第2話
2034.2.24
日本国 東京
首相官邸 会議室
10:01 JST
この日、首相官邸は厳重な警備下に置かれていた。テロに備えてか、警察特殊部隊も待機している。
何故これほどまでに警備が強化されているのかというと、首相官邸の会議室には日本国、リーデボルグ共和国、エルスタイン王国、リテア連邦の各国首脳が集まっているからだ。
本日行われるのは経済・技術協力や安全保障、国家指針などを話し合うための国際会議だ。いわゆるサミットみたいなものである。
最初に日本が提唱したものであり、各国ともに前々からそういった場を設けたいと考えていたこともあって、この会議が定期的に行われることになった。
この会議は既に3回目。第1回はほとんど顔見せのようなものであり、本格的に会議が行われたのは第2回からである。その時に先送りにした問題や新たに生まれた問題が今回の議題でもあった。
「それでは、第3回諸国会議を始めます」
そう言ったのは現日本国首相の長谷川大輝。なんというか、とても平凡な外見の男である。どこか穏やかな雰囲気を持つ彼であるが、意外と陰謀とかは好きな方だったりする。
「まずは安全保障関連ですね」
長谷川 首相はそう言った。安全保障については第2回の時にも話し合われており、その際にいくつか決まったことがあった。
それを論じるにはまず、4ヶ国が置かれた安全保障環境について説明せねばならないだろう。
オルメリア大陸を中心に考えると、この4ヶ国は東半分に位置する国々だ。日本は大陸の東の海域にある。日本海を挟んでオルメリア大陸の最東端にあるのがリーデボルグ共和国。その西の隣国がエルスタイン王国だ。そして、リーデボルグ共和国の南部の海域にある群島国家がリテア連邦。
では、大陸の西部はどうなっているのか?
それが今の安全保障環境に大きく関わってくることだ。
元々、オルメリア大陸西部には2つの国があった。最西端の国であるベールニア連邦とその東隣のアーカイム皇国である。
ベールニア連邦はオルメリア大陸を制覇する野望を持った国家であり、その第一目標とされていたアーカイム皇国はベールニア連邦に対抗して軍拡をし、両国の対立は深刻なレベルに達していた。それは転移前より続いており、『西オルメリアの火薬庫』と呼ばれる程度には険悪な関係であった。
転移後は両国とも国内の建て直しが重要視されていたため、軍事衝突はしばらく起きる様子がなかった。日本が転移したときも軍事衝突をする余裕はなく、日本としてもこの2ヶ国とは国交を樹立したいと考えていた。
しかし、それはとある出来事によって立ち消えとなる。
日本の後に転移してきた国が1つあった。それがバルツェル共和国だ。オルメリア大陸の西に転移してきた島国である。
その頃、日本も立て直しを図っている最中だったのでバルツェル共和国と接触する機会がなかったのだが、それはある意味では幸運だったのかもしれない。バルツェル共和国は付き合う上で重大な問題があったのだ。
ある日、バルツェル共和国は突如としてベールニア連邦に侵略を開始した。バルツェル共和国は帝国主義的な思想や選民思想を持ち、過酷な植民地支配で周辺国から富を吸い上げることを良しとする国家であったのだ。
バルツェル共和国の技術レベルはベールニア連邦を大きく上回っており、ベールニア連邦はあっという間に陥落してしまう。
しかしながら、バルツェル共和国の欲望の被害者はベールニア連邦だけに留まらなかった。ベールニア連邦を短期間で落とした後、続いてアーカイム皇国にも侵略の手を伸ばしたのである。
ベールニア連邦をあっさりと撃破するバルツェル共和国にアーカイム皇国が敵うはずもなく、遂にはアーカイム皇国までもが陥落する。
さすがにこれ以上の進撃続行は国力的に無理が来るのか無かったが、またいつバルツェル共和国の東進が再開されるか分からない。最前線となってしまったエルスタイン王国のみならず、今回集まった4ヶ国にとっては重要な問題である。
それを踏まえた上で前回の会議で決まった安全保障政策がいくつかある。
1つは相互防衛条約。実際に戦争が起きた際、4ヶ国が共同で防衛を行う条約を前回の会議で締結している。その中には指揮権や階級の国際的位置づけなどといった細々とした決定も盛り込まれており、決してポーズなどではなく、かなり本格的に取り組まれた内容となっている。
次に日本の防衛装備移転。武器輸出だ。
日本政府は各国に武器輸出を行うことを決定した。その内容は小銃から戦車、戦闘機と様々だ。
例えば、小銃ならば20式小銃甲型。自衛隊の主力小銃である20式小銃の内、5.56㎜NATO弾を扱うタイプだ。生産ラインの問題から89式小銃は不適とされた。他にも、おおよそ歩兵装備は自衛隊が現在も使用しているもののモンキーモデルが多い。
ところが、戦闘機や戦車といった兵器は事情が異なる。戦闘機で考えると、現在自衛隊が主力とするF-35AJ/CJやF-3A/Bは諸国には運用できないということだ。レシプロ機を使っていた各国軍がいきなりステルス機を運用することなど不可能である。ジェット戦闘機の運用経験もなければ、ステルス機を運用できるだけの整備能力も金もない。
戦車で考えるなら、10式戦車(現在は甲と乙の2つのタイプに別れている)ほど強力で高価な戦車が諸国に必要か、ということだ。
日本の生産ラインだけで考えるのは不可能であり、それが押し通せるのは小銃などの基本的な個人装備だけであることが前回の会議での決着であった。つまり、今回は日本側が具体的にどのような兵器を輸出するのかが重要視される。
最後に大陸諸国での基地利用についてだ。大陸諸国と日本では運用兵器に大きな違いがあり、日本が大陸諸国の基地を使用する際に機能の不足が心配されていた。当たり前だがジェット機対応の飛行場もないのだ。
そのため、各国に基地機能の拡充と近代化を要請したのである。もちろん必要な技術は日本側が提供しているし、ある程度の資金援助も行っている。……まぁ、過半は当事国の金で進められているが。今回はその進捗状況の報告である。
「まずは我が国での兵器輸出についてですね」
長谷川 首相の言葉に他の3ヶ国の首脳達は集中する。自分達の国の軍備に関わることだ。関心は高くならざるを得ない。
「まずはこちらの資料を御覧ください」
長谷川 首相がそう言うと、壁際に控えていた日本の外務省の役員が資料を渡していく。
「……個人装備は概ね前回の決定に沿ったものとなりました。そして、次に航空戦力に関してですが……4ページを御覧ください」
ペラリと紙を捲る音。
「我々が会議した際、戦闘機輸出にはかなりの問題があることが分かりました」
日本の戦闘機輸出。別に法的に問題ではない。既に武器輸出は許可されているのだから。
問題は輸出する戦闘機の選定が難しかったことだ。
「我々には複数の案がありましたが、様々な理由から一択となりました」
日本側が輸出することのできる戦闘機について考えた際、いくつか案が上がる。
まずは現在も生産ラインが稼働しているF-35やF-3といった最先端ステルス機。しかしながら議論する間もなく却下である。いくらモンキーモデルにするとはいえ、そんな先端技術の塊を輸出するのはバカの所業。それに、様々な点で大陸諸国が運用できるとは思えなかった。
次にF-15やF-2。こちらも大陸諸国が運用できないと判断された。生産ラインを再整備しなければならない上に元からコストが高いのである。大陸諸国がそれだけの金額を出せるか甚だ疑問だ。
次はF-4。こちらは技術的・性能的に妥当とされていた。ただ、生産ラインを整備することも考えると非効率であり、さらに整備性の悪さも問題視されており、ジェット機運用経験のない国には荷が重いと言わざるを得なかった。
ならば、と考え出されたのが練習機の改造。日本の現行練習機のT-8を超音速機に改造することを技本が提案した。元よりT-8は練習機としては大型であり、少しの改装で軽攻撃機やCOIN機として運用できるようになっていた。他国への輸出も考えられていたためにそのような設計が為されていたのだ。
技本はT-8の設計を流用すれば十分に戦闘機として通用する機体を開発できるとしていた。そして実際に川崎と技本に半年かけて設計をさせてみたところ、概ね悪くない機体に仕上げたのだ。
「それが次のページです」
そこには、どこかT-4練習機にも似た機体が描かれていた。
元々T-8練習機はT-4練習機を元に設計したので、T-4練習機特有のいわゆる'イルカっぽさ'が残っていた。そのT-8練習機を再設計して完成させた機体なので、どこかT-4練習機を思わせるような姿になっていた。
スペックは悪くない。
名称はFA-8。最高速度はM1.8、巡航速度はM0.88、戦闘行動半径は800km。搭載する兵装は外付けタイプの20㎜機関砲、胴体下に中射程ミサイル4発、翼下に短射程ミサイル2発までを搭載可能で、爆弾も合計10000ポンドまでをハードポイント6ヶ所に搭載できる。
これでユニットコストは30億円。日本としては頑張った方である。まぁ、このユニットコストも量産効果次第で上下するが。
「どうでしょうか? これでもかなり頑張った方ですが……」
長谷川 首相が言った。
対する3ヶ国の首脳達は悩ましげである。ジェット戦闘機としてはかなり低めのユニットコストであることは彼らも理解しているのだろう。
しかしながら、レシプロ戦闘機よりも高いことは確かなのだ。
「まぁ、国に戻られてからゆっくり考えてください。各国の国防大臣や軍部には大使館を通じて同様の資料を配付しますので」
長谷川 首相はそう告げた。まずは国に帰ってから大臣や軍部と話し合わねばならない。彼らも最低限の知識はあるかもしれないが、そこはやはり専門家の判断が大切であろう。
その後は戦車や艦船の話も行われた。
戦車は新規設計にすることになり、10式戦車のパーツとの互換性を考えた設計が行われた。軍事的に重要な機密に相当する技術は使用されないものの、レベル的には1970年代程度のものが用意された。
陸自の機動戦闘車の54口径105㎜砲と同じものを主砲とし、10式戦車のパーツをある程度流用できる車体を持つ戦車。完全に輸出用として設計されたこの戦車はTKM-Xと呼ばれている。まだ各国の軍部で議論はされていないが、日本側としてはかなりの自信作である。できるだけパーツ流用をしてコストを落とし、なおかつ各国の従来の戦車に比べて圧倒的な性能を持っているのだ。
艦船はどうするかかなり揉めた。というのも、日本には余った護衛艦などなかったからだ。
海上自衛隊は東シナ戦争後に大規模な編成改革を行った。その一環として、護衛艦定数の大幅増強が挙げられる。
海上自衛隊は元々1個護衛隊群が2個護衛隊8隻で構成されていた。それが4つ。さらに3隻で構成される地方隊が5つ。計47隻が護衛艦として在籍していた。
しかし、東シナ戦争後には1個護衛隊群を3個護衛隊12隻で構成するように変更された。さらに高速ミサイル艇や乙型護衛艦、さらに一部の掃海艦の代替として、22隻の多機能護衛艦《FFM》も建造された。つまり、護衛艦定数が23隻も増えたのである。計70隻だ。
東シナ戦争後、様々な理由から防衛費の大幅増額が認められたことによって装備調達費に余裕が出た海上自衛隊は護衛艦定数を埋めるために多くの新型護衛艦を発注した。
その結果、転移直前になってようやく定数を満たせるようになったところである。これからは旧式化した護衛艦を新しいものへと更新せねばならないのだ。
現状、護衛隊群ではまだ20世紀に建造された むらさめ型が残っている。自国の防衛環境を整える方が先決だという声も大きく、日本の艦艇建造能力を他国のために使っている場合じゃないという意見もある。一部では旧式艦艇を延命して使っているのが'強化された'海上自衛隊の現実でもあった。
そもそも護衛艦定数を増やすべきではなかったという意見もある。しかしながら、少子化による人口減少によって内需が縮小しつつある一方で産業のオートメーション化が世界で最も進んだのが2030年の日本である。国内市場が小さくなる一方で生産力は大きく向上……外需依存度は嫌でも上がってしまう。そのため、日本では自国だけの防衛を考えていればいい時代は終わりを告げ、密接な関係にある貿易相手国の安全保障も考慮せねばならなくなった。それが故の自衛隊の増強。他にも理由はあるが、恐らく日本のこの現状が一番大きかったであろう。
何はともあれ、艦船に関しては自国のものを揃えるので精一杯である。そのために考え出されたのが各国の艦艇を急拵えでミサイル運用に対応させること。日本からミサイル運用に必要な最低限の装備を購入し、旧式艦艇を改造する。それが日本で出された結論であった。
その結論に対して大陸諸国の首脳達は特に何か文句を言うことはない。少なくとも戦力が増強されることは間違いないはずだし、日本の国内問題に関わることに首を突っ込みすぎると藪蛇になりかねないという思いからだ。軍部の連中はどうなるかは分からないが、日本側がNOと言えば従わざるを得ない。
日本と各国は建前上は対等な関係であるが、実際の力の差を考えると日本がどうしても上位になる。これが現実だ。
「次は諸国での基地利用についてですね。これは大陸諸国からご説明いただきたいのですが、よろしいですか?」
長谷川 首相の言葉に頷く大陸諸国の首脳。
「まずは我が国からご説明しましょう」
最初に口火を切ったのはリーデボルグ共和国のディール大統領。初老の男性だ。手元の資料を読む。
「現在、我が国西部にあるアイゼンド飛行場をジェット機に対応させていますが、それはほぼ完遂されております。ニホンのジエイタイが設備を持ち込めばすぐに使える状態です」
「なるほど……。それは素晴らしいですね。リーデボルグ共和国の誠意と努力に感謝します」
次に口を開いたのはエルスタイン王国のリチャード国王。
「我が国では南部の港町リセワールの港湾機能の強化が概ね終わっておる。いざという時には、そこからジエイタイの陸戦部隊を降ろしてもらうこともできる」
「ありがとうございます。これで我が'軍'も積極的に動きやすくなるでしょう」
長谷川 首相は笑顔で言う。しかしながら2人は首を横に振る。
「いえいえ……。元はと言えば我々が貴国に安全保障で協力していただく側。これくらいは当然でしょう」
「然り。しかしながら、我が王国ではそれを理解せずにニホンを拒む貴族のバカ者もおる。嘆かわしいことだ……」
リーデボルグ共和国はともかく、エルスタイン王国は状況が複雑である。ある程度の近代化はしているものの未だに貴族が根強く残るエルスタイン王国では、外国勢力を自国内……もとい自分の領内に招き入れることを嫌がる貴族も多い。ましてや諸外国を『血の卑しき者共が統べる野蛮な国家』と言う貴族すらおり、その諸外国と良い関係を築こうとする王族政府を不満に思う者すらいる。
「……まぁ、少なくとも我々は王族の方々の誠意は認めております。そこはご安心ください」
「ありがたい。そう言ってもらえるだけでも嬉しい」
リチャード国王はいい笑顔を見せた。彼はまだ40代。国を統べる者としてはまだまだ若輩だ。それでも何とか国が回っている以上、無能ではないのだろう。故に彼の笑顔が本心から来たものかどうかは分からない。しかしながら、少なくとも全くの作り笑いであるとは長谷川 首相には思えなかった。
さて、今回話し合うのは安全保障関連のものだけではない。重要度が最も高いのは間違いないが、こればかり話し合っているわけにもいかない。
安全保障についての会議がある程度まとまると、今度は経済分野に関しての会議が始まる。
「以前に提出した我が国の提案についてのお考えを聞かせていただきたい」
長谷川 首相は3ヶ国の首脳にそう問うた。
以前……つまり、第2回の時に日本側が提案した事項があるのだ。
それが関税協定。完全自由貿易とまではいかないが、関税を各国ともが一定まで下げることを提言したものだ。
それに対してリーデボルグ共和国とエルスタイン王国の首脳の反応は微妙なものであった。
「これは……我が国にとっては益が少ない気がしてなりません」
「我が国も同意見だ。何より貴族派や互助組織がうるさいのでな……」
リーデボルグ共和国は日本よりも技術的に劣っているとはいえ工業国である。日本製品を無制限に流通させてしまえば二次産業が壊滅的打撃を負うことは確実である。
エルスタイン王国は基本的に農業中心の産業形態にある。しかしながら反政府派貴族達や国内の二次産業における互助組織が日本の提案に反発している。両者とも共通しているのは、日本という強大な存在によって既得権益を侵害されそうな連中というところだ。あとは説明するまでもない。
「我が国は構いませんが、いくつか条件があります」
そう言うのはリテア連邦のアイザック大統領。褐色の肌を持つ健康的な男性だ。
「まずは我が国のインフラ整備に関して資金及び技術援助を願いたい。我が国の技術はリーデボルグ共和国やエルスタイン王国よりも未熟です……。故にご教授願いたい」
「なるほど。他には?」
「食料輸入枠に関して、我が国の枠を増やしていただきたい」
「む……!」
アイザック大統領の言葉に反応したのはリチャード国王である。エルスタイン王国は農業国であるため、日本に対して食料を輸出して外貨を得ている。この世界に日本が現れてから、大陸東部では日本円は基軸通貨のような扱いと化していたのだ。リチャード国王にはアイザック大統領の言葉が、そんな大切な外貨獲得源を掠め取ろうという発言に聞こえたのである。
「分かりました。それ以外には?」
「大きなものはこの2点です。残りは書面にて」
「分かりました。……今の2点に関しては日本としては前向きに考えさせていただきたいですね。食料輸入枠は全体の枠を増やす予定がありますので、その分をリテア連邦に回しましょう。まだ決定ではありませんが、担当大臣には私から言っておきます」
「ありがとうございます」
アイザック大統領は礼を述べる。自国分の輸入枠が減らされる心配はないと分かったリチャード国王も安堵の息をついた。
日本としても国内の農業企業が転移の影響を抜けて安定し始めているため、そろそろ外国の輸入品との競争を本格化させようと考えていたのだ。
この後も4ヶ国の首脳達は会議を続け、今回も概ね有意義な会議となったのだった。
もちろんこの場ですぐ決まる事項などあまりない。しかしながら各国の首脳が各国の代表として1つの場に集い、互いの立場を尊重しながら統括的な交渉や会議を行うことは意味のあることだった。
どうにもリアリティーに欠ける会議になってしまった気がしますね……。軍事の専門家でもない者が兵器性能について話したりとか。ちょっと反省(汗)
2017/11/7
護衛艦の定数を63から72へ変更しました。
2019/1/14
護衛艦の定数を72から70へ変更し、あさぎり型は既に退役済ということにしました。




