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交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
第二章
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第10話

お久しぶりです。7ヶ月も空けてしまいました。


 








 日本とフソウ皇国が接触し、フソウ皇国の仲介の下、日本がベスタ連邦や商業都市国家連合とも交流を持とうと動き出していた頃。フソウ皇国をはじめとする近隣の非連合国に対して改宗を強いようとしていた聖ルナソール連合で動きがあった。聖ルナソール連合において聖会議が執り行われたのだ。

 聖会議とは連合加盟国の首脳会議であり、名目上は「同じ神に仕える対等な信者」である各国が対等な立場で連合の方針について議論する場である。無論、実際は宗主国であるルナソール教国や連合内で最大の国力を誇るクラウディア王国、魔法技術で他の連合加盟国を圧倒するマーギニア王国が強い影響力を保持している。その他の小国はその影響力下に置かれ、影響をさほど受けていない加盟国であっても主要国の方針に抗える力は持っていない。事実上、主要国の間で駆け引きが行われる場と化していた。


 聖会議が行われるのはルナソール教国の聖都ローメルである。ローメルの真ん中を貫くようにソルティア大河が流れており、それに沿うように街が形成されている。さらにローメル市街から少し外れた場所にローメル丘陵がある。聖書において、このローメル丘陵に太陽の神ソルスと月の女神ルナスが降臨したとされており、そこからこの丘陵は聖地とされ、街の名前にもなった。ローメル丘陵は宗教施設や宗教関係者の住宅が建っており、一般人は特別行事以外の日では立ち入りが制限されている。


 ローメル丘陵の頂上には大聖堂と教国の行政府が併設されており、行政と宗教の中枢となっている。白く美しく、そして荘厳な雰囲気のそれらは教国の民だけでなく、他国からも評価の高い建造物であった。もし日本人が目にする機会があれば、「ギリシャにありそう」だとか「ローマ帝国っぽい」といった感想が出てくるだろう。

 ……しかし、そこで活動している者達の内情は建物の美しさとはかけ離れていることは諸外国の上層部はよく知っている。既得権益をむさぼり、他国へさらなる欲望の眼差しを向け、他者を蹴落とし、自分がのし上がることしか考えていないような者達の戦場なのである。無論、全てがそうであるというわけではないのだが、半数以上がそういった輩であるのは事実であった。


 聖会議が行われるのは行政府の中にある議事堂だ。普段は教国において行政を執り行う立場の者が一堂に会して会議を行っている場所である。外観と同じく白亜を基調とした荘厳な雰囲気の部屋となっており、大きく開かれたバルコニーからは行政府の周囲に整備された庭園がよく見えるになっている。部屋の中央には巨大な円卓が設置されており、それを囲むように各国首脳陣が座り、帯同を許された護衛がその側に立っている。


「では、皆様の出席が確認できましたので聖会議を開始いたします」


 議長を務めるルナソール教のゴーディマ枢機卿がそのように聖会議の開催を宣言した。彼はルナソール教における実質ナンバー2である。ルナソール教のトップはルナソール教国の元首でもある教皇であるが、その下に3人の枢機卿が存在する。それぞれルナソール教国、クラウディア王国、マーギニア王国の大聖堂の責任者を務めているが、その中でも明確な力関係がある。ルナソール教の中心地であるルナソール教国の大聖堂を任されたゴーディマ枢機卿が最も強い影響力を持ち、それにクラウディア王国、マーギニア王国の枢機卿の順に大きな影響力を持つ。

 聖会議はこの3ヶ国で持ち回りで行われており、その他の加盟国との明確な力の差がこのような形でも表れていた。




 聖会議はいつも通りの様相で行われていく。これはある意味、定例会議のようなものだ。ある程度フォーマットが決まっており、それに沿って各国が報告を行っていく。だいたいは各国の近況報告だ。ルナソール教による支配が滞りなく行われているのか、といった宗教国家らしいことから国内経済の状況、飢饉や洪水などの国内で起きた災害の被害状況といったことまで報告している。宗教だけでなく、政治的・軍事的・経済的な結びつきでもあるのが聖ルナソール連合の特徴であり、その特徴がよく出ているのが聖会議である。

 ヒューマンの白人種以外には苛烈な聖ルナソール連合であるが、神に愛されたとされる白人種に対してはそれなりの施しを行っている。そのためか、連合内の白人種からの支持は高い。もちろん、ルナソール教に染まっている民であるが故の部分もあるが、それを差し引いても超国家的統治機構としては成功している部類である。白人種以外の犠牲を前提としたシステムだが。


 聖会議で特に目立ったのは連合の中でも西部に位置する国々の危機感であった。連合の西にはネルディス大陸最強の国家であるガルガンティル帝国があり、連合西部の国々は彼の帝国の軍事的圧力に日々怯えているのが実情だった。連合として聖騎士団を含む大規模な戦力を西部に展開しているものの、ガルガンティル帝国もかなり有力な戦力を前線に張りつかせている。とても安心できたものではなかった。


 そして、次に目立ったのは東の非連合国の改宗状況の報告だ。つまり、ベスタ連邦や商業都市国家連合、フソウ皇国に対する改宗要求の件である。これは連合として行っている事業であり、これは国家の首脳ではなく、教会から出向してきた大司教によって行われていた。彼は改宗を行うに際しての責任者を務めているウェルデンツ大司教だ。


「東の、神に愛されなかった者達に対してこれまで下手に出て穏便に改宗を勧めておりましたが、愚鈍な彼らは神の偉大さを理解しようともせず、改宗を拒み続けております」


 ウェルデンツ大司教は心底理解できないかのように言った。実際、極端に敬虔な、はっきり言えば狂信者の類である彼からすれば本当に理解できないことだった。……ちなみに、彼ほどに神に心酔しているのは教会上層部でも珍しかった。上層部は信仰心よりも欲が渦巻く場所だからだ。敬虔な者が多いのは教会でも階級として中間以下に位置する司祭、助祭、修道士や修道女である。上にのし上がるには、やはり強力な欲の力が必要だということだろう。その点、ウェルデンツ大司教は苛烈な信仰心と強い出世欲を併せ持った男だった。


 ウェルデンツ大司教の言葉に対する反応は2つに分類された。その言葉に素直に賛同を示す者と、消極的な賛同を示す者である。消極的な賛同を示す者はいずれも国内に多数の非白人種を抱える国家の首脳である。彼らは元々非白人種も国民として扱っていた国家であり、連合の圧力に負けて改宗を受け入れた後も感性までは寄せ切れていない者達だった。別に非白人種のことを可哀想だとか思っているわけでなく、どうして非白人種が主体の国家が改宗を快く受け入れると思っていたのかが疑問なだけである。無論、それを大っぴらに表に出せば問題になるのは明白なので、感覚は正直理解できないものの賛同の意は示しておく。それだけのことだった。


「私は誠に遺憾ではありますが、これまでのやり方は間違いであったと認めねばならないでしょう。やはり神に愛されなかった者達には言葉で神の素晴らしさを説くことは難しかったのです。そこらの鳥獣と何ら変わりない彼らには!」


 段々とヒートアップしてくるウェルデンツ大司教。一向に進まない改宗に彼自身も相当ストレスを溜め込んできた様子である。


「獣には鞭で教え込まねばなりません! 偉大なる神の仰せになったお言葉を解さぬ劣等人種や混ざりモノ共には、力で示す必要があります!」


 唾を飛ばし、強硬論を唱えるウェルデンツ大司教。彼は元々この強硬論を主張していた。しかし、とある勢力からの反対意見を受けて穏健的な対応を取らざるを得なかったのだ。……その穏健的な対応ですら苛烈なのは余談である。


「ワシとしては武力による改宗は反対じゃな」


 そう言ったのは、ウェルデンツ大司教と同じく教会より出向しているヨルムン大司教だ。彼は主に連合内における災害対応や支援を行う、ルナソール教会内務省の責任者だ。

 ルナソール教会には国家とは別の省が設置されており、国家を横断する形で連合内のあらゆる国家で活動している。聖ルナソール連合はある意味で連邦国家であり、教会はある意味で連邦政府でもあるのだ。もっとも、やはり統一国家ではないためか本当の連邦国家と比べるとできることは大きく制限されるが。

 ともあれ、教会内務省の責任者というのは大きな権力を持っている。ウェルデンツ大司教と同じ大司教という階級ではあるが、そこには大きな力の差があった。


「何故ですか⁉ 東を平定すればより多くの戦力を西に向けられるのですよ⁉」


 ウェルデンツ大司教は教会の中でも浮いている。そんな彼が唱える強硬論が教会内でも一定の支持があるのは、彼が口にしたような事情があったからだ。

 聖ルナソール連合における最大の外敵は言うまでもなく西のガルガンティル帝国だ。しかし、それ以外の方向にも敵は存在する。ガルガンティル帝国のように活発な動きを見せているわけではないが、備えをしておく必要があるのだ。そして、それはフソウ皇国やベスタ連邦、商業都市国家連合が存在する東にも向けられている。

 もしこの3ヶ国を始末できれば、東に張りつけていた戦力を西に回すことができるとウェルデンツ大司教は主張しているのだ。もし実現できれば、確かにガルガンティル帝国に対する備えをより強化することができるだろう。……本当に実現できれば、だが。


「そんなことが本当にできると思うのかね?」


 ヨルムン大司教はそう言って懐疑的な姿勢を見せた。ウェルデンツ大司教が唱える強硬論が一定の支持がありつつも、逆に言えば主流派になりえない程度の勢力に留まっているのは、実現性に疑問符がつく主張をしているからに他ならない。


「商業都市国家連合はともかく、ベスタ連邦やフソウ皇国の軍は決して惰弱な軍ではないぞ?」


 聖ルナソール連合上層部におけるベスタ連邦軍やフソウ皇国軍の評価は決して低いものではなかった。ベスタ連邦は獣人の身体能力を活かした強力な戦士団を有しており、獣人の戦士文化故、人口に比して多くの戦士を抱えている。フソウ皇国も中堅国家としては大きな富と軍事力を有している。独特な技術や魔法を使いこなし、島国の特性を活かして歴史上、フソウ皇国の国土を踏めた侵略者はいない。商業都市国家連合は軍事力を傭兵に依存しており、その傭兵団も大きな脅威とはならない程度の戦力と目されているが、その富によってベスタ連邦やフソウ皇国を助けるのは目に見えている。


「ヨルムン大司教殿は神聖なる我が軍が敗れるとお考えなのか⁉」


 ウェルデンツ大司教は心底驚いたように、そして怒りを湛えたようにそう言う。ヨルムン大司教からすれば少し芝居がかっているようにも見えるが、同調する出席者もそれなりにおり、場が騒がしくなる。


「論理が飛躍しておるぞ。そうは言っておらん」


 少し苛立ったような声音でヨルムン大司教は言う。


「東を簡単に平定にできるのなら、とっくにやっておる。もし本気で平定しようと思えば、相応の準備が必要じゃ。そして、今の連合にそれほどの余裕はない」


 これは連合内の内政状況をよく理解している内務省であるが故の意見であった。現在の連合には余裕がない。ここ一年間で不幸にも飢饉や自然災害が続いていたのだ。既に食料価格は高騰の兆しを見せており、餓死者もちらほら現れつつあるほどの状況なのだ。とても戦争ができるような状況ではない。


「兵も物資も足りぬ現状、無理に動けば崩れるのはこちらじゃぞ」


 状況を説明した上でヨルムン大司教はそう締めた。彼は別に東の非連合国家を憐れんで穏健的な意見を言っているわけではない。ただ、不可能なことを不可能だと言っているのだ。

 しかし、その言葉を聞いたウェルデンツ大司教は再び芝居がかったような仕草をしながら口を開いた。


「やれやれ……。内務省長とあろう方がその程度の考えでは困りますなぁ。飢饉による被害に上手く対応できなかった内務省の落ち度を棚に上げてそのようなことを仰るとは……」


「何とでもいうがいい。じゃが、できないものはできないのだ。ただでさえ食料備蓄が少なくて民を苦しめているのだ。これ以上の負担を強いることはできぬ」


 ヨルムン大司教のその言葉を聞いたウェルデンツ大司教はニヤリと笑みを浮かべた。


「では、なおさら東の平定を推し進めねばなりませんなぁ」


「……話を聞いていたのかウェルデンツ大司教?」


 怪訝そうな眼差しを向けるヨルムン大司教。しかし、ウェルデンツ大司教は笑みを浮かべたまま口を開く。


「ヨルムン大司教の意見こそ、民に我慢を強い、苦しめるだけだということですよ」


「ふん、貴様の意見よりはマシだと思うがの」


「いえ? 私の意見こそ真に民を救うことにつながると確信しておりますよ」


「……なに?」


「民に助かるチャンスを提供する、それが東の平定ということです」


「どいうことじゃ……いや、まさか……」


 民に助かるチャンスを提供する。つまり、自分で勝ち取れと言わんばかりの言葉に、その奥の真意に気づくヨルムン大司教。


「貴様……東の諸国の食料を民に略奪させる気か?」


「ようやくお気づきになりましたか。連合内に十分な食料や物資がないのだというなら、それらがあるところから自分で勝ち取る機会を与える……これもまた民の救済だとは思いませんか?」


「……実現性がないだろう。敵地から略奪するにしても、略奪に成功するまでの食料はこちらで用意せねばならん。そして、略奪が成功する保証もない。そもそも飢えた多くの民を兵とするのはいいが、持たせる武器はどうするのじゃ。我々の武器や防具の備蓄はさほど多くはなく、今ある備蓄分は西の備えのためのものじゃぞ?」


「ヨルムン大司教、これは口減らしも兼ねているのですよ。略奪に失敗し、そのまま死んでしまったとしても、それはそれで良いではありませんか。略奪目的とはいえ、下等生物どもに対する聖戦で命を落とし神の御許へ誘われるのですから庶民の死に様としては上等な部類でしょう。そして庶民には剣や槍など持たせずとも、農機具や棍棒でも持たせておけばいいのです」


「貴様……」


 自国の民の犠牲に対して何の感慨も抱く様子のないウェルデンツ大司教を睨みつけるヨルムン大司教。庶民に対するスタンスは教会上層部の人間の中でも別れるが、その中でもウェルデンツ大司教の態度はあまりにも極端なものだった。

 彼の苛烈なスタンスに心からついてくる者は極めて少数派だが、その一方で彼のやり方が都合が良いと考える者がそれなりにいるのは確かだった。飢えた民が飢えた末にそのまま餓死してくれる分にはいいが、多くの場合は自国内で略奪を始めるからだ。治安維持の観点から考えると、一定数の飢えた民には死んでもらうか、自国ではなく外国で略奪してほしいのが実情だった。

 そのように考えるのは治安当局の者だけでなく、その上の統治者も本音ではそう考えていた。その結果、ウェルデンツ大司教の提案はその苛烈さとは裏腹に多くの出席者に受け入れられつつあった。


「どうせ、このままでは死ぬだけの民なのです。それならば、聖戦に参加して生き残るチャンスを与え、仮に死んでも名誉ある戦死となって誰にも迷惑をかけない私の案の方が合理的(・・・)とは思いませんか?」


「………………」


 完全に流れを持っていかれた。ヨルムン大司教はそう思った。参加者のほとんどは既にウェルデンツ大司教の提案に乗り気であり、ほぼ決まったような雰囲気となっていた。


 しかし、ここにきてヨルムン大司教だけでなくウェルデンツ大司教の想定しない乱入が入る。


「……発言よろしいでしょうか」


 そう言って手を挙げたのは、40代半ばほどの落ち着いた雰囲気の男だった。


「これはこれは……聖武省のロードメア司教でしたな。どうかされましたか」


 ウェルデンツ大司教は突然の乱入者に怪訝そうな顔でそう言う。ロードメア司教は聖武省に所属する武官(・・)だ。聖武省は分かりやすく例えれば、アメリカの国防総省と連邦警察を合体させたような組織だ。連合の軍事・治安維持を国をまたがって管理・運用する省である。

 ロードメア司教はその中でも、国内外での情報収集や様々な工作を担当する諜報部の部長を務めている。これもアメリカに例えるならば、CIA長官に相当するだろう。そんな彼が発言しようというのだ。参加者達は静まり、彼の発言を待った。


「東の平定の事業に際し、障害になるかもしれない勢力の情報を掴んできたため、それのご報告をしたく無礼を承知で口を挟ませていただきました」


「障害になるかもしれない、ですか」


 ウェルデンツ大司教は眉を顰める。せっかく決まりかけていた東の平定を振り出しに戻されては都合が悪い。しかし、ここで無理に黙らせればウェルデンツ大司教に対する不信感が高まってしまうだろう。なんとも間の悪い発言に内心苛立つウェルデンツ大司教。


「なるほど、聞きましょう」


 とりあえずロードメア司教に話をさせることにしたウェルデンツ大司教。ロードメア司教の発言はタイミングこそ最悪だったが、場合によっては重要な情報となるかもしれない。せめて有効活用しようと考え直す。


「ここ最近ですが、見慣れない巨大船がフソウ皇国に出入りしているという報告が上がっており、諜報部で調査を進めておりました」


「見慣れない巨大船ですか……」


 巨大船と聞いて皆が想像したのは一等戦船。全長にして50メートルから最大で70メートル程度の軍用船だ。ちなみにその最大の一等戦船はガルガンティル帝国が保有しており、連合側もそれに対抗して同等規模の一等戦船を建造中である。

 しかし、報告に上がってきた巨大船はその想像を遥かに上回るものだった。


「その巨大船ですが……一等戦船の数倍の全長を持ち、船体は金属で製造されており、帆もオールも無しに自走する、とのことです」


 続いた言葉に参加者達は自らの耳を疑った。

 一等戦船の数倍もの全長を持つ巨大船など想像すらしたことがない。そもそも一等戦船ですら、最近になってようやく今のようなサイズが作れるようになったのだ。そのさらに数倍など、ネルディス大陸の技術力で作れるはずもなかった。

 さらに船体が金属で製造されている……つまり、木造船に金属製の装甲を貼り付けたわけではないということだ。全体を金属で作るなど、とんでもないコストと時間、技術が必要とされることだ。そんな技術力はこのネルディス大陸では確認されていない。もしかしたらドワーフ達にはできるかもしれないが、そもそもドワーフは海に出ることがない。少なくともドワーゲン氏族同盟のものではないだろう。

 そして、帆もオールも無しに自走することに関しては完全に理解が追いつかない。可能性があるとしたら魔法道具だが、動かすのにどれだけの魔術師を使い潰せばいいのやら、といったところだ。まったく現実的ではない。


「誤報ではないのですか? さすがに荒唐無稽な内容では?」


「フソウ皇国に忍ばせている我々の手の者は一人や二人ではありません。フソウ皇国に配備していた諜報員の全てが同様の内容の報告を上げているのです。概ね事実であると考えるべきでしょう」


「……なるほど。では、その巨大船の属する勢力については何か調べはついているのですか?」


「現在判明しているのは勢力の名称、所在地、活動目的程度です。そして勢力は複数存在し、中心的な役割を担っているのは二ホンという国家だそうです」


 聞きなれない国名にざわめく出席者達。ウェルデンツ大司教もヨルムン大司教も聞き覚えがない様子だ。まぁ、異界の国家のことを知っているわけがないのだが。


「二ホン……。彼らの所在地と活動目的の調べはついていると?」


「はい。彼らはネルディス大陸の外からやってきた存在であると自称しております。目的は交易と資源調査のためとされていますが……どこまでが事実かは分かりません」


「大陸外……。なるほど、聞き覚えがないのも当然じゃな」


 ヨルムン大司教はそう呟いた。そして、その呟きに続けるようにして彼は自身の考えを述べる。


「そうなると、相手は相当強大な文明なのではないか? 少なくとも、我らには不可能な大陸間航行を成し遂げ、常識外の金属製巨大船を建造して運用できるだけの技術と富を持っているのだ。対応は慎重に行うべきだと思うがの」


 ヨルムン大司教はウェルデンツ大司教の意見を抑え込む目的もあって、慎重論を述べる。これにはウェルデンツ大司教の意見に賛同していた者達も、その考えを迷わせるだけの合理性があった。

 ヨルムン大司教も意見にロードメア司教も首肯する。


「少なくとも捨て置いてよい存在ではないと思われます。彼らは我々の大陸に対して干渉できますが、その逆は不可能です。とてもフェアな状況とは言えません」


 相手はこちらに干渉し放題、こちらは相手の本土の正確な位置すらも分からない。対立するには些かどころではないほどの不利だ。しかし、ウェルデンツ大司教の意見は変わらなかった。むしろ、この強大な不明勢力の存在を理由に、自分の意見の正当性を訴えんとしていた。


「ならば、なおさら東の平定を急ぐべきです! もし二ホンが大陸東部に橋頭保を築くようなことがあれば、我々の安全保障環境は今よりもさらに悪化するでしょう。我々は東西から強力な圧力を受けることになります。そうなる前に東の3ヶ国を版図に加える必要があります!」


 ウェルデンツ大司教の意見も間違っているとは言えなかった。そのような強大な勢力が東に展開するようなことがあれば、西のガルガンティル帝国だけで精一杯のルナソール連合の安全保障環境は瓦解してしまう。そう考える人間は決して少なくない。いや、むしろこの場の過半数はそう考えていた。


「じゃが、強大と分かっている相手に自ら喧嘩を仕掛けに行くのはどうなのだ? とんでもない被害が出るぞ?」


「いえ、むしろ仕掛けるなら今を置いて他にありません。大海を越えて戦力や物資を運ぶというのは容易なことではありません。兵站においては我らが圧倒的に優位に立っております。しかし、二ホンが橋頭保を築き、東がその影響下に置かれてしまえば、状況は我々が不利な方へと大きく傾きます。その前に二ホンを追い出し、東の平定を済ますのです。そうすれば、我々はガルガンティル帝国の脅威に対抗していくことに集中できるのです」


 ウェルデンツ大司教の考えは当たっているところもあれば、間違っているところもあった。

 海を越えて展開することが難しいというのは大当たりである。現代においても海を越えて敵本土に大量の兵士と武器兵器を送り込むというのは、大国にのみ許された行動だ。先進国であっても簡単なことではない。往々にして上陸先で局地的に不利な戦いを強いられるのはよくあることだった。

 しかし、兵站において圧倒的に勝るというのは些か状況を甘く見すぎているとも言えた。日本側の兵站上の問題は、物資があっても現地に送ることが大きな負担となるという輸送上の問題だ。だが、ルナソール連合にも兵站の問題があり、それは食料危機や武器の貯蔵に余裕がないという、そもそも物資が不足している状況にあるのだ。

 そういう意味においてはルナソール連合側も有利とは言えなかった。しかし、ウェルデンツ大司教が広げて見せた大風呂敷は参加者にとっては魅力的に見えた。前々から東部諸国が目障りだったのは事実であり、今は得体の知れない大陸外の勢力を引き入れようとしている。国内には食料不足で暴動寸前の民が少なからず存在し、これは彼らは合法的に処分できるチャンスにもなる。

 その結果、やはり東の平定の決行に意思決定の天秤は傾いた。後の歴史家達はこの決定をこぞって悪し様に扱き下ろすことになる。結果だけ見れば、この決定はあまりにも愚かだった。

 しかし、この時は誰も日本やオルメリア大陸諸国といった科学文明国の恐ろしさを知らなかったのだ。文明レベルも技術体系も異なる文明圏同士であるが故、限られた情報では本格的な危機感を持つには不十分だった。


「………………」


 完全に東の平定を決行する雰囲気を醸し出す中、ヨルムン大司教は策をめぐらせる。どうにかして東の平定を中止にできないか、もしくは、せめて不明勢力の実態調査を行う時間を稼げないか。そんなヨルムン大司教の姿をロードメア司教は感情を窺わせない瞳で見つめるのだった。






いろいろ忙しくて、なかなか更新できずに申し訳ありませんでした。

講義やら研究やらインターンシップ(WEB)やら、大学院生も意外と忙しいというのを実感しています(笑)

今から来年度の頭にかけても就活関係で忙しくなるので、頻繫に更新するのは難しいかもしれませんが、極力早めに更新できるように頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 間章1 第3話 ・その力はネルディス大陸西部を席巻していた。→ その力はネルディス大陸東部を席巻していた。 ・影響力の強い大陸西部側である。→ 影響力の強い大陸東部側である。 第二章…
[一言] 待ってました!
[一言] 更新お疲れ様です。 壮大な物語なだけにエタる作品も多く、続けて下さるだけでも有難いです!! テンプレの『我が国の軍事力は世界一ィィィ』な極端な宗教国家の、舐め腐った上層部の泣きっ面が今から…
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