第23話
2034.5.12
エルスタイン王国 西部 ウェルディス市
自衛隊臨時司令部 会議室
10:00 現地時間
ウェルディス市にあったバルツェル共和国軍の前線司令部。元々はウェルディス市郊外に住む地主のものだったのだが、バルツェル共和国軍によって徴発され、さらにそのバルツェル共和国軍が自衛隊によって制圧された後は自衛隊が使用している。ちなみに、元の持ち主はバルツェル共和国軍によるウェルディス市空襲の時に死亡し、残った家族も行方不明となっている。
今は自衛隊の臨時司令部となった屋敷。その一室では、日本の外交官とレジスタンス組織の大使が相対していた。お互いに随員が数名。本格的な会議である。
「では、そろそろ交渉を始めたいと思います」
日本の外交官である世古大介のその言葉で、日本とアーカイム解放戦線の交渉が始まった。
最初に行われたのは自己紹介である。
「私はこの外交使節のリーダーを務めます、世古大介と申します。この交渉がお互いにとって実りあるものとなるよう、努力させていただこうと思います」
世古は人の良さそうな笑みを浮かべてそう言った。どちらかと言えば、穏和な顔立ちをしており、30代とまだ若い彼は外見的にはそれほど手練れの外交官には見えない。
しかし、相手側のリーダー格である初老の男性はそうは思っておらず、世古に対して警戒感を抱く。
「ご丁寧にありがとうございます。私はアーカイム解放戦線の対外課長のウィリアム・ホースマンです。対外課というのは、国でいう外務省のようなものとお考えください。他勢力との交渉に関しては、私が全権を担っております。今後ともよろしくお願いいたします」
ホースマン大使も和やかな表情でそう言う。心の中では世古への警戒感がぐるぐると回っているが、それを表に出すのは素人外交官である。
「では、早速。先日、あなた方アーカイム解放戦線が我が国に接触し、交渉の場を持ちたいと申し出てきた。あなた方の要求の内容は祖国の解放と復興支援。これは間違いありませんね」
「その通りです、セコ殿」
世古の確認に頷くホースマン大使。それを見た世古は話を続ける。
「我々としても、それを行うことは吝かではありません。ですが、それは条件次第となるのはお分かりいただけていると思います。あなた方はアーカイム皇国の解放後、我が国にどのような利益をもたらしてくれるのですか?」
「祖国復興が為されたら、我々はアーカイム皇国東部にあるオセリン鉱山の採掘権を貴国に譲り渡します。オセリン鉱山は我が国でも有数の鉄鉱山として有名で、我々の知っている限りでも多量の埋蔵量を誇っております。貴国の技術ならば、さらに多くの鉄鉱を見つけ出すことができるでしょう。さらに、解放から20年間は各種資源を割安で貴国に提供致します」
ホースマン大使が提示した条件は、資源にまつわるものだった。アーカイム解放戦線側も日本が資源を欲していることは分かっているようで、それ故の条件提示なのだろう。
「なるほど……」
世古も内容を吟味する。確かに今の日本の資源状況は何とか国と経済を回せているだけであり、ここから日本を成長させようとするのならば些か不安な状況だ。工業的に基本とも言える鉄資源の有力な供給源と、その他の資源の安価な提供。確かに日本の利益にはなる。
「確かにそれらの提供は我が国にとってもありがたい話です。……ですが、まだ弱いですね」
世古はそう言った。アーカイム解放戦線側の提案は悪くはないのだが、割に合うかと言われれば怪しい。
「我が国としては、解放後においての貴国への日本企業の積極的な進出の支援と税制面での優遇、そして互いに関税を撤廃もしくは軽減する自由貿易協定の締結を追加で提案したいと考えています」
世古が言ったのは、経済的な条件。アーカイム皇国が解放された後において、日本企業がアーカイム皇国で活動しやすくするものだった。そして、それが再興後のアーカイム皇国の産業を日本が侵食していくことを意味することはホースマン大使にも理解できた。
「……それに関しては、すぐに頷くというわけにもいきません」
「分かっております。ですが、最低限でも今後、これらの交渉を続けていくことを確約いただきたい」
世古とて、ホースマン大使がこの場で了承するとは考えていない。世古の目的は、相手を交渉の場につかせることであった。戦後になれば、日本のアーカイム皇国への影響力は強大なものとなる。交渉は日本が有利に進められるであろう。無論、この戦争に勝てば、の話だが。
「……分かりました。今後の交渉に持ち越すという形で、その条件に関しては決めましょう」
ホースマン大使は世古の申し出を受け入れた。本当は交渉の場に引きずり出されることも嫌なのだが、日本側が退くとは思えなかったのだ。
今回の交渉は日本側が有利だ。別に日本側はアーカイム解放戦線に協力しなくても良いのだ。日本がアーカイム皇国を解放してしまえば、日本の傀儡政権を適当に作ってしまえばいいのだから。また、少なくともしばらくの間は解放者である日本を歓迎する世論が形成されることも予想される。日本の傀儡政権でも民衆は歓迎してしまうかもしれない。それくらい、今のバルツェル共和国の旧アーカイム皇国領の統治は酷いし、国を守りきれなかった皇族への不信感は強い。
「我々としては、それだけでも結構です。……続いて、アーカイム皇国解放戦でのことなのですが、自衛隊……我が国の軍事組織からは、手出し無用との通達が来ております」
「……それはどういう意味ですかな?」
「私は外交官ですので、あちらの考えていることが正確に分かっているわけではありません。ですので、自衛隊の言い分を正直にお話致します。自衛隊はあなた方アーカイム解放戦線と共同戦線を張るつもりはありません。あくまでも自衛隊単独で作戦行動を取ります。そして、アーカイム解放戦線には自衛以外での戦闘行動や作戦行動を自粛していただきたいのです」
「それは、貴国が我々のことを足手まといだという認識をしている、ということですかな?」
「そう受け取ってもらって構いません。自衛隊としては、装備も練度もドクトリンも異なるアーカイム解放戦線と歩調を合わせることなど一利もないと考えているようです」
「侮辱だ!」
世古のあまりの言葉に、アーカイム解放戦線側の随行員が声を上げた。我慢できなかったらしい。
ホースマン大使は思わず頭を抱えそうになってしまう。
「いえ、事実です。自衛隊の作戦の展開速度にあなた方はおそらくついていけませんし、自衛隊は綿密なスケジュールの下、バルツェル共和国軍を叩こうとしています。そんな中であなた方に戦場を掻き乱されるのは望ましいことではありません」
「我々が無能だとでも言いたいのか?」
「そうではありませんが、自衛隊も政府も、あなた方に戦力的な価値を見出だしておりません。あくまでも戦後のアーカイム皇国統治を任せるに足る、と考えているだけです」
まぁ、交渉の場で声を荒げるような人間を随行させる時点で組織や人材のレベルはお察しですが。そんな言葉を言いたげな世古の表情。
ホースマン大使はすぐさま謝罪に入る。簡単に謝罪などしていいものではないのだが、さすがに明らかに悪いのはこちら側である。
「申し訳ない、セコ殿。……デュール君、口を慎め」
「対外課長!? し、しかし……!」
「口を慎めと言っているのだ、デュール君。これ以上、私の顔と、我々を信用して送り出してくださった陛下のご尊顔に泥を塗るつもりか?」
「……っ! 申し訳ございません」
デュールと呼ばれた男は渋々と引き下がる。見れば、まだまだ若い男だ。20代にも見える。
「失礼しました、セコ殿。彼の二人いた兄は軍人で、バルツェル共和国軍との戦いで……。ですので、少々気が立っているのです」
「そうでしたか」
世古はそう言って表面上は納得する。内心では、アーカイム解放戦線の人材の無さに辟易としていたが。普通はそういった精神的に何か抱え込んでいる人間は随行員から排除しておくべきなのだが、そうも言ってられないような状況にアーカイム解放戦線は置かれているのだろう。世古はアーカイム解放戦線の評価を一段階下げた。
「ともあれ、自衛隊の通達及び要請はご了承いただけますか?」
「はい。確かにバルツェル共和国軍相手に圧倒されてしまった我々と、逆に彼らを圧倒する貴国の軍とでは、戦術も装備も全く異なるのでしょう。それらで無理やり共同戦線を張って戦うというのも難しくて非効率だということは理解致しました。貴国の要請に従います」
ホースマン大使は自分達の力というのがどの程度なのか理解できていた。日本からしてもバルツェル共和国軍からしても、吹けば飛ぶような力しかない。事実、バルツェル共和国軍が片手間に対応するだけでアーカイム解放戦線はかなりのダメージを負っているのだ。
「ありがとうございます。続いて……」
その後も二時間に渡って各種の交渉は続いた。その結果は、概ね日本側の要求が通る形となった。つまり、経済的な利益と安全保障上の拠点となることをアーカイム皇国に求め、代わりに復興支援や防衛協定を結ぶ運びとなったのである。無論、次の交渉に持ち越しとなった案件も数多いが。
日本は再びバルツェル共和国と戦うことになる。だが、次は攻守が逆転する。ここでの勝敗が戦後秩序の主導権を日本かバルツェル共和国、どちらが握るかを決めると言っても過言ではないだろう。
そんな戦いの戦場となるアーカイム皇国の人間達は見ていることしかできない。そのことを、ホースマン大使は表情には出さないものの歯痒く思うのだった。
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同日
日本国 東京都
防衛省 防衛大臣執務室
14:11 JST
「ふむ……。こちらの方も順調か」
大岸 防衛大臣は自らの執務室の中で、とある報告書を読んでそう呟いた。それは今現在、自衛隊が行っているアーカイム皇国解放戦の前準備の報告……ではなく、別のことに関する報告であった。
「やまと型原子力潜水艦の戦力化はやはり秋以降……。強襲揚陸艦の航空隊の戦力化に関しては、戦後すぐになるか……。各情報収集部隊のNInJAへ統合してからの運用も戦後だな。無人戦闘機の実戦運用も成功してデータも取れたと……」
大岸 防衛大臣のところに上がっていた報告とは、自衛隊内で進行していた様々な計画や改革の進行状況の簡易報告であった。
現在、自衛隊内で進行している大きな計画と言えば、やまと型原子力潜水艦2隻の配備、強襲揚陸艦の航空隊の戦力化、情報収集部隊の統合化、無人戦闘機の実戦データ収集と配備、自衛官……特に陸上自衛官の増員計画とそれに伴う各種装備の取得、そして極秘裏に進められている核武装計画が挙げられる。
やまと型原子力潜水艦は日本の核の軍事利用の前例を作ることと、海外での海上自衛隊の展開力を高めるために配備されようとしている。既に2隻が建造され、今は慣熟訓練中である。戦力化が済むのは、1番艦『やまと』が秋頃、2番艦『むさし』が年末とされている。
強襲揚陸艦の航空隊に関しては、10年以上前から計画されていた。しかしながら、他に予算が使われることになったのと航空母艦が配備されたことによって、後回しにされてきたのだ。現在、海上自衛隊には ちとせ型強襲揚陸艦が3隻存在し、それらは元々F-35B 戦闘機を随時搭載して運用される予定だったのだ。ちなみにF-35BはF-35Cとは違って航空自衛隊に配属されている。計画は5年以上遅れたものの、ようやく今年の夏に戦力化が完了する。
情報収集部隊の統合化は、近年になって自衛隊の情報収集の効率化を図るために提唱されていたものを現実にしたものだ。人を使った諜報であるヒューミントや電子的な諜報であるシギントなどを扱う各自衛隊部隊やその他の組織を統合して、新たに統合国家情報局(NInJA : National Interigence Joint Agency)を設立する。海外での裏工作なども積極的に行う機関となる予定であり、戦後日本の諜報の一大転換点となりうる重要な改革だ。
無人戦闘機の実戦データの収集や配備はF-3A 戦闘機の配備と共に進んでいる。これと陸上自衛隊の拡張計画に関しては、この世界での日本の状況がこれらを加速化させている。無人戦闘機の計画に関しては転移前から続いているものであるが、陸上自衛隊の拡張計画は転移後に発案されたものだ。
この世界では日本の軍事力が必要とされる場面が多く想定され、そのためには戦力の絶対数が不足している。そういったことから航空自衛隊では無人戦闘機の戦力化・発展を急ぎ、陸上自衛隊では規模の拡張を計画している。
そして、最後に核武装計画。これに関しては、原子爆弾の実験がすぐに行えるほどには計画は進んでいる。これを大々的に行うには、国民の過半数の賛成を得なければならないだろう。
以上のように、現在の自衛隊において、かなりの数の計画や改革が同時進行している。そのため、十数年前に比べたら潤沢な予算がつけられているとはいえ、いくら予算があっても足りないという状態に自衛隊は陥っていた。逆に言えば、それだけ自衛隊の任務は変遷してきていることの証左でもある。
「今年も予算要求額が増えそうだな……。財務省に何と言われることやら……」
大岸 防衛大臣はそうぼやいた。転移前からも防衛費は増額の一途を辿り、度々財務省と衝突していたのだ。転移後は各種装備のリバースエンジニアリングや国産化のために特別予算を組んだりしており、財務省の睨みは一層きついものとなっていた。
現在の防衛費はGDP比1.8%の12兆円超となっており、額面ではここ10年間で倍増している。今後は微増に抑えられる予定であったが、今の状況を見るとどうなるか分からなくなってくる。
だが、防衛力増強を訴える声が多く聞こえるのも確かだ。特にバルツェル共和国が現れてからは。
さらに日本と国交を結んで友好的な関係を築いているリーデボルグ共和国、リテア連邦、エルスタイン王国の3ヶ国も一枚岩ではないものの、日本による軍事プレゼンスの強化を望んでいる。いずれの国もバルツェル共和国の軍事力に対抗できない国家だ。日本の軍事力を当てにするのも無理はないだろう。
「何はともあれ……この戦争、どう落とし前がつくのだろうな」
とにもかくにも、この戦争を終わらせねばならない。無論、日本側の勝利という形で。しかしながら、日本にはバルツェル共和国本国を攻め落とし、国家解体を行うほどの余裕はない。そこまでするメリットもない……わけではないが、デメリットの方が大きかった。
この戦争がどのような結末を迎えるか。この時点ではまさに神のみぞ知る、といった状態であった。
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同日
バルツェル共和国 首都リディーリア
中央議会議事堂
15:11 現地時間
この日、バルツェル共和国の中央議会は荒れに荒れていた。
大陸において、バルツェル共和国軍の事実上の敗北が確定し、その責任追及がロッテンダム大統領に殺到しているのだ。
「一体どういうことなのだ!? 勝利は確実と説明されていた戦争はまさかの敗北! これでは、我が国の権威は地に落ちたも同然だぞ!?」
「さらに、植民地でも我が軍の敗北によって独立運動が加速化している。その影響で投資した資金を回収できるか不安視する声もある。どう責任を取ってくれる!?」
次々と放たれる責任追及の言葉。
大陸での戦闘に敗れた影響はバルツェル共和国にとって大きなものとなった。バルツェル共和国軍の敗退によって、大陸の植民地での独立運動や反乱が加速化しかねない動きがあり、その鎮圧のために軍を動員せねばならない状況に陥りかけていた。しかし、動かせる現地戦力の多くを一連の戦闘で失い、さらに敵の反撃に備えねばならないのだ。
つまり、独立運動や反乱によって工場や資源採掘施設を破壊される恐れがあり、それを抑えられるだけの兵力が揃っていないのである。そのせいで、投資した資金を回収できるか不安視する議員や企業が出てきているのだ。
「諸君らの不安はもっともだ。その不安を取り除くため、軍にさらなる派兵を許可した。先の戦闘で奮闘した部隊の規模を遥かに上回る規模の派兵だ。さらに、先の戦闘で得られたデータを解析し、敵の弱点を特定しつつある。次の戦闘の勝利は確実だ」
ロッテンダム大統領は議員達にそう説明した。その説明には真実と虚偽が入り交じっていた。
最初に派遣されていた部隊の規模を遥かに上回る規模の派兵を行うことは事実だ。前は8個師団の陸軍部隊と、1個艦隊及び1個地方艦隊の海軍部隊、1個航空団規模の航空部隊を派遣していた。しかし、それらは信じられないことに敗れ去ってしまった。
それを鑑み、今回は20個師団の陸軍部隊に2個艦隊の海軍部隊、新鋭機を装備した1個航空団規模の航空部隊を派遣する。これは以前の2倍以上の戦力であり、今出せる限界の戦力でもある。バルツェル共和国軍は自衛隊を脅威だと認識したのだ。些か遅すぎだが。
戦力規模に関しては事実。しかし、その後の自衛隊の弱点を解析しているというのは全くの嘘であった。というのも、そもそもデータを持ち帰ることができていないのだ。ほとんど何が何やら分からないままに敗北したのだから、何を次の戦いに活かせばいいのか分かったものではない。
……まぁ、仮に自衛隊のデータを持ち帰ったところで、東シナ戦争以後に軍拡を続けた自衛隊の弱点を見つけることなど不可能であっただろうが。少なくとも、バルツェル共和国軍が突けるような弱点は皆無である。前世界基準で述べるのなら、一部装備の更新の遅れや核攻撃に対する即時反撃能力が挙げられるだろうが。
「前回も勝てると言っていたではないか!? その言葉をどう信じればいいんだ!?」
「責任を有耶無耶にするな! 大統領を辞するべきだ!」
議会中から野次が飛びまくる。それほどまでに大荒れなのだ。
だが、そこでロッテンダム大統領は「静粛に!」と大きな声で言った。しばらくはその後も野次が飛んだが、次第に声は小さくなっていく。
「確かに私の言葉は信じられないかもしれない。私の責任を追及する意見があるのも重々承知だ。……だが、私から言わせてみれば、それらこそ現実を見ていない意見だと言わざるを得ない」
開き直ったかのような発言にざわめく議会。
「仮に私の言葉を信じないとして、諸君らはどうするつもりかね? 東の蛮族に平伏し、許しを乞うのか? そんな軟弱者は栄光あるバルツェル人ではない! ならば、戦うしかなかろう! 軍は今出せる戦力を全て出す。これで負けるというのは、我々バルツェル人が東の蛮族に劣るということを主張しているものと知れ!」
ロッテンダム大統領はそんな言葉を叩きつける。バルツェル人の誇りを盾にした批判意見の封じ込めである。
「そして、敵が迫ってくる中、暢気に大統領選を行っている場合ではないことも諸君なら分かってくれるものと信じている。こんな状況下で政治的混乱を誘発させるなどという利敵行為を行う輩など、この場にはいないと私は確信している」
そして、危機を利用した保身。少なくとも戦時にしか使えない延命に過ぎないが、それでもロッテンダム大統領はそれを行った。一度は確かに敗北したが、今回で勝てば汚名を返上することができる。そうすれば、この保身は一時的なものではなくなる。雪辱さえ果たせば、致命的な失脚だけは避けられると考えたのだ。
ロッテンダム大統領の言葉は無茶苦茶なようではあったが、その一方で事実でもあった。ロッテンダム大統領以外の人間が大統領をやっても結局は同じ結論に至っただろうし、敵がいつ攻めてきてもおかしくない情勢下で政治的混乱を招くことは好ましいことではない。
やがて、ロッテンダム大統領を弾劾する動きは次第に鳴りを潜め始める。議員達はロッテンダム大統領を攻撃しても事態が良くならず、むしろ悪化しかねないことに気づき、黙り込んでしまったのだ。
その光景をロッテンダム大統領は満足げに眺める。最終的に彼の思い描く結末となった。保身の能力には長けているのがこの男の強みである。
そんな議会の様子を怒りと失望に満ちた瞳で眺める一人の女性議員がいた。リーリア・レイリスである。
(よくもぬけぬけと……)
リーリアは声には出さないものの、ロッテンダム大統領を睨みつけていた。理由は、この戦争で動員された学生の中に彼女の異母姉妹が入っており、そして今回の敗北によって行方不明となってしまったからだ。
リーリアは元々日本との戦争には反対の立場だった。彼女の家が経営している企業による独自の情報網に引っかかった日本の異常性。それを戦争前に国防大臣に吹っ掛けてみたのだが、結局は受け入れられなかった。
その結果がこれだ。無責任に勝てると吹聴してまわり、多くの将兵の命と莫大な予算を投じた軍備が失われた。そして、未来ある学生達もほとんど全てが行方不明となっている。バルツェル共和国の負ったダメージは計り知れず、この事態を引き起こした軍や政府には強い失望をリーリアは感じていた。
そして、それでもロッテンダム大統領も多少は責任を感じているのだろうかと思っていたら、彼は全力で責任追及を回避し、自らも原因の1つとなったこの危機を利用して保身を図った。
こんな男のために妹達は犠牲になったのかと思うと、やりきれない思いがあった。
リーリアの思いとは裏腹に、議会はロッテンダム大統領への責任追及の熱を失い、その一方で、どのようにして現状を打破するのか、といった内容が注目される。これはこれで議会としては正しい。大統領個人の責任追及よりも国を守ることを優先せねばならないのは紛れもない事実なのだから。リーリアにも理屈の上ではそれは分かっていた。
「先ほども言ったとおり、我が軍の出せるだけの戦力を派兵する。本国を守る最低限の部隊だけを残し、それ以外は全て出撃だ。我々の大陸解放を卑劣な手で妨害したニホンは、近い内に我が勢力圏に侵略してくる恐れがある! 我が国の生命線である大陸西部を非道なる侵略者ニホンの手から是が非でも守りきらねばならない!」
「敵に対して、我々はどの程度有利なのですか?」
ロッテンダム大統領に対して疑問を投げかける一人の議員。
「それに関しては、国防大臣が答えてくれる」
ロッテンダム大統領がそう言うと、オルフィス国防大臣が壇上に上がった。
「まず、我々が守る側であることから、敵の兵站や地の利の面で我々が優位である。そして、敵の装備のレベルは未知数であり、我々に確固たる利があるとは考えにくい。敵の数はそれほど多くないことから、数的には我々が優位だ」
オルフィス国防大臣はそう答える。彼はあくまでも自分達バルツェル共和国軍が優位にあると主張した。たとえ日本がいくら強くても、バルツェル共和国軍が多少無理を押して全力を振り絞れば一定の戦果を得られると考えていたのだ。リアリストが集まるべき軍事分野の人間としては、頭の中身がお花畑だと批判されても仕方のない考えであるが、そもそも彼は自国が負けるなどとは発言できない。それは国防の職務を放棄したのにも等しいからだ。
オルフィス国防大臣はその後もいくらか質問を受けるが、いずれも自国優位の立場に立った答弁を繰り返した。彼自身もまだ何とかバルツェル共和国軍が優位にあると考えていた(あるいは、その考えにすがっていた)し、議会に厭戦気分が蔓延しても困るのだ。そんな答えしか出せなかった。
議会は18時頃に閉会した。納得していない議員やロッテンダム大統領に思うところのある議員はたくさんいるが、議会としては『戦争続行』という結論が出たのである。議員のほとんどが植民地で既得権益を持つ輩であり、なおかつ新たな植民地を得ることを前提にした投資を行っていた者も多かった、というのが『戦争続行』という結論に至る一番の要因だったと言えよう。
リーリアはそのような結論に至った議会に心底失望の念を抱く。いや、まだ結論自体はいい。問題は敵に対する評価だ。
これほど手痛い打撃を受けても、まだ議員達の多くは自国優位を信じているのだ。これほどまでにバルツェル共和国内には選民思想が根づいており、これが敵の強さを見誤らせている。
リーリアはこの事に強い危機感を抱きながら帰途についた。
議会から自宅の屋敷までは実家の保有する車で移動する。もちろん、運転手つきだ。
車窓から眺める首都の景色は数年前と変わらない。しかし、バルツェル共和国を取り巻く環境は刻一刻と悪化しているのを切に感じている彼女からすれば、その景色も色褪せて見える。
「……アイリ、ナターシャ、ごめんなさい。私は無力だわ……」
行方不明となった異母姉妹にどう顔向けしていいか分からない。政治に携わる自分のことを彼女達は尊敬してくれていたが、実態は議会の大きな流れには逆らえない、ただの一人の小娘である。
リーリアは酷く気落ちした様子なのを尻目に、車は家の門前まで着いた。リーリアは車を降りて運転手に礼を言う。
そして、リーリアは家に入ろうとするが、その前に彼女の目に門前で立つ一人の初老の男性が映った。服装は軍服、それもかなり高位の者が身につけるものだ。彼はリーリアを見つけると、彼女に近づいてきて話しかけてきた。
「失礼、リーリア・レイリス氏とお見受けいたします」
「はい、そうですが……。あなたは?」
「失礼いたしました。私はバルツェル共和国軍情報局所属のリゲル情報少将です。あなたに重要な話があって赴きました」
それを聞いて一瞬身構えるリーリア。彼女は軍や政府から睨まれる心当たりがある。違法なことをしているわけではなく、単純に政府や軍の主導する計画に反対の立場を取っているというだけだが。それでも、強権的なロッテンダム政権や軍上層部が何かやらかすことも有り得るのだ。例えば、政策に反対する議員を国家反逆罪の疑いをかける、といったことである。
しかし、すぐにその考えを捨てる。もしこの考えが正しいのならば、情報少将……将官クラスが一人でこの場に現れるのは不自然だからだ。しかも、情報少将とは情報部の長だ。その意味でも、この男がこの場にいるのは不自然である。
「……私に何のご用件ですか?」
さすがに警戒を解くことまではできないが、落ち着いてリーリアはそう尋ねた。
「安心してください。あなたに危害を加えようというのではありません。……よろしければ、中でお話しさせていただけませんか? 外で話すには、少々まずい内容ですので」
その言葉を聞いて、リーリアは話の内容が戦争に関することだと分かった。もしそうであれば、一般人が通るかもしれない外で話すのはかなりまずい。
「分かりました、お上がりください」
「ありがとうございます」
リーリアはリゲル情報少将を家に入れることにした。何故自分に話を持ってきたのかは分からない。もしかしたら、何かの罠なのかもしれない。相手は諜報機関の長、それくらいの可能性はあるだろう。
それでもリーリアはリゲル情報少将を信用することにした。リーリアは、彼の話を聞くことで今の状況を少しでも良い方向に持っていけたら、という微かな希望を信じることにしたのだ。
これが本当に事態を少しでも好転させるのか。それはこの時点では誰も知る由がなかった。
いろいろ設定を加えていきながら書いているので、後から変更・改訂しないといけない部分が出てきて大変です(´・ω・)




