第6話
前話が中途半端に終わってしまったので、続きを投稿します。
「では、ニホンの精鋭部隊・特殊部隊について報告を行います」
軍事部門室長がそう言って解説を始める。
「まず、ニホンにおける精鋭部隊・特殊部隊で最も規模が大きい部隊が、ニホン軍に2個存在する外征団と呼ばれる部隊です。これらは師団規模の部隊であり、ニホン本土以外での戦闘を主眼に設立された部隊です」
「それを聞くと、あまり特別な感じはしないな」
クーホルン少佐がそう感想を述べる。バルツェル共和国軍は基本的に外征による戦争がメインだ。少なくとも最初から本土決戦を行うことを考えていない。
「外征を専門とした部隊、といった点では確かに我が軍にとっては目新しい存在ではないでしょう」
自衛隊は元来、日本本土防衛のための最小限度の実力組織として存在してきた。しかし、近年になってからは集団安全保障の必要性が高まってきたことにより、本土以外での戦闘も想定する必要ができた。それ故に設立されたのが2個の外征団である。
従来の日本のように本土の水際防衛や本土決戦のみを想定した陸上兵力しか持たないというのは、正直なところ特殊な部類である。バルツェル共和国軍にはあまり理解できないことだろう。
だが、軍事部門室長はこの外征団の別の点に注目している。
「私がこの部隊を脅威と考えているのは、ニホン陸軍において最強クラスの戦闘能力を有しているからです。平均的なニホン兵の練度よりもさらに高い練度を誇り、ニホン軍における最新鋭装備を優先的に装備し、その正面戦闘能力と機動力、突破力は驚異的と言っても良いでしょう」
軍事部門室長の外征団に対する評価は高かった。それにも理由がある。
「先の戦争において、我が軍の主力地上部隊は為す術無く撃滅されましたが、その時に展開していたニホン陸軍の主力がこの2個の外征団であると言われています。アーカイム皇国領での戦闘でも、この2個外征団とニホン陸軍最強の機甲師団である第7師団が活躍したとされています」
そう。この外征団はバルツェル共和国陸軍を撃滅した部隊であった。ある意味、無為に死んでいった同胞達の仇のひとつとも言うべき部隊だ。
「我が軍にとっては因縁のある部隊と言っても過言ではないでしょう。そして、今後、ニホンに対峙していく上で直接的に相対する敵部隊とも言えます。……もちろん、この部隊だけではありませんが」
そう言って軍事部門室長は次に話を進める。
「次に規模が大きいとされるのは、ニホン陸軍の第1空挺団と水陸機動団です」
資料には、その名と共にそれぞれ、輸送機から落下傘によって降下する隊員の写真、水陸両用車が波を掻き分けながら島に上陸せんとする写真が掲載されていた。
「これらの部隊は約2000~3000名の人員を擁しており、それぞれが空挺降下任務と島嶼奪還任務に特化しています。いずれもニホン軍最精鋭部隊のひとつとして数えられており、これらの部隊も先の外征団と並んで我が軍にとって重大な脅威となり得ます」
「というと?」
リーリアがその先を促す。
「まず第1空挺団についてですが……彼らは輸送機から落下傘で敵地後方へ降下し、奇襲攻撃や後方撹乱、破壊活動などを行う軽歩兵部隊です。その任務の特性上、極めて過酷な訓練を施され、高度な戦闘技術とサバイバル技術を持ち、彼らは単身でも任務をやり遂げるほどの作戦能力と練度を誇ります。……ニホン軍内でも相当クレイジーな連中と揶揄されるほどだそうです」
「なるほど。確かにそれは脅威だ」
クーホルン少佐は軍事部門室長の説明で第1空挺団に大きな脅威を感じたようだった。よく分からない様子のリーリアに、クーホルン少佐は自身の考えを述べる。
「そもそも我が軍は正面装備偏重という問題を抱えています。その正面装備を活かすためには後方の兵站体制をしっかりと整えておかねばならないのですが、この第1空挺団のような敵が存在すれば、その兵站線のための防衛部隊が多数必要になり、直接的に敵地へ攻勢をかけられる兵力は減ります。つまり、遊兵を作ることを強制されるのです。だからと言って、後方兵站の防衛を疎かにすれば彼らが攻撃を仕掛け、兵站線は壊滅し、前線部隊も行動不能に陥ることでしょう。……これは、先の戦争で我が軍が陥った状況です」
クーホルン少佐の説明で、ようやくリーリアはこの第1空挺団の恐ろしさを理解した。
「我々にとって、相手に存在するというだけで負担となるような部隊……ということですか」
「はい。さらに、どうやらこの部隊は純粋な戦闘部隊としても優秀です。我が軍の兵站防衛では、容易く破られるでしょう」
クーホルン少佐の予想は決して間違っていない。いや、むしろ先の戦争でバルツェル共和国軍は自衛隊による兵站線破壊に対処できないことに関しては結果が残っている。そういう意味では、これは予想ですらなかった。
クーホルン少佐とリーリアの会話が一段落したところで、軍事部門室長は報告を続ける。
「続いて水陸機動団についてですが、彼らは島嶼の確保・奪還に特化した部隊で、水陸両用装甲車なども装備しており、敵前上陸も想定しています。……この部隊が脅威と判断されるのは、資源島などの重要な島嶼においてです。この世界は元の世界と比べて資源のパイが少なく、資源競争が激しくなっています。そんな中、資源島が転移してくれるおかげでどうにか食い繋いでいけている状況ですが……この水陸機動団は、その資源島にとって重大な脅威となります」
これに関しては、さすがにリーリアも理解した。
「資源島を奪われないように防衛部隊を配置して、設備も整えて、補給線も整えて……」
「結果、防衛のための負担が大きくなるわけですな」
クーホルン少佐がそうまとめた。リーリアもその言葉に頷き、口を開く。
「この世界での争いは、根本的には資源不足が大きな原因となっています。資源島の確保や奪還にこれほど向いた部隊は無いでしょうし、重大な脅威となりますね」
「我が軍には島嶼防衛や島嶼奪還を専門とした部隊や装備はありません。……現段階での対抗は極めて厳しいと思われます」
クーホルン少佐は厳しい分析を下した。そもそも資源豊富な島が多数現れる世界に転移するなど、前世界では考えもしなかったのだ。バルツェル共和国は確かに島国だが、それでも離島領土は無かったので水陸機動団のような部隊は必要とされなかった。
一方の日本は、多数の離島領土を抱えている。その防衛は簡単ではないため、基本的には奪還する戦略を立てている。水陸機動団とはそのための戦力だ。それが新世界における資源島の確保や奪還任務に上手く噛み合ったわけである。
「ここまでは比較的大規模な部隊でしたが、次は中規模、小規模な部隊となります」
軍事部門室長が次の報告に移る。
「まずは第1特装団です。彼らはニホン軍の中でも変わった部隊として有名です。この部隊は強化外骨格……肉体の動きをサポートする鎧のようなものを着込み、作戦行動を行う部隊となります。資料写真にあるのが、彼らの装備する強化外骨格『STAS』です」
写真には、大柄ながらもどこかシャープな印象を受ける黒色の外骨格が写されていた。
「このSTASは、各種パワーアシスト機能が備わっており、一般的な兵士の数倍にも達する装備可能重量を誇ります。……重機関銃をまるで短機関銃のように振り回せる、といったらその凄さがクーホルン少佐にはご理解いただけるでしょうか」
「……ああ。ちょっと信じられない気持ちでいっぱいだが」
クーホルン少佐はそう言って苦笑いを浮かべる。
彼がそう言うのも仕方がない。重機関銃というのは、兵士が数人がかりで地面に設置して使用するか、戦車などの車両に取り付けて運用するものだ。銃本体だけでも、軽くても十数キログラムにもなる。
それを短機関銃のように振り回すというのは、それだけで常識外の行いなのだ。
「特にこのSTASのパワーアシストは脚部が強力とされ、人外じみた速度で走り回ることが可能だそうです。そして、跳躍力も強化されており、一般的な建物の2階程度ならば階段などを使用せずとも直接登ることができるとさえ言われています」
軽く見積もっても化け物である。そのSTASの見た目も相まって、とても人間とは思えないというのがリーリアとクーホルン少佐の共通の感想だった。
「さらにこのSTASは防弾性能も高く、小銃・軽機関銃クラスの銃弾ではSTASの装甲を貫通することはできず、重機関銃クラスの銃弾にも数発の被弾に耐えられるほどの防御力を誇ります」
言ってしまえば、人型の装甲車とでも呼べばいいだろうか。これはケブラーやセラミック、特殊合金や磁性流体を用いた装甲や防護システムによる成果だ。
「また、彼らの装備する火器は極めて高火力です。先の戦争ではウェルディス市において第1特装団が投入され、現地の我が軍の部隊と交戦したのですが、その際に彼らの小銃に撃ち抜かれた我が軍の兵士は良くて四肢欠損、といった状態だったそうです」
「四肢欠損……胴体を撃たれた者は?」
クーホルン少佐の問いに、軍事部門室長は静かに答える。
「それはこちらの別資料に」
そう言ってクーホルン少佐にその資料を渡す軍事部門室長。
「……これは酷いな」
クーホルン少佐は顔をしかめた。四肢欠損、つまりは手足がもげるのでもまだマシというのがよく分かる資料だった。
胴体を撃ち抜かれた者は、複数の臓器を損傷して苦悶の内に死を遂げたり、ある者は炸裂した脇腹からドロドロになった臓物を垂れ流して死に、またある者は下半身と上半身が泣き別れしている。
見ていて気持ちの良いものではない。
「私にも見せてもらえるかしら」
「それは……止めておいた方が」
そう言って軍事部門室長が言葉を濁すのは、戦闘には素人なリーリアに配慮してのことだろう。実際、うら若き美女にこんなものを見せたいとは思えない。
「私のことは気にしないで」
リーリアはそう言って、軍事部門室長の配慮は無用と断った。若い彼女とて責任はある。彼女を含めた政治家達が日本との戦争を進めてしまったのだ。リーリアにはその自覚があった。そして、今も戦争を止められなかったことを後悔しているのだ。
軍事部門室長はそんな彼女の心情を察すると、余計な配慮は逆に失礼に値すると考えを改めた。……彼女のような若者がそのような覚悟を持たねばならない祖国の現状に暗澹たる思いを抱きながら。
「……では、これを。覚悟してください」
そう言って軍事部門室長は別資料を手渡す。ほんの数枚しかないその資料をリーリアが読み終えるのに、さしたる時間はかからなかった。
読み終えたとき、リーリアは幾分か気分が悪そうな顔色をしていたものの、気丈にも極力表情には出そうとせず、続きの報告を行うように軍事部門室長に告げた。
「では、続けます。STASには高い機動力・運動性に加え、一定の防御力や高い火力も備わっていることはこれまでの説明でご理解いただけたと思いますが、STASを語る上で外せないのが、高度な電子装備です」
「電子装備……ますます装甲車のようだな」
クーホルン少佐がそんな感想を漏らす。正直、軍事部門室長も同意見だったので、苦笑をこぼした。
「ええ、その通りです。彼らは赤外線センサーや暗視装置、別部隊とのリアルタイムの情報共有を容易にするとされるデータリンクというシステム、周囲の無人兵器を簡易的に管制するシステムまで搭載しています」
「データリンク、無人兵器。これだけでどれだけ戦争技術で差を開けられているか分かるな……」
クーホルン少佐の言葉にその場にいる全員が頷いた。
「これまでのを総評すると、第1特装団の兵士は、人外の速度で走り回って跳び回り、一般兵が持つものの数倍の重量の重装備を振り回し、装甲車並みの防御力を持ち、高度なセンサーや連携システムを使いこなす、というわけです」
「……………………」
まとめてしまうと言葉も出なかった。歩兵では特装科隊員が最強と日本では言われているが、それも納得できる話だった。
ちなみにバルツェル共和国側では掴めていないが、弱点も存在する。それが稼働時間と背部のバッテリーパックだ。
STASは全力で稼働させると3~4時間程度しか稼働できないのだ。もっとも、常に全力稼働するわけではなく、基本的には省電力モードで運用していることが多い。その際は脚部のパワーアシストを低出力にしたりと、戦闘強度によって様々な稼働出力に変更できる。
一般的な戦闘行動だと6~8時間、哨戒任務だと10~12時間程度の稼働が可能とされている。
そして、STASの動力源でもあるのが背部の大型バッテリーパックだ。これは簡単に換装できるようになっており、前線でバッテリーパックを交換しながら長時間戦闘できるように設計されている。バッテリーパックの交換も30秒もかからずに可能だ。
そのバッテリーパックがSTASにとっての弱点でもある。バッテリーパックは装甲化され、中には消火剤や冷却剤も仕込まれているものの弱点であることに変わりはない。背部のバッテリーパックを破壊されれば、別の箇所につけた小型の予備バッテリーで動かすことになるが、これでは長くは稼働できずに撤退を余儀なくされる。
と、まぁ、弱点皆無の無敵ではないものの、それでも最強の歩兵部隊と呼んでも過言ではないだろう。
「この部隊は今も拡大中であり、現在は500名ほどで運用していますが、将来的には1000名以上の部隊にしたいとニホン軍上層部は考えているようです」
「こんな連中が1000人か……」
クーホルン少佐はそう言って苦笑した。今のままでも十分厄介なのに、いずれ倍以上の規模になると言われれば苦笑いも出る。
リーリアの方は、妹達を助けたニホン軍部隊を知ることができて有意義だったと感じていた。その一方で、こんな異形の鎧を着た兵士達が来たら、たとえ敵対的ではなくとも怖いだろうと思い、そんな相手に保護を求めた妹達の胆力に少々驚きも感じた。
……まぁ、ナターシャとアイリも最初から怯えていなかったわけではなく、その小隊長だった和人がわざわざ素顔を見せ、声をかけたからなのだが……。
「次に、特殊作戦群と呼ばれる部隊についてご説明します」
軍事部門室長はそう言って、資料のページを捲るように促す。
リーリアがページを捲ると、目出し帽などで顔を隠しながら整列する兵士の姿が目に映った。
「特殊作戦群は未だに謎の多い部隊です。ニホンでもほとんどの情報が公開されておらず、その正確な規模や装備、任務内容も明かされていません」
「……それでは何も分からないのと同じじゃないかしら?」
リーリアは軍事部門室長にそう疑問を投げかける。
「お恥ずかしながら、その通りです。ですが、噂程度でしたらいくらか情報が集まっています。なんでも、特殊作戦群の隊員は普段、一般部隊に紛れて一般兵として任務をこなしており、特殊作戦群に召集された時にその隊員としての本性を現すそうです。自分が特殊作戦群の隊員であることは、親族や友人はもちろん、同僚にも漏らすことは許されません。また、特殊作戦群の中でもお互いに本名は明かさず、常に仮名を使用しているようです」
「……徹底しているな」
クーホルン少佐はそんな感想を抱いた。徹底的に情報を隠蔽し、外部に漏らさない。これでは詳しいことが何も分からないのも頷ける話だ。
「彼らは基本的に破壊活動や諜報、潜入任務や要人暗殺といった特殊作戦に従事しています。この部隊は敵にニホンが関与したと匂わせずに任務をこなしていくことを想定しているらしく、その特性上、平時であっても我々にとって脅威です。……この情報ですら、もしかすると掴まされたものかもしれませんが」
「まるで存在が都市伝説のような部隊だな」
「ええ、ですが、実在するのは確かだそうです。我々は平時であってもニホン軍の特殊作戦群の作戦行動に警戒せねばならない、というわけです」
クーホルン少佐の呟きに軍事部門室長がそう応え、そして、次の部隊についての報告に移った。
「最後に別班についてです」
「別班?」
どうにも軍隊らしくない響きの部隊名にリーリアは名前を聞き返した。
「はい。これはいわゆる諜報部隊ですが、特殊作戦群以上に情報が出ていません。情報収集だけに従事しているのか、それとも暗殺任務もこなすのか、装備も規模も情報はありません。そもそも公式には存在しないことになっていますので」
本当に分からないことばかりだ。結局、名前しか分からないのと同じである。
「ですが、実在すればこちらも脅威となります。特殊作戦群と同じく、平時であってもです。またニホン軍は国内の諜報・防諜関係機関を統合したNInJAを設立しようとしているとの情報もあり、もしかしたら別班もそちらに統合されるのかもしれません」
今現在、日本政府と自衛隊、公安などが共同でNInJA(National Intelligence Joint Agency)を設立しようとしていることは、日本の報道でも明らかにされていた。もっとも、その中身については全く明かされておらず、国会での野党の追及にも安全保障上の理由で情報公開ができないとしていたが。
「……以上でニホン陸軍に関しての報告を終わります」
「………………」
リーリアとしては正直なところ、もう陸だけでもお腹いっぱいな気分だった。バルツェル共和国陸軍と大きな差があることは理解していたが、現実は予想を大きく超えていた。それを思い知らされたのだ。
「続いてニホン海軍について報告を行います」
日本は島国で海洋国家である。普通に考えれば、海軍に最も力を入れているはずだ。陸軍だけでお腹いっぱいになっている場合ではない。リーリアはそう考え、再び気を引き締めるのだった。
次は海上自衛隊編です。




