第18話
大変お待たせしました。
2034.5.4
エルスタイン王国 西部 ウェルディス市 東部
バルツェル共和国軍駐屯地
19:58 現地時間
「あぅ……眠い……」
バルツェル共和国のとある国立学校に通っていた彼女、アイリ・メルリア。彼女は共和国の学徒動員で徴発され、大陸の戦線の後方支援要員としてここ、ウェルディス市に送られた。
このウェルディス市は前線司令部がある侵攻軍の中枢でもあり、巨大兵站デポでもある。疑いの余地なく、ここは重要拠点であった。
「うぅぇー……」
変な呻き声を上げるアイリ。彼女は今、駐屯地の休憩所で休憩を取っていた。ここに来てから、彼女を含めて学生は散々こき使われており、その疲れは相当なものである。疲れているのは彼女だけではなく、学生全員であろう。
「アイリ……しっかり」
「うぇ……? お姉ちゃん?」
そんなアイリに声をかけたのは、姉であるナターシャ・メルリアであった。どうやらナターシャも休憩らしい。
姉妹2人はどちらも美少女であることもあって見事に映えていた。同じく休憩所にいる他の男子学生にとっては目の保養になること間違いなしであろう。
「お姉ちゃんも休憩?」
「うん。後方支援とはいえ、やっぱり軍隊ってきついわね……」
「だよねぇ……」
2人してため息を吐く。
「……最近、軍人さん達の余裕が無くなってきているように見えるんだ……。お姉ちゃんはどう?」
「私も同感ね。最初は隠そうとしていたようだけど、すぐに隠す余裕すらも無くなってる感じ」
「……何か起きたのかな?」
「……さぁ?」
彼女達が感じていることは事実である。実際、バルツェル共和国軍は着実に日本国自衛隊に追い詰められているのだ。それも割と洒落にならないレベルで。
軍人達の変化は学生達にすら気づかれていた。それが学生達の不安を煽っているという現状が後方にはあるのだ。
そんな時だった。駐屯地内の学生を呼集する放送がかかったのは。
所属する学校別に集まる場所が指定される。
「なんだろ?」
「……なんだか嫌な予感がするわね、さっきまで話していたことがアレだから」
2人はそんなことを言いながら、自分達の集合場所へと向かった。
ナターシャとアイリは同じ国立学校の中等部と高等部の学生だったので、集合場所は同じであった。その集合場所とは駐屯地外縁部の広場だ。そこは物資の仮置場として使われるはずだったのだが、物資不足のため何も置かれていない。こういうところにもバルツェル共和国軍の余裕の無さが現れているのだ。そして学生達もバカではない。軍の不穏な様子に気づき始めている者はナターシャやアイリ以外にもいたりする。
「いったい何の用なんだろ……?」
「ロクでもないことでないといいけどね……」
アイリとナターシャは正直不安であった。彼女達は比較的勘の鋭いタイプだ。この場には、ナターシャ達と同じ学校の学生以外にも軍人達が数名いる。その軍人達の表情が優れていないのだ。それが彼女達の不安を煽っている。
やがて百名近い学生の前で一人の軍人が声を上げた。
「学生諸君、君達に朗報だ」
その言葉に学生達は顔を見合わせる。
「我が軍は、学生諸君らを本国へ帰還させることを決定した!」
「え……?」
「うそ……?」
学生達は困惑した。予定では、作戦終了までは帰れないはずだったのである。それが突然の帰還命令。
帰ることができるのは嬉しいと考える者も多いだろうが、同時に別の考えも浮かぶ。いったい何が起きたのか、と。何か特別な事情がないと、いつも人手不足の後方支援の人員を減らすような真似を軍は決してしないだろう。
しかし、そんな疑問を言える雰囲気ではなかった。軍人達の様子は少なくとも良いものとは言えない。まるで、何も聞くな、と言外に言っているような状態である。
「諸君らは、明日にも帰還の途につくことになるだろう。君達には、ここでの経験を活かして……」
そこまで軍人が告げた、その時だった。
基地の一角が轟音と共に吹き飛んだのは。
「な、なんだ!?」
「う、うわぁああ!?」
「きゃあああっ!?」
誰もが状況を理解しきれない中、ジェットエンジンの轟音が鳴り響いた。1つや2つではない。
そして、基地の至るところが大爆発を起こして炎上していく。炎に照らされて夜空が明るく見えるほどだ。
ここまで来て、ようやくこの場にいる人間は攻撃を受けていることを理解した。
「くそ! 退避しろ、退避!」
「レーダー班は何をやっていたんだ!? 対空陣地は寝てるのか!?」
軍人達が口々にそう言いながら行動を始める。
彼らの預かり知らぬことではあるが、今回この空爆を行ったのは航空自衛隊のF-3A 戦闘機とJFQ-2 無人戦闘機。どちらもステルス戦闘機である。バルツェル共和国軍のレーダー程度では捉えることすらできない。
そして、対空陣地は1度も火を噴くこともなく誘導爆弾で跡形もなく吹き飛ばされた後であった。レーダーで探知できない上に夜とあって視界不良。対空要員からすれば、どうしようもないとしか言いようがない。
瞬く間に防空能力を奪われる前線司令部と駐屯地。そして、たった今、前線司令部と駐屯地内で臨時に設営された通信所がJDAMを受けて爆発して吹き飛ぶ。これによって救援を求めることはできなくなった。もっとも、連絡が取れなくなったことで前線司令部が攻撃を受けたことはすぐに露見するだろうが。
「なんでここが攻撃されているんだ!?」
「勝ってるんじゃなかったのかよ!?」
「もういや! 家に帰してよ!」
口々にそう言いながら逃げ惑うバルツェル人学生達。しかしながら、具体的にどこに逃げればいいのかは分かっていないため、結局は当てもなく右往左往しているだけである。本来誘導する立場であるはずだろう軍人達も混乱状態に陥っている。まさしくこの場にいるバルツェル共和国軍は航空自衛隊の戦闘機部隊による奇襲で組織的に麻痺してしまったと言える。
「アイリ、こっち!」
「うぇ、お、お姉ちゃん!? どこに行くの!?」
そんな中、ナターシャは妹のアイリを連れて駆け出す。
「……上の飛行機の目的は軍隊の施設を攻撃することよ。だったら、施設から離れればいいのよ」
ナターシャの考えは的を射ていた。自衛隊の目的としては司令部を潰すことが最初に挙げられる。首狩り戦術だ。無関係な建物への被害を最小限に止めるためにも軍が使っていると思われる施設以外への攻撃は避ける。
「で、でも……」
アイリは軍施設から離れるのに躊躇している様子だった。
「逃げないと爆弾でやられちゃうわよ!?」
そんなアイリに対し、立ち止まって珍しく大きな声で叱咤するナターシャ。しかしながら、アイリとて躊躇するに足る理由があるのだ。
「わ、私達、バルツェル人だから……ここの元々の住民の人達に見つかったら……」
「……確かにね」
アイリの言うとおり、バルツェル人はウェルディス市の住民から大きな恨みを買っている。非武装の状態で夜道を歩いていたら、良からぬことを企む者も多いだろう。さらに、彼女らメルリア姉妹は見目麗しい若い少女。女性の尊厳を踏みにじる凶行に出られてもおかしくない。
アイリの言葉を聞いて、ナターシャも躊躇する素振りを見せる。しかしながら、駐屯地にいても爆殺される恐れがある。どちらにしても大きなリスクを伴うのだ。
だが、ここでナターシャは気づいた。
「……空爆が終わった?」
未だ駐屯地のあちこちで火災が発生して延焼しているものの、ジェットエンジンの轟音は聞こえなくなっていた。
「た、助かったのかな……?」
アイリは恐る恐るといった様子で呟く。
「……戻ってみましょう」
駐屯地の外縁にまで来ていた2人は駐屯地の内部へと戻っていく。軍人達が駆け回っているのが見えるが、彼らはメルリア姉妹のことなど気にもかけない。そんな余裕がないのだろう。
「……っ!? お、お姉ちゃん、あそこ……!」
道の途中、アイリが目を見開いて駐屯地の中の一角を指差す。
「…………!」
ナターシャも息を呑んだ。アイリの指差す先にあったのは、頭から血を流して目を見開いたまま倒れて動かない、バルツェル共和国軍の兵士であった。
空爆の際に飛んできた何かの破片が頭に当たったのであろう。その破片の大きさもそれなりだったのか、頭部の一部が明らかに抉れており、そこから赤黒いナニカが零れ出していた。
「うっ……!」
「くっ……!」
二人して胃の中のものを全て吐き出しそうになった。それほどまでに凄惨な死体であったのだ。胴体や手足は全くの無傷であることから、頭部の損壊の酷さがなおさら目立つ。ただのティーンエイジャーでしかない彼女らにはあまりにもキツい光景だろう。
「行きましょう、早く……!」
こんな場所にいたくもなかったナターシャは、アイリの手を引っ張って早足でその場を去った。精神安定上、適切な判断である。もっとも、だからと言って2人が受けた心の傷は癒えることはないだろう。それほどまでにショッキングだったのだ。
そして、彼女達が戻る途中で謎の羽音のような音が夜空に響き始めたのをメルリア姉妹の耳は認めた。
「こ、今度はなに……!?」
さっきの光景のせいか、些か敏感になりつつあるアイリ。飛び跳ねるかのようにして驚くと、そのままガタガタと震え出す。とてもではないが平静ではいられないのであろう。そして、ナターシャもアイリより多少はマシとはいえ、冷静さを失いつつあった。
そんな彼女達を余所に、その謎の羽音の音源は己が任務を果たさんとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ヒュ~、空の連中、派手にやりますなぁ!」
赤く燃える前線司令部や駐屯地の方向を『オスプレイ』の機体側面の窓から見てそう言う一人の壮年の特装科隊員。部下である彼の言葉を聞いて、小隊長の和人は「そうだな」と頷いてみせた。
航空自衛隊の第1飛行隊は見事に仕事を果たしてくれた。対空陣地とレーダー、通信施設を尽く火の海に沈め、防空能力を奪い尽くした。おかげで悠々と和人達第1特装団が敵前線司令部の付近を飛べている。
「よし、第1小隊、第2小隊、降下準備! 第2小隊は第1小隊に続け!」
「了解です! 全員起立! 装備を再確認しろ!」
中隊長である篠原繁一等陸尉がそう命ずると、第1小隊と第2小隊の面々が立ち上がる。
「よし、永瀬 三尉! しっかりついてこいよ!」
「了解です、加賀美 二尉!」
第1小隊長の加賀美功二等陸尉の声かけにそう返す和人。
ちなみに、特装団の中隊は4個小隊に加え中隊長と副官を含めた中隊長付きが3名という編成である。
「予定着陸地点に到着! 降ろすぞ!?」
パイロットはそう言うと、『オスプレイ』の高度を下げる。それと同時に後部ハッチが開いた。
「行け、行けっ!」
「周囲警戒!」
「グズグズするな!」
第1小隊と第2小隊、中隊長と中隊長付きが『オスプレイ』から出ていく。そのすぐ隣には第3小隊と第4小隊を乗せた『オスプレイ』が着陸し、少し遅れて第3小隊と第4小隊が展開する。
彼ら第1特装科大隊第1中隊が展開したのはウェルディス市北部にある噴水広場。そこら中にベンチや花壇があり、人々の憩いの場であったであろうそこには、黒いパワードスーツを着用した者しかいない。
「装備を降ろせ! すぐに戦闘態勢を整えろ! 敵は待ってくれないぞ!?」
篠原 一尉の声に従い、第1中隊の面々は『オスプレイ』で運んできた各種装備を展開する。数基のセントリーガンと装甲材を用いた設置式の防盾。それをテキパキと配置していく。周囲の地形と配置を鑑みれば、のこのこと噴水広場に向かってくる敵を一本道で迎え撃てるような形で火力投射できるように考えて展開してあるのが分かる。
このように展開して敵を待ち構えているのは彼ら第1中隊だけではない。第1特装科大隊……センチネルチームに所属する別の3つの中隊もそれほど離れていない別の場所で展開している。その距離は互いがすぐにフォローに向かえる程度の距離だ。
「さて、と……。敵は今どこにいるんだ……?」
和人は戦域ネットワークによるデータリンクによって敵の位置を把握する。どうやら敵は連隊規模の軽歩兵部隊らしく、500m先まで迫っている。それに装甲車も中隊規模で随伴しているようだ。
ちなみに、これは観測ヘリからの情報である。ここにはJV-22『オスプレイ』輸送機以外にもAH-64E『アパッチ』攻撃ヘリやOH-1『ニンジャ』観測ヘリが来ているのだ。
「この感じだと、我々の誘引作戦に敵は引っ掛かってくれているようですね」
和人の部下である純也が、和人にそう言う。和人はそれに頷いた。
「この調子だと、司令部の方はガラガラだぞ? よっぽど混乱しているらしいな」
非常事態とはいえ、司令部の護衛を空けてしまうのは判断ミスであると言わざるを得ない。まぁ、その判断ミスを期待した戦術を自衛隊側は用いているので、上手く嵌まってくれる分には良いことなのだが。
「とはいえ、敵は連隊規模。油断は大敵だぜ?」
そう言って、1人の特装科隊員が2人に近づいてくる。
「鉄平か」
結城鉄平 三等陸尉。和人の友人であり同僚だ。第3小隊の隊長を務めている。
「結城 三尉、第3小隊の指揮はどうなされて……?」
「もう戦闘態勢は整えてるんだ、少しくらい大丈夫だって」
「いいんですか、それで……?」
少し呆れたような声を出す純也。和人は無言で肩を竦めるだけだった。まぁ、第2小隊と第3小隊は隣同士に展開しているため、すぐに指揮に戻れるだろう。それに、鉄平は昔からこういう人間である。和人はとっくに諦めがついていた。
「敵は連隊規模の軽歩兵らしいが、装甲車も引っ提げてるみたいだぜ?」
「戦車がないだけマシだろうな。装甲車なら、装甲のレベルにもよるが、コイツで撃ち抜ける」
そう言って和人は自分の持つ小銃を軽く叩く。20式小銃丙型だ。
当初、20式小銃は89式小銃の後継として2020年に開発された。その際にあったのは、甲型と乙型の2種類である。それぞれ、5.56㎜NATO弾、7.62㎜NATO弾を扱う小銃だ。
しかし、STASが開発され、それを専門に扱う第1特装団が編成されるのと同時に20式小銃に新たなバリエーションが追加された。それが20式小銃丙型である。これはSTASを装備した上で扱うことを前提とした小銃で、新型の7.62㎜強装弾を使用している。
装薬をより燃焼速度の速い新型装薬にした上で装薬量を増やし、7.62㎜弾ながら高初速度を実現しており、さらに弾の方も新型となって貫通力が格段に向上している。その一方で生身で扱うには強すぎる反動を持つようになり、さらに全体的なパーツ寿命が短くなっている。
この20式小銃丙型の貫通力はRHA換算にして、100m先でおよそ27㎜以上。NATOの7.62㎜の硬芯徹甲弾が18㎜であることを考えると、劇的な進歩である。
「でも、微妙じゃねぇか? ウチの軽機動車の正面は12.7㎜に耐えるぞ? 側面ならぶち抜けるかもしれねぇけどな」
鉄平の言葉に和人は頷いた。
「確かにそうかもしれない。だが、敵を侮るわけではないが、相手の技術レベルを考えると有り得なくもないだろ?」
「……まぁ、対パワードスーツ用の対軽装甲弾だしな……」
兵器技術レベルが数世代劣る相手に最先端の弾丸。そう考えると、確かに有り得なくもないのかもしれない。
「……というか、わざわざ対戦車火器を持ち込んでいるんですから、別に無理して小銃で倒さなくても……」
「……それもそうだな」
純也のツッコミに和人は肩を竦めた。
「……敵との距離、300m。そろそろ小隊に戻れよ」
「あいよ」
敵が近づいてきたので、鉄平は小隊指揮に戻った。その肝心の敵……軽歩兵1個連隊規模と装甲車中隊は未だに第1特装科大隊の展開位置を掴めていない。近づいてきていることから、第1特装科大隊のだいたいの位置は分かっているようだが、はっきりと捕捉するには至っていないようだ。
「観測ヘリの情報によると、敵部隊に迫撃砲部隊はいないみたいですね」
「ついでに言えば、ここに配備されていた中隊規模の砲兵部隊は空自の空爆で無事にお亡くなりになったらしい」
純也と和人はそんな話を交わす。敵に砲兵部隊や迫撃砲があるのならば、同じ位置に留まるのは危険だ。しかし、無いのならばかなり楽に事を進められる。事前の想定よりも敵が弱いのは、大抵の場合は良いことである。
「……そろそろだな。戦闘用意!」
中隊長の篠原 一尉が声を上げる。第1中隊の40名強が敵が来るであろう方向に銃を構える。
やがて曲がり角の先から敵歩兵が姿を現し始める。警戒しながらゆっくりと前進している。警戒こそしているが、夜闇によって視界不良であることもあって、第1中隊の存在に気づいていない様子だった。
そのまま射線上に次々と敵歩兵が入っていく。
「……まだだ……。まだ撃つな」
第1中隊の面々は静かに待つ。射撃命令が出るのを音も漏らさずに待ち続けている。
やがて、その時は来た。
「撃ち方始め!」
十分に引き付けたと考えた篠原 一尉は射撃命令を放った。
その瞬間に耳をつんざくような射撃音の合奏が始まる。周囲をストロボのように照らすマズルフラッシュ。殺意のこもった7.62㎜対軽装甲弾が、のろのろと周囲警戒しながら前進していた生身のバルツェル兵達に襲いかかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼、ルーウェル・アーカンソー上等兵が銃声を聴いたのと、先頭集団から「敵襲!」という声が聞こえたのはほぼ同時だった。そして、次の瞬間には味方の悲鳴の大合唱が聞こえてきた。
「た、助けてェ……!」
「あ、足が……千切れたぁ……!」
「しっかりしろ、おい!?」
「下がれ! 下が、グゲっ!?」
アーカンソー上等兵は思わず舌打ちをしてしまった。先ほどから敵に先手を取られてばかりで、こちらの対応は見苦しいまでに後手に回っている。たかだか一兵卒のアーカンソー上等兵ですらそう思っているのだ。下士官や士官の人間はそれ以上に現状のマズさを感じているだろう。
アーカンソー上等兵が所属する小隊が交戦位置である曲がり角に到着した時、最初に奇襲を受けた小隊は既に壊滅していた。わずか2分にも満たぬ間に、である。
「くそ! どうなってるんだ!?」
彼の部隊の小隊長が吐き捨てるようにそう言ったが、アーカンソー上等兵とて同じ気持ちである。前線司令部の防衛を任されるだけあって、ここにいる第26歩兵連隊は決して練度の低い部隊ではない。しかし、その連隊内の小隊ひとつが瞬く間に壊滅したのである。
味方部隊が敵に向かって次々と照明弾を撃っていく。照明弾の明かりで敵の姿がぼんやりと見えてくるが、正直よく見えない。なのに敵はかなり正確に攻撃してくる。
味方の兵士が建物の陰から敵に向かって射撃を行うが、すぐに反撃を受けて死亡ないし重傷を負う。下手をすれば……いや、下手をしなくとも顔を出した時点で頭が吹き飛ばされる者も多い。
アーカンソー上等兵からしても敵の銃弾の威力は凄まじいように見えていた。頭に当たれば、文字通り顔の半分が血煙と化す。手足に当たるにしても、普通ならば風穴を開けられて出血する程度なのだろうが、今は手足が着弾箇所より先が千切れ飛んでいる。
「何なんだ、これは!? 重機関銃か!?」
思わずアーカンソー上等兵はそう叫ぶ。
「装甲車が来たぞ! 彼らを盾にして前進するぞ!」
後方から2両の『ベルーサ3』装甲車がやって来る。装軌式の装甲車で、10㎜重機関銃を2基備えている。開発年はやや昔だが、後継がまだ開発されていないため、バリエーションを増やしながら使われ続けている。信頼性も高いと評判の装甲車だ。
そんな装甲車が援護に現れたのだ。兵士達の士気も回復する。
「敵に車両はない……! 行けるぞ!」
「よくもやってくれたな! 今度はこっちの番だ!」
バルツェル兵達は口々にそう言う。
2両の『ベルーサ3』装甲車が横並びになって歩兵の前に出て、10㎜重機関銃で敵部隊に攻撃を加える。敵は隠れたのか、銃撃が一瞬止む。
「よぉし! 前進だ!」
アーカンソー上等兵の小隊は装甲車を盾にしながら前進を始める。装甲車も歩兵の前進速度に合わせてゆっくりと進みだした。
敵の攻撃はすぐに再開された。次々と襲いかかる光弾はそのほとんどが2両の装甲車に吸収される。
(いける! 勝てるぞ!)
敵の高い火力と練度に、一時はどうなることかとアーカンソー上等兵は思ったが、所詮は蛮族。高等文明の担い手たる自分達バルツェル人が本来負けるはずがないのだ。そんな風に考えている彼だったが、ある異常が彼を現実に戻した。
「おい、装甲車! なんで止まった!?」
突然、装甲車が2両とも停止したのだ。訳も分からず、歩兵部隊も足を止めざるを得なくなる。
そんな中、キューポラから搭乗員であろう兵士が這い出して来て、装甲車の後方に転がり落ちるようにして下りてきたのだ。
その兵士の姿を見て、アーカンソー上等兵は思わず息を呑んだ。
全身が血塗れだったのだ。体のあちらこちらに銃創があり、見るも無惨な光景だ。
今も出血が続いているのか、血の池は彼を中心に少しずつ広がっていく。
アーカンソー上等兵は急いで駆け寄った。
「おい、あんた! 大丈夫か!? 何が起こった!?」
カヒュー、カヒューと漏れ出るような呼吸音。そんな中で搭乗員の彼は言葉を紡ぐ。
「……銃、弾が、装甲を……貫、通し……た」
「何だって!?」
バルツェル共和国軍の誇る『ベルーサ3』装甲車の正面装甲を銃弾が貫通したのだという。機関砲ならともかく、相手の様子から察するに撃ってきているのは銃弾。それも小銃弾である。そんなものに貫通されるほど『ベルーサ3』装甲車の装甲は柔ではない。実際、バルツェル共和国軍の標準的な小銃弾である6.5㎜弾はしっかり防ぐのだ。
「他の連中は!?」
「……死、んだ」
「くそっ!」
何故かは知らないが、敵の銃弾の前では装甲車の装甲など無意味らしい。そんなバカなことがあってたまるか、と内心で毒づくアーカンソー上等兵。
そんな彼に搭乗員の兵士は目を向ける。濁ったような目は、彼がもう長くないことをアーカンソー上等兵に悟らせた。
「……逃、げろ」
「…………!?」
「奴、らは……化け物、だ……スコープ、で……見た……」
それだけをアーカンソー上等兵に言うと、彼は事切れた。
(化け物、だと? いったい、何を見たというんだ……!?)
アーカンソー上等兵は恐怖を感じた。相手は化け物だと搭乗員の兵士は言った。
人間ではないのか? 自分はいったい何と戦っているのか?
そんな思考に囚われかける。
「ロケットだ!」
そんな彼を再び現実に戻したのは、そんな声だった。
(ロケット……!?)
アーカンソー上等兵もロケットがどういうものか知っている。バルツェル共和国軍では航空機が対地攻撃を行う際に使用するものでもある。個人用対戦車火器としての開発が進んでいるという話は聞いたことがあったが、それだけだった。
「退避!」
小隊長がそう言うのとほぼ同時。2発のロケット弾は動かなくなった2両の装甲車に直撃。内部の弾薬と燃料を誘爆・引火させた。
すぐ側にいたアーカンソー上等兵もただではすまない。装甲車が爆発し、その爆風を近距離で受けたアーカンソーは熱風で飛ばされ、さらに肺と気管を焼かれる。さらに装甲車の破片が体の至るところに突き刺さり、出血を強いられる。
「ルーウェル!」
アーカンソー上等兵をファーストネームで呼ぶ兵士が彼に駆け寄った。
(ああ……なんてツラしてんだ)
その兵士……友人は泣きそうな顔でアーカンソー上等兵を見ていた。そんな友人に声をかけようと思ったが、喉が焼けて声が出ない。
(すまん……あとは頼む……)
アーカンソー上等兵は暗くなっていく視界と朦朧としていく意識に耐えきれず、そのまま意識を失っていく。
(あぁ、……母さ……ん……)
最後に脳裏に残ったのは心配した様子で自分を見送る母の姿であった。
(ご、めん……)
そして、アーカンソー上等兵は20年の短い生涯を閉じたのであった。
いろいろあって、忙しくて大変でした……。
更新が遅れたことをお詫び申し上げます。本当は5月中に更新するつもりだったんですけどね……。