第5話
1ヶ月と少しぶりの投稿です。お待たせしました。
2034.4.1
エルスタイン王国 ウェルディス市
市街地
20:04
ウェルディス市のこの時間帯は仕事終わりの人々で大通りはごった返していた。街灯に照らされる車や人々。日本人が見たら、まさしく20世紀前半のヨーロッパの光景だと感じることだろう。
その街の一角にあるバーでは、仕事終わりの男達が酒を楽しんでいた。
「なぁ、ジェイク……。お前んとこの仕事はどうよ?」
「……ダメだな。少しずつだが確実に悪くなってるよ」
カウンター席で話す2人の男。名前はジェイクとオリバーだ。2人はウェルディス市にある工場の工員だ。
その2人の表情は決して良いとは言えない。会話の内容も景気の良い話ではなかった。
「ウチの工場の製品の売上がどんどん落ちているらしい……。こりゃ、近い内に首切りに遭うぞ」
「ウチもだよ。新製品を売り出したはいいが、在庫が貯まっているらしい」
オリバーの言葉にジェイクが賛同する。彼らの所属している工場の業績が悪化しているという内容だ。それも致命傷になりかねないレベルで。
「これも'アイツら'が出てきてからだぜ……!」
恨みがましくそう漏らすオリバー。彼の言う'アイツら'が誰を指すのか……それが分からない者はウェルディス市にはいないと言っても過言ではないだろう。
その'アイツら'が指しているのは、ずばり日本人のことである。より正確には、エルスタイン王国の市場に参入してきた日系企業のことである。
日本との国交が結ばれ、経済的な繋がりができてからはエルスタイン王国西部の経済は落ち込みつつあった。それがより顕著になったのが対日関税税率が引き下げられた時からだ。
日本側の強い要請に押し切られる形で決まった関税税率の引き下げ。それによって日本製品がエルスタイン王国内に次々と入ってくるようになった。もっとも、日本の国内法によって過度な技術流出は防止されており、それもあってか当初のエルスタイン王国の製造業界は楽観視していた。「先進的な科学技術を用いない製品であるのなら、自分達が負けることはないだろう」と。
ところが、その当ては外れた。エルスタイン王国西部の人間にとっては非常に癪なことなのだが、日本製品はエルスタイン製品に比べると品質が非常に高かった。値段もそれなりなのだが、エルスタイン王国の工業製品は元から割高である。結果として、まだ日本製品の方が値段は高いものの品質の差でエルスタイン王国の市場を食い荒らしつつあるのだ。
これにはエルスタイン王国西部の製造業界も顔色を真っ青にした。今までは互助組織のおかげで安定的な利益を得ていた多くの企業が立ち行かなくなってきたのだ。過度な保護制度によって競争力を失ったエルスタイン王国の製造業が短期間で日系企業に対抗できる力をつけることなどできるはずもなく、こうやって日に日に悪くなっていく景気を指を咥えて眺めるしかないのだ。
ましてや、日本はさらなる関税引き下げを求めている。エルスタイン王国西部の人々としては、たまったものではなかった。
その一方でエルスタイン王国東部は明るい空気に包まれている。日本は食料輸入国であり、人口も1億を優に超えていることからかなりの大口顧客である。エルスタイン王国東部の主要産業は第一次産業なのである。むしろ日本との関係強化は諸手を挙げて歓迎すべきなのだ。
そんな東部の状況を見て、西部の人間は東部のことを「得体の知れない国家に尻尾を振る犬」と蔑み、逆に東部の人間は西部のことを「時代に取り残された負け組」と罵倒する。
エルスタイン王国は元より東西で仲が良いとは言えなかったが、日本の出現によってその対立はより激しいものとなった。……もはや、内戦となってもおかしくはないレベルに。
「アイツらさえいなけりゃあ……」
「だが、技術は本物だぜ。でなけりゃ、俺達がこんなに苦しむはずがない」
ジェイクは日本を恨みつつも、その技術力は認めていた。自分達をここまで追い込んだのだ、技術力が高くないなどとは思えなかったし、思いたくもなかった。
「……政府も政府だ。ニホンにペコペコしやがって……」
「それは同感だな。あれはもう情けない」
エルスタイン王国政府は日本との関係を強化するために、ある程度日本の要求を呑んでいる。その評価は東西で分かれている。東部は「新しい大国との関係を深めている」と評価し、西部は「ニホンの圧力に屈している」と批判している。
そんなわけで西部は日本に対しても悪印象を持っている。そんな折に起きたのが先日のテロである。
複数回起こったテロで日本人3名を含む多くの人々が傷ついた犯罪行為。これに対して大っぴらには言わないものの「ざまあみろ」という感情を持つ西部の人間は驚くほどに多い。
エルスタイン王国西部は東部や日本との関係が壊滅的に悪い。
……それ故、つけ込まれることになってしまったのである。
店内に置いてあったラジオ。そこからはウェルディス市に局を置くラジオ局が流す音楽が流れていた。しかし、それが突然途絶える。
「……? 故障か?」
オリバーは首を傾げた。しかし、そのすぐ後に再びラジオから音声が流れる。
『緊急告知です。繰り返します、緊急告知です』
流れてきた音声は音楽などではなく、緊張感のある声だった。
ざわめく店内。恐らく、困惑しているのはこのバーにいる人間だけではないだろう。このラジオ放送は西部の多くの場所で聴かれている人気の局だからだ。今もいろんなところで聴かれているはずだ。
「なんだ?」
「何か事件でも起こったんじゃないか?」
そこら中で交わされる言葉。誰しもが困惑していた。そんなところにラジオから流れる声は爆弾を放り込んできた。
『ただ今、ウェルディス市市長のガリウス・フォン・ウェルディス侯爵閣下が本局にお見えになっております。閣下はウェルディス市市長、そして西部地域を任された貴族として、リスナーの皆様だけでなく国内全ての方々に対して仰られたいことがあるそうです』
店内は騒然となった。ウェルディス侯爵がラジオ局に現れて話をするなど滅多にないことだからだ。
『私はガリウス・フォン・ウェルディスだ。諸君らに伝えねばならないことがあって、私は今ここにいる』
ウェルディス侯爵の声がラジオの放送波に乗って国内のあちこちに届けられる。
『私はウェルディス市市長、そして西部貴族の一人として言わねばならない。……今のこの国は腐りきっていると!』
ウェルディス侯爵の憤慨したような声。
『政府はニホンとの関係を深めるという大義の下、国民に負担を強いている! 関税を不当なまでに下げ、ニホンによる産業侵食を加速化させ、多くの企業とその労働者達を苦しめているのだ!』
騒然とする店内だったが、すぐに静かになってウェルディス侯爵の言葉を聴く客達。そしてそのウェルディス侯爵の言葉が自分達の思いを代弁しているかのような内容だったため、引き込まれるように聞き入っていくようになる。
『なるほど、確かにニホンは強い国だ。味方につけておくことがこの国のためになるのは間違いない。だが、味方につけるためにこの国を食い物にさせては本末転倒なのだ! 政府……いや、王族達は自らの権力が大事なのであって、国民のことなど少しも考えてはいない! そうであろう!? 彼らはニホンによる我が国の産業侵食を手助けし、ニホンのバックアップを得ている。ニホンの力によって自分達の権力を維持し続けるつもりなのだ!』
ウェルディス侯爵の演説。そこにははっきりと政府……王族への叛意が込められていた。それは聞いている人々にも伝わっていた。
ここで問題なのは、西部の人々はその内容に大きく共感を抱いていたことだ。つまり、西部の多くは多少なりと王族への叛意を持っていることに他ならない。
『これではニホンの植民地となってしまうのも時間の問題だ……! 私としてはニホンの力もあって、この国が彼の国と友人の関係であってほしかった。そして、政府にもそうであろうと努力してほしかった……。だが、現実はどうだ!? 王族共はニホンに取り入るために国民を犠牲にし、ニホンはこの国を食い物にしようとしている!』
ウェルディス侯爵の言葉は一方的な見方であるが、事実の一部ではあった。王国政府は日本の協力の下、未だに強い貴族の力を落とそうと画策していたし、日本は経済活動のためにエルスタイン王国市場に積極的に参入していた。
そのせいか、王国政府や日本に対する敵愾心が大きい西部の人間に対して、ウェルディス侯爵の演説は妙に説得力のあるものとなったのである。
『私はこの事態を大変憂慮している。このままではこの国が再起不能なまでに腐敗していく。その前に行動する必要がある!』
ウェルディス侯爵の演説はヒートアップしていく。
『故に私は、私の同胞達は立ち上がることを決意した! 我々、西部諸侯は人々の未来のために立ち上がる! 悪辣なる王国政府とニホンを打倒するために! 諸君、もし私の言葉に賛同するのならば義勇軍に加わって欲しい。我々は諸君らの力を欲している。諸君らの手で己が未来を掴み取るのだ!』
突然の反乱宣言。さらに言葉は続く。
『既に陸軍の第4・第6・第8師団、空軍の西部航空団の半数以上が我々の意思に賛同して蜂起してくれている。諸君、これは正義のための革命だ! 諸君らが、諸君らの未来のために立ち上がるのだ!』
ウェルディス侯爵の演説は西部の人々の心によく響いた。西部は何かと政府による冷遇を感じることが多かった。実際のところ、それは概ね勘違いであるのだが、少なくとも冷遇されていることが彼らにとっての'真実'だった。
日本製品による市場の混乱も西部の人々はよく感じていた。エルスタイン製品の売上が落ち込み、日本製品が売上を上げていく。その状況を悔し涙を流しながら眺めていた者も西部には少なくないのだ。
……だからこそ。
「俺は……やるぞ! 東の糞共やニホンのクズ共に目にものを見せてやる!」
「俺だって職を奪われたんだ! 生活の基盤を奪われたんだ! やってやる! ぶっ殺してやる!」
「先に喧嘩を売ってきたのはニホンなんだ! やられたらやり返すのが当たり前だ!」
次々と義勇軍に入る表明をする男達。散々な目に遭ってきた彼らにとって、これは報復のチャンスであった。たとえ、その報復が道理に通っていなくとも、彼らにはこれが正義に思えた。道理に通っていないことなど、気づくことすらない。
「ジェイク、やるか?」
「……やる。オリバーは?」
「へっ……。今まで俺はニホン人の傍若無人ぶりを我慢していたんだ。やってやるさ!」
オリバーはそう言った。
日本人の傍若無人ぶり、というが、実際はエルスタイン王国に日本製品を売っているだけに過ぎない。それを悪し様に書く現地のローカル新聞やラジオニュースに影響されているのが今の彼である。
彼だけではない。西部の人々は反日メディアのフィルターを通してでしか、日本を見ることはなかった。それ故に、日本に対して憎悪の感情を抱いているのだ。
『最後に、腐りきった王国政府と悪辣なニホン人共に告げよう! 我々は貴様らの喉笛を咬み千切り、自由を手にする! 貴様らの悪事がまかり通る時代は、今日ここで終わりを告げる! 我々は必ず勝つ! その日を怯えながら待っているといい! 次は貴様らが苦しむ番だ!』
その言葉がラジオから流れた瞬間、バーの中は歓声に包まれた。いや、そこだけではない。西部の多くの場所で同じような光景が見られた。
西部の人々は信じていた。そして、ウェルディス侯爵でさえも。これがエルスタイン王国の未来のための行動であると。
エルスタイン人の誰もが知らなかった。この反乱が他国の策略の下、意図的に起こされたものであることを。
ただ、手の平の上で踊っている道化であることを、当事者達は気づくことがなかったのだ。
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2034.4.1
バルツェル共和国 リディーリア
軍令部 会議室
21:00 現地時間
バルツェル共和国は前世界において列強の1つに数え上げられるような国家であった。
本国の人口は約5000万人、国土はバルツェル島や周辺の諸島を合算して28万平方km。前世界ではこれに植民地も加わっていたが、無いものは仕方がない。
そんなバルツェル共和国の首都の名はリディーリア。およそ300年の歴史を持つバルツェル共和国の重要都市である。
首都であることから政治的に重要であることはもちろんのこと、海沿いにある交易都市でもあることから経済の中心地でもあったのだ。その人口はおよそ250万人である。
そんなリディーリア市の郊外にはバルツェル共和国軍の軍令部なるものが存在していた。バルツェル共和国軍の三軍……つまり、陸海空軍にはそれぞれ軍本部がある。陸軍本部、海軍本部、空軍本部、と。軍令部とは、その上部組織である。
名目上は陸海空軍の統合運用の為とされているが、実際にその効果を上げているかどうかというと微妙な線であった。作戦を行う際に情報伝達や指揮系統がキッチリとしている面では確かに効果があると言えよう。しかし、普段では陸海空軍は予算争いで足の引っ張り合いをしているのが現状であった。
……とはいえ、今は予算案も決まった直後であるために比較的平穏であった。
そんな折、軍令部の会議室では錚々たる面々が顔を合わせていた。
その数は20人足らず。しかしながらそのメンバーは一般人からすればまさしく天上人のようなものだ。
バルツェル共和国の軍事を統括する省庁の長、オルフィス国防大臣。
バルツェル共和国軍隷下の諜報部隊全ての長であるリゲル情報少将。
バルツェル共和国陸軍総司令官のエルダミフ陸軍総司令官。
バルツェル共和国海軍総司令官のルードック海軍総司令官。
バルツェル共和国空軍総司令官のジャミル空軍総司令官。
その他、彼らの副官などである。
「して、首尾はどうかね?」
そう尋ねたのはオルフィス国防大臣。その質問を向けられたのはリゲル情報少将である。ちなみに、バルツェル共和国では情報局は軍令部の管轄下にある。軍令部の一部署として情報局があるのである。そのため、情報局の長は少将止まりだったりする。
「現地の状況は我々の想定している通りに進行しております。予定通り、エルスタイン王国西部は武装蜂起を始めました」
「よろしい。作戦は順調に進行しているわけだ。……各軍の展開状況と諜報部門からの情報と照らし合わせた彼我の戦力差を端的に答えてくれたまえ」
その言葉を受けて最初に動いたのはエルダミフ陸軍総司令官。彼は襟元を正して立ち上がり、手元の資料を読み始めた。
「我が軍が派遣する陸軍師団は8個となっており、エルスタイン王国政府軍の7個師団を質・量共に上回っております。敵国に援軍が来た場合でも、大陸の技術レベルが相手ならば蹴散らせると考えております。一番の理由は機甲部隊の戦力差です」
「ほう? 機甲部隊か……」
オルフィス国防大臣の言葉に頷くエルダミフ陸軍総司令官。
「此度の主戦場となりうるエルスタイン王国中部から東部はだだっ広い平野が多いとの報告が上がっております。この場合、機甲部隊の機動力と突破力が鍵となります」
「それで?」
「例えば、我が軍の主力戦車の『ガーディ8』は速度は45km/h、50口径90㎜戦車砲を保有し、またそれと同じ砲火力を400m先から受けても正面ならば最低1発は受け止めることができます。一方で敵軍の主力戦車は速度25km/h、40㎜前後の戦車砲を有するとの推測が出ております。この場合、敵戦車がどう足掻こうと我が『ガーディ8』の優勢は決定的かと。もちろん、他の戦闘車両においても似たような結果が出ております。我が陸軍は敵に対して技術的に絶対的な優勢を確保しております」
「うむ、分かった。ご苦労であった」
オルフィス国防大臣はエルダミフ陸軍総司令官をそう労った。エルダミフ陸軍総司令官はすぐに頭を下げた。
エルダミフ陸軍総司令官による説明にオルフィス国防大臣は概ね満足を得ていた。陸軍が終始優勢な戦いを繰り広げてくれそうだったからだ。
「次は海軍だな」
そんなオルフィス国防大臣の言葉に頷いてみせるルードック海軍総司令官。
「我々海軍としましても、此度の戦争で苦戦するようなことはないと考えております。根拠としては、エルスタイン王国は海軍にそこまで力を入れていないことと、そもそも技術力において我々がエルスタイン王国を圧倒していることが挙げられます」
「ふむ」
「我々の戦闘艦はほぼ全ての艦艇がミサイル運用が可能です。一方、エルスタイン王国海軍は未だに砲戦を念頭に置いた装備しか保有しておりません。アウトレンジのミサイル攻撃によって、一方的に撃破可能だと考えております」
「そうか。派遣する戦力は?」
「第3艦隊を主軸として地方艦隊も含めた艦隊、総計24隻を予定しています。内訳は巡洋艦4、駆逐艦12、フリゲート4、砲艦4です」
淀みなく答えるルードック海軍総司令官。
「よく分かった。期待しているぞ。……空軍はどうかね?」
「空軍も同様です、閣下。敵の主力はレシプロ戦闘機。我々の誇る『アンバー』ジェット戦闘機や『クリーガー』ジェット戦闘機には手も足も出ないでしょう。派遣戦力は第3航空団を予定しております」
ジャミル空軍総司令官は自信ありげにそう答えた。三軍とも、さらに詳しいところも説明していったが、やはり負ける要素は見当たらないという点でこの場にいる全員が合意した。
「我々軍は、たかが劣等文明を倒すためにも全力を尽くす。準備は怠るな」
オルフィス国防大臣の言葉に強く頷く面々。彼らには油断しているつもりはなかったが、既に約束された勝利というものを確信していた。
そして誰も気づくことがなかった。本当の敵は大陸とは別のところにいると。先入観が邪魔をして、相手が弱者だと決めつけていたのだ。
それがバルツェル共和国にとっての苦難の始まりであるのだと、現時点で気づく者はバルツェル共和国にはいなかった。
最近は忙しくてなかなか執筆時間がとれず、またモチベーションの低下もあって更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。
一応、工学部の学生をやっているのでそこそこ忙しいのです( ;´・ω・`)