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交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章
17/46

第17話

今回はあまり見直しなどをしていない状態での投稿ですので、後々いろいろと修正する恐れが大きいです。ご了承ください。

 2034.5.4

 エルスタイン王国 ウェルディス市

 バルツェル共和国軍 前線司令部

 19:07 現地時間






 バルツェル共和国陸軍の侵攻部隊の司令部は、ウェルディス市に設営されている。そこにはバルツェル共和国陸軍侵攻部隊の総司令官であるゲベール大将とその副官や参謀達、さらに各師団から派遣された将校がおり、まさしく陸軍侵攻部隊の中枢である。

 しかしながら、その中枢は現在、予想もしていなかった事態を前に混乱が発生しており、その収拾もついていない状態であった。バルツェル共和国軍の将兵が焦った様子で駆け回り、いかにも緊急事態が起きたかのような空気である。

 そして、ゲベール大将を中心とする高級将校達は会議室に集まり、今後の対応について会議を行っていた。


「……現在、バルサ空軍基地の壊滅によって第3航空団の戦闘機部隊及び攻撃機部隊は全滅。残った第3航空団の戦力は後方のアーカイメル空軍基地に配備されていた爆撃機部隊や偵察機部隊のみとなっております。敵航空部隊は制空権を我が軍から奪い取り、我々の補給線や通信施設に空爆を行ってきております」


 参謀将校の1人が行う説明。しかし、その説明を聞いて平静な表情をしている人間はこの場にはいなかった。


「いったい、何故そのようなことになったのだね!? 空軍は昼寝でもしていたのか!?」


 そう怒鳴るのはゲベール大将。不摂生なせいで大きく突き出た腹を揺らしながら顔を真っ赤にしている。そんな彼の怒鳴り声を聞いて、空軍から派遣されてきた将校が竦み上がりながら説明を始める。


「わ、我々空軍は先のエルスタイン王国軍主力との戦闘の後も空爆を継続して行っておりました。残された敵の航空戦力の多くはエルスタイン王国の首都防衛のために駆り出され、他の地域では敵航空戦力の姿すら見えないのが実情でした……。それが変わったのは昨日の明け方のことでして……突如として作戦行動中の航空部隊との交信が途絶し、気づいた時にはバルサ空軍基地が攻撃を受けていました」


「それがおかしいのだ! 何故、そう易々と敵の侵入を許したのだ!?」


 ゲベール大将は空軍将校に怒鳴り散らす。しかし、空軍将校からしたらたまったものではない。彼ですらも信じられない事態なのだ。この事態の全容を把握しきれていないし、敵がいったいどんな手品を使ったのかも分からない。分かっているのは、第3航空団の事実上の作戦能力の喪失であり、それによって敵航空部隊がやりたい放題やっているという現状のみ。敵がどうやってバルツェル共和国空軍を出し抜いたのかなど、彼自身が一番知りたいくらいである。


 何も答えられない空軍将校を見かねたのか、時間の無駄だと察したのか、先ほどとは別の参謀将校が口を開いた。


「大損害を受けたのは空軍だけではありません。海軍も侵攻艦隊が壊滅的打撃を受けて撤退したとの報告が入っております。……そして、我々陸軍も徐々にダメージが蓄積されております」


 海軍は24隻もの艦艇で編成された艦隊が壊滅せしめられた。残されたのはたった2隻のフリゲートのみであり、もはや作戦能力は失っている。

 陸軍は空軍や海軍に比べれば今のところは被害は大きくない。しかしながら、補給線や後方支援部隊への空爆によって疲弊しきっていることは事実だ。

 補給の問題は深刻だ。燃料や弾薬、食料の輸送すら十全ではない。バルツェル共和国陸軍侵攻部隊は物資不足で立ち往生してしまっている。先の戦闘で使用された燃料や弾薬も十分に補充されず、特に燃料と食料は普段から消費することもあって危機的状況であるのだ。妨害があるとはいえ多少は補給物資が前線に届いているのだが、完全に消費量が供給量を上回っている。

 さらに先の戦闘で発生した4400名の死傷者。その内の2000名が死者であったのだが、医療品の不足から重傷者が相次いで死亡し、死者の数が既に3000名を超えていた。


「何故だ……! 何故、我々は蛮族ごときにこうも出し抜かれる……!?」


 ゲベール大将は歯軋りをしながらそんな言葉を絞り出すように漏らした。


「……閣下、私から意見具申をしてよろしいですか?」


 先ほど話していた参謀将校の意見具申。ゲベール大将は何も言わずに頷いて、発言を促した。


「ありがとうございます。……私が愚考いたしますに、現在は事前の想定にない事態に襲われています。敵は我々の予想を超えており、我が軍に対抗するに能う何らかの手段・戦力を保有していると考えられます。……これは情報部の怠慢であり、我々陸軍は情報部の提供した間違った情報を元に作戦を立案した、という状況にあります。このままでは徒に戦力を損耗することとなります。ここは戦力温存のために侵攻を中断するという手もあるのではないかと愚考いたします」


「蛮族相手に退けというのか!?」


 参謀の考えに、ゲベール大将は開口一番にそう怒鳴った。


「まことに遺憾ですが、そういうことになります」


「ふざけているのか!? 栄えある共和国軍が劣等民族の軍に背を向けるなど、あって良いはずがない! 貴様、それでも共和国軍人か!?」


「……空軍と海軍はその戦闘能力を失いました。もし我々陸軍が戦力を残して撤退したとしても、閣下の失点となることはありません。我々は空軍や海軍と違い、無為に戦力を失ったわけではありませんので。これは敗北ではありません。戦略的な転進であります。ご決断いただけませんか?」


 参謀将校の発言。だが、他の参謀将校の何人かもその発言内容に納得しているようで、しきりに頷いている。無論、納得していない者もいるが。

 ゲベール大将も怒気を収め、参謀将校の提案に真剣に考え始める。自分の失点にならないのであれば、撤退もアリだと考えたのだろうか。

 しかし、そこで反対意見を持つ別の参謀将校が声を上げる。


「私は反対です。ここで退けば敵はつけあがり、我が国の名誉は汚されることとなりかねません。さらに、植民地人達が調子づく恐れもあります。たとえ戦略的転進であっても、無知な植民地人達は我々の敗北と錯覚することでしょう。その結果、独立運動やテロリズムが活発化するやもしれません」


 その考えもまた正しい。ここで退けば、大陸諸国はバルツェル共和国を事実上退けたこととなる。それを知った旧アーカイム皇国や旧ベールニア連邦の人間が独立運動を激化させることは十分に考えられることだ。ただでさえ、今でも反バルツェル勢力が動き回っているのだ。その炎に薪をくべるのは全力で阻止したい。


「……我々は前進する」


 しばらく悩んだゲベール大将が出した答えがそれだった。


「何故ですか!?」


 ゲベール大将の決断に納得がいかない参謀将校が立ち上がる。


「敵は得体の知れない戦力を用いて我々を攻撃してきております! まずは敵の正体を掴まねば、仮に勝利するにしても多大な被害を被ります! 下手をすれば、こちらが敗北することも有り得ます!」


「君は栄えある共和国が蛮族に敗北すると主張するつもりかね!? それは祖国に対する侮辱だぞ!?」


 ゲベール大将にとっては、『戦略的な転進』という発言は許せても『共和国の敗北』という発言は許せないもののようだ。だが、参謀将校はそれでも続ける。


「空軍や海軍がどうなったか、ご存知なはずです! 彼らは……我が国の空軍と海軍は既に事実上の敗北を喫しています! 我々陸軍だけがその憂き目を容易く免れるなどということは考えられません!」


「もうよい! 黙れ! 海空の戦いと陸の戦いは違う! それに敵の首都はもうすぐそこなのだ! 敵の主力も叩き潰している! これ以上楯突く気ならば、出ていきたまえ!」


 ゲベール大将の言葉を受けて、魂が抜けたかのようにイスに座り込む転進派の参謀将校。


「了解、しました……。作戦を続行しましょう……。ですが、学生だけは退避させましょう。彼らに死者が出れば、さすがに責任問題に発展しかねません」


「……分かった。だが、退避するのは学生だけだ。我々正規軍は前進する」


 彼の提言にゲベール大将は了承した。陸軍侵攻部隊の最高司令官が前進すると決めたのだ。もういくら言葉を重ねようが無駄である。だからこそ、参謀将校は学徒動員で徴発した学生を逃がそうとした。


 ……まぁ、もっとも。

 この後のことを考えると、ここで何をどう決断しようが、結果的には全く影響がなかったと言えるが。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 同日

 エルスタイン王国 西部

 上空

 19:47 現地時間






 暗闇の中、ウェルディス市に向かって飛ぶ鋼鉄の鳥の集団がいた。

 それは『オスプレイ』の呼び名で有名なティルトローター輸送機、JV-22の編隊であった。8機もの『オスプレイ』が編隊を組みながら、空を翔ている。明らかに何らかの作戦中の機体である。


 この世界で『オスプレイ』を保有しているのは自衛隊とほんの僅かに日本国内に残っていた在日米軍のみである。ちなみに、在日米軍のアメリカ兵達は装備と設備を自衛隊に接収され、そのまま自衛隊に入隊するか日本の民間人として暮らすかの2択を迫られることとなった。どちらにせよ日本に帰化することとなるが、この世界に前世界と同様の生活水準で生きていこうと思うのならば日本人になるしかない以上、アメリカ兵達も理屈では理解していた。感情ではどうか知らないが。

 閑話休題。


 この『オスプレイ』にはバルツェル共和国軍にとっては物騒極まりない‘お客さん’が乗っていた。その‘お客さん’の団体名は‘陸上自衛隊陸上総隊第1特装団第1特装科大隊’。戦闘用パワードスーツであるSTASを運用する部隊であり、陸上自衛隊の中でも最強格の歩兵ユニットである。

 1個小隊10名程度であり、『オスプレイ』1機当たり2個小隊が乗り込んでいる計算になる。


「……………………」


「……………………」


 その中の1機。その機内には、静かに戦闘開始の時を待つ永瀬和人 三等陸尉の姿があった。その隣では小谷純也 一等陸士が緊張しきった様子で待機している。お互いに話さないところは類似点ではあるが、その理由は全く異なる。片や、その人付き合いの苦手さが理由であり、片や戦闘前の緊張が理由。

 とはいえ、和人は小隊長である。隊長として話すべきことは話さねばなるまい。


 彼ら特装科隊員はSTASを着装している。ほぼ全身を覆うタイプのパワードスーツであり、対赤外線迷彩を兼ねた対弾アーマーと各種通信機能、センサー類を備え、戦闘を支援するためにHMDバイザーには様々な情報が表示される。

 和人の視界内には作戦開始予定時間が迫っていることを知らせるアラートが数秒間表示された。それを見て、和人は口を開く。


「総員傾注。これよりウェルディス市攻略作戦の第1段階が発動される。皆、1度は作戦の全容を説明されていると思うが、この場で再度確認を行う」


 この言葉はSTASの通信機能を通じて各員に送られている。エンジン音がやかましいからだ。


「まずはウェルディス市にある対空兵器や通信施設、レーダーを航空自衛隊の戦闘機部隊が空爆によって排除する。これによって我々の侵入を支援してくれる手筈となっている」


 まずは航空自衛隊のF-3A 戦闘機とJFQ-2 無人戦闘機によってJDAMを用いた爆撃が行われる。これによって対空兵器、通信施設、レーダーを破壊して安全を確保する。


「次に俺達を含めた第1特装科大隊(センチネルチーム)が大回りをしてウェルディス市北部に降下する。そこでウェルディス市の敵地上兵力を我々に誘引する」


 第1特装科大隊は『オスプレイ』を用いてウェルディス市北部に素早く展開し、そこで敵を引き付ける役目を担っている。できるだけ司令部の護衛に回せる敵戦力を減らすためだ。


「次に第2特装科大隊(アトラスチーム)第3特装科大隊(ケルベロスチーム)が南部から敵司令部を強襲する。敵司令部を制圧した後、第2特装科大隊は我々が相手にしている敵を挟撃する。第3特装科大隊は空挺降下地点を確保し、第1空挺団を迎え入れる」


 第1特装科大隊が敵司令部直属の戦力を誘引している間に第2特装科大隊と第3特装科大隊が敵司令部に強襲をかける。そこで敵司令部を制圧して高級将校を捕虜とする。停戦交渉をする際のカードにはなるだろう。

 その後、第2特装科大隊は第1特装科大隊が誘引している敵を背後から攻撃する。第1特装科大隊と第2特装科大隊は共同でその敵を撃滅した後に他の残敵の掃討に入ることとなる。

 一方、第3特装科大隊は後から来る第1空挺団の降下地点を確保する。


「その後、我々はウェルディス市を制圧する……。この第1特装団と第1空挺団の共同作戦と同時進行で、ノルマーク平野で第1外征団と第2外征団が敵主力野戦部隊を攻撃する。敵主力を撃破した後、彼らは残敵を追撃する。……敵主力が西に撤退する際、必ずウェルディス市近郊を通ることになる。そこで、ウェルディス市にいる我々と追撃に入った第1外征団と第2外征団で敵残存戦力を挟撃する」


 この任務は第1特装団と第1空挺団に大きな危険を課している。2000名弱でウェルディス市を制圧し、その後に押し寄せるであろう万単位の敗残兵を撃滅することが彼らの任務だ。

 第1外征団と第2外征団の2万人以上の味方が追撃している敵とはいえ、危険なのには違いない。

 だが、それよりもこの任務を困難たらしめているのは、市街戦を伴う任務であるからだろう。事前に行われた衛星及び無人機による航空偵察の結果、バルツェル共和国軍の司令部と駐屯地はウェルディス市東部に集中していることが分かっており、そこから住民を追い出して土地を接収しているらしいことも判明している。現在、バルツェル共和国軍のいるウェルディス市東部にはほとんど住民がいないことは分かっているが、それでも絶対に民間人がいないという保証はない。さらに、司令部制圧後はウェルディス市全域を制圧する必要があるのだ。否応にも民間人のいるエリアで戦わねばなるまい。

 市街戦において民間人を誤射・誤爆せずに戦うというのは厳しいものがある。それはこれまでアメリカが散々証明してきた純然たる事実である。しかしながら、自衛隊にはそれを為す義務があるのだ。

 だからこそ、第1特装団と第1空挺団という精鋭部隊のみによるウェルディス市制圧作戦なのだ。外征団を含めた自衛隊一般部隊は、確かに高い練度を誇っている。しかし、練度が高いだけでは不足であるというのが自衛隊上層部の判断である。


「俺達はウェルディス市における敵戦力の誘引を担っている。危険な任務だ。さらに今回は市街戦でもある。民間人に犠牲者を出さないように戦うのは困難な任務だと言わざるを得ないだろう。……だが、厳しい訓練を積んだ俺達になら可能な任務でもある。気を抜かず、だが気負い過ぎずにこの任務に挑んでくれ。以上だ」


『『『了解!』』』


 小隊員からのやや興奮の混じった返事。緊張はそれほどない。ちょうど良いコンディションといったところだろうか。


「そう言えば三尉」


 和人の隣に座っていた純也が口を開く。


「この前、弟さんがいるって言ってませんでした?」


「ん? ああ、確かにいるぞ。自衛官だ」


「兄弟揃ってですか。どこの部隊なんです?」


「外征団だよ。第1外征団の普通科だ」


 それを聞いた純也は驚いた。


「じゃあ、この作戦に参加してるじゃないですか!」


「そうだな……。まぁ、会うことはないだろうが……。怪我しないといいけどな」


「同じ事を弟さんも考えているんじゃないですか?」


「だろうな」


 肩を竦めて笑みを浮かべる和人。

 彼らは厳しい訓練を積んだ猛者達である。だが同時に、一般的な感性を持ち合わせたどこにでもいる人間でもあった。

 彼らは困難な任務に立ち向かおうとしている。しかし、そこには悲壮感はない。自分達ならばできるという確固たる自信と、その源である訓練の賜物が彼らにはあるのだ。

 猛者たる彼らがウェルディス市上空に到達するまであと少し……。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 第1特装団がウェルディス市に向かうのと同時刻。ノルマーク平野では第1外征団と第2外征団がバルツェル共和国陸軍の主力を叩くために展開していた。

 戦車や装甲車が進撃の準備態勢に移行しており、命令があればいつでも攻撃が可能だ。今は特科部隊の展開完了を待っている状態だ。


 そんな中での、とある24式装輪装甲車の中で会話だ。


「……ふぅ」


「おや、分隊長殿は緊張しておられるのですか?」


 分隊長と呼ばれた自衛隊員が部下であろう自衛隊員にからかうような声をかけられる。


「そりゃな。俺は初陣だぜ? 緊張くらいするだろ。ま、ブルッちゃいねぇよ」


 分隊長は肩を竦めてそう言う。彼の名は永瀬義人。陸上自衛隊の三等陸曹だ。年はまだ21であり、陸曹になったばかりの新人分隊長である。


「お前はどうなんだよ、生田(おいだ)。お前こそガッチガチに緊張してんじゃねぇのか?」


 ニヤリと笑ってそう返す義人。それを向けられた自衛隊員……生田亮太 一等陸士も笑みを浮かべる。


「実はガッチガチに緊張してますよ。もう漏らしそうです」


「嘘こけ。全然そんな顔してねぇじゃねぇか」


 上官と部下というには、あまりにも親しい2人。というのも、彼らは自衛隊に入る前からの知り合いだ。高校の先輩後輩の関係である。


「さて、皆。声は聞こえてるな?」


 24式装輪装甲車のエンジン音の中、分隊長である義人は車内の部下達に話を始める。


「俺達がやることはただひとつ。糞生意気なバルツェル野郎を殴って泣かせて黙らせることだ。味方の特科が散々ナメクジ野郎どもを痛めつけてくれる。俺達は戦場の神々の忘れ物を適当に処理していくだけだ」


 義人は肩を竦めて「簡単だろう?」と尋ねる。敵をとことん扱き下ろす発言を聞いて、隊員達は小さく笑う。


「そうですね。糞雑魚ナメクジ野郎どもに自分の身の程を思い知らせてやりましょう」


「たいちょー、油断は禁物ですよー」


「何言ってんだ。永瀬 三曹のことだ、分かってて言ってんだろ?」


 ガヤガヤと騒がしくなる車内。彼らには余裕がある。油断ではなく、余裕だ。

 適度な緊張と余裕。それが戦場に立つ者に必要なものだ。

 そういう意味で、彼らは戦闘の心構えは十分にできていると考えていいだろう。


「作戦開始までまだ少し時間がある! 各々、その戦意を維持してろ! 戦いを前にしてブルッちまわないようにな!」


 義人はそう締め括った。

 この分隊のコンディションは良好と判断していいだろう。だが、義人には一抹の不安もないわけではない。この分隊は、分隊長である義人も含めて実戦経験を持つ隊員が少ないのだ。小隊内には義人よりも先任の曹がおり、彼らは実戦経験を持っている。小隊長は実戦経験はないが、防衛大学校や幹部候補学校では優秀だったようで、年配のベテランの曹のアシストがあれば、その能力を十二分に発揮してくれるに違いない。

 自分はというと、それほど優秀だという自信はない。格闘には自信があるが、分隊長としての資質は並程度であると自認している。小隊内で一番しっかりとせねばならないのは自分だろうと義人は考えていた。

 ……まぁ、彼は口では威勢の良いことを言うが、内心は存外にも小心者なのである。そして少々傷つきやすい性格でもある。それを覆い隠すのが口数の多さと口の悪さなのだ。


(俺は兄貴には何もかも勝てねぇ……)


 義人は自分の兄のことを思った。

 自分と違って頭の出来が良く、何でもそつなくこなす兄。比べられることもあった。その度に悔しい思いをしたものだ。一時期はそれで兄を疎ましく思ったこともある。

 だが、それでも今は思うのだ。彼は自慢の兄である、と。自分よりもずっと優秀な兄を誇りにすら思っている。

 だからこそ、自分は醜態を晒すわけにはいかないのだ。そんなことをしてしまえば、兄の名誉に傷がつく……義人はそんな風にすら考えていた。無論、考えすぎである。当の兄は弟の身を案じているだけなのだから。自分の名誉云々など気にすらしていない。

 しかし、義人には兄への憧憬もあった。故に兄に対して、一般的な兄弟関係とは言えないくらいの敬意を抱いていたのだ。


(兄貴に負けてられねぇ。俺だって、やればできる)


 義人は兄に追いつくために、自衛隊に入ってから努力を重ねた。そのおかげで曹になる前に外征団に選抜されるに至ったのだ。ちなみに、その時に同部隊だった生田 一士も一緒に外征団に選抜された。

 だが、兄は第1特装団に配属された。‘ただの優秀な外征部隊’である外征団に対し、第1特装団は文句なしに‘地上最強の歩兵ユニット’。どっちの方が精鋭であり、優秀であるかは義人の中では明確に決まっていた。本来は役割が全く異なるため、一概に言えたようなものではないのだが、義人の中では第1特装団の方が優秀な部隊なのである。

 自分の先を行き続ける兄。その背中を見続けることになる義人は、そこに追いつこうと今でも努力していた。


「そう言えば、分隊長。お手紙を預かってますよ。駐屯地の荷物に入れてますけど」


「手紙……? 今時、わざわざ手紙とは……」


 生田 一士が口を開いたことによって、義人の思考は途切れた。そして、その内容に怪訝そうな表情を浮かべる。情報化社会に生きる日本人は、普通はメールか電話、SNSを用いるだろう。だが、わざわざ手紙である。


「そうですよ。それも郵便を使ったものでもない、本当にただの手紙です。直接本人から、分隊長宛にと受け取りました」


「……いったい、誰なんだよ。そんなの送ってくる奴……」


 そこでニヤリと笑う生田 一士。


「瀬川 先輩ですよ」


「瀬川……? って、あの瀬川!?」


「その通りです」


 瀬川。その名は義人によってはトラウマであった。


「おい、ちょっと待て、なんで今、あいつから連絡が……!?」


 瀬川由里子。義人がかつて告白し、そしてこっぴどくフラれた相手である。彼女のせいで、義人は今でも女性が苦手なのだ。何気にガラス製のハートを持つ義人には非常に堪える出来事であった。

 高校も何の因果か同じ高校に通うことになり、最初の頃は随分とギクシャクしていた。卒業する前でも2人の距離感は微妙なものだった。……義人が一方的に距離を取っているとも見える状態であったが。


「まぁまぁ。昔のことでしょう? そんなに動揺しなくても」


「ふざけんなって……! 任務前にとんでもない爆弾を放り込んできやがって……!」


 義人は憤慨した……とまではいかないが、多少気分を害した様子だった。


「まぁ、落ち着いてくださいよ。……とりあえず、悩みは吹っ飛びましたか?」


「……! まぁな……」


 義人は「見透かされてたか……」と苦笑した。

 彼自身、自分の悩み……と言えたものか分からないが、それが健全なものとは思っていない。憧憬と劣等感が複雑に絡まった末に形成されたものだ。


「……それに、分隊長のトラウマも実態は笑い話ですしね」


 そう小さく付け加えられた言葉は、義人には届いていなかった。

 生田 一士は義人にトラウマを植えつけた事件の真相を知っている人間である。そんな彼からすれば、義人のトラウマは笑い話にもなり……そして、もどかしいものでもあった。


「とりあえず、任務が終わったら読んであげてくださいね」


「……っち! しゃーねーな。生きて帰ったら読んでやるよ」


 義人はそう言って肩を落とす。これからの戦闘よりも、戦闘後に読まされることになるであろう手紙の方が彼にとっては脅威であるようだった。


「何気に死亡フラグが分隊長に立ってませんか?」


「やかましいわ!」


 戦闘前に戦闘後の話をすることは概ね死亡フラグに類する。そう考えれば、確かに先程の発言は死亡フラグであった。







新年度になって、また忙しくなってきましたね……。どこぞの国がミサイルを持って吠えたりしてますし、今年もいろいろありそうですねー。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いい年こいて未だにこの戦争を学生の遠足のようなものか何かという楽観的な甘い考えが抜けないゲベール大将。敵ながらこういう人物には困ったものです。とはいこれは彼個人だけに責任があるのではなく、…
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