとはいえ、そのまま反撃を行うには少々戦力不足です。したがって、反撃は後続の部隊の到着を待つと見て間違いないでしょう。おそらく、最初に航空優勢・海上優勢を獲得してから、バルツェルの陸上部隊の後方支援を絶ち、陸自部隊による奇襲や散発的攻撃で勢いを削ぎ、後続の陸自主力部隊で止めをさすのだと思います』
大峯は自分なりの推測を交えて話しているが、その多くは的を射た発言であった。無論、全てが全て当たっているわけではないが。
「……………………」
そして、やっぱり美咲にはチンプンカンプンな内容であった。幼なじみが戦争に行くかもしれないから、ということで少しは興味を向けたニュースだったが、ただの女子高生である美咲にはあまりにもハードルが高すぎた。
(……カズ君、派遣部隊の中に入ってたりするのかな……?)
美咲は今まで、忙しくなっているであろう和人の邪魔をしないように連絡は取っていなかった。しかしながら、さすがに気になってしまう。和人が派遣部隊に入っているか否か、ということが。
美咲は迷惑になるかもしれないという気持ちを抱きながら、結局、携帯端末のSNSで和人に連絡を取るのだった。
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2034.4.21
日本 南西部 沖合
海上
11:11 JST
雲一つない晴天の下、第1護衛隊群と陸自部隊を乗せた船舶が日本の南西海域を航行していた。
海上自衛隊は転移前に規模の拡大を行っており、護衛隊群は以前の2個護衛隊8隻体制から3個護衛隊12隻体制になっていた。その戦力は自衛隊関係者や軍事評論家からは、この世界では最強の戦闘集団と呼ばれている。
そんな第1護衛隊群を構成する主要艦艇は、以下の通りだ。
まずは自衛隊初の本格的な航空母艦である第1護衛隊所属のDDC-191『しょうほう』。この艦は第1護衛隊群の旗艦である。F-35C戦闘機やF-3B戦闘機、E-2E早期警戒機に加えて国産の無人偵察機JRQ-1など、合計60機近くを運用する。全長278m、全幅52m、基準排水量55000tと、通常動力航空母艦としては大型の部類である。
次に同じく第1護衛隊所属のミサイル護衛艦DDG-179『まや』だ。自衛隊が保有するミサイル護衛艦の中では最新の型であり、トマホーク巡航ミサイルやイージスシステムの最新モデルを搭載している。
次に第5護衛隊所属のDDH-183『いずも』。建造時点で事実上のヘリ空母であるヘリコプター搭載型護衛艦であり、多数の対潜ヘリコプターを搭載している。そのヘリコプターによる対潜哨戒能力は非常に高く、前世界でも指折りの実力を備えている。また、改修によってF-35Bを10機程度搭載することができるようになり、艦隊のエアカバーを担うことができる。今回は対潜ヘリを積んでいる。
最後に第9護衛隊所属のDDG-173『こんごう』。自衛隊初のイージスシステム搭載型ミサイル護衛艦であり、今でも改修やアップデートによって高い能力を維持する艦だ。とはいえ、既に艦齢は40年を越えており、そろそろ代替艦の建造が必要とされている。
そして、残りは数的主力の汎用護衛艦である。第1護衛隊から、DD-129『かげろう』、DD-101『むらさめ』。第5護衛隊はDD-121『しまかぜ』、DD-107『いなづま』、DD-115『あきづき』。第9護衛隊はDD-110『たかなみ』、DD-119『あさひ』、DD-125『なだかぜ』。
これらが第1護衛隊群の戦力だ。前世界でも有数の戦闘能力を誇る艦隊であったが故、この世界ではまさに鬼神の如き活躍を見せてくれるだろうと防衛省の官僚やミリタリーオタクからは期待されている。
そんな第1護衛隊群を、その旗艦の艦橋から眺める男がいた。眼光が鋭く、慣れていない者だと前に立つだけで身が竦みかねない。そんな雰囲気を持つ男だった。
彼の名は井上隆司。海上自衛隊の海将補であり、第1護衛隊群の司令官でもあった。
「司令、現在の航行は順調です。このまま行けば、予定時刻通りに現地に着くと思われます」
そう言うのは第1護衛隊群所属の幕僚である白瀬武一等海佐だ。この幕僚という役職は、外国軍でいう参謀であると考えていい。
「そうか。……今回の派遣は穏やかだったな」
「……? どういうことでしょうか?」
井上 海将補の言葉の意味が分からず、白瀬 一佐はそう返す。井上 海将補は自分の言葉足らずなところに苦笑し、今度は相手にも伝わりやすいように話す。
「前みたいにやかましい連中が出てこなかったな、という意味だ」
「ああ、なるほど。確かにそうですね。いたのは我々を見送りに来て下さった市民の方々だけでした」
2人の言う通り、今回の派遣では、いわゆるプロ市民や平和団体は現れなかった。
「まぁ、先日のテロ事件もある。安全保障に関しては世論も寛容になってきたのだろうな」
「世論に真っ向から当たっていくことは連中でも難しいわけですか」
「その通りだ。おかげで最近は仕事がやりやすくなって良い傾向にあるが、それで調子に乗ってはいけないな」
「国民の期待に応えられなければ支持を失ってしまいますからね」
白瀬 一佐は肩を竦める。転移前の東シナ戦争では国民の期待に応えることができた。それ故の今の自衛隊だ。だからこそ、これからも自衛隊は日本人が誇りにできる組織で在り続けなければならない。
「ふふふ……年甲斐もなくやる気が出てきたな」
「司令は思いの外、若い頃の気持ちを大切にされていますからね」
「思いの外、とは心外だな。俺はいつまでも若いつもりだぞ?」
実は、井上 海将補は見た目の割には意外と取っ付きやすい性格をしていたりする。初対面ではよく怯えられてしまう彼だが、正直辟易としている。自分としてはフレンドリーにやっていきたいのだが、どうにも顔が怖くてなかなか上手くいかないのだ。
「……しかし、まさか自分が再び実戦の指揮を取ることになるとはな」
「まだ決まったわけではありませんよ?」
「ほぼ決まったようなものだろう? まぁ、無いに越したことはないんだが……」
井上 海将補はそう言う。彼は転移前の東シナ戦争にも汎用護衛艦の艦長として参加していた。その時は護衛艦を指揮する立場であったが、今度は艦隊を指揮する立場である。
「……まぁ、上手くやってみせるさ」
軽く笑う井上 海将補。それにつられて白瀬 一佐も笑った。
第1護衛隊群と輸送船団が日本の海を西に進む。彼らは祖国とその友好国に牙を剥かんとする敵を打ち倒す決意を胸に戦場へと向かうのだった。
バルツェル共和国とは国交を結んでいないので、武装組織扱いですね。ただ、相手が国だということは分かっているため、非公式な場では皆『バルツェル共和国』と呼んじゃってます。
9/7 作中の日付を変更しました。
10/19 現実でDD-119の艦名が『あさひ』となったので、本作でも『ふぶき』から『あさひ』に改名しました。