第13話
お久しぶりです。本日は2話分を同時更新します。
こちらは2話目の方です。
クリスタ森林地帯を抜けた先の宿場町で一泊してからサーベスに向かう聖女騎士団と狼人族戦士団。さすがに今回は問題を起こさないように双方が注意していたためか、大きな問題は生じなかった。まぁ、お互いの空気が悪いという問題は生じてしまっているが、どうせ今日までの関係である。
「……辺境の獣人の街、と思って期待はしていませんでしたが、思ったよりは活気がありますね」
「そうね。こうして見ると、ルナソール連合の中小国とも遜色ないように見えるわ」
セシルとエレオノーラは馬車の窓から見えるサーベスの街並みを見て、そんな感想を交わした。
ベスタ連邦の首都であるサーベスはベスタ連邦の最東端に位置する商業都市である。その街並みは様々な獣人族が暮らしていることもあってか雑多な印象を与える。港やその近辺にある商業区はともかく、それ以外の場所は区画整理もできておらず、セシルが昔暮らしていた聖都ローメルの貧民街にも似ているだろう。しかし、あそことは違い、行き交う人々には笑顔があった。街並みが似ているだけで貧民街ではないのだから当然であるが、セシルにとっては奇妙な雰囲気の街だった。
ベスタ連邦にとってもサーベスは特殊な都市だ。ベスタ連邦は元々獣人族の間で交わされていた約定や協定、同盟などといったものが、やがて連邦国家として発展していったのが始まりとされている。そんな設立経緯からか、ベスタ連邦では数多の獣人族が共同で暮らす街は珍しいのだ。このサーベスを除けば、ベスタ連邦各地に存在する宿場町くらいだろう。ベスタ連邦は多民族国家でありながらも分断された国家であり、その例外がサーベスだった。
このようにサーベスの立ち位置も特殊だが、サーベスが形成された課程も特殊だ。サーベスはベスタ連邦成立後に首都となるべくして作られた計画都市なのである(そのくせ、市街地は無計画な開発が続いているのは獣人族の国民性と言えるだろう)。そのため、サーベスは比較的新しい都市であり、各氏族に属する都市でもない。街並みもベスタ連邦の中では人族のものに近く、エレオノーラやセシルから見ても意外性に乏しいものだった。氏族によってはツリーハウスを主軸とした村や洞穴住居の村といったものまであるのだが、さすがに外国人が気軽に立ち寄れる場所ではない。
「それにしても……うーん……」
エレオノーラはサーベスの中心部に見える一際大きな宮殿を見て微妙な表情を浮かべる。
「エレオノーラ様、はっきり言ってしまっても構いませんよ。どう見たって'浮いてます'、アレは」
「やっぱり、そうよね」
セシルの容赦のない評価に、エレオノーラは苦笑しながらも同意する。
もちろん、’浮いている’と言っても物理的に浮いているわけではない。宮殿は中小国が持つにしては立派なものだろう。ただ、雑多な街並みの中に建築様式も異なる異質で豪奢な宮殿が建っていたら嫌でも目立つ。
それもそのはずで、この宮殿はベスタ連邦が金に糸目を付けずに商業都市国家連合から建築士まで呼んで作り上げたものなのだ。連邦政府庁舎として使用されているが、同時にベスタ連邦の見栄の象徴とも言えた。ベスタ連邦の国民はどう思っているかは分からないが、聖女騎士団の面々からすれば見栄だということが丸わかりの建築物だった。……丸わかりの見栄とは、時に傍目から見れば痛々しく見えてしまうものである。
「で、でも、建築技術は素晴らしいものがあると思うわ」
「……ベスタ連邦の獣人族の手によるものではないのは明らかですけど」
エレオノーラのせっかくのフォローも容赦なくぶった切ってしまうセシル。獣人族には聞かれていないのが幸いである。
「でもほら、見栄を張るだけのお金は稼げるほどの経済力はあるってことだから……」
「……まぁ、それは否定しません。辺境の蛮族国家と思っていましたが、良くも悪くも普通の中小国ですね」
サーベスの規模や賑わいぶりはルナソール連合の中小国とそう変わらないもので、やはりルナソール連合の三大大国の首都に比べると控えめな発展度合いに見える。しかし、セシルが想像していたのはもっと辺境の片田舎のような街だったため、彼女はベスタ連邦の評価を少しだけ上げていた。もっとも、狼人族戦士団に対する評価は最低値ぶっちぎりであったが(ただし戦闘能力は認める)。
「……これだけ発展している街なら、別大陸の大国がネルディス大陸進出の足掛かりにすることも十分に考えられますね」
「ニホンのことね?」
エレオノーラの問いかけに頷くセシル。
今回の聖女騎士団の派遣は、表向きはベスタ連邦との融和のためのものだ。そして裏では聖女騎士団を囮にしつつ、ルナソール連合の諜報部隊を大規模に浸透させていく。わざわざ日本がベスタ連邦に来訪する時期に合わせて聖女騎士団を派遣したのは、日本の情報を少しでも多く探るためだった。だが、エレオノーラの祖父であり内務省大臣でもあるヨルムン大司教はそれすらも仮の目的としている。真の目的は日本に対する情報収集を行うことで時間稼ぎを行い、その間に各国や連合省庁を説得して戦争回避に努めることだ。
前回は主戦派であるウェルデンツ大司教の勢いに押されてしまい、概ね主戦派の意見が通ってしまった。しかし、冷静になった状態で各々に説得をかけることができれば、少しは状況が改善できるのではないかとヨルムン大司教は足掻いているわけだ。
エレオノーラはそんな祖父の手助けをしたかった。だからこそ、日本の情報を可能な限り手に入れ、できれば日本側とも交流を持つことで戦争を回避したい。彼女にとってはそれが今回の派遣の最大の目標だった。
「ニホンがどういった国家なのかは私には見当もつきません。ですが、上層部が大規模な諜報部隊まで使って調べようとしている相手です。エレオノーラ様、ベスタ連邦もそうですが、ニホンに対しても慎重に行動してください」
「分かってるわ、セシル。私がここで下手を打って、お爺様を困らせるわけにはいかないもの」
エレオノーラは真剣な表情で頷いた。
「セシルこそ、ちょっとしたことで怒らないでね。セシルは普段は冷静なのに、私が少し貶されたくらいですぐ怒るんだから……」
「……それについては面目次第もございません」
セシルは改めて自分を強く戒めることとした。正体不明の日本の使節がやって来ているような状況で自分がこの前のような短慮を起こせば、エレオノーラの身が危なくなる。それだけは断じて避けねばならなかった。
「ふふ、ちょっと意地悪を言っちゃったけど、セシルのことはこの場にいる誰よりも信頼しているから」
「……ありがとうございます」
それがセシルにとって一番の激励だった。
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あの一際目立つ宮殿……政府庁舎の中には会議堂と呼ばれる円形の会議室が存在する。そこでは各氏族の代表者(主に族長)が集い、ベスタ連邦の政策に関する様々な会議を日々行っている。そして、ここは来客を迎える場としても利用される。エレオノーラがベスタ連邦首脳陣と顔合わせしたのもこの会議堂だった。
「よくぞ参った、ルナソール連合の聖女騎士団団長、聖女エレオノーラよ。ワシはベスタ連邦氏族議会の議長を務めているヴォルギン・ウルフェンだ。よろしく頼む」
「お初にお目にかかります、ヴォルギン・ウルフェン議長閣下。私はルナソール連合のエレオノーラ聖女騎士団の団長を務めておりますエレオノーラ・セラ・ヨルムンと申します。我々の来訪が貴国と我が国との友好の架け橋となることを願い、挨拶に代えさせていただきます」
そう言ってエレオノーラは首を垂れる。従者として帯同を許されたセシルや他数名の聖女騎士団団員も続いて首を垂れた。それを見て鷹揚に頷くウルフェン議長。彼は狼人族の族長であり、ベスタ連邦の実質的な首長でもある議長も兼任していた。
ベスタ連邦の議長は5年毎の持ち回りで任命されている。しかし、議長となれるのはベスタ連邦の中でも最も武に優れた3氏族のみとされている。ひとつはバトルアックスなどの大型の武器の扱いに長け、集団戦術を得意とする狼人族。ふたつ目は走力に優れ、ダガーなどの小型の武器の扱いを得意とする虎人族。最後に、体格こそ獣人族の平均よりも劣るが、空中からの奇襲攻撃や優れた視力を活用した弓術を得意とする翼人族。この3氏族以外の獣人族は議長になることはない。ここには明確な差があった。
「貴様もご苦労だったな、我が息子よ」
「はっ!」
ねぎらいの言葉を受けて首を垂れたのは、聖女騎士団と共にサーベスまでやって来た狼人族戦士団のウルズ団長だ。彼は現狼人族の族長であり議長でもあるヴォルギン・ウルフェンの実の息子だった。つまりはいずれ族長となり、議長の任に就くこともあるだろう男である。旅の道中、ウルズ団長は自分のことを何も語らなかったため、聖女騎士団側は初めてそのことを知った。表情には出さなかったものの、エレオノーラもセシルも内心では驚いていた。
「道中ではウチの者が失礼な言動を取ってしまったようだな。改めてワシからも謝罪しよう」
既に報告は受け取っていたのか、ウルフェン議長はちらりとセシルを見やりながら、エレオノーラに謝罪した。
「こちらも、あれはお互いの不幸な行き違いだったと認識しております。私達の友好を望む姿勢に変わりはありませんので、どうかお気になさらないでください」
「ありがたい。だが、せめてもの償いだ。今宵は盛大に歓待させてもらおう。何か要望があれば、可能な限り対応もしよう」
「お心遣い痛み入りますわ」
そう言ってエレオノーラは頭を下げた。
道中の事件から漠然とした不安を抱えていたエレオノーラだったが、思いの外、顔合わせが和やかに進んで安堵する。どうやらウルフェン議長は礼儀を知る人物だったようだ。
こうして顔合わせは穏やかに終わった。今後はサーベスの各所を視察したり、ベスタ連邦が誇る各氏族の戦士団の演習を見学する予定だ。その間に日本も来訪する予定である。
エレオノーラは今回の派遣が平和裏に終わりそうで少しだけだが気が抜けてしまった。しかし、残念ながらこの平和は最後までは続かなかった。この時点でそれを知る由はなかったが。
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エレオノーラ達聖女騎士団はサーベスの視察や戦士団の演習の見学といったスケジュールを順調にこなしていた。演習見学では急遽、聖女騎士団と各氏族戦士団と合同で模擬戦を行うなどといった催しも開催された。
1対1の戦闘では女性ばかりの聖女騎士団には勝ち目が薄く、唯一セシルが一般の戦士団員に対して白星を挙げたくらいだった(そんなセシルもウルズ団長との模擬戦では負けてしまったが)。しかし、5名で行う団体戦においては連携という要素もあるため、散々だった個人戦に比べると聖女騎士団は善戦した。
少しは良い戦績を残せたためか、獣人族の聖女騎士団に対する目も少しばかりは敬意が混じることとなったことは聖女騎士団の面々にとっても朗報だった。
そのように目まぐるしくスケジュールが進んでいく中、遂にその時がやってくる。
その日の朝、エレオノーラは政府庁舎の客室で起床すると建物内がバタバタと騒がしいことに気づいた。そして、カーテンを開けて外の景色を見ると、その理由が理解できた。
「あ、あれは……!」
見たことのない灰色の艦隊がサーベス港の沖合に停泊していた。その数は6隻とそれほど多くはない印象だったが、1つ1つが常識外のサイズ感であることがここからでも分かった。ルナソール連合が誇る一等戦船を遥かに上回る威容を誇り、材質は金属のようにも見える。まさしく’情報どおり’の艦隊を前にして、エレオノーラは自然とその名を口にした。
「ニホン……」
この日、遂に日本がベスタ連邦の前に姿を現した。日本側の暦で2034年12月21日のことだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
当然というべきか、日本の自衛隊艦隊の来訪はフソウ皇国の時と同様に街に混乱をもたらした。
サーベス港にいる誰もが自衛隊艦隊の方を向いて大騒ぎしている。
「おいおいおい……なんだぁ、ありゃあ!?」
「長らく貿易商として活動してきたが……あのような船は見たことないぞ」
「まさか襲ってきたりなんかしねぇよな……?」
「船がデカいからってなんだ! 上陸して犯罪を犯したら、俺様が直々にボコボコしてやるぜ!」
日本の来訪は周知こそされていたが、ほとんどの市民があまり気にしていなかったことから、いざ日本が来訪すると皆の手が止まるほどの衝撃を与えた。それは市民だけではない。ベスタ連邦の首脳部にとっても、日本の艦隊は凄まじいインパクトがあった。
「まさか……フソウ皇国の外交官が言っていたことが、真実だったとは……」
政府庁舎の議事堂にて、翼人族の族長が呆然とした様子で呟いた。同席する他の族長も同意すると言わんばかりに頷く。
フソウ皇国は事前にベスタ連邦の上層部に対して日本の大まかな説明を行っていた。そして、フソウ皇国に設置されていたベスタ連邦の大使館も同様の報告を上げていた。しかしながら、そのあまりの荒唐無稽な内容に、族長会議の場では失笑を買っただけだった。唯一、ウルフェン議長のみが真剣に捉えていたが、そんな彼も半信半疑の状態だったのだ。
「……フソウ皇国が仲介してくれているのだ、こちらが対応を誤らなければ大事には至るまい」
ウルフェン議長はそう言って場を落ち着かせた。相手は別に敵というわけではない。フソウ皇国の仲介の下に接触するだけあって、横暴な国家ではないだろうことは分かっている。しかし、ベスタ連邦にとっては日本の存在や動きは都合が悪いものだった。
ベスタ連邦は長らくフソウ皇国や商業都市国家連合と共に反ルナソール連合の立場に立っていた。しかし、最近になってようやくルナソール連合側が宥和政策に移行したのだ。この政策転換の理由については、西のガルガンティル帝国との争いが激化しているため、中小国とはいえ大陸東部で有数の軍事力を誇るベスタ連邦に対しては妥協することにしたのだろう、と族長会議では結論づけていた。
そのため、せっかく融和ムードになっているルナソール連合をむやみに刺激するようなことはしたくないのだ。ベスタ連邦が日本と関係を深めれば深めるほど、ルナソール連合の態度は硬直していくことだろう。一方、日本も強大な国家ではあるが、ルナソール連合ほど簡単に戦争を吹っかけてくる相手ではないということをフソウ皇国側から聞き出していた。そのため、ある程度距離を置いた関係となっても大丈夫だろうとベスタ連邦側は考えたのだ。
フソウ皇国としてはベスタ連邦を日本側に留め置くために流した情報だったのだろうが、結果的には逆効果となってしまった。いろんな国々の思惑が次々と空回りしていくのが外交の世界の常である。
「フン、船がデカいからって陸でも強いとは限らねぇんじゃないか? あんなモン、こけおどしだ」
虎人族の族長はそう言って鼻を鳴らす。何人かの族長もそれに同意するかのように頷いた。
ベスタ連邦では個人の武勇こそが戦場を左右すると信じられている。そのためか、あのような巨大船を製造して運用することができるという事実を軽視する族長も多かった。むしろ、族長が集まる場だからこそ、そういった意見が多いで済んだ、とも言える。一般市民なら大半がその思想に染まっているからだ。
「とはいえ、あのフソウ皇国が強国として紹介してきたほどだ。決して侮るような態度を取るでないぞ」
ウルフェン議長はそう言って皆を窘める。ルナソール連合を刺激したくないのと同時に、日本だって不要に刺激したくはないのだ。
「……分かっている。だが、あんなモンにビビッて毅然とした態度を取れない、なんてことがあれば、俺達獣人族の沽券に関わってくる。あんたにはそれを自覚してほしい」
「もちろんだ。事前に族長会議で決めたとおり、ニホンに対しては距離を置く。それを違えるつもりはない」
「……だといいがな」
そう言って虎人族の族長は再び鼻を鳴らした。彼がそう言うのにも理由がある。ウルフェン議長は以前からルナソール連合ではなく日本と手を組むべきではないかと主張していたのだ。もっとも、他の族長達に反対されたため、ルナソール連合を重視する政策は継続されることとなったが。議長といえど、あくまでも国家の顔としての役割や族長会議の取りまとめ役でしかなく、他の族長と比べても大きな権限があるとは言えないのが実情であった。
(だが……やはりニホンとの友好関係も捨てがたい。狼人族としては、なんとか友誼を図りたいものだ……)
ベスタ連邦として日本との関係を深めることはできずとも、狼人族としては別だ。各氏族の方針は族長に一任されている。無論、族長が氏族の中で信用されている必要はあるが、独自に外国と友誼を結ぶことくらいはできるだろう。そして、ウルフェン議長は狼人族の中では信用されているリーダーだ。
このようにベスタ連邦としての方針は定まってこそいたが、内情は当然ながら一枚岩とは言えず、各氏族の思惑はバラバラのままに日本との公的な接触を行うこととなったのだった。
大変お待たせしました。遅れた言い訳をさせていただくと、5月くらいまでは就職活動、その後は自分の研究や後輩の研究指導兼お手伝いなどで忙しかったためです。モチベーションがなかなか上がらなかったのも大きいですが……(苦笑)




