第24話
2034.5.12
バルツェル共和国 首都リディーリア
レイリス家邸宅 応接室
19:04 現地時間
「……お話を聞かせていただけますか?」
リーリアはテーブルを挟んだ対面に座るリゲル情報少将に対してそう言う。テーブルにはメイドがいれた茶があり、両者とも少し口につけてから、リーリアは本題に切り込んだ。
「はい。……レイリス議員は既にご存知でしょうが、先日の一連の戦闘で大陸に派遣されていた我が軍は壊滅的な被害を受け、作戦能力を根こそぎ奪われてしまいました。大陸東進は……失敗に終わりました」
「ええ、存じ上げています。今日もそれについて会議があったので……」
「……レイリス議員は敵国について、いや、ニホンについてどれだけご存知ですか?」
リゲル情報少将から放たれた問いかけ。リーリアはいくつかの報告を思い出す。
「私の情報網の中で引っかかったのは、ざっくばらんに言いますと、ニホンは大陸諸国と比べて高い技術があること、大陸諸国に対して融和政策を取っていること、大陸諸国をまとめ上げてリーダーシップを発揮していること……といったところでしょうか」
「耳が良いのですね。……実は、我々情報局もそれらの情報を得ています。付け加えますと、ニホンの技術力は我が国すら圧倒しかねない可能性があります。……いえ、ほぼ間違いなく我々よりも上でしょう」
「………………」
彼の述べた事実はリーリアの予想の通りであった。いくつかある予想の内の最悪のパターン、という形であったが。
リーリアは黙り込む。どうして、リゲル情報少将は自分にここまで情報を明かすのか。情報局のトップが情報を教えてくること自体、何かの陰謀を感じる。
「警戒されるのも無理はありません。私のような軍の人間は、あなたからしたら信用ならないでしょう」
リゲル情報少将は申し訳なさそうな表情でそう言う。いくら政争の世界に身を置くリーリアとて、所詮は若い小娘。諜報を生業とする人間には容易く見透かされていた。
「私があなたに情報を明かすのは、協力者になっていただきたいからです」
リゲル情報少将はそう切り出した。
「協力者、ですか?」
「はい。……実は先日、我々情報局はニホンからの広域平文通信を受信しました。内容は講和交渉の提案です」
「……!」
リーリアは息を呑んだ。議会では日本を含めた東方の国々はバルツェル共和国の勢力圏を狙って攻勢に入ろうとしている、というような説明を受けていたのだ。講和交渉の提案が来ているなど説明すらなかった。
「これは軍上層部で握り潰されました。オルフィス国防大臣の判断です」
「っ、どうして!?」
リーリアは思わず声を大にして問うた。
「……オルフィス国防大臣や三軍総司令官は、この戦争に負けることで責任を負わされたり、軍の利権や面子が潰されることを怖れているのです。それを守るためには、徹底抗戦しかありません。だからこそ、戦争を不利なまま終わらせてしまう可能性を少しでも摘むために、このような判断に至ったのでしょう」
「そんな……! そんなことで国が滅んでは、元も子も……」
あんまりな内容に絶句するリーリア。このまま突き進めば、祖国がどのような事態に陥るか、想像すらしたくない。だが、現政権はそれでもやる気なのだ。
「はい。だからこそ、私は行動を起こそうと思ったのです。私が思うに、次の派遣部隊も壊滅的な打撃を受けます。しかし、現政権や現軍上層部はそれでも負けを認めないでしょう。ですが、議員達の間には厭戦気分が漂います。彼らは自分の利益が大事ですから、自分の資産を危険にさらすような戦争は嫌がるはずです。そこに軍上層部が講和交渉を握り潰したという情報を撒く。……議会は相当荒れるでしょうな」
派遣部隊が再び壊滅することで、いい加減に議員達にも目を覚ましてもらう。それを前提に置いた考えである。正直なところ、自国の将兵を多数見殺しにせねばならない、ということから、リゲル情報少将にとっても、この選択肢は辛いものであろう。だが、今のところ、未だに議員達は現実を見ることができていないのが実情である。
「それで本当に現政権が講和に動くでしょうか……?」
「分かりません。ほとんど賭けに近いです。ですが、この国家の危機を誘発させてしまった当事者としての責任を、私は果たしたいと考えています」
リゲル情報少将は覚悟のこもった表情でそう告げた。彼のやっていることは立派な軍規違反である。どう転んでも処罰は免れないだろう。それでも、彼はこれをやり遂げる覚悟であった。
「既にあなた以外にも信用できる議員数名に話を通してあります」
リゲル情報少将はもう既に行動に移していた。リーリア以外の議員にもこの話を持ちかけていたのだ。
「……あなたが私を信用したのは何故ですか?」
「……あなたの普段の立ち振舞いや議会での立ち位置、そしてあなたの父君……そういったところからですかね」
「……父のことをご存知で?」
「はい。彼は私の友人でした。……実は、私はあなたにも一度会ったことがあるのですよ? 覚えておられないでしょうが」
「そう、ですか……」
「彼のことは残念でした。本当に惜しい人を亡くした……」
リーリアの父のことを悼むリゲル情報少将。そこに嘘偽りはない。
「……私はこの国が滅ぶことを良しとはしません。だからこそ、協力者を求めています。私には議会で発言する権限がありません。故に、その権限がある方々に託すしかないのです。……お力を貸していただけませんか、レイリス議員」
リゲル情報少将はリーリアの目を見つめてそう言い、そして頭を下げた。
「……私の異母姉妹は、先の戦闘で行方が分からなくなりました。戦争で行方不明になったのです、生存の可能性は厳しいものでしょう。……もうこれ以上、あの子達のような悲劇を引き起こしたくはありません。私が少しでも力になれるのなら……お引き受けします」
「……ありがとうございます」
リゲル情報少将は礼を言い、そして二人は握手を交わした。
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2034.5.14
エルスタイン王国 西部 ウェルディス市
捕虜収容所
11:44 現地時間
自衛隊によって制圧されたエルスタイン王国第二の街にして、西部の象徴的な都市‘であった’ウェルディス市。この都市はバルツェル共和国軍による空爆で都市中心部や工場区画が軒並み壊滅していたが、住宅街や農園区画は概ね生き残っていた。
そこで、自衛隊とエルスタイン王国政府軍は住宅街や農園区画にある役所や持ち主がいなくなった土地・建物を接収し、これらを捕虜収容所にして、そこにバルツェル兵や徴用されたバルツェル人学生を放り込んでいた。警備や監視は徐々に自衛隊からエルスタイン王国政府軍に引き継がれているが、未だに自衛隊も警備・監視に人手を割いている。
一方でウェルディス市全体の治安維持はエルスタイン王国政府軍が行っており、自衛隊は次の作戦の準備を急ピッチで進めていた。そして、エルスタイン王国政府軍は現在、王国西部の治安維持でてんてこ舞いな状態にある。反乱軍は概ね政府軍に降ったが、まだ抵抗する者達もいるため、政府軍はそれらの鎮圧も行っている。この状況に陥っても自国人同士で殺し合っているあたり、なかなか業が深いとも言えるかもしれない。
バルツェル人捕虜の扱いであるが、自衛隊の方針によって、かなり優しい扱いになっており、捕虜への暴行や強制労働は禁止され、食料も十分なものを与えている。これに対してエルスタイン王国政府軍の一部は不満に思っているようだが、そんな彼らも自衛隊には逆らえないのが実情である。
「すごいなぁ……」
「どうしたの、アイリ?」
とある捕虜収容所の一室。そこには様々な本が置かれていた。その多くは日本のことを紹介するような内容で、バルツェル人に日本のことを知ってもらいたいという、この部屋を設置した者の思いが伝わってくる。
そして、その部屋では今、アイリ・メルリアとナターシャ・メルリアがそれらの本を読み漁っていた。彼女達以外にも学生が複数人見られた。バルツェル兵がいないのは、この捕虜収容所は学生ばかりが集められているからだろう。
「ほら、これ。ニホンの首都のトーキョーって街の写真だよ」
そう言って、ナターシャの方に自分が読んでいた本を向けるアイリ。そのページには一面に東京を空から斜めに写した写真が掲載されていた。見渡す限りの都市と、それを構成する高層建造物群。バルツェル共和国の首都リディーリアとは比較にならない発展度合いであることが嫌でも分かってしまう。
「……確かに、すごいわね。私達、リディーリア出身だから自分は都会っ子だって思ってたけど、これを見るとまだまだリディーリアも田舎だなーって思っちゃうわね」
「そうだよねー……って、うわ。トーキョーって1300万人も人口がいるんだって。リディーリアが250万人くらいだったかな?」
「そうね。確か、それくらいだったはずよ」
「うわー、本当にリディーリアが田舎だねー」
アイリは呆れたようにそう言う。実際、東京の規格外さに呆れているのだろう。前世界の地球ならいざ知らず、この世界では東京に匹敵する都市など存在しないのだ。それどころか大阪や名古屋ですら、この世界では常識を超えた巨大都市になるのである。
「お姉ちゃんは何を読んでるの?」
「私? 私はニホンっていう国自体のことを解説してくれている本を読んでるわ」
「へぇ~。歴史とか?」
「そうね。他にも国の仕組みとか。でも、歴史が一番面白いわ」
「そうなの? 私にも教えてよ!」
興味津々な様子のアイリ。実は、彼女は学校の授業科目で一番歴史が好きで、なおかつ得意だったりする。
「いいけど……アイリがこれを読んだ方が早くないかしら?」
「いいじゃん、別にー」
「まぁ、いいけど。……ニホンはかなり歴史のある国みたいね。一応、2700年近く前からあるという説もあるみたいだけど、証拠が残ってる範囲だけでも千数百年前からあるみたい。代々、テンノウ家の一族がニホンを治めていたそうよ。今のテンノウ家はニホンの象徴的存在みたいだけど」
「へぇ……。2700年かぁ……なんだか、気が遠くなりそう。やっぱり、最初は小さな国だったのかな?」
「そうね。ニホンも最初は辺境の遅れた国だったみたいね。でも、徐々に国力をつけて、独自の文化を育んでいったみたい。特に1300年前くらいからね」
「1300年前って、バルツェル共和国なんて影も形もないよ……」
「異世界だから単純比較はできないけどね」
ナターシャはそう言って肩を竦める。
「そして、1000年くらい前からブシの時代が始まったみたいね」
「ブシ? それって何なの、お姉ちゃん」
「えっとね……私もそれほど理解してるわけではないんだけど、騎士みたいなものじゃないかしら? 自分の土地を持ってたりすることもあるみたいだし」
「へぇ、騎士の時代かー。バルツェル共和国の前のバルツェル王国の時代にも、騎士の時代があったよねー。すぐ終わっちゃったけど」
「バルツェル王国は純粋な貴族の力が強かったから、準貴族階級の騎士が活躍するような時代はすぐに終わった……ってことで合ってたかしら、アイリ?」
「合ってるよ、お姉ちゃん」
歴史に関しては姉のナターシャよりも妹のアイリの方が詳しい。そのせいか、ナターシャが自分の知識が合っているか聞くような形になってしまった。
「続けるわね。その後、ブシの時代でブシ達が覇権をかけて争ったり、全国を統一してバクフという政府を作ったりしたみたいね。面白いのは、彼らブシ達はテンノウ家に成り代わろうとはしなかったことね。あくまでも、テンノウ家から国を統治する権利を借り受けるという形だったみたい。だからニホンのいた世界では、ニホン国内で内戦が起きてバクフが倒されても、別の国になったという扱いにはならなかったようね」
「国のトップはテンノウ家であることは変わらないから?」
「そうみたい」
「へぇ、なんだか不思議!」
アイリはキラキラした目でナターシャの話を聞いていた。歴史好きである彼女からすれば、日本の歴史は非常に興味深いのだろう。そんなアイリに苦笑しつつ、ナターシャは話を続ける。
「そんなことがあったんだけど、今から200年近く前にブシの時代は終わりを告げるみたい。最後のバクフのエドバクフは二百数十年もの間、ニホンを統治していたみたいなんだけど、このエドバクフは鎖国政策を200年以上に渡って行ってたらしいわ。その間に世界の一地方では産業革命が起こって、重工業化への道を歩んでいたみたいで、強い力を持った列強国がニホンに開国するように圧力をかけ、エドバクフはそれに屈したようね」
「じゃあ、ニホンは産業革命に出遅れたんだ……」
「そうみたい。でも、そこから奇跡的な巻き返しが起こったそうよ。最初は外国に不平等な条約を結ばされたりしていたようだけど、外国から学べることを次々と吸収していって、開国から50年後には、ニホンがある地域での大国だったシンという国を戦争で打ち破り、さらにその10年後には列強国の1つのロシア帝国と戦争して勝ったみたい」
「へぇ……。弱小国が60年で列強国相手に戦争で勝てるほどの力をつけるなんて、私達の世界じゃ考えられなかったことだね」
「ニホンのいた世界でも考えられなかったことみたいよ。なにせ、国力差が10倍もあったらしいから」
「じゅ、10倍!? よく戦おうと思ったよね、それ」
「私もそう思うわ。この本には詳しく書いてないけど、いろんな手を尽くしたんでしょうね……」
ナターシャの言うとおり、ロシア帝国に対する勝利はあらゆる手を尽くした上で得たものだ。日英同盟やロシア帝国内での反乱分子への支援など、日本側はできる限りのことをした。それに加え、自国の領土が広すぎることもロシア帝国に災いしただろう。
「でも、その後……今から100年近く前に起きた戦争でニホンは手痛い敗北を喫するみたい。前世界で5000万人もの人々が亡くなった世界大戦で、ニホンは負け、300万人もの死者を出したらしいわ」
「5000万人が死んじゃう戦争って……」
アイリは愕然とする。バルツェル共和国があった世界では、世界大戦のような世界規模の大戦争はなかったのだ。それ故、その戦争の悲惨さは想像しきれなかった。ただただ、そら恐ろしさを感じるだけである。
「でも、ニホンは敗戦後にも奇跡的な復興を遂げたそうよ。敗戦から半世紀で世界第二位の経済力を持つまでに至ったみたい。まぁ、その後に発展著しい中国っていう国に抜かれて第三位に落ちちゃったみたいだけど……。それで、この世界に来る10年くらい前に、ニホンは同盟国と共にその中国っていう国と戦争して勝ったらしいわ。中国は敗戦とか内部抗争のせいで分裂して、再びニホンが第二位にのしあがったそうね」
「へぇー……ニホンって、思ってたよりもずっと大変な歴史があるんだねー……」
アイリはそんな感想を漏らす。明治維新といい、敗戦後の復興といい、日本だけの力で成し遂げた、というわけではないだろうが、それでも普通の国では想像もできない激動の時代であったと言える。このような歴史を歩んだ国はアイリもナターシャも他に知らなかった。
「歴史以外にも、文化とかも面白いわよ? ニホンにはたくさんの伝統芸能がある一方で、新しい文化もたくさん発展しているみたい。外国にはないちょっと変わった文化を持ってることで有名だったそうよ」
「そうなの? どんなのがあるの?」
そう言ってアイリはナターシャの側に寄る。ナターシャは苦笑しながら、伝統芸能やアニメ・マンガ・ゲームといった文化を紹介するページを開く。
彼女達は日本という国に対して興味津々だった。自分達の祖国よりもずっと技術で進んでおり、文化も大きく異なる国家。興味を引かれるのも仕方のないことだろう。
日本に興味を持つバルツェル人は彼女達だけではない。多くのバルツェル人捕虜達が、自分達を打ち破った日本という国に対して興味を抱き始めていた。
日本側としては、彼らに日本という国を知ってもらい、戦後におけるバルツェル共和国との関係を少しでも円滑にできれば、という思いがあった。まぁ、両国間の対立構造は避けられないのが実情だろうが。
それでも、日本に対して悪意だけでなく興味を抱いてもらうことは重要なのだ。
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2034.5.19
旧ベールニア連邦近海
海上
08:11 現地時間
バルツェル共和国大統領ルーカス・ロッテンダムが議会で大陸への兵力の追加派遣する方針を打ち出してから1週間後。
バルツェル共和国軍の輸送艦隊が護衛の海軍艦艇に護られながら、オルメリア大陸の西の海を航行していた。軍の規格化された輸送艦だけでなく、民間から徴用したと思われる船舶もいくらか見受けられた。さすがに20個師団分の兵力や物資の輸送をしていると、バルツェル共和国軍も手が足りなくなるようだ。
そんな輸送艦隊の姿をじっと見つめる潜望鏡がひっそりと存在していた。
「艦長、敵輸送艦隊の内訳は輸送艦12、戦闘艦2のようです」
「そうか……」
海上自衛隊所属の潜水艦『そうりゅう』の艦長である荒垣 二等海佐は部下の報告に頷いた。海上自衛隊の大陸派遣潜水艦部隊は現在、バルツェル共和国軍の補給線破壊任務に就いていた。バルツェル共和国軍の輸送艦を沈め、物資や兵力の輸送効率を激減させることでバルツェル共和国軍の継戦能力と戦闘能力を削ぎ落としていくのが目的だ。
「上の予想は的中していたようだな。よし、魚雷発射準備だ」
「了解。魚雷発射準備!」
荒垣 二佐の指示を復唱する副官。艦内に緊張がはしり、『そうりゅう』艦内の海上自衛官達は自分の仕事を訓練通りに素早く正確に遂行していく。その動きはまるで1つの生命体のようである。実際、彼らは『そうりゅう』という1個の戦闘ユニットを構成しているパーツであるのだ。有機的に動くのも当然である。無論、訓練の賜物であるわけだが。
「ウェポン・イズ・レディ」
部下の1人が魚雷発射準備が整ったことを知らせる。
荒垣 二佐はその準備の早さに満足げな表情を一瞬浮かべると、すぐに引き締めた表情に戻す。
「最初の目標は戦闘艦2隻だ。2本発射する。魚雷に目標を指示」
「目標指示完了、いつでも撃てます」
「よし……魚雷発射」
「了解、魚雷発射!」
『そうりゅう』の艦内に鈍い音が響いた。89式長魚雷の後継型の18式長魚雷が発射されたのだ。18式長魚雷は89式長魚雷の対欺瞞性能などをさらに向上させたものであり、その能力は日本のいた前世界の一般的な魚雷の水準ですら大きく超えていた。この世界のものと比べると、圧倒的という言葉ですら陳腐に聞こえる性能差がそこにある。
『そうりゅう』から放たれた18式長魚雷 2本は60kt以上の快速で敵の戦闘艦に迫っていく。さすがに敵の戦闘艦も気づいたのか、回避行動を開始する。ただ、どの船を狙っているのかも分かっておらず、各艦が個々の判断でとりあえず回避行動をとっているに過ぎない。
しかし、ある程度まで魚雷が迫ればバルツェル共和国海軍の戦闘艦の方も狙いが自分達だと気づく。そこで、2隻の艦は各々で対潜爆雷を投射した。本来は潜水艦を攻撃するためのものであるが、それを魚雷迎撃に用いるつもりらしい。
だが、対潜爆雷が海面に着水して沈降していく中、その爆雷のさらに下を悠々と2本の魚雷は通り過ぎていく。大戦中の魚雷は海面近くを航走していくものが多かったが、現代の魚雷は違うのだ。慌てて対潜爆雷を投じたところで現代の魚雷の迎撃するには力不足である。
やがて、魚雷はバルツェル共和国海軍の戦闘艦……おそらく駆逐艦であろう艦艇にまで達した。
達した、とは言っても本当に艦艇に直撃したわけではない。艦艇の真下で18式長魚雷は自爆した。その後、バブルパルスが発生し、それがバルツェル共和国海軍の駆逐艦を艦底から真っ二つにへし折る。
おおよそ2000t程度の駆逐艦ではひとたまりもなかった。2隻とも文字通り真っ二つに艦体が折れ、瞬く間に浸水して乗員を巻き込みながら海中へと没していく。バブルパルスを受けてから海中へと姿を消すまで1分もかからなかった。旧日本海軍が言うところの轟沈である。沈没時に発生した渦が海面に投げ出されたバルツェル共和国海軍の海兵ですら、海中へと引きずり込む。退艦もままならず、両艦のほぼ全ての乗員が海中に消えていった。
「……命中。敵戦闘艦2隻を撃沈しました。当艦に反撃行動を行う敵艦は無し。どうやら、我々の位置を未だに掴み損ねている様子。まぁ、輸送艦ゆえに潜水艦に対する自衛能力が無いだけかもしれませんが……。艦長、追撃を具申します」
「もちろんだ。敵の輸送力を可能な限り削る必要があるからな」
副長の意見具申に荒垣 二佐は頷いた。
その後、『そうりゅう』はバルツェル共和国海軍の輸送艦を8隻撃沈し、残った4隻は輸送任務を放棄してバルツェル共和国本土へ逃げ去っていった。
この日から、バルツェル共和国本土と大陸の間の海での自衛隊潜水艦による通商破壊が本格化することになる。それはバルツェル共和国軍の作戦行動だけでなく、バルツェル共和国本土への資源輸送や物流に甚大なるダメージを与えていくことになるのだった。




