第3話
中途半端ですが、更新することにしました。
時は少し遡る。
自衛隊機による新大陸調査の結果が防衛省、そして政府に報告されると、にわかに忙しくなった。
「相手に航空戦力があるのは想定外だったな」
首相官邸の閣議室にて関係閣僚が揃う中、大岸 防衛大臣はそう言った。
日本政府や防衛省は元々、相手は中世レベルの文明であると考えていた。そして、それは当たりでもあり外れでもあったのだ。
「世界が違えば、常識も変わる。我々もそれを本当の意味で理解できていなかったのかもしれませんね」
長谷川 総理はそう言って肩を竦めた。当初の予測では新大陸の文明には航空戦力など存在しないはずだった。しかしながら翼竜のような生物に騎乗した兵士らしき人間を戦闘機が発見したことで、その状況は一変した。
「既に防衛省内で映像を分析した。相手の航空戦力と思われる飛行生物だが、戦闘機を相手にするにはあまりにも遅すぎる。輸送ヘリよりも遥かに遅いだろう。あれが全力飛行かは分からないが、時速100km程度だったと思われる」
大岸 防衛大臣が防衛省の見解を告げる。F-35の光学カメラで記録した映像を元に相手の航空戦力を分析したものだ。
「まぁ、それでも脅威であることは違いない。既に防衛省内では対飛行生物の推奨戦術の策定を始めている。考えたくはないが、敵となる可能性もあるからな」
「なるほど。では、そちらはよろしくお願いします」
そう言って、今度は住田 外務大臣の方を向く長谷川 総理。
「次に外務省の方ですが……外交使節の編成は済んでいますか?」
「はい。我が国はもちろんのこと、既にリーデボルグ共和国、エルスタイン王国、リテア連邦、アーカイム皇国の外交官も東京入りしており、いつでも向かえる状態です」
「わかりました。そう言えば大岸さん、各国が送ってきた艦船についてはどうなっています?」
「とりあえず、帰ってもらった。協力した、という事実だけは形成したからな。正直、無理に同じ艦隊に組み込むと面倒だと現場の人間から苦情が殺到している」
政治的理由から各国から派遣された艦船を派遣艦隊に編入して運用したものの、やはり様々な点で苦労することになったようだ。特に大変だったのは情報共有や指示だっただろう。海上自衛隊の艦船はデータリンクで即座に情報を共有できるが、大陸諸国の艦船にそんなハイテクなものが積まれているはずがない。結果、要らぬ苦労を強いられたようだった。
「……まぁ、仕方ありませんね。現場の自衛官には悪いことをしてしまいました」
「彼らも分かってはいるだろうさ。政治と軍事は切り離せないとな」
「各国の方からは特に何もありませんか?」
「そうだな。一応、調査協力だけはやった体になっている。政治的にはそれで十分だろう」
各国の軍上層部は自衛隊との共同任務を遂行したという実績を得て、各国政府は日本との協調路線を歩むことを国内外にアピールした。
先の戦争以降、大陸諸国では日本との関係が外交上最も重要であると国民にすら認知されている。外交・安全保障ではしっかり仕事をしていることを自衛隊との共同任務に参加したという名目をもってして強調しているのだ。実際には大して役に立っていなくとも、政治的な意味合いでは大した問題ではない。
まぁ、各々の国の政治問題の一端に自衛隊が巻き込まれていることに対し、日本政府としても思うことが無いわけではないのだが、今のところ各国の政権は日本に対して協力的である。彼らの政権が長続きしてもらうためにも、ある程度の配慮は行うことにしていた。
「では、新大陸国家との接触についてなんですが……外務省からなにか?」
長谷川 総理の問いかけに住田 外務大臣は頷く。
「我々としては、ある程度強気な外交姿勢で挑もうかと考えています」
「ほう……」
住田 外務大臣の言葉に片眉を上げる長谷川 総理。
現状、仕方のなかったことだったとはいえ、自衛隊機が領空らしきものを侵犯してしまったことは確実視されている。それ故、相手からもそのことについて日本に対し、猜疑心を持たれることも考えられる。
それを踏まえた上で強気な外交姿勢を展開するという外務省の方針に、この場に集まった閣僚達は意外だという気持ちを禁じ得なかった。
「我々は異世界に転移した後、大陸諸国に対して融和的外交を行ってきました。これは我が国の方針の大前提であり、これを覆す気はもちろんありません」
当然だとばかりに皆が頷く。バルツェル共和国のような攻撃的な外交は、日本としては有り得ない。仮にも平和を尊ぶと自認しているのだ。ならば、それなりの外交姿勢でなければならない。
「ですが、我々の融和的外交姿勢ではバルツェル共和国のような国に対しては間違ったメッセージを送りかねない、ということが外務省の中で意見として出されました」
これは外務省の反省点であった。前世界と同じような融和的外交を行い、大陸諸国と良好な関係を築いてこれた日本だったが、それが仇となった結果起こってしまったのが先の戦争だ。
今では中部オルメリア戦争という名が定着しつつある(正式な名称は未だ確定されていない)その戦争は、バルツェル共和国が大陸の覇権を狙って起こした戦争だ。しかし、バルツェル共和国が戦争を起こしたことに関し、日本も反省点が見つかっている。
「我が国の従来の融和的外交姿勢では、弱腰と見なされる場合もあると外務省内では結論づけられています。ですので、融和的外交は存続させつつも、相手にこちらの力を見せつけ、そして懸案事項に対しても強気の態度を示すことが重要だと考えています」
「なるほど。ですが、我が国の航空機が領空を侵犯してしまったことは恐らく事実。そこら辺りはどうお考えで?」
長谷川 総理の質問。それに対しては予め答えを持ってきていた。
「ええ。ですので、我々は領空侵犯の責任を認めるつもりはありません。なにせ国交を結んでいない国のことなのですから我々に責任など無い、という立場を取りたいと考えています。その一方で、不安を与えたことに対しては謝罪する、といった形にしようと思います」
つまり、先の領空侵犯は日本は悪くない。しかし、悪くないけれども不安は与えてしまったので、その点は謝罪するという立場を取るのだ。
「前世界において、我が国は隣国との関係には恵まれませんでした。そして、この世界においては隣国はともかく、我が国に次ぐ国家との関係にも恵まれていません。これまでの姿勢ではダメだという意見が、特に若手に多いのです。我々外務省は彼らの意見を汲むことにしました。譲れるところは自主的に譲るような姿勢では、この世界では舐められてしまう。それ故、そうならないように日本の立場や権利、考えを強く主張していく方針です」
住田 外務大臣の言葉に一同は静まり返った。
この外務省の方針。これは現在の日本の外交関係にも大きな影響を及ぼしかねないことだ。
無論、これまでも外務省は日本の立場を主張してきた。しかしながら、いささか受動的かつ行動力に乏しい面も否めなかった。それが先の戦争に繋がったと考えるのならば、改めるのもまた当然だった。
無論、外務省だけが悪いわけではない。当たり前だが、最も悪いのはバルツェル共和国である。戦争の責任のほとんど全てが彼らに帰属するであろう。
「なるほど。外務省の意見はわかりました。政府としては歓迎します」
長谷川 総理はそう言った。外務省の姿勢は長谷川 総理にとって、ひいては日本政府にとって好ましいものだったからだ。日本が主導する秩序の実現のためには、ある程度強気な外交を展開することは必要不可欠なのだ。
何ということはない。外務省の姿勢の変化はある意味で当然のことだ。日本の立ち位置は前世界とは大きく異なっている。前世界ではいくつかある大国の1つに過ぎなかったが、この世界ではリーダーシップを発揮すべき唯一無二の大国なのだ。ならば、それに則した姿勢を取らねばならない。それだけのことだ。
「では、外交使節が上手くやってくれることを信じて送り出しましょう」
こうして、外交使節は送り出された。それが新大陸の諸国と日本との間にどのような関係をもたらすのか、それは神のみぞ知るところであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして送られてきた派遣艦隊。空母『ずいほう』が所属する第2護衛隊と おおすみ型輸送艦『しもきた』を基幹とし、護衛・掃海群から4隻の もがみ護衛艦を護衛につけた計9隻の艦隊だ。
もがみ型護衛艦はフリゲートと海上自衛隊は定めているが、これは満載で5000tクラスの規模である艦隊型護衛艦だ。この世界では、コンパクト多機能護衛艦とも呼ばれる もがみ型であっても世界最強クラスの艦艇だ。……まぁ、前世界でも十二分に強力な戦力ではあったのだが。
その威容はフソウ皇国皇都オノゴロの至るところで見ることができた。オノゴロの民は当たり前だが大混乱の様相を呈していた。「侵略者ではないのか?」「ルナソール連合の新兵器なのではないか?」「皇帝が呼び出した異界の兵器だ」とか、憶測や噂、荒唐無稽なものまでが飛び交う。
実際問題、良くて帆船程度しか見たことがない民衆にとってすれば、自衛隊艦艇は小島に城が建っているようにしか見えなかった。そして、いずれもが遠目に見ても金属的な質感を醸し出している。
フソウ皇国に限らず、ネルディス大陸では製鉄技術は未熟だ。質の良い鉄を少量精錬するのも大変(それでも日本の基準からすれば低質)なのに、1つの艦隊全てを鉄で作るなど正気の沙汰ではないと感じざるを得ないのだ。……もっとも、自衛隊艦艇は全部を鉄系素材で作られているわけではないが。
ともあれ、そんな異様な艦隊を見るだけで、この艦隊の力はフソウ皇国の人間はそれなりに理解できた。本当の戦闘能力など知る由もないが、少なくとも勝てる相手だと考える人間は皆無だった。
「おい、何か飛び立つぞ!?」
「何だあれは!?」
しばらくすると、遂に自衛隊艦隊で動きが起こる。
輸送艦『しもきた』から2機の攻撃ヘリコプター AH-64Eが発進したのだ。その獰猛な姿と聞き慣れない空気を叩く音はオノゴロ市民に言い様のない不安感を与える。
そして、それに続いて3機のヘリコプター UH-60Jが発進した。これらには日本のみならず、オルメリア大陸諸国の外交官達が搭乗していた。
AH-64EがUH-60Jを護衛するポジションにつく。そして、逆にオノゴロ城の方でも動きがある。8騎の翼竜が飛び立ったのだ。彼らはヘリコプター編隊の近くまで来ると、囲むようにして位置取りをして並行飛行する。
これらの動きは交渉を行うことが決まったときに、同時に決めていたことだ。日本側は空から使節を向かわせることを伝え、フソウ皇国側はそれらを城まで誘導すると返答した。それが一連の流れであった。
「おおう、実物を見るとやっぱりスゲーなぁ、おい」
AH-64Eの1機に搭乗するパイロットは、翼竜を横目で見てそう言う。翼竜は日本人からしたら初めて見る“人を乗せて飛ぶ生物”だ。そんなものは前世界にはなかった。
「とはいえ、あちらに速度を合わせないといけないので、こちらはチンタラ飛ばされるわけですが」
ガンナーはそう言って肩を竦める。AH-64Eは新幹線並みの速度が出せるのだ。それに対して翼竜はどんなに頑張っても100km/h、巡航速度では70~80km/h程度だろう。
「まぁ、そう言うな。振り切ったりするのも面白そうだが、あちらの面子を潰すことになるぞ」
「あはは……我々の首が吹っ飛びそうですね、それ」
少なくとも喧嘩をしに来たわけではない。多少の威圧はしつつも、友好的に接する。それが日本側の方針だ。
軍用ヘリコプターと翼竜による奇妙な編隊がオノゴロ上空を飛ぶ。それをオノゴロ市民は不安げに見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日本及び大陸諸国の外交使節とフソウ皇国の面々は、表御殿の間で対面していた。
日本の外交官達は、まるで江戸時代や戦国時代などの時代劇でよく見るような部屋や着物を見て、ある種の驚きや興奮もありつつも平静な様子だ。一方、こういった文化に慣れていないのであろう大陸諸国の面々は少々居心地の悪そうな様子だった。
対するフソウ皇国の面々は緊張感に満ちていた。上座の一段高いところに座るクオン皇帝も例外ではない。相手は未知の文明であり、そして恐らくは強大な力を持った国家である。ただでさえ敵を抱えるフソウ皇国にとって、これは決して気を抜けない一大事であった。
(あの鉄の船といい、面妖な羽虫といい……。底が見えん)
クオン皇帝は悟られないように気をつけつつも、大いに警戒心を抱いていた。娘が言っていたように、まずは相手を信用しようとしなければいけないだろう。しかし、そうするには相手は余りにも異様であり、異質であった。
そんなクオン皇帝の隣には次期皇帝となるムネシゲ皇太子が緊張した面持ちで座っていた。彼は次期皇帝となるために勉強や政務を行っている、ヒトハ皇女達の兄である。まだまだ若輩者で経験が足りてないところもあるが、政務に関してはクオン皇帝も「優秀だ」と太鼓判を押している。
そして、そこから下座にかけて両サイドに大臣などが並んで座っており、その間に日本及び大陸諸国の外交使節がいる。
「初めまして、陛下。私は日本国外交使節団長の弓山と申します。ご尊顔を拝することができ、恐悦至極でございます」
外交使節団長の弓山 外交官はそう言って頭を下げた。他の外交官達も続けて頭を下げる。
(……少なくとも礼儀は弁えておるようだな。その点でルナソール連合の連中を相手にするよりはマシか……)
こちらの作法とは異なるものの礼儀を尽くす様子の外交官達に対し、無礼千万な態度を見せるルナソール連合の大使連中を思い返して内心で苦笑するクオン皇帝。
「面を上げよ。遠路遥々、ご苦労であった。して、貴公らの目的は我が国との国交を樹立することが目的と聞いたが真か?」
「その通りでございます。我が国はもちろんのこと、我が同胞国であるリーデボルグ共和国、エルスタイン王国、リテア連邦、アーカイム皇国も、貴国との平等かつ平和的な関係を築くことを望んでおります。こちらが各国の大使の方々です」
弓山に紹介されて、各国の大使達が自己紹介を行う。それを聞きながら、クオン皇帝は各国の力関係を把握する。
(どうやら、ニホン国は彼らの盟主ないし宗主国のような立場の国家のようだな。もしかすると属国なのかもしれぬ。……注意せねば)
属国であるとするならば、属国化した経緯なども知らねばなるまい。同じ手法を用いてフソウ皇国をも属国化しようと日本が企まないとも限らない。
「ふむ……。貴公らの求めは分かった。……しかし、我々としても貴公らの言葉を心の底から信用できるわけではない。先日、貴国は我が国の領空を我が物顔で侵犯しておる。そんな国の言葉を素直に受け入れられると思うか?」
「それに関してはこちらにも言い分がございます」
「申してみよ」
「まず、我々はこちらに文明があることを知りませんでした。いえ、正確には人らしき者が住んでいることは判明しておりましたが、領空という概念を持った国家が存在するとは考えていなかったのです。貴国とは非公式な接触すら行っておらず、お互いに存在すらも把握しておりませんでした。そんな状態で起きたあの行為を咎められたところで我が国が果たすべき責任はないと考えております」
「……では、貴国には一切の責任も謝罪する意思もないと?」
「不安を与えたことに対しては謝罪いたしますが、領空侵犯については国交のない国同士でしたので、我が国には一切の責任はございません」
弓山はそう断言した。それに苛立ちを隠せなかったのは翼竜武士団長であった。声を荒げることはないが、口を開く。
「無礼な。我が国の領空を侵犯した挙げ句、一切の責任はないと申すか?」
「その通りです。いったい、何を根拠に我々を糾弾されるのですか? 貴国の国内法ですか? この大陸の国際条約ですか?」
そんな弓山の問いに口を詰まらせる翼竜武士団長。実はネルディス大陸では領空に関してはほとんど慣習法に近いものがあり、明文化されたものではないのだ。ただ、領地の上の空は領空であり、それを侵犯することは許されないという慣習なのだ。
「我々は法を遵守します。ですが、我が国が認知しない法や慣習を盾に謝罪などを迫られても対応いたしかねます」
弓山は毅然とした態度でそう告げた。
「……よかろう。此度のことはお互いが存在を認識していなかったが故の齟齬。そこに責任を求めるのも話が通らないだろう。此度のことはお互いに水に流すとしよう。幸いにして、民に不安を与えたことについては貴公らが謝意を表してくれたことであるしな」
そう言ってクオン皇帝は話を切り上げた。クオン皇帝としては、相手と必要以上に事を構えたくない思いがあった。幸いにして、日本側は逃げ道を用意してくれていた。『不安を与えたことについては謝罪する』と。この言葉を得ている時点でフソウ皇国側が退いても面目は立つ。
それを理解してか、翼竜武士団長も渋々ながら退いた。そもそもフソウ皇国側は強く出られない立場だ。日本側とフソウ皇国では力の差は隔絶しており、それ以外にも強大な敵国を抱えている。下手に揉めたくはない。
「ありがとうございます。今後はお互いの法について認知し合い、協議を経て条約などを結びたいと思います。さすれば、今後、このようなこともなくなるでしょう」
日本側の立場を受け入れてくれたことで、弓山の表情も幾ばくか柔らかくなった。
そして、ここからが国交交渉の本番となる。
次回は交渉の続きからです。




