第28話
今回はバルツェル共和国内部でのお話です。
2034.6.1
バルツェル共和国 リディーリア
軍令部
10:17 現地時間
バルツェル共和国軍の頭脳である軍令部の会議室は、お通夜のような雰囲気に包まれていた。そこにいるのは陸海空軍の総司令官達に加え、オルフィス国防大臣とリゲル情報少将、その他副官達である。軍のトップ層が勢揃いしている中、そのような雰囲気に包まれているということは、つまりは‘そういうこと’なのである。
「……では、派遣した我が軍は完全に敗北したというのかね?」
オルフィス国防大臣の力のない問いかけに、リゲル情報少将は頷いた。
先日、旧アーカイム皇国領を守るバルツェル共和国軍全軍との交信が途絶えた。艦隊に関しては、もはや敗残兵と呼ぶに相応しいほどにボロボロになって帰ってきている。
勝利という言葉がこれ以上になく遠い。バルツェル共和国史上最悪の戦況である。
「……何故、何故こうなってしまうのだ……」
力なくオルフィス国防大臣は言った。それはこの場にいる全ての者が思っていることであろう。
異世界転移という異常事態に見舞われ、これまでいた世界から本土だけ切り離されてしまったバルツェル共和国は、己の生存のために外へ進出せざるを得なかった。元より資源に乏しい島国で、その資源のほとんどを植民地に依存していた。それらが一挙に失われたので、バルツェル共和国は滅亡の危機に瀕してしまったのだ。
しかし、幸いにもすぐ東には大陸があり、そしてそこには近代国家があった。それも、バルツェル共和国よりもいくらか劣った発展度合いの近代国家だ。それ故、バルツェル共和国は安全保障と資源確保の観点から先制的に大陸へ侵攻した。
その結果はバルツェル共和国軍の圧倒的な勝利であった。この時、バルツェル共和国の指導者達や軍人達は思ったのだ。この世界はバルツェル共和国が席巻できる、と。バルツェル共和国が覇権を握ることが可能だ、と。
リゲル情報少将は、自分達はあまりにも浮かれていたのだと理解した。バルツェル共和国が大陸で大勝利を収めたのは、なにもバルツェル共和国が特別だからではない。ベールニア連邦やアーカイム皇国に比べれば、バルツェル共和国が文明が進んでいただけであり、バルツェル共和国はこの世界における絶対強者ではなかったのだ。
それをバルツェル人達は勘違いしてしまった。異世界転移という絶望を振り払うような大勝利に酔うあまり、元々傲慢な傾向にあった国家・国民の特性をさらに増長させてしまった。そのツケを今、払わされようとしている。否、もう払わされている。
「……オルフィス国防大臣、もはや我々はニホンとの講和を模索すべきでは……?」
リゲル情報少将はそう投げかけてみた。彼としては、ここで何としてでも祖国には講和に向けた舵取りをしてもらわねばならなかった。
「……できると思うか? 敵に何ら痛撃を与えられないままに、講和など……そんなもの、ただの降伏と変わらんではないか!?」
オルフィス国防大臣はテーブルを大きな音を立てて叩く。その音の大きさは、戦況がままならないことへの苛立ちの大きさを表していた。
「ですが、これ以上の戦闘は……」
「できないとは言わせん。我が国は生存のために国家総動員を行い、断固として敵を……ニホンを撃滅する。降伏も講和も有り得ん! これは大統領も承認している!」
オルフィス国防大臣は怒鳴るようにそう吐き捨てた。リゲル情報少将は思わず舌打ちをしそうになったが、さすがに態度に出すのはまずいので、どうにか抑えた。
オルフィス国防大臣としては、ここで講和をすることでこの戦争が事実上の敗北と見なされるのを恐れているのだろう。なにせ、この戦争を主導したメンバーの一人なのだ。後にどのように責任を取らされるか分かったものではない。少なくとも政治家生命は終わりを告げる。悪ければ、何らかの罪を着せられて投獄も有り得るのだ。
そして、それはロッテンダム大統領も同じこと。ロッテンダム大統領とオルフィス国防大臣は、今や崖っぷちに立たされていると言っても過言ではない。さらに言うのなら、その崖も既に崩れつつあると言えるだろう。そんな状況から脱したいという気持ちも分からなくもない。
(だが、そのために祖国を滅亡の危機に晒すというのか……!)
リゲル情報少将は歯噛みする。このままバルツェル共和国が国家総動員体制に移行したところで自衛隊を撃退するのは難しい。本土に乗り込まれることは防げるだろうが、どちらにせよ国家としてはジリ貧である。ならば、まだ国を再生できる内に講和すべきなのだ。
現状、日本側から講和交渉の打診があったことは隠蔽されている。……まぁ、リゲル情報少将が秘密裏に情報をシンパに広めているので、隠蔽自体は破綻しているのだが。
(やはり、ロッテンダム大統領とオルフィス国防大臣には我が国の未来のために表舞台から降りてもらう必要がある……)
未だに保身を図らんとするオルフィス国防大臣の姿を見て、リゲル情報少将は決意を新たにした。
そして、翌日の6月2日。バルツェル共和国議員達による緊急議会開会の要求が政府に突き出され、政府側が渋々と応じる形でバルツェル共和国の緊急議会が4日に開かれることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2034.6.4
バルツェル共和国 リディーリア
議事堂
09:58 現地時間
「………………」
バルツェル共和国の議事堂は静寂に包まれていた。誰もいないというわけではない。むしろ、議事堂の中にある半円形の議場にある席はほぼ完全に埋まっている。
多数の人間が集まっているのにも関わらず、奇妙なほどに静かであるというのは、それだけ議場に緊張感というものをもたらしている。それ故に、ロッテンダム大統領は嫌な汗を掻いていた。
議場の雰囲気は、ロッテンダム大統領に対して決して友好的なものではない。むしろ、ロッテンダム大統領に対する敵意にも似た激情……怒り、といったものすら感じられる。
これではっきり分かる。ここはロッテンダム大統領にとって、敵地であるのだ。
半円形に並べられた席に座る議員達から、議場の中央付近の席に座るロッテンダム大統領に対して、さながら集中砲火のように敵意の視線が向けられる。これは端から見ても気持ち悪い光景であった。否応なしにも政府側が……ロッテンダム大統領が何かやらかした、ということが分かるような光景でもあるだろう。
「では、時間になりました。これより緊急議会を開会します」
議長がそう言って、緊急議会は開会された。
最初に質疑を始めたのは反大統領派議員の筆頭と言われている男、ドラン・パンジャン議員だ。少し小太り気味な彼だが、その眼光は鋭く、どちらかと言えば強面な顔立ちをしており、威圧感という意味では十分である。
「我々が緊急議会を開会することを求めたのは、とある事実が複数の筋を通じて明るみに出たからです」
そこまで言って、パンジャン議員はロッテンダム大統領の表情を見る。大きな動きはない。さすがに面の皮は厚いようだ。
「我が軍の大陸での決定的な敗北……そして、旧アーカイム皇国領の失陥。これらは事実ですね、ロッテンダム大統領?」
パンジャン議員はロッテンダム大統領に問いかける。
ロッテンダム大統領はしれっとした顔でそれに答える。
「敗北、失陥。なかなかショッキングな言葉だ。……事を大げさに喧騒してまわるのは感心できんな、パンジャン議員。確かに我が軍はそれなりのダメージを受けたが、敵の侵攻は押し止めている。旧アーカイム皇国領の地は幾ばくか失われたが、これから取り返すつもりだ」
ロッテンダム大統領は平然と敗北はしていないと言い切った。この期に及んで、彼は戦争の敗北を認めようとはしなかったのである。
「ロッテンダム大統領、我々の情報網をあまり侮らないでいただきたい。旧アーカイム皇国領に展開する我が軍の大半が降伏・壊滅していることは確認済みなのです」
パンジャン議員の発言に内心で舌打ちするロッテンダム大統領。やはり、議員達の情報網はしっかり機能している。旧アーカイム皇国領が戦場になるということで、バルツェル人の民間人は避難させたはずなのだが、現地人に混じって情報収集を続けていた連中が相当数いるらしい。
「だが、敵の侵攻が止まっているのも事実だ。我が軍の奮闘の結果、敵の侵攻を食い止めたと見て良いだろう」
それでも、ロッテンダム大統領は自分達が優勢だと言い張る。
「確かに我が軍は大きな被害を受けた。そして、それでも敵軍の侵攻を押し止めただけに過ぎん。しかし、ここで敗れると、我が国は破滅の道を進むことになる。だからこそ、私は宣言しようと思う。我が国は国家総動員体制に移行すると!」
議場がにわかに騒がしくなる。これはバルツェル共和国にとって史上初の出来事である。バルツェル共和国はこれまで、国家総動員体制というのを想定はしつつも、実際に移行したことは一度もない。地球世界とは違って、世界大戦などの世界規模の戦争がなかったのだ。
「それは些か性急ではないですかな? それをやる前にやるべきことがあるでしょう」
パンジャン議員はロッテンダム大統領にそう諭す。議場のそこかしこから同意するような声が上がる。
当然だ。国家総動員体制で戦争などをすれば、勝っても負けても国がボロボロになりかねない。そして、自分達の利益が重要な議員達としては、国がボロボロになるのは避けたいのだ。経済が落ち込み、経営する企業の業績が悪化するのは目に見えている。
「敵は野蛮な国家だ。こちらから講和を打診すれば、嬉々として我が国を食おうとするだろう。そもそも、あの蛮族共に講和するという考えがあるのかも怪しいのだぞ!?」
ロッテンダム大統領は怒鳴った。
しかし、そこで第三者の声が乱入する。
「本当にそうでしょうか?」
その声は女性の凜とした声。
「レイリス議員、どういう意味だね?」
発言したのはリーリアだった。そして、不機嫌を隠さない様子でそう問いかけるロッテンダム大統領。そんな彼に怖じ気づくことなく、堂々とリーリアは発言する。
「本当にニホンに講和する意志がないのか、ということです。私の調べた限りですと、どうもそうではないようなのですが……」
「……どういう意味だね?」
ロッテンダム大統領は本当に分からない様子でリーリアにそう問うた。だが、リーリアの言いたいことに気づいた人間がこの場にいた。
(……まさか!?)
オルフィス国防大臣だった。彼はリーリアの物言いで気づいてしまったのだ。自分達軍上層部が日本から打診された講和交渉を握り潰した、という情報が漏れていると。だからこそ、オルフィス国防大臣は慌てたのだ。そう、その顔色は誰が見ても分かるほどに一気に悪くなったのだ。
彼の考えが足りなかったところは、その反応自体が何かを隠していることを物語っているということまで考えが及ばなかったことだろう。それほどまでに隠蔽には自信があったし、まさしく今回のことは想定外であったのだ。
「……何を隠している? オルフィス国防大臣……」
さすがのロッテンダム大統領もオルフィス国防大臣の異様な様子には気づく。そして、彼の問いに答えたのはリーリアであった。
「あったのですよ、大統領。……ニホン側からの講和交渉の打診が」
その時、議場が静まり返った。そんな中、ロッテンダム大統領はリーリアに問いかける。
「……それは本当なのか? それはどのタイミングで……?」
「もちろん本当ですわ。講和交渉の打診が来たのは、エルスタイン王国に進軍した部隊が壊滅した時です。軍は敗北のまま戦争が終わることを嫌って、敵からの講和交渉の打診という事実自体を揉み消したようですね。……つまり、アーカイム皇国領の失陥は完全に軍による隠蔽事件が引き起こした、とも言えるわけです。オルフィス国防大臣が慌てるのも分かりますわ。もし、講和交渉を行っていれば、もしかしたらアーカイム皇国領を失うことはなかったのかもしれないのですから」
リーリアの言葉は議員達、そして政権側のロッテンダム大統領や閣僚達に衝撃を与えた。もしかしたら、アーカイム皇国領での戦いは無用なものだったのかもしれないのだ。
アーカイム皇国領の失陥も、講和していたら条件次第では防げていたのかもしれない。そんな可能性を軍部の独断専行によって握り潰されていたとなれば、アーカイム皇国領の失陥で被害を受けた、あるいは今後受けるであろう者達の怒りは相当なものになる。
「どういうことだ!?」
「説明しろ!」
「責任を取れ!」
議員達から飛んでくる多数のヤジ。議場は一気に騒がしくなった。そんなヤジの中、オルフィス国防大臣は反論する。
「デタラメだ! そんな証拠がどこにあるというのだ!?」
「証拠はあります。あるから、この場で述べさせていただいたのです」
リーリアは魅惑的な笑みを浮かべてそう告げる。ここが議場でなければ見惚れるような美しい笑みであったが、この場、そしてこの雰囲気の中ではまた別のモノに見えてくる。
「少々お待ちを。議場のすぐ外にお待ちいただいておりますので、呼んできますね」
そう言ってリーリアは議場から出ていき、1分もしない内に戻ってくる。彼女の隣には初老の男がいた。そして、その男はオルフィス国防大臣のよく知る人物であったのだ。
「貴様……!」
「オルフィス国防大臣……申し訳ありませんが、これ以上、祖国が追い詰められていくのを見たくはないのです」
リーリアが連れてきたのはリゲル情報少将。情報局のトップである。
「なるほど……情報局の長が情報源だったわけですな」
パンジャン議員はそう言うと、早速リゲル情報少将に真偽を尋ねる。
「ニホンから講和交渉の打診があったのは事実ですかな?」
「はい。私の証言だけでは不十分だと思いましたので、破棄されるはずだった内部資料も持参いたしました」
そう言ってスーツケースを見せるリゲル情報少将。そんな彼を親の仇を見るがごとき目で睨みつけるオルフィス国防大臣。
「もう終わりです、オルフィス国防大臣。この愚かな戦争に決着をつけましょう」
「貴様……分かっているのか!? 貴様の行為は……」
「ええ、立派な軍法違反です。私は重罪に問われるでしょう……ですが、祖国が滅ぶよりはマシです。あなたとて気づいていたはずだ、このままでニホンに勝てるわけがないと。それを見て見ぬフリをし続けてきた。それを側にいて止められなかった私も、軍法とは別の意味で大罪人なのです」
リゲル情報少将の決意の強さが読み取れる言葉だった。彼は愛国者である。故に、自分の行為には責任を持つつもりだった。
「さて、こうなるとロッテンダム大統領の任命責任も問われますな。国を滅ぼしかねない事態を起こした者の任命責任……ロッテンダム大統領、職を自ら辞する気持ちはおありか?」
パンジャン議員の問いかけ。ロッテンダム大統領は歯軋りしながらも、自分がもう詰みの状態であることを理解していた。ここで足掻いて奇跡を願うのも選択肢としてはあるにはあるのだが……期待するだけ無駄な奇跡であろう。
今まで支持してきてくれていた大統領派の議員達も全てが敵に回っている。四面楚歌である。
「……少し考えさせてくれ。答えは早めに出す」
「……良いでしょう。ですが、責任から逃れられると思わないことですな。それに、ニホンがいつ再び動き出すかも分かりません」
パンジャン議員はそう告げる。他の議員達も異議はないのか、沈黙を保っている。
緊急議会は政権に致命傷を残して閉会した。この緊急議会はバルツェル共和国の未来の舵取りが大きく変わりかねないものになったと言えよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……そして、この緊急議会の翌日。ロッテンダム大統領は大統領府の執務室で死体となって発見された。近くに落ちていた拳銃と頭に空いた風穴、周囲に争った形跡もないことから自殺であると断定された。
とはいえ、自殺と断定するには少々怪しいところも大いにあった。周囲の人間の話では、ロッテンダム大統領はオルフィス国防大臣と共謀し、次の議会の時に軍を議会に突入させて占拠し、クーデターを起こそうと考えていたようだ。もっとも、政権転覆のためではなく、政権保護のために議会を潰して独裁政権を設立することが目的であったが。そんなことを直前まで考えていた人間が自殺するとは考えづらいし、さらに秘書官の一人が行方不明になっていた。この秘書官が何故行方をくらましたのか、調査しようとした者達もいたが、どこからかの圧力で立ち消えとなる。
そういった様々な怪しい点を残しつつも、関係各所からの圧力によって事件はお蔵入りとなった。
オルフィス国防大臣は罷免され、国家反逆罪に問われることになった。陸海空の総司令官達も軍法会議にかけられることになった。リゲル情報少将に関しては多少の恩赦が図られることになりそうだが、それでも実刑判決は確実視されている。
臨時に大統領の座についたのは反大統領派の代表者と呼ばれていたパンジャン議員である。日本との講和や戦後処理が終わるまでの臨時の大統領であるが、彼は元々の願い通りロッテンダム大統領を蹴落として権力を手にすることになる。もっとも、このような展開は彼の望んだシナリオではなかったのだろうが。
多少強引ですが、バルツェル共和国のトップはすげ替えさせてもらいました(笑)
まぁ、ロッテンダム大統領じゃいろいろと問題がありますからね。
なお、パンジャン臨時大統領も聖人君子でも親日でもないです。




