第6話
2034.4.1
日本国 東京
政府庁舎 会議室
23:44 JST
「ついに起こりましたか……」
長谷川 総理は苦い表情でそう言った。ここは首相官邸の会議室。この場には外交や安全保障に関係のある閣僚達が勢揃いしていた。
「反乱軍の戦力は3個師団と西部航空団の半分……およそ4個戦闘飛行隊と2個攻撃隊、1個爆撃隊など。さらに義勇軍も入る。海軍戦力はない。一方で、政府軍は7個師団と西部航空団のもう半分、東部航空団に加えて海軍だ」
大岸 防衛大臣の言葉。それは政府軍の優勢を示すものであった。
「このままいけば政府軍が戦闘に勝利するでしょうが……戦闘の勝敗が問題というわけではないのですよね?」
住田 外務大臣はそう尋ねる。大岸 防衛大臣は頷いた。
「そうだ。この反乱が原因で少なからず東西の遺恨は残り、エルスタイン王国の政治は大きく混乱するだろう。第二・第三の反乱軍が生まれんとも限らん。さらに、エルスタイン王国の正規軍同士での殺し合いでもある。勝敗に関わらず、エルスタイン王国の国防は壊滅的な打撃を受けることになる。……そして」
「バルツェル共和国ですね?」
長谷川 総理が被せた言葉に嫌な顔もせずに大岸 防衛大臣は頷く。
「そうだ。おそらくこの動乱にはバルツェル共和国が関わっている。どこかのタイミングで干渉してくるはずだ」
「その時までに自衛隊がすぐに展開できるようにしておかねばならない、と?」
住田 外務大臣の言葉を首肯する大岸 防衛大臣。
「この内容はエルスタイン王国政府にも伝えています。当初は内戦に関して我々の介入を受けたくないのか、自衛隊の派遣には否定的でしたが……バルツェル共和国のことを匂わすと、コロリと態度が変わりました」
その総理の言葉に苦笑する一同。バルツェル共和国に関しては日本に任せる気が満々の様子のエルスタイン王国には、むしろ清々しさを感じる。もちろん、この態度は予想されていたことではあるが、ここまで隠す気がないと、むしろ嫌な気分にもならない。
「頼りにされていると前向きに捉えようじゃないか。連中にとっては、報酬は前払いしているからな」
大岸 防衛大臣はそう言ってニヤリと口の端を上げる。
エルスタイン王国が用心棒代として対日関税税率を下げたのは、公然の秘密である。エルスタイン王国はバルツェル共和国勢力圏と接していることもあって、政府の危機感は強かった。それ故にエルスタイン王国政府は日本との関係を重視しているのである。
「そうですね。期待にはしっかりと応えましょう」
長谷川 総理はそう言った。
今の日本は、これまでとは異なって戦争を厭わない……というのは些か言い過ぎだが、少なくとも極度の戦争アレルギーではない。無理に戦争を避けようとすることでさらなる悲劇が起こったり、不利益を被ることになることを学んだからだ。既に戦争を経験していることや、転移による国家危機の影響でよっぽどのことがない限りは国益優先という世論ができている、という理由もある。さらに先日のテロ事件もある。国民に対する説明も十分にできるだろう。
「自衛隊の派遣状況はどうですか?」
「陸上自衛隊が、陸上総隊隷下の2個外征団と特装団、空挺団の先行派遣を行うことを決定した。海上自衛隊は第1護衛隊群を派遣し、航空自衛隊はF-15JやF-2の4個飛行隊と空中管制機、給油機、輸送機などなどの派遣に加え、F-3AとJFQ-2の1個飛行隊の派遣も行う」
話の中に出てきた外征団とは、近年になって編成された新たな部隊である。同じく陸上総隊隷下の水陸機動団が離島奪還を主任務とするのに対し、外征団は諸外国……主に大陸での戦闘に主眼を置いた部隊なのだ。
この部隊が生まれた時、「侵略専門部隊」や「自衛隊の侵略戦争思想を具現化した部隊」などと叩かれたものであるが、日本にはこの部隊がどうしても必要だったのである。
日本は生産力は伸びているものの、人口が縮小気味で内需の伸びはあまり期待できない。平均給与が上がったことによる内需の伸びは確かにあるものの、外需の伸びには敵わなかった。それ故に日本は諸外国との関係を重視せねばならなかった。
そして、日本と親密な関係にある国々がこぞって日本に求めたのが安全保障での協力である。米軍との共同とはいえ、中国を打ち破った日本には多大な期待がかかっていたのだ。
それ故に陸上自衛隊には2つの外征団が編成され、海上自衛隊には しょうほう型航空母艦や ながと型多任務護衛艦が配備された。
全ては自衛隊の対地攻撃能力の向上のためである。他にもトマホーク巡航ミサイルの装備や戦闘機の対地攻撃能力の強化も行っている。
「陸海に関してはともかく……空は思い切ったことをしますね」
必要最低限の軍事知識も備えている長谷川 総理は心底驚いた様子でそう言った。
F-3AやJFQ-2は配備されてから一度も実戦を経験していない最新鋭機である。それを出すとは、かなりの大盤振る舞いだ。
「作戦の主軸となるのは、あくまでもF-15JやF-2だ。F-3AやJFQ-2は実戦でデータを取りたいと装備庁の連中が煩くてな……」
少々げんなりとした様子で大岸 防衛大臣は言った。革新的なシステムを搭載している以上、その有効性を確かめたいというのは技術者としては当然の欲求であろう。現場や上に立つ者は大変だが。
気を取り直して大岸 防衛大臣は続ける。
「陸上自衛隊に関しては、その後も増派することになっているが、その他は必要に応じて対応していくこととなる」
大岸 防衛大臣はそう締め括った。
「勝算は?」
「十分にある。バルツェル共和国の軍事技術レベルの大まかな推測は既に済んでいるし、衛星でバルツェル共和国軍の展開状況もおおよそだが掴んでいる。相手の作戦行動の予想パターンも複数用意しており、それに応じた作戦も立てている。少なくとも負けることはない……そう考えている」
大岸 防衛大臣は長谷川 総理にそう返した。
「では、行動に移りましょう。ここからは毎日寝不足を覚悟してくださいね」
長谷川 総理の台詞に一同は苦笑を禁じ得なかった。
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2034.4.3
バルツェル共和国
中央議会議事堂
09:00 現地時間
この日、バルツェル共和国の中央議会は緊急議会を執り行っていた。バルツェル共和国大統領のルーカス・ロッテンダムがこれより重大発表を行うということらしいからだ。
400名弱いる議員は半円形の議場に集合し、始まるのを待っている。ロッテンダム大統領の対抗勢力はロッテンダム大統領の都合でいきなり呼び出されたことに怒りを覚えているようで、すこぶる機嫌が悪い。それ以外の者達は一体何が発表されるのか、気になっている様子だ。……一部の事情を知る者達はゆったりとしているが。
ざわめく議場も、中央の演壇に登壇する者……ロッテンダム大統領が現れると静まっていく。
「静粛に! これより緊急議会を開催する!」
議長がそう宣言する。ちなみに、議長は意見を発することは許されず、常に中立の立場でこの場にいなければならないとされている。
「さて、諸君。私が今回緊急議会を召集したのは重大発表があるからだ」
そこまでは事前に知らされている。問題はその内容だ。わざわざ議員の全てを呼びつけるのだから、その手間に見合う重大さでなければならない。
そういう意味では今回の発表に期待を寄せる者も多い。その発表の内容によっては利益を得られるかもしれないからだ。
そして、その予想は的中していた。
「此度、我が栄光ある共和国軍は大陸東部の解放を行うことを進言し、私や各省庁、大臣達が承認した。我々は遂に大陸全てを手にするときが来たのだ!」
その発表にざわめく議員達。しかしながら、そのざわめきは歓喜の色合いが強い。
バルツェル共和国の議員は皆、企業家だったり投資家だったりしている。代々世襲で議員となっている彼らは己が利益のために国を動かすこともしばしばある。
今回の場合、資源供給地の確保という面もあるが、個々人の利益のためという理由も確かにある。植民地によって儲けることのできる者達が喜ぶのは当然である。
「諸君らも覚えているはずだ。先の戦争で見た大陸人の無様な姿を! あの惰弱さを! あのような者達が限りある富を不当に独占しているのだ! さらに、あの愚鈍な連中は軍備拡張を行おうとしている! これは明らかに我々への侵略意思の現れである!」
先ほどとは別の意味で場がざわめく。
「奴らはアリのように群れて我々に攻撃を仕掛けんとしている! 劣等民族らしい小賢しいやり方だ。だが、我々は奴らの思惑を叩き潰す! 我々は先制攻撃を行って、その愚かな行為を阻止する! そして、奴らを滅ぼして栄光ある共和国の発展の肥やしとするのだ!」
ロッテンダム大統領の言葉に歓声が上がった。議員達にとっては商売のチャンスが転がってくるのだから、喜ばずにはいられないだろう。
「では、今次作戦における説明をオルフィス国防大臣に行ってもらおう」
ロッテンダム大統領に促されて檀上に上がるオルフィス国防大臣。入れ替わるようにロッテンダム大統領は降壇する。
「今作戦について説明させてもらおう。ただ、あらかじめ言わせてもらうと、詳細な作戦に関しては機密であるため、概略であることを了承した上で聞いてほしい」
相手が国の政治を司る議員達とはいえ、軍の作戦行動の子細まで解説するつもりはない。これは防諜上の問題でもあるし、議員達とて聞きたいわけでもない。
「共和国軍は現在、敵対勢力と我々との境界付近に展開している。陸軍は機甲部隊を主軸とする8個師団、空軍は第3航空団、海軍は第3艦隊を主軸とする24隻の植民地艦隊を派遣する。目標はエルスタイン王国の制圧である」
その戦力はバルツェル共和国軍にとって決して小さいものではない。バルツェル共和国軍の総戦力は、陸軍は50個師団、空軍は3個航空団、海軍は4個主力艦隊と5個地方艦隊である。既に得ている植民地の統治・防衛のための戦力を考えると、それなりに戦力を出していると言えるだろう。
「圧倒的な航空戦力と海上戦力によって制空権・制海権を奪取し、その支援の下で機甲部隊を前面に押し出した電撃的な攻勢を行うのが今次作戦の概要である」
技術的に優勢なバルツェル共和国軍が余計な犠牲を出さずに作戦を遂行するのに最適な作戦だとオルフィス国防大臣は自負している。事実、前世界でもこの世界でも、この戦法は面白いほどに効いている。
「また、エルスタイン王国では内戦が起きており、その足並みは崩れている。今が好機であると確信している」
オルフィス国防大臣はそう加えた。エルスタイン王国で軍の諜報部が内戦を引き起こしたことについては言及しなかった。これがどういう意味を指すのか、当人と関係者以外は誰も知らない。
「エルスタイン王国にも同盟国が存在する。リーデボルグ共和国とリテア連邦、そしてニホン国である。これらの国々もエルスタイン王国と同等の国々だと思われ、脅威になるとは思えない。問題は数であるが、もしその数によって攻略が上手くいかない場合は増援部隊を速やかに送る。……これが我が軍の作戦の概要である。何か質問があるのならば聞こう」
議員達に特に反応はない。興味は別のところにあるのだろう。
だが、1人だけ手を挙げる者がいた。
「レイリス議員」
議長が指名する。
指名された議員は見目麗しい若い女性であった。セミロングの金髪と緑目を持ち、怜悧な印象を与える美貌。
彼女の名はリーリア・レイリス。しばらく前に父親が急死して、娘である彼女が議員を受け継いだという事情で議員となった女性である。まだ20前後である彼女は、実は今回が初めての議会参加である。
実際、彼女が指名されると議場がざわめいた。見覚えのない若い美女が議会に参加しているのだから。
しかし、彼女は堂々としていた。まるでベテランの議員のように。
「オルフィス国防大臣にお訊ねしましょう。エルスタイン王国の同盟国……それらがエルスタイン王国と同等レベルの国家である保証はあるのですか?」
リーリアの発言に場が静まった。
「……それはどういう意味かね、レイリス議員?」
オルフィス国防大臣が怪訝そうな表情で訊き返す。
「エルスタイン王国の同盟国の全てをキチンと調べた上でそう仰っているのか、とお訊ねしているのです。私の独自の情報網によると、同盟国の中に技術力の高い国が混ざっているそうなのですが? 実際、あのエルスタイン王国の内戦の大元もその国による産業侵食だとか」
彼女が告げる新事実に静まった議場が再びざわめき出す。
「その国……ニホン国は本当にその他の国々と大して変わらない国なのですか? 教えていただきたい」
リーリアの質問にオルフィス国防大臣は少し表情を歪めつつ、答える。
「……確かに大陸諸国よりも技術的に進んでいる可能性がある、といった報告は上がっている」
オルフィス国防大臣がリーリアの発言を認める旨の発言をしたことに、議場のざわめきがさらに大きくなる。
だが、そのざわめきを掻き消すような大声でオルフィス国防大臣は続ける。
「しかしだ! 本当に強国であれば諸国をその支配下に置くのではないかね? それをしていない……できない以上、大した脅威ではないと思われるが?」
オルフィス国防大臣の睨むような視線を柳のように受け流し、リーリアは言葉を紡ぐ。
「そう思われるのであれば、それでいいのですが。私はただ、共和国の勝利の保証が欲しかっただけです。……しかし、軍は詰めが甘いのではないかと思ってしまいますね」
リーリアの言葉にオルフィス国防大臣は苛立った。しかし、相手は小娘とはいえ議員である。表面上は取り繕った。
「……ご忠告、痛み入る。しかしながら貴女は心配性の気があるようだ」
「この国を動かす議員の一員ですから、心配性でちょうどいいのでは?」
ああ言えばこう言う、といった様子のリーリアにさらに苛立つオルフィス国防大臣。
さすがに空気の悪さを感じて議長が介入する。
「静粛に! ……レイリス議員、質問は以上ですか?」
「はい。長々と失礼しました」
そう言ってリーリアは議長に頭を下げる。オルフィス国防大臣には見向きもしなかった。それがまるで自分が蔑ろにされたように感じられ、オルフィス国防大臣の額に青筋が走る。しかし、彼はどうにか堪えることに成功した。
その後もしばらく会議を行って、緊急議会は閉会となった。
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「……ふぅ」
緊急議会が終わってから数時間後。リーリアは自宅の屋敷の自室で、自分のベッドに倒れ込んでいた。
「……疲れた」
ポツリと言葉が漏れる。それは紛うことなき本音であった。
リーリアは強い女性だ。表面的には、という注釈はつくが。やはり年若い女性であることも事実なのである。
リーリアは胸元のロケットを開く。その中には自分の子供の時の姿と当時の両親の姿。その内、父は既にこの世にはいない。母は生きているが、身体が弱いのでこの屋敷で過ごすことを余儀なくされている。
「……お父様、これで良かったのでしょうか……?」
リーリアは今は亡き父にそう問いかけた。議会でのリーリアの言葉は緩み切った議会の空気を引き締める効果があった。生前、父は腑抜けているとも思える議会の雰囲気を憂いていた。
彼は「バルツェル共和国の政治は停滞しつつある。皆が自分の利権にばかり目を向けている……。これでは、この国は衰退していく」と言っていた。それは初めて議会に参加したリーリアにもよく分かった。形式上は真面目に行っていたが、実際のところ、議員達の注目する点は自分の利益の追求やライバルを蹴落とすこと。共和国の未来のこともある程度は考えているようだが、市民の生活が多少苦しくなろうとも大して気にかけないであろう議員はかなり多い。
リーリアはそんな雰囲気を見かねて、つい場を乱すように発言をしてしまった。発言内容は的を射ているはずだ。実際、オルフィス国防大臣は苦い顔をしていた。
しかし、これで彼女は目立ってしまった。リーリアとしては変な謀略に巻き込まれたくない。
「……これじゃ、私も連中と同じかしら」
思わず保身的な思考に入ってしまい、自嘲するリーリア。
「……ニホンか」
大陸諸国よりは技術力に優れるとされる日本。しかし、どの程度かはリーリアにも分からなかった。
レイリス家も企業を有している。もちろん、植民地にも進出している。この企業は現地で経済活動を行うと共に、情報収集も行っているのだ。緊急議会で告げた情報の出所はここである。他の議員も独自の情報網を持っているはずだが、日本のことについて殊更詳しく調べている者はほぼ居なさそうだ。
しかしながら、リーリアも日本に関しての細かい情報は得られていない。分かっているのは、エルスタイン王国に対して産業浸食を行える程度には発展していると考えられることだ。だとすれば、相応の脅威である。
その一方、日本は大陸諸国への侵略は行っていない。やる実力がないのか、敢えてやらない理由があるのか……それは分からない。議員達の大半は前者と考えているようだが、リーリアはそこまで楽観的にはなれなかった。
「……何事もなければいいのだけど」
本心からそう呟く。彼女は、いろいろ問題もあるこの国を愛していた。自分を育んでくれた祖国であるのだから、当然である。
だからこそ、現状が好ましくないと感じた。早く体質を変えないと痛い目を見ることになる……リーリアの勘はそう囁いていた。
……手遅れなどとは思いたくもなかった。
ぼんやりと天井を眺めて数分が経過した頃。ドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、お手紙でございます」
「入って」
リーリアがそう言うと、メイドはドアを開けて中に入ってきた。そして、リーリアに手紙を渡す。
「わざわざ直接渡しに来るってことは、何か緊急の用事?」
「いえ、内容は見ておりませんので」
「……それもそうね。だったら何故?」
「差出人をご覧ください」
言われた通りに差出人を確認するリーリア。そして、その名前を認識した時、この付き合いの長いメイドが何故直接手紙を渡しに来たのかが分かった。
「……ありがとう。下がっていいわ」
「かしこまりました」
頭を下げて退室するメイド。リーリアはイスに座ってその手紙を開封し、内容を読み始めた。
差出人はリーリアの妹からであった。とはいえ、異母姉妹の関係であるが。
リーリアは正妻の子であるが、2人いる妹は第二夫人の子である。正妻であるリーリアの母が身体が弱く、産んだのも女の子だった。これ以上の負担は危険だということで、跡継ぎのことも考えて父は第二夫人を娶ったのだ。
……結局、それでも女の子しか産まれなかったのは父にとっても想定外だったと思われる。
今となっては、順当にリーリアがレイリス家当主となり、妹2人は一般の国立学校に通っている。父は第二夫人や妹2人を極力政治の汚い世界に関わらせたくなかったように思われる。そのせいか、第二夫人と2人は一般の中流家庭としてリディーリア市に住んでいた。本人達も文句はないようである。
本当のところ、父はリーリアにも政治に関わらせたくなかったのだろうが、跡取りなので仕方がない。
「このタイミングだと……あれかな」
リーリアは妹が送ってきた手紙の内容をある程度は予測できた。この国の法律や制度を知っているからこそ、その予測ができた。
その予測とは、『学徒動員』である。
学徒動員というと、日本人ならば太平洋戦争中の事例を真っ先に思いつくだろう。しかしながら、それとは少し異なる。
バルツェル共和国では一部の国立学校では授業料を免除している。無論、その学校の生徒・学生はバルツェル共和国でもかなり上位の能力を持ったエリートと言えるだろう。
そんな彼らを国のために働かせるのだ。
将来、彼らエリートには国のためになる仕事に就いてもらって、その能力を遺憾なく発揮してほしいが故に、今の内に国に尽くす精神を作っておく……というのが名目である。そういった理由も含まれているのだろうが、実際は国の金で面倒見てやっているのだから、どう使おうが国の勝手、という考えがある。
特に、バルツェル共和国軍は正面装備や戦闘部隊を重視した編成をしているため、後方支援要員が足りなくなることが多々ある。それを学徒動員や緊急徴兵、もしくは臨時の志願兵で補うのだ。
少々面倒な上に効率もよろしくないやり方であるが、議会が硬直しているこの国では直そうとする議員はそうはいない。興味は別のところに向いているのだ。
「やっぱり、か……」
リーリアの読みは当たっていた。どうやら妹は2人とも学徒動員で大陸の方へと送られるようだ。そのことを報告してきたのである。
学徒動員は生徒にデメリットばかりあるものではない。就職の際には有利になることも多々ある。日本で例えるのなら、青年海外協力隊やボランティアに参加することに相当するのだ。
リーリアにとっては複雑な心境だ。決して大っぴらには喜べない。特に日本という不安要素がある今は。
リーリアと妹2人は名家の異母姉妹という、仲が悪くなる理由はいくらでも見つかりそうな関係であるにも関わらず、仲が良い。第二夫人にも妹2人にも変な野心がなかったおかげであろう。……まぁ、リーリアとしては別に代わってやってもいいと考えていたりするが。
何はともあれ、数少ない仲良しの人間が危ないところへ行こうというのだ。心配するのも仕方がない。
「……何事もなければいいのだけど」
先ほどと同じセリフを対象を変えて呟く。
願わくば、あの2人に平穏を。リーリアはそう思わずにはいられなかった。