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交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章
20/46

第20話

大変遅れて申し訳ないです。仕上げるのを急いで、細かいところがいろいろと納得のいく仕上がりになってませんが、これでいきます。

 2034.5.4

 エルスタイン王国 西部

 ウェルディス市 前線司令部

 20:28 現地時間






「状況を説明しろ!? どうなっておるのだ!?」


 作戦室の中で、侵攻軍の司令官であるゲベール大将が叫んだ。その表情に一切の余裕はなく、真っ青とも真っ赤とも取れる顔色をしている。

 そんな彼に参謀の一人……少し前に退却を提案した参謀、ランゼル・クルーゼ中佐が状況説明を行う。


「敵軍の奇襲攻撃です。我が軍の主力を飛び越えて、この前線司令部を攻撃してきています。敵の空爆によって、通信施設や砲兵部隊、対空陣地などが壊滅しており、前線の主力部隊との連絡が取れず、上空の敵にも手出しができない状況にあります。さらにウェルディス市北東部……この司令部の北に、敵空挺部隊が降下してきており、1個歩兵連隊と1個装甲車中隊が応戦しております。通信施設の壊滅によって、その戦況の詳細がこちらまで届いておりませんが、苦戦していることが予想されます……」


 説明された状況は絶望的と言っても過言ではなかった。

 対空陣地が失われて制空権を取られ、敵機が飛び放題。敵は悠々と有力な空挺部隊を降下させて攻撃を始め、前線司令部の護衛として配備されていた部隊はその空挺部隊と交戦し、状況詳細は不明ながらも苦戦中なのは確か。味方との連絡は取れず、仮に取れてもこちらまで来るのに時間がかかる。


「……そんな、バカな……! 1個連隊が苦戦するような戦闘部隊をそんな迅速に展開できるというのか……!?」


 ゲベール大将は愕然とする。実際に自分が戦場に晒されてようやく彼は理解した。敵は異次元の存在である、と。


「……ちょっと待て。北の敵の迎撃に向かった部隊はどれくらいだ? ここにどれだけの戦力が残っている?」


「……僅か2個小隊程度、であります」


 ゲベール大将の質問にクルーゼ中佐が答える。彼はゲベール大将の質問の真意に気づいていた。


「つまり……北の敵は陽動……」


「……敵がいるのは1ヶ所とは限らないぞ! クソッ! クソッ!? 何故、ほとんどを向かわせたのだ!? 早く呼び戻せ!」


「つ、通信施設が壊滅しておりますので、伝わるまで時間がかかります……」


 ゲベール大将の喚き散らすように叫ぶ。そして、彼の予想は当たっていた。


 作戦室の扉が荒々しく開けられ、一人の兵士が入ってくる。


「て、敵の奇妙な航空機が多数接近! もうすぐここに……!」


「……ああ、もう見えている」


 兵士の報告とほぼ同時、クルーゼ中佐は窓から外を見てそう溢した。

 そこから見えるのは奇妙な航空機が空中で停止して、機首の機関砲で護衛部隊のバルツェル兵を薙ぎ払っているところだった。司令部の窓からライフルを撃つ兵士もいるが、別の機体が素早く機関砲で排除する。

 恐ろしいほどの練度であることが窺えた。あれがどういう兵器かは分からないが、そのチームワークや対応の早さから相手が相当な訓練を受けてきた精鋭であることが分かった。


 そして、バルツェル兵達を薙ぎ払った機体とは別の機体が前線司令部の前の庭に着陸する。恐ろしいことに、バルツェル共和国軍の航空機とは違って、ほぼ垂直にゆっくりと着陸していた。


 クルーゼ中佐は理解する。あのような航空機が敵の圧倒的な展開力と機動力の根本を成していると。そして、敵がこちらよりも高度な作戦立案能力とドクトリンを有していると。


 着陸した機体から敵兵が出てくる。まだ点いている庭の街灯に照らされて、その敵兵の姿がクルーゼ中佐の目にもはっきり見えた。敵兵の姿は異様だと言わざるを得なかった。黒い装甲服のような外装に身を包み、そのくせ重さを感じさせぬ俊敏な動き。


「これは……勝てないな」


 クルーゼ中佐は諦めたような声で誰にも聞こえないように小さく呟く。

 いや、空軍が大打撃を受けた時点で薄々は気づいていたのだ。今さらになって答え合わせをしたに過ぎない。


「どうすればいい!? どうすればいいのだ!?」


 ゲベール大将はもはや混乱の一歩手前。北部に降下した敵部隊が陽動であることに気づいたところは幾分かマシな司令官ぶりだったが、結局気づいただけで何ら具体的な対応はできていない。

 いや、ゲベール大将だけが悪いわけではない。この場にいる参謀達も良い対応ができるわけではない。


「……大将閣下、提案があります」


「何だね!? この状況を乗り切れる手段があるのかね!」


 期待したような目で発言したクルーゼ中佐を見るゲベール大将。


「……降伏しましょう」


 クルーゼ中佐のその発言は作戦室の空気を凍らせるのに十分な威力があった。


「何を言っているのだね、君は……?」


 ゲベール大将の声は怒りに震えていた。


「もうここはダメです。逃げるにも足止めの部隊が必要ですが……もう磨り潰されました。逃げることは叶わず、戦おうにも戦力が足りない。救援を要請することもできないし、そもそも間に合わない……。もう何もできることはありません」


 ゲベール大将は顔を怒りで真っ赤にしていた。だが、何も言えなかった。彼とて分かっているのだ。どう足掻いても何もできない。既に詰んでいるのだと。


「……祖国はこれくらいで滅びはしません。我々は生き残らねばなりません。敵の脅威、その力、それをその目で見た生き証人として。二度とこのような失敗を犯さないように。次は奴等に勝てるように……!」


「………………っ!」


 ゲベール大将は屈辱に震えた。蛮族、蛮族と小馬鹿にしていた相手に手も足も出ずに無様に敗れ去る。そして、その蛮族の虜囚となる。高度文明人としてのプライドはズタズタに傷つけられていた。

 だが、理性では理解している。本当に祖国を思うのなら、生きて敵の脅威を伝えねばならないと。

 だが、もう自分の出世は期待できない。出世欲の塊であるゲベール大将には苦痛でしかない。


「……大将閣下、ご決断を」


 クルーゼ中佐が決断を迫る。他の参謀達もクルーゼ中佐と同じ考えのようで、無言でゲベール大将を見つめる。正直なところ、命が惜しいが故に降伏を選ぼうという考えの者が大多数だ。だが、別にそれでもいい。クルーゼ中佐はそれが悪いとは思わない。


「……降伏する」


 ゲベール大将は無念そうな……本当に無念そうな表情で降伏を選んだ。結局のところ、普段は威勢の良い彼とて死にたくないのだ。

 地球世界の旧日本軍人のように指揮官も一緒に玉砕するような勇気も無茶苦茶さもなかった。




 ……その後、司令部要員は突入してきた第2特装科大隊に対して無抵抗で降伏した。北部で第1特装科大隊と戦っていた第26歩兵連隊は第2特装科大隊に背後を突かれて挟撃状態に陥り、極めて不利な戦闘を強いられて壊滅した。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「はぁ……はぁ……!」


「お、お姉ちゃん……も、もう歩けないよ……!」


 バルツェル共和国の徴発学生であるメルリア姉妹……アイリとナターシャはウェルディス市の中を歩いていた。攻撃が行われた前線司令部から離れるように。

 だが、二人の歩みはかなり遅い。実は、二人とも逃げる途中で縺れるように転倒し、運の悪いことに両者とも足を挫いてしまったのだ。それでも無理を押してここまで逃げてきた。

 もう幾分か前から攻撃が止んでいるようで、爆発音や発砲音などは聞こえない。だからと言って、戻ろうと考えるほど彼女達も豪気ではなかった。

 敵兵が展開していることは分かっているのだ。もう前線司令部は制圧されてしまったのだろう。戦場で捕虜になった少女の末路など、考えたくもない。だからこそ二人は逃げているのだ。

 しかしながら、足を引き摺りながら無理して動いている以上、思ったほど離れられているわけではない。それが余計に二人の焦燥感を煽っていく。


「あっ……!」


「きゃっ……!?」


 遂にアイリが倒れ、巻き込まれるように前を進んでいたナターシャも倒れる。極度の肉体的疲労と精神的疲労。それによって彼女達はすぐには立ち上がれなかった。


「うう……お姉ちゃん……」


 そして、アイリは決壊したかのように涙を流し始める。日本で言えば中学生の少女であるアイリの心は、こんな絶望的な状況には耐えられなかった。


「泣かないで、アイリ。大丈夫だから……」


 そう言うナターシャとて、もう限界であった。もう幼子のように泣きわめいてしまいたい気持ちでいっぱいだ。


 二人は這うようにして建物の壁まで移動し、もたれかかるように座る。

 あまりの疲れで動こうという気すら起きない。さすがに休憩無しではこれ以上動けない。


「おうちに帰りたい……お母さん……」


「……帰れるわ。大丈夫よ」


 アイリの切実な願いにそう言うしかないナターシャ。自分で言っていて、何とも説得力のない言葉だと自嘲する。


 そんな彼女達に迫る影があった。


 彼女達はその影に囲まれていた。疲れていて近づかれていることに彼女達は気づかず、眼前にまで来てようやく気づいた。


「ひっ……!」


 アイリは恐怖でそんな声を漏らす。

 それも仕方のないことだろう。彼女達は三人の男達に囲まれていたのだ。どうやら現地民のようだ。

 男達の目は憎しみに満ちていた。アイリとナターシャがバルツェル人だということが分かっているようだ。まぁ、バルツェル共和国軍の基地が攻撃を受け、その直後で見かけたボロボロの異国の人間。バルツェル共和国軍の関係者だと推察するのは難しくはない。


「お前らが……お前らのせいで……!」


「俺の娘はお前らバルツェル人に殺されたんだ……」


「俺達は散々な目に遭った……お前らだけがぬくぬくと生きていけると思うなよ!」


 男達が何を考えているのか、ナターシャにもアイリにも分かった。自分達はここで殺されるのだろう。楽に殺してくれるかも分からない。下手をすれば、いや、高い確率で女性の尊厳を踏みにじるような行為も行われるだろう。

 先ほどから泣いていたアイリだけでなく、ナターシャの目にも涙が浮かぶ。


(神様……どうして、私達を救ってくれないのですか……? お願い、アイリだけでもいいから……!)


 ナターシャはそう願った。普段は心から神に祈ることなどしないナターシャであったが、この時はさすがに祈った。それ以外にできなかった。




 ……そのおかげかどうかは分からないが、彼女達は幸運に恵まれる。


「よく見れば上玉じゃねぇか。これは散々使ってやった後に殺してやらないとな!」


 男の一人がナターシャに手を出そうとした瞬間。


 ダン! といった銃声が響き渡った。


「な、なんだ!?」


 慌てて辺りを見回す男達。すると、道路の東の方向……バルツェル共和国軍の前線司令部があった方向から何者かが歩いてきていた。街灯の灯りでその姿が浮かび上がる。


「ひっ……!? な、なんだお前らは!?」


 現れたのは10名程度の黒い人影。いや、黒い外装を身に纏った異様な姿の兵士達であった。いずれも銃を持ち、その無駄のない動きから高度な訓練を受けてきた兵士であることが一般人である男達にも分かった。


「我々は日本軍だ」


 男の言葉に答える声がひとつ。自衛隊は正式名称だが、外国では……特にこの世界では理解されないことが多いので、日本軍と名乗ることもある。つまりは彼らは自衛隊部隊。特装科隊員達であった。


「に、ニホン軍だって……!? じゃ、じゃあ、もうニホン軍はもうここまで攻め上ってきたってのか!?」


 男達は驚愕する。彼らは日本のことを軽くだが知っている。そして、彼らは日本はエルスタイン王国西部にとっての大敵だと信じていた。だが、結局はバルツェル共和国の侵略作戦に利用され、そして酷い目に遭わされた。それ故、バルツェル共和国を痛い目に遭わせた日本に対しては複雑な心境を抱いていた。


「彼女らは我々が捕虜として保護をする。危害を加えるのなら、我々への敵対行為と判断する」


 特装科隊員達は全身が黒い外装で覆われているため、誰が誰だか傍目には分からないが、男達は隊長らしき人物が自分達にそう言っていることはちゃんと聞こえていた。


「な、なんでだよ!? 保護してほしいのはこっちなくらいだ! 俺達はこいつらに酷い目に遭わされたんだぞ!?」


 男の一人が怒鳴る。だが、隊長らしき人物は鼻で笑う。


「そんなことは関係ない。君達エルスタイン王国西部の人間が余計なことをして、それをむざむざ利用されたからそうなったんだろう?」


 そう言われ、男は黙らされる。日本憎し、東部憎しで行った反乱を真の敵に利用されたのだ。男達にもそれは理解できていた。反乱を支持した自分達に大義など既に無いことも。


「ともかく、彼女らは我々が保護する。君達は建物の中に逃げるといい。逃げたバルツェル兵がまだいるかもしれないからな」


 ここはウェルディス市の中西部といったところで、ここら辺りは人が幾ばくか住んでいる。男達はここの住人というわけだ。


「すぐ近くで戦争してたというのに、よくこんなところを出歩いているものだな」


 隊長がポツリと呟く。

 家に籠るなり避難するなり、やることはあるだろうに。彼はそう思った。

 実際、多くの住民はもっと西の方に逃げていたり、家に籠っていたりしている。まぁ、バルツェル共和国軍にとっていきなりの戦闘であったこの戦闘は、ウェルディス市の市民にとってもいきなりの戦闘であったため、避難が間に合わなかった。案外、ここに留まっている住民も多い。とはいえ、出歩いている人間など彼らくらいだ。

 だが、彼らも家で籠っていたのだ。しかし、部屋の窓からボロボロの彼女達を見て、そのエルスタイン人らしくない風貌からバルツェル人だと確信し、そして抱いているバルツェル人への憎しみを抑えられなかったのだ。

 全ての人間が常々、理性的な行動や論理的な行動を行えるわけではない。


「……さて、大丈夫か? 君達は捕虜として保護することになる。危害は加えない」


 特装科小隊の隊長がナターシャとアイリの前でしゃがみこみ、目線の高さをできるだけ合わせてそう言う。彼女達は特装科隊員のことも怯えた目で見ている。当然と言えば当然だろう。


 仕方なく、隊長はSTASのヘルメットを外した。


「もう大丈夫だ」


 隊長は若い男だった。ナターシャよりもいくらか年上のように見えるが、年が近いと十分に言えた。ナターシャはビックリしたような表情をする。


「……若いって思ったか? これでも23だぞ?」


 日本人……アジア系の人種は非アジア人種から見ると若く見えるらしく、そして、それはこちらの世界でも有効なようだ。


「永瀬和人だ。和人が名前で、永瀬が名字だ。君達は?」


「……私はナターシャ、この子は妹のアイリ」


 和人は相手を安心させるために自己紹介をした。こういった他愛のない話をすると、心が落ち着いてくるものだ。それを狙ったわけである。


「さ、ナターシャ、アイリ、疲れただろう? もう大丈夫だから。絶対に危害は加えない。君達は徴兵された学生だろう? 君達の学友達も今は保護されている。安心してくれ」


「……保護、お願いします」


 ナターシャはそれだけ言うと、目を閉じた。眠ってしまったようだ。無理もない。ただの少女でしかない彼女には、辛い経験だっただろう。アイリの方はナターシャよりも先に眠ってしまっていた。


「小隊長、英語ペラペラですね」


「ああ、小谷。英語喋れるといろいろ便利だぞ? 特にこの世界では、な」


 和人はそう言いながら、ヘルメットを装備し直す。

 バルツェル語も大陸の言語も英語に極めて近い。英語が喋られれば、十分すぎるほどに意思疎通ができる。


「さて、このお姫様達を運ぶのは小谷と新島に任せる。他は俺に続け。生き残ったバルツェル人達を保護するぞ。このままだと現地民に惨殺されかねん。逆に武器を持っているバルツェル人が現地民を殺したり人質にとったりすることも考えられる。急ぐぞ」


「「「了解」」」


 和人の言葉に配下の特装科隊員達が返事をする。正直、バルツェル人が殺されてしまうのも自業自得な気もするが、ナターシャやアイリのような例もある。

 これに関してそれほど手間をかける必要性はないが、日本国内にはうるさい連中もいる。敵とはいえ戦闘終了後はなるべく捕虜として保護する……少なくとも、それを行おうと努力して言い訳ができるようにしておくことが重要だ。


 二人はナターシャとアイリを運び、残りはさらに先へと前進していった。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 2034.5.4

 エルスタイン王国中西部 ノルマーク平野

 平野

 21:45 現地時間






 ウェルディス市でナターシャとアイリが保護された時から、やや時を遡ったノルマーク平野。そこでは日本国陸上自衛隊の精鋭、第1外征団と第2外征団を合わせた先行派遣部隊と、バルツェル共和国軍侵攻軍8個師団が激しい戦闘を繰り広げていた。

 単純な数ではバルツェル共和国軍が大きく上回っているのだが、戦況は自衛隊が圧倒していた。戦車部隊がバルツェル共和国軍を正面から踏み潰し、自走榴弾砲やMLRSがバルツェル兵を地面と一緒に耕す。

 自衛隊の普通科部隊も戦車部隊の後に続く。装輪装甲車から降車し、展開していく。


「行くぞ、素早く展開しろ!」


 そんな中に永瀬義人 三等陸曹の姿もあった。彼は分隊を率いてこの戦場にいた。

 彼の所属する分隊の前には敵の防御陣地がある。塹壕というほどしっかりしたものではないが、土を掘ってそれを積み上げることで簡単な遮蔽物を備えている。敵は重機関銃も備えているようで、盾にしている戦車が無ければ小隊は死傷者だらけになっていたことであろう。


 義人は手に持つ20式小銃甲型で重機関銃の射手を狙い撃つ。彼の放った銃弾は射手の頭を正確に撃ち抜き、重機関銃が一時的に沈黙する。


 だが、すぐに別の敵兵が重機関銃に取りついて射撃を始めた。


「くそ、キリがねぇな!」


 そう言っていると、盾にしていた戦車が重機関銃へ発砲。榴弾が敵兵と重機関銃を吹き飛ばす。土が大きく巻き上げられ、周囲の敵兵も巻き込まれる。やはり戦車の火力は偉大である。


 しかしながら、敵部隊は未だ健在。戦車があるので突破できないことはないが、負傷者もそれなりに出かねない。どうやら義人達は比較的強固な防御陣地に出くわしたらしい。


「まったく! ツイてねぇな……!」


 吐き捨てるようにそうぼやく義人。このノルマーク平野の戦闘は自衛隊にとっては基本的に勝ち戦だ。だが、勝ち戦であっても局地的に強固な抵抗にぶち当たることもある。その貧乏くじを引かされたわけだ。


 だが、そこに新たな戦力が投入される。


「ガンシップだ!」


 部下の一人がそう叫ぶ。義人が上を見ると、日の丸をつけたヘリコプターが2機、すぐそこまで迫ってきていた。


「UH-2か!」


 UH-2JA 火力支援ヘリ。近年導入された自衛隊の汎用ヘリコプター、ベル412の自衛隊モデルであるUH-2Jを火力支援モデルに改良したものだ。エンジン出力やセンサー類を強化しており、任務に応じて12.7㎜重機関銃やロケットポッド、有線ミサイルなどを搭載して地上部隊を支援する。

 自衛隊は現在、AH-64E 攻撃ヘリとUH-2JA 火力支援ヘリを併用する形で運用しており、先行派遣部隊についてきている攻撃ヘリ部隊はどちらも運用する第4対戦車ヘリコプター隊だが、航続距離と火力の問題から、その内のAH-64Eはウェルディス市へ、UH-2JAはノルマーク平野で作戦行動を行っている。


 UH-2JA 2機は義人達の上空に来ると、12.7㎜重機関銃やロケットポッドで敵陣地に攻撃を加える。たかが汎用ヘリを改修した火力支援ヘリと侮ることなかれ。強力な自衛隊部隊に追いたてられている哀れなバルツェル兵など、その火力で次々と屠殺されていく。


 猛烈なロケット攻撃が敵陣地を耕し、バルツェル兵をバラバラに解体しながら土と共に巻き上げる。重機関銃の弾に当たる度、そして掠める度に、骸となったり痛みに絶叫するバルツェル兵が量産されていく。


「すげぇな……。よし、分隊! 撃ちまくれ、今がチャンスだぞ!」


 敵兵は上空の悪魔に注意を向けており、先ほどまで戦っていた義人達普通科部隊のことが頭から抜けているようだ。敵兵の混乱具合、そしてその収拾の遅さから、もしかしたら指揮官が戦死したのかもしれない。下手をすれば、次席指揮官も。


 敵陣地の中で逃げ惑うバルツェル兵に対して普通科部隊が猛烈な射撃をお見舞いする。上からは嵐のようなロケット攻撃と重機関銃による攻撃。地上からは普通科部隊の猛烈な射撃。逃げようにも後方には空爆と砲撃で蹴散らされる味方部隊が見えており、逃げても的になるだけであることが十分に分かる。

 バルツェル兵達はもはや絶望の真っ只中にあった。


 バルツェル兵達は次々と倒れ、死に絶えていく。


「ガンシップが離脱します!」


 UH-2JA 2機がこの場から離脱する。他の支援に行くのか、補給に戻るのかは分からないが、彼らの支援は非常にありがたかった。あれだけ抵抗してきた敵陣地はもはや散発的な射撃があるに過ぎない。まともに撃ってくる敵兵も数えるほどだけだ。


「小隊長! 突破しましょう!」


 義人は小隊長の側まで寄って意見具申した。


「そうだな……。よし、総員、戦車と共に陣地を突破するぞ! 油断するな!」


 小隊は戦車と共に前進する。時折撃ってくる敵兵は普通科隊員複数名によって滅多撃ちにされ、酷いときは戦車砲の餌食となる。敵陣地に足を踏み入れる頃には抵抗はほとんど無くなっていた。


「うわ……」


 底の浅い塹壕の出来損ないのような簡易陣地の中で、欠損状態の酷いバルツェル兵達の死体が折り重なっている。手足頭の全てがついている死体はむしろ珍しい方で、ほとんどは何かしら足りていない。中には人間だったとは思えない肉片にまでバラバラにされた死体すらあった。もはや死体ではなく残骸である。


 一部の隊員達はまだ別のところで戦闘は続いているにも関わらず、吐き気を催すこととなった。中には吐く者もいる。


 義人は肝の冷える思いはしたが、嘔吐感については特に問題はなかった。案外丈夫な精神である。まぁ、あまりにも酷い景色が彼から実感というものを奪っているのかもしれないが。


「この……悪魔共めぇぇぇぇッ!!」


 突然、死体の中から生きたバルツェル兵が起き上がり、奇声じみた声でバルツェル語を発しながら普通科隊員に突っ込んでいく。狙っているのは義人の部下だ。


「うわっ!?」


 油断していたのか、隊員の方は一瞬対応が遅れた。バルツェル兵は銃剣をつけたライフルで銃剣突撃をしてきていた。


「殺してやるぅぅぅッ!! ぐぺっ!?」


 おぞましい程の殺意を撒き散らしながら突っ込んできたバルツェル兵は、変な悲鳴を上げて縺れるように転倒する。悲鳴の一瞬前には発砲音。

 倒れたバルツェル兵は憎しみに歪んだ壮絶な表情をしながら、こめかみに風穴を開けられて死んでいた。


「あっぶねぇ……!」


 撃ったのは義人であった。咄嗟に動けて幸いだった。


「ぶ、分隊長、助かりました……」


 少し震えた声で襲われた隊員が礼を言う。よっぽど先ほどの敵兵に脅かされたのだろう。


「ああ、気にするな……って言いたいところだが、油断するなよ。こんなところで死ぬわけにゃいかねぇぞ」


「りょ、了解です」


 その後、無闇に死体には寄らず、必ず死んでいるのを確認しながら安全重視で行動することが徹底された。


 ノルマーク平野ではあらゆるところで自衛隊部隊がバルツェル共和国軍を撃破し、突破していく。その度にバルツェル共和国軍は死傷者を増やしていく。

 やがてバルツェル共和国軍は有力な部隊のほとんどを失い、指揮系統が壊滅して敗走し始める。車両の多くが破壊されているため、ほとんどが徒歩で逃げていく。その無様な姿はどこか哀愁すら感じるものであった。

 それを自衛隊のヘリや戦闘機が追撃し、容赦なくミサイルやロケット、機関砲などで叩いていく。バルツェル共和国軍の被害はうなぎ登りであった。


 この時点でバルツェル共和国軍の死者は15000人近くにまで達していた。負傷者は3万人以上であり、侵攻軍に所属する兵士の半分以上が死傷者であるという始末である。

 無論、これは戦後の検証で分かったことであり、現時点ではそこまで正確に誰も知らないわけであるが、追い詰められているバルツェル兵達にとってはどこを見ても味方の死傷者だらけといった様相である。あまりの絶望感に発狂して味方に射殺される兵士も出るという体たらくだ。

 高度文明人を自称する民族の哀れな姿である。とはいえ、過度なストレスを受け続けている故、仕方のないことでもあるのだが。


 バルツェル兵の中で最も幸運だったのが自衛隊の捕虜となった兵士というあたり、相当バルツェル共和国軍侵攻軍の状態は酷いものである。そんな幸いなバルツェル兵は1万人足らずといったところである。


 なお、現時点での自衛隊側の人的被害は死者11名、負傷者32名である。戦闘の規模からすれば無傷に近いが、それでも死傷者は出てしまうものだ。


 ノルマーク平野での戦闘は終了したが、後に言われる『ノルマーク平野の蹂躙』はこの後の戦闘のことも含まれてそう呼ばれている。まだまだ蹂躙は前半戦が終わったというところであり、さらなる追撃と死がバルツェル共和国軍を待ち構えていたのである。







今後、話の展開をもっと早くしたいですねー。ぶっちゃけ、今までみたいにダラダラと書いてるとしんどくてモチベーションが下がってしまいます(笑)

あと、今日(8/29)の北の弾道ミサイルに対する対処を行った自衛官や関係各位の方々には頭が上がらない思いです。日本に落ちなかったとはいえ、しっかりと警戒・監視ができていたことは安心要素のひとつですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲベール大将ついに降伏を決断。これまでの判断の大半が裏目に出てきた彼にとって、最後のこれだけは表の目なったと思ってよいでしょうね。文明人としての最後の理性が、最悪の事態を回避させた。失われ…
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