第22話
今話では、日本とバルツェル共和国、どちらも‘ある兵器’の開発に本気になり始めるフラグが立ちます。
2034.5.9
バルツェル共和国 首都リディーリア
軍令部 会議室
10:44 現地時間
バルツェル共和国軍の頭脳たる軍令部。その会議室ではオルフィス国防大臣とエルダミフ陸軍総司令官、ルードック海軍総司令官、ジャミル空軍総司令官、そして情報部のリゲル情報少将とその他の高級将校が集っていた。しかしながら、その雰囲気はお通夜と呼んでも過言ではないほどに落ち込んでいた。
それも仕方のないことであろう。恐ろしい知らせが数日前に舞い込み、それが誤報ではないと裏が取れてしまったのだから。
「……今分かっている情報を整理しましょう」
リゲル情報少将はそう言って状況を簡単に説明していく。
「まず、5月4日。謎の航空部隊によって、我が空軍の航空部隊とバルサ空軍基地が壊滅せしめられました。そして、同日昼過ぎには、派遣した海軍の艦隊が何者かのミサイル攻撃によって壊滅。敵の姿を見ることはなく、わずかフリゲート2隻を残し、それ以外は撃沈されました。さらに、同日の夜。陸軍の侵攻軍の前線司令部との交信が途絶え、以後、エルスタイン王国での戦況の報告は一切入らなかった……。ここまではよろしいですか?」
「よろしいわけがあるか!」
オルフィス国防大臣はそう叫びながら、拳をテーブルに打ちつけた。
「貴様ら……いったい何をやっていたんだ!? 1個航空団が壊滅し、派遣艦隊が壊滅し、8個師団が壊滅? 敵のやりたい放題ではないか!」
オルフィス国防大臣の怒鳴り声を受けても何も言い返せない総司令官達。この大敗は近年では類を見ないほどの大失態であった。
市民には情報規制が為されているおかげで混乱が広まってはいないものの、議員達にはその情報は広まっている。彼らは独自の情報網を持っているのだ。隠し通せるはずもなかった。そのためか、明日にも議会にて緊急会議が開かれる予定だ。
リゲル情報少将はつい先日のことを思い出す。彼はバルツェル共和国空軍が大打撃を受けたという報告を受けた次の日には、とある人物に会っていた。
その相手はヨハネス・クーホルン少佐である。彼は日本という国がバルツェル共和国にとって強大な敵になるであろうことを事前に示唆していた情報部所属の軍人だ。今まではその報告は話半分にしか扱われていなかったが、今となってはそんなわけにもいかない。
そういった事情でリゲル情報少将はクーホルン少佐と話をしたのだ。
「我々はニホンという国を全く知らないまま、根拠なき憶測の下、格下と判断しました。それが今の結果に繋がっています」
リゲル情報少将がクーホルン少佐と話した際、彼は最初にそう語った。
「確かにニホン国の情報は致命的なほどに不足していた。だが、根拠なき憶測というわけではない。ニホン国は異世界転移という異常事態に際しても周辺国を支配下に置かず、融和的外交を進めてきたという話ではないか。このような異常事態の下でそれをするということは、周辺国をどうこうする力はないと受け止めるのは当然なのではないか?」
リゲル情報少将はそう反論する。リゲル情報少将の語った言葉はバルツェル共和国内の見解としては一般的なものであった。そもそも日本という国があることをきちんと分かっているバルツェル人は案外少ないのだが、政治家となれば話は変わってくる。そして、そのほとんどが日本のことを多少は技術があるかもしれないが、大したことはない格下の国家であると考えていたのである。
「私に言わせていただくと、それは前の世界の常識ではありませんか? 別の世界から来た国家には、我々とは違う考え方があるということを我が国の政治家は理解していなかった……。それが今回の事態を引き起こしたのだと私は考えています」
クーホルン少佐の言うことはもっともだ。むしろ、彼のように現地の人間を使うような諜報のやり方をしている人間こそが理解しているのかもしれない。国の考え方の違いというものを。
「……まぁ、それはいいだろう。私が聞きたいことはニホン国に関するもっと具体的な情報だ。連中はどれくらいの技術力を持ち、どれほどの国力を備えているのだ?」
「それに関してははっきりと明確にお答えすることはできません。私の主観が入っているということをご理解の上でしたら、ある程度はお答えできますが」
「それでも構わん。ニホン国の情報は、たとえ些細なものでも必要だ」
リゲル情報少将はそう言った。少なくとも今はほとんど情報がないのだ。どんな情報にだって価値がある。
「ではお答えします。ニホンの技術水準は我が国を遥かに上回る恐れが非常に大きいです。少なくとも数十年レベルの差です」
「……そこまでかね。何か根拠があるのだろう? 教えてくれ」
リゲル情報少将の言葉に頷くクーホルン少佐。
「まず、現地民……エルスタイン人に聞いた話によりますと、ニホンは国内法で一定の水準以上の技術を用いた製品の輸出を禁止すると定められています。つまり、私が見たニホン製品はニホンの本当の技術水準からすれば低いものと思われます。ですので、私はニホンの本当の技術水準を測るために、ニホン製品の工作精度を計測することによって推し測ろうとしました」
工作精度という面から相手の技術を推し測ることもできる。高度かつ高精度な工作機械を用いなければ高い工作精度は得られないのだから。
「その工作精度は恐ろしいほど高いものでした。残念ですが、我々ではあのような精度の製品を量産することなど不可能です。特に、ネジなどの基礎部品の精度は恐ろしく高いようです」
クーホルン少佐の諜報チームは同じ複数の日本製品を用意して、その内の同じ部品を抜き出し、加工精度を計測したのだ。その結果、誤差がほとんど分からなかったのである。お手上げだ。
「加工精度が優れているということは、相応に技術水準が高いということも予想されます。また、我々の知らない理論を用いた科学技術を実用技術として普及させていることも考えられます。……正直に申し上げますと、ニホンを相手にするなど分が悪いにも程があると私は思いますね」
クーホルン少佐の言葉を受けて、リゲル情報少将は自分の認識の甘さを理解した。これは本当にマズイ。これまで、完全に日本という国家を見誤っていたことになる。
「ともかく、ニホンは我々の常識を越えたところにある存在であると言わざるを得ません。……臆病風に吹かれたわけでも、反共和国的思想を持っているわけでもありませんが、私はニホンとの早期講和を模索すべきだと考えています」
「……君は、このまま戦っても我が国は負けると考えているのか?」
「逆に少将閣下は勝てるとお考えで?」
クーホルン少佐の問いかけにリゲル情報少将は押し黙った。クーホルン少佐の言うことは正しい。リゲル情報少将もこのまま戦っても勝てるとは到底思えなかった。この時には既に派遣艦隊の壊滅と陸軍前線司令部との交信途絶が報告されていたのだ。
「君の意見は分かった。有意義な話だったよ。……活かせるかは分からんがね」
リゲル情報少将はそう言って疲れたような笑みを浮かべた。軍令部の連中も議会の連中も、このまま日本に後れをとったまま講和することなど望まないだろう。何としてでも手痛い一撃を日本に対して与えようとするはずだ。
「活かしていただけることを祈っております。私は祖国が崩壊する姿など見たくないですから」
クーホルン少佐の言葉には全くの同感だと感じたリゲル情報少将だった。
リゲル情報少将は回想から戻ると、彼はこの会議を進めるために口を開く。
「ともかく、対応を決めねばなりません。ここで情報部から報告なのですが、ニホンは我々が使用する軍用回線を特定して講和を打診してきているという報告が入っております」
その報告に会議室にいる皆がざわついた。
「それは本当か?」
「はい。ですが、かなり厳しい内容の講和が予想されます。我々はやられっぱなしで敵に対して何も痛打を与えていません。それを理解した上で講和に臨むか否か、です」
「却下だ。議員連中も政府も納得しないだろう。何よりも、我々の面子が丸潰れだ!」
オルフィス国防大臣はそう言って、その講和打診の情報については握り潰せと命じた。もし仮に政府に報告され、万が一にも講和を受諾するようなことがあれば、軍部の受けた屈辱を晴らす機会が失われることになる。
(そんなことのために国を危機に晒されては敵わんのだがな……)
そう思いつつも、リゲル情報少将は了承の意を伝えた。……とりあえずは。
「では、戦闘続行という前提で話を進めさせていただきます。各軍にはどれだけの戦力を大陸に送り込む予定なのか考えを示していただきたい」
当然だが、陸海空軍の各軍は勝利のために次の派遣戦力を考案していた。
「では、まずは我々から」
エルダミフ陸軍総司令官が口を開く。
「陸軍は20個師団の派遣を考えております。物資集積は既に始めており、ありとあらゆる場所から集めています。20個師団の選定は既に済んでおり、ご命令があればすぐに移動し、輸送船で輸送、大陸に送り込めます」
20個師団。それはバルツェル共和国陸軍にとって思い切った数であった。元々のバルツェル共和国陸軍の師団数は50個。その内、8個が既に失われている。そして植民地防衛と治安維持のために4個師団が大陸に展開している。本国にいるのは38個師団であった。その内の半分以上、20個師団を送ろうというのだ。本国防衛のために必要と考えられる最低限ギリギリの戦力だけを残して、残りは全て投入する考えである。
「生半可な数ではこちらがやられると考え、送り込める最大限の数を送り込みます。陸軍は備蓄分の物資も全て解放。この戦争に全力をかけます」
エルダミフ陸軍総司令官はそう言った。バルツェル共和国陸軍の全力と言ってもいい動員である。彼の言葉に嘘はなかった。
「次は我々が」
ルードック海軍総司令官が発言する。
「我が海軍も陸軍同様に全力を尽くします。残存する主力艦隊の内、第2艦隊と第4艦隊を組み合わせた連合艦隊を編成。敵海軍撃滅のために大陸に派遣します」
「第2艦隊と第4艦隊を派遣だと? それでは本国に残るのは……」
「はい。第1艦隊と4個地方艦隊のみとなります」
バルツェル共和国海軍は4個主力艦隊と5個地方艦隊を保有していた。その内の1個主力艦隊と1個地方艦隊を組み合わせた派遣艦隊は既に壊滅している。
「我々海軍もこの戦争に全力をかけるつもりです。出し惜しみをして勝てる相手ではない」
傲慢なバルツェル人達もさすがに日本に対する考えを改めつつあった。全力を出さねばならない相手だと認めたのだ。
「我々空軍は第2航空団を全て派遣します。第2航空団は第3航空団と違って新鋭機を多数備えています。我々も全力で作戦行動を行うつもりです」
バルツェル共和国空軍も同様に出せる最高の戦力を出す。
「うむ……。必ず勝て。それ以外に何も望むことはない。必ずや、先の戦いの雪辱を果たせ!」
オルフィス国防大臣はこれ以上の敗北など許さないという目でこの場にいる人間を見回す。
もはやバルツェル共和国軍にあとはない。植民地を失うことはバルツェル共和国の生命線が絶たれることに等しい。バルツェル共和国軍は何としても植民地を守らねばならないのだ。
「今後は各軍の間で具体的な作戦を練る必要がありますな」
リゲル情報少将はそう述べる。戦力を展開するだけでは無意味で、勝つための戦略を考える必要がある。
「その通りだ。栄えあるバルツェル共和国軍の誇りを取り戻す戦いだ……絶対に勝たねばならん」
オルフィス国防大臣は力強くそう言う。
(本当にこの戦力で足りたらいいのだがな……)
リゲル情報少将は嫌な予感に囚われていた。日本という国の底知れなさに恐怖していたと言ってもいい。
……そして、彼の恐怖は決して間違ったものではなかったのだった。
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同日
バルツェル共和国 首都リディーリア
大統領府 執務室
17:44 現地時間
この日、バルツェル共和国大統領のルーカス・ロッテンダムは苛立っていた。理由は単純だ。明日に議会の緊急会議が執り行われ、軍部のしでかした大失態の説明をさせられることになったのだ。最高責任者でもあるロッテンダム大統領も厳しい責任追及を受けることになるのは必至である。
「くそ! くそ! 軍部の無能共め! たかが蛮族ごときに後れをとりおって……! 何のために多額の予算を軍に割り当てていると思っているんだ!?」
ロッテンダム大統領は怒鳴り散らすように叫んだ。執務机を叩き、卓上のインテリアを叩き落とす。元より気の長い人間ではない彼だが、今は荒れに荒れていた。
「どうにか国民には情報規制して知られてはいないが……いつまで隠し通せるか……」
多くの兵士が大陸から帰ってこず、連絡すらも取れなくなる。さすがにおかしいと勘づく国民も多いはずだ。今はまだ大丈夫だが、いつ情報が広まるか分かったものではない。そうなってしまえば、バルツェル共和国は大混乱に陥ることになるだろう。現時点でも既に国家上層部は混乱しているのだ。これが国民の方にまで広まれば、収拾がつかなくなるだろう。
「この戦争……まさか、蛮族に敗北するなどと」
栄光あるバルツェル共和国が蛮族に出し抜かれるなど、あってはならない。だが、仮に、もし仮にそれが起きてしまった場合。バルツェル共和国の国威は地に堕ち、植民地での反バルツェル活動は活性化、そして多くの蛮族がバルツェル共和国を恐れなくなるだろう。
「この計画を早く進めなければ……!」
ロッテンダム大統領は焦燥に駆られた表情で一つの書類を見る。
そこには『原子分裂反応を用いた高性能爆弾の開発計画』とタイトルがついていた。
もし敗北した場合、新たな国威掲揚を行う必要がある。この世界でバルツェル共和国が強国であるために必要なことだ。それがこの計画である。
この兵器が完成すれば、あらゆる国家が恐怖に打ち震えることになるだろう。この計画は既に基礎理論の研究までは終わっている。あとは実験と実用技術の開発のみ。それも少しずつだが進展している。
この戦争には間に合わないだろう。だが、その後のことも考えれば、この計画は急いで進めねばならない。
ロッテンダム大統領はそう決意し、今回の戦争でバルツェル共和国に刃向かってきた蛮族共に怒りの念を燃やすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同日
日本国 東京
首相官邸 閣議室
20:07 JST
「さて、戦況の報告は受けました。順調なようですね」
長谷川 総理は閣議の中でそう告げた。この場には内閣構成員のほとんどが集まっており、今起きてる日本の危機にあらゆる面から対応を行っていた。
「うむ。既に増援の自衛隊部隊は全て出港。一部は既にリセワール港に到着している」
大岸 防衛大臣の追加報告がここで告げられる。自衛隊は既に敵の侵略部隊を殲滅し、旧アーカイム皇国領の敵と対峙する形となっている。
いくら優勢な自衛隊とはいえ、旧アーカイム皇国にまで攻めるには準備が必要である。それに旧アーカイム皇国領まで攻め入る理由が今のところはなかった。
「念のため、既に旧アーカイム皇国領に攻め入るだけの物資集積は始めている。まだ最低限の備えまで1週間以上はかかる見込みだが、こちらは準備を進めている」
ここでバルツェル共和国が諦めないのであれば、攻め入ることも考えねばならない。攻め入ることを決めたときにはすぐに行動に移せるよう、準備は怠ってはいけないのだ。
「また、エルスタイン王国側も物資を援助してくれている。ほとんどが食料と燃料だが、ありがたいことだ。それと残存のエルスタイン王国政府軍は各地の治安維持と反乱軍部隊への降伏勧告を行っている。近い内にエルスタイン王国内は落ち着くことだろう」
エルスタイン王国は自衛隊に対して食料と燃料の物資援助を行っていた。食料は自衛隊のものとはだいぶ異なるが、無いよりマシである。燃料に関しては、さすがにジェット燃料はないものの、ガソリンなどの援助を出してくれていた。
戦後の国際関係を気にしてか、リーデボルグ共和国やリテア連邦も積極的に物資援助を行ってくれている。ここで何らかの形で戦争に貢献しなければ、あまり大きな顔をできないのは目に見えている。そんな思惑が透けて見えるが、逆にそんな程度の思惑ならかわいいものだ。
「何にせよ、こちらから手を出すのはしばらくは無理というわけですね」
「敵も手出しできないはずだ。偵察・情報収集を続けているが、敵部隊は疎らにしか見えない。装備も軽装備と思われる。おそらく、治安維持のために配備していた部隊を無理矢理引っ張ってきたんだろう。よっぽど戦力不足と見える」
「こちらから出している講和打診は?」
「黙殺されてるな。情報収集衛星が、バルツェル共和国本国周辺で輸送船が多数動いているのを確認している。部隊輸送・物資輸送のためだろうと考えられる……まだ奴等はやる気だ」
「8個師団という数は彼らにとっても小さくはないはずなのですがね……」
長谷川 総理は疲れたような声音でそう漏らす。兵力にして8万人。装備も多数失っている。さらに彼の言う陸軍の被害だけには留まらず、バルツェル共和国軍は航空部隊や艦隊すらも失っているのだ。
「……さて、とりあえず今次戦争の話はまた後ほど行いましょう。今回は‘とある計画’を表舞台に出すか否かの判断を皆さんと行いたいのです」
長谷川 総理は話を変え、神妙な顔でそんなことを閣僚達に告げた。
「総理……遂にあれを?」
「ええ。今次戦争によって、この世界の脅威を国民が認識している今こそが好機です」
大岸 防衛大臣は長谷川 総理の言う‘とある計画’のことについて知っていた。そして、その内容は長谷川 総理が神妙な顔になるのも頷ける、日本にとっての一大決心を要するものであるのだ。
「我が国の核武装計画について、です」
その言葉が閣議室に響き渡ると、各人は各々様々な反応を見せた。素直に驚く者もいれば、‘やはり’と頷く者もいる。
「以前から分かっていたことではありますが、バルツェル共和国の技術水準を鑑みますに、彼の国はいつ核兵器を実用化してもおかしくありません。もしそうなれば、我々は厳しい状況に追い込まれます」
バルツェル共和国の核保有。それは日本にとって考えられる限り最悪の状況だ。そして、核弾頭搭載の弾道ミサイルを実用化された場合、日本は完全に不利な立場になる。
日本のBMD体制はかなり整っている。8隻のイージス護衛艦に地上配備のイージス・アショアが2基、そして各地に配置されたPAC-3部隊。しかしながら、それは日本本土を一時的に守るための装備として十分なだけであり、真価を発揮するにはただちに反撃できる兵器……つまり、核搭載弾道ミサイルが必要となる。
前世界では、それをアメリカに頼ってきた。しかし、この世界にはアメリカが存在しない。当然、核の傘もないわけだ。
日本は自存自衛のために、核兵器を持つ必要がある。バルツェル共和国に核兵器開発を止めさせるというのは非現実的と言わざるを得ない。そして、開発してしまえば嬉々として対日本戦略に組み込むだろう。日本は既に彼の国と敵対しているのだ。
「……核武装は世論の強い反発があるかもしれませんが、それでもやりますか?」
閣僚の一人の問いに力強く頷く長谷川 総理。
「これは私の政治家生命をかけた一大ギャンブル、というわけです。もし、国民がバルツェル共和国の核開発に対する認識が我々と異なっていれば……核武装計画は頓挫し、私の政治家生命も終わるでしょう。ですが、私は国民に丁寧な説明を続け、理解を得ていきたいと考えています」
長谷川 総理はそう言った。この世界でバルツェル共和国が唯一の核保有国になってしまえば、日本の未来はない。それは何としてでも阻止せねばならない。前世界のように核抑止で薄氷の上の平和を維持する。それしか道はないのだ。
「……反対する方は遠慮せずに挙手してください。反論があれば、いくらでも聞かせていただきたい。内閣全員が納得した上で動きたいのです」
長谷川 総理の言葉に対して、挙手する者はいなかった。さすがに皆、分かっているのだ。この場にいるのは行政に関わる者達ばかり。幸いにも、彼らは自分の担当ではない部門に対しても多少の理解はあった。日本が核武装せずにバルツェル共和国の核武装に対抗する方法を誰も考えつかないのだ。
……いや、なくはない。なくはないが、それは核武装よりも非現実的であると言わざるを得ない。その方法とは、バルツェル共和国の完全な解体である。
確かにバルツェル共和国という国をなくしてしまえば、核武装する国はいなくなる。しかしながら、それを行おうとすればバルツェル共和国は国家総動員体制に移行し、日本は総動員体制の国の本土を攻め滅ぼさなければならない。そのためには日本も総動員体制に移行せねばならないだろう。もはや何のための戦争かも分からなくなるような地獄の泥沼戦争が展開されるに違いない。
「内閣としての意思統一はできていると考えてよろしいですね? では、核武装計画の進捗について大岸 防衛大臣から説明をお願いします」
長谷川 総理の言葉に閣僚達はざわついた。長谷川 総理は‘核武装計画の進捗について’と言ったのだ。つまり、以前から核武装計画は進んでいた、ということに他ならない。
「皆さんが驚くのも無理はありません。特定機密……それも最大級のもので、政府内・自衛隊内にも知っている者はほとんどいない計画でしたからね」
政府が核武装を考えているのではないか、という疑念については前々からあった。それは民間でも噂されていることでもあった。しかしながら、既に核武装計画が進んでいる、ということに関してはネット上の陰謀論者が騒ぎ立てるくらいであり、本当にやっているとはほとんどの人間が思ってもいなかったことであろう。
「……では、進捗について話そう。このことは未だに特定機密に指定されている。大臣とはいえ、漏らせば逮捕される。厳罰が下ることも確定だ。それを覚悟した上で聞いてほしい」
大岸 防衛大臣が脅すように言うが、これは事実なので仕方がない。無論、この場にいる人間の誰もがそれを理解している。わざわざいう必要もなかったかもしれない。
「現在、原子力潜水艦用の原子炉を隠れ蓑にして核兵器開発が進行している。さすがに核実験はしていないが、集められたデータを元に原子爆弾の実物を作ることは今すぐにでも可能だ。水素爆弾に関しては、もう少し時間を要するが……原子爆弾の実験が済めば水素爆弾の開発もすぐに進められる」
自衛隊内での核兵器開発は予想以上に進行していた。原子爆弾ならば、すぐに作れるところまで来ていたのだ。濃縮プルトニウムに関しては、高速増殖炉のための濃縮施設が存在している。また、高速増殖炉のためという名目で日本は大量のプルトニウムを保有している。濃縮施設で濃縮されたプルトニウムの濃度は軍用プルトニウムとしても十分すぎるほどのものだ。
「さらに核兵器の運搬手段だが……弾道ミサイルに関しては、弾道ミサイルを迎撃するためという名目で弾道ミサイルの研究は行っている。本格的に研究・開発を行えば近い内に実物ができるだろう。要はロケットなのだからな」
日本のロケット技術はかなり高い。そして、それは弾道ミサイル技術にもかなり通ずる。宇宙開発用ロケットと弾道ミサイルの違いはそれほど大きなものではない。周回軌道上に人工衛星を放つか、目標に落ちるコース上に弾頭を放つか……そんなレベルの違いだ。
「また、自衛隊が装備する巡航ミサイルに搭載するという手段もある」
自衛隊は敵地攻撃能力向上の一環で、トマホーク巡航ミサイルを運用している。その弾頭を核弾頭に変えてしまえばいいのだ。無論、そのためには小型核弾頭の開発が必要だし、トマホーク側もある程度改修が必要なのだろうが。
「……今のところ、最大の問題は国民の理解だろうな。国民がNOと言えば、核武装はできない。最悪なのはそれだ」
大岸 防衛大臣は苦々しい表情でそう言う。
核のない世界を。なるほど、美しい言葉だ。しかし、美しいだけである。美術品であるだけで、実用性は皆無な言葉であろう。
核兵器が戦略的に有用である以上、この世から核兵器は消えない。もし消えるとするのならば、核兵器よりも強力かつ汎用性が高く、経済的な戦略兵器が生み出された時だろうか。
「相手が持つ可能性がある以上、こちらも持たないわけにはいきません。私の見解としては、核武装は十分に‘自衛’の範囲内です」
長谷川 総理はそう言った。核武装は自衛のためである、と。相互確証破壊による抑止力。それが日本の国防力に繋がる。長谷川 総理はそう考えているのだ。
「この核武装計画の公表時期は、バルツェル共和国という脅威がある今しかありません。現実に脅威が迫っており、それが核兵器というさらなる力をつけるかもしれない……そうなれば、多くの人が核武装を‘致し方のないこと’だと考えるでしょう」
国民の多くが核武装を‘仕方のないこと’だと考えるように、バルツェル共和国の帝国主義的な国家戦略とその残虐性、そして核武装しうる技術水準を国民に余すことなく伝える。それが日本の核武装のためには必要だ。
「ややプロパガンダじみてるかもしれませんが……紛れもない事実を公表するのです。国民が我々を支持してくれることを祈りましょう」
長谷川 総理はそう言って微笑んだ。彼は国民が現実を見て核武装の道を選んでくれると信じていた。前世界では北朝鮮の核兵器に散々困らされていたのだ。その核兵器の脅威は国民の多くが理解しているはずだ。
こうして、日本は新たな国家戦略を打ち出すことになる。核武装による国防力強化。これはまた新たな波乱を生み出すことになる。
しばらく会議が滞りなく進んだある時。大岸 防衛大臣のスマートフォンが鳴った。ただのスマートフォンではない。通信内容を暗号処理して発信する、緊急連絡用の特注スマートフォンである。
「すまない。失礼する」
大岸 防衛大臣はそう言って退室する。
「……何でしょうかね?」
長谷川 総理はそう言って首を傾げる。まぁ、重大なことであれば戻ってきたときに教えてくれるだろう。そう考えて長谷川 総理は閣議を続けた。
やがて、大岸 防衛大臣は閣議室に戻ってきた。その表情は何とも言えないものであり、どうにも入ってきた知らせは少々込み入ったもののようだ。
「防衛省から連絡だ。前線に出ている自衛隊部隊が‘アーカイム解放戦線’と名乗る武装組織の使者と接触したらしい。彼らはアーカイム皇国の正規軍や義勇兵が集まった集団で、バルツェル共和国で軍相手に様々な妨害活動を行うレジスタンス組織なのだそうだ。そして、組織の長にアーカイム皇国の皇族を据えているらしい」
「皇族をトップに置いたレジスタンス組織……。無視するわけにもいきませんね」
「彼らの言っていることが本当かは分からない。あくまでも自称に過ぎない。だが、一度話を聞く必要はありそうだ。彼らは我々と交渉がしたいらしい。おそらく、支援を受けたいのだろう。エルスタイン王国でバルツェル共和国軍を退けた我が国の支援の下、祖国を復興したいのだろうな」
「なるほど。悪くありません。復興後に我が国の影響力が巨大なものになるように条件をつけて、彼らにアーカイム皇国を復興してもらうのもよいでしょう。まぁ、全ては交渉次第です。彼らが信用に足る存在かも見極めねばなりませんし……。住田さん、外交官をすぐに派遣してください」
「了解しました」
長谷川 総理の指示に住田 外務大臣は頷く。
こうして戦争は新たな段階へと進みつつあった。




