第14話
遅れました……。
2034.5.3
エルスタイン王国 西部
上空
10:17 現地時間
数時間前に航空自衛隊所属のF-15J 戦闘機部隊によってバルツェル共和国空軍機の多くが蹴散らされ、バルツェル共和国空軍が混乱しているという状況の中、また別の航空自衛隊所属部隊が攻撃に向かっていた。
雲よりも高い位置に陣取って音速を超える速度で巡航するその部隊。旧式であるF-15J 戦闘機やF-2A 戦闘機には不可能な芸当である。そして、航空自衛隊は大陸に超音速巡航が可能であるF-35A 戦闘機を送り込んではおらず、海上自衛隊のF-35CやF-3Bはまだ出撃すらしていない。
となれば、結論は1つ。この部隊はF-3A 戦闘機とJFQ-2 無人戦闘機を扱う第1飛行隊である。
この部隊はどちらかと言えば最新鋭機のデータ取りのために来ている。戦場を舐め腐ったような態度にも思えるかもしれないが、これはこれで大切なことである。最新鋭機は実戦での実用性が不確かなことが多いのだから。
とはいえ、F-3A 戦闘機自体の実用性は既に保証されている。これまでのステルス戦闘機の基本を踏襲している堅実な機体設計であり、それ故にステルス戦闘機として優秀なのは概ね自明の理であった。精々目新しいのは最新のカウンターステルスを可能とするレーダーシステムやその他の細々とした仕様のみ。F-35系列の機体の運用によって得られたデータを最大限に利用しているため、致命的な弱点なども報告されていない。……今後もそうとは限らないが。
では航空自衛隊の上層部は何のデータ取りをしたかったのか。それにはJFQ-2 無人戦闘機が大きく関わっている。
まず第1飛行隊の現在の編成は、18機のF-3A 戦闘機とそれと同数のJFQ-2 無人戦闘機だ。それに加えて予備が少しだけ配備されている。将来的には無人戦闘機の数はもっと増える予定だが、現状はこのような状態である。
そう、無人戦闘機というこれまたF-3A 戦闘機とは全く違う方向性で最新鋭な機体が一緒に飛んでいるのだ。
航空自衛隊は有人戦闘機に複数の無人戦闘機をつけ、それを1個のユニットとして運用する計画を立てている。無人戦闘機には自己判断がある程度可能な高性能AIを搭載し、育成に金と時間がかかるパイロットの代替とする。それによって、撃墜された場合の損害を小さくするのだ。所詮は無人戦闘機、壊れたらまた作れば良い。有人戦闘機の場合、パイロットが死んだらその補充は簡単ではないのだ。また、人を乗せないことで今までできなかった、さらなる運動性能の追究や小型化が可能である。
人の命が高い先進国にとって、無人兵器とは都合の良いものだ。管理する者と整備する者、そして運用できるだけの金と設備。それがあれば量を確保することができる。パイロットを増やすことは言葉で述べるほど簡単ではない。それを省けるこの無人戦闘機を運用する計画は、自衛隊上層部からしたら魅力的なのである。
第1飛行隊の数十km後方にはF-2A 戦闘機の集団がいる。第6飛行隊だ。第1飛行隊に何か問題が生じた際、代わって攻撃を行う部隊である。まぁ、第1飛行隊が攻撃後、さらなる攻撃が必要な状況も想定してあるが。
第6飛行隊が扱っているF-2A 戦闘機は、米軍のF-16 戦闘機を再設計したような代物だ。見た目から受ける印象はF-16そのものだが、機体が大型化したり形状の大部分が微妙に異なっていたりと、ほとんど別物である。何よりもの特徴はその高い対艦攻撃能力。ASM-1系列やASM-2系列ならば4発もぶらさげた上で比較的広範囲の行動範囲を確保している。まさに海洋国家の国防のために生まれたような機体だ。
その後の改修で対空戦闘能力や対地攻撃能力も向上。あらゆる場面で活躍が期待できるマルチロールファイターとなった。
……まぁ、ステルス機が現れた現代においては旧式と言わざるを得ないが。それでも、旧式の中では性能はトップクラスなのだ。F-15J 戦闘機と同じく、AWACSや電子戦機の支援の下ではステルス機にも十分対抗できる性能はある。
さて、そんなF-3A 戦闘機とJFQ-2 無人戦闘機、F-2A 戦闘機の各種18機ずつに狙われる哀れな獲物達は未だにこの狼の群れの存在に気づいていない。
そろそろ目標に近づいているのだが、ステルス機のF-3AやJFQ-2だけでなく、F-2Aも発見された様子はない。どうやらバルツェル共和国軍のレーダーはそこまでの性能はないようだ。
『『ヨザクラ』より『ムラクモ』。交戦を許可する。存分に叩け』
「『ムラクモ1』、了解。交戦する」
第1飛行隊の隊長である西田 三佐はそう応えた。
今回の攻撃の目標はバルツェル共和国空軍の前線航空基地たるバルサ空軍基地。エルスタイン王国領を飛び越えて、旧アーカイム皇国領にある空軍基地だ。ここから敵戦闘機が発進しているのだ。潰す必要性は非常に高い。これは敵地上軍本隊を叩くことよりも重要である任務だ。
「……さて、こいつの実戦は初めてだが……上手く動いてくれよ」
西田 三佐は近くを飛ぶJFQ-2 無人戦闘機を横目で見ながらそう呟いた。JFQ-2 無人戦闘機の実戦運用は初であり、その効果は未知数だ。演習では高い作戦能力を示していたが、実戦ではどうなるか分からない。西田 三佐は無人戦闘機達に不安と期待が混ざりあった複雑な目を向けざるを得なかった。
『『ヨザクラ』より『ムラクモ』。こちらのレーダーが敵戦闘機の離陸を捉えた。数は8機。上空警護に就くものと思われる。警戒されたし』
「『ムラクモ1』、了解」
AWACSより敵機が上がってきたとの連絡。発見されたのか、たまたまなのかは不明ではあるが、どちらにせよ同じことだ。
「『ムラクモ1』より『ムラクモ』各位。上空の敵機は第1編隊が排除する。残りは地上攻撃に専念せよ」
『『『了解』』』
元より敵機による迎撃は想定してある。そのため、各第1編隊は最初から対空装備で来ている。8機程度ならば第1飛行隊だけでも対処できる。もし対処しきれない数が飛んでいれば、近くを飛んでいるF-15J 戦闘機部隊が対応してくれる手筈となっていた。
しばらく穏やかな飛行が続く。しかし、やがてその時が来る。
「『ムラクモ1』、敵機捕捉。第2編隊以下は対地攻撃を実施せよ」
『『『了解』』』
バルサ空軍基地周辺の上空を飛行している敵機は、どうやら哨戒飛行を行うつもりのようで、第1飛行隊の方へ一直線に飛んできているわけではない。そして、第1飛行隊の接近にも未だに気づいていないようだ。
第1飛行隊は各編隊ごとに散開する。第1編隊の4機……それぞれ2機ずつのF-3AとJFQ-2は敵航空機編隊に直進する。
「敵機射程内!」
やがて第1編隊のAAM-4Cの有効射程内に敵機が入り込む。
「『シグレ1』からの攻撃提案……。どうやら、無人戦闘機の方も問題なく動いているようだな」
西田 三佐の指揮下にあるJFQ-2『シグレ1』が自己判断して攻撃提案を西田 三佐に行ってきた。きちんと動作しているようで安心する。これが、全くレスポンスがなかったり、勝手に攻撃を始めたりなどされていれば、大変である。搭載AIの再設計が必要になる。
ともあれ、何の問題もなく動いている以上、その心配は杞憂だったようだ。
「どうやら無人戦闘機君は戦いたくてしょうがないらしいな」
そう一人で軽口を叩くと、攻撃提案を受諾する。
「『ムラクモ1』、フォックス1!」
西田 三佐が駆るF-3Aの胴体下部にあるウェポンベイが開き、そこからAAM-4Cが顔を出したかと思うと、瞬く間にロケットエンジンが点火。凄まじい勢いで加速して前進していくAAM-4C。そして、続けてもう1発が西田 三佐のF-3Aから発射される。
「『ムラクモ2』、フォックス1!」
西田 三佐の列機のF-3Aも2発のAAM-4Cを発射。さらにそれに続くように2機のJFQ-2もAAM-4Cをそれぞれ2発ずつ発射する。
計8発。敵機の数と同じ数のAAM-4Cがマッハ4を超える速度で突き進んでいく。百発百中の電子の矢はバルツェル共和国の航空機に牙を剥いた。
レーダー上で、AAM-4Cを表すマークが敵機を表すマークに急速接近する。かなり近づいたところで敵機の梯団が崩れる。どうやらAAM-4Cの接近に気づいたらしい。もっとも、あまりにも遅い反応であると言わざるを得ないが。
瞬く間に8つの敵機と8つのAAM-4Cのマークが重なりあって、レーダー上から永遠に消え去る。
「『ムラクモ1』、敵機撃墜」
『『ムラクモ2』、敵機撃墜』
『こちら『ヨザクラ』、『シグレ1』及び『シグレ2』の敵機撃墜を確認』
西田 三佐は何とも言えない感覚に陥った。確かに、間違いなく敵機は撃墜した。しかし、どうしてもその実感が沸かないのだ。とはいえ、仕方のないことかもしれない。西田 三佐が撃墜したのは目視範囲外の敵機である。見たことすらない敵機を撃墜したことに関して実感を持て、というのは些か難しい。
しかしながら、これが現代航空戦である。そういうものなのだ、と納得するしかない。
『『ムラクモ3』、敵対空兵器を確認。排除する』
『『ムラクモ7』、滑走路に攻撃を行う』
どうやら対地攻撃に向かった他の編隊も戦闘を開始したようだ。
『『ムラクモ3』、爆弾投下用意……投下!』
『『ムラクモ6』、投下!』
『『ムラクモ7』、投下!』
『『ムラクモ13』、投下!』
各機が次々と爆弾を投下していく。第2編隊は敵対空兵器、第3編隊は滑走路、第4編隊及び第5編隊は基地施設にそれぞれ攻撃を仕掛ける。その効果は絶大であった。
第2編隊が投下したのはレーザー誘導爆弾。母機であるF-3Aにはレーザー誘導装置が搭載されており、それによる誘導によって敵対空兵器に次々と命中していく。敵対空兵器は突然の空襲を前にして混乱しているのか、1度も火を噴くことなく吹き飛ばされる。
滑走路を爆撃する第3編隊が投下したのはクラスター爆弾である。近年になって航空自衛隊にも配備された航空爆弾だ。その範囲殲滅力は折り紙付きだ。滑走路が見るも無惨なほどに耕されていき、また滑走路のすぐ近くにある待機場も、そこに駐機しているバルツェル共和国空軍機ごとクラスター爆弾の洗礼を受ける。後に残されたのは、地面と混ぜ込まれたコンクリート片や航空機の残骸だけであった。
第4編隊及び第5編隊が投下したのは500ポンドの無誘導爆弾だった。管制塔や格納庫、弾薬庫や燃料タンクといった重要施設にこれでもかというほどに無誘導爆弾が叩き込まれる。施設は瞬く間に火の海と化した。
『『ムラクモ3』、敵地上物撃破』
『『ムラクモ16』、敵地上物撃破』
第2編隊から第5編隊の各機は次々と攻撃成功の報告を上げていく。この攻撃を行っているのはF-3Aだけではない。JFQ-2も攻撃を行っている。その火力投射はこのバルサ空軍基地を壊滅させるには十分すぎるものだった。
「『ムラクモ1』より『ヨザクラ』、敵空軍基地は壊滅。再攻撃の必要性は認めず」
『『ヨザクラ』、了解』
今回の攻撃において、航空自衛隊は得るものがたくさんあった。無人戦闘機の実用性の高さと現行の無人戦闘機のシステムの優秀さの確認を行い、さらにデータ取りも行うことができたのだ。作戦側の人間も技術者側の人間も、双方が納得できる結果となった。
ちなみに、バルサ空軍基地で攻撃に参加できなかった第6飛行隊は、この際に備えて二次目標を通達されていた。その二次目標とはズバリ、バルツェル共和国軍の物資集積所や通信施設である。
バルツェル共和国軍の破局はまだ始まったばかりだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うぅ……」
航空自衛隊に空襲されたバルサ空軍基地。航空自衛隊の戦闘機が去った後、生き残ったバルツェル共和国空軍の将兵達は呆然とした様子で立ち尽くしていた。
その中には第303飛行隊のライラ・ステンダム曹長の姿もあった。彼女は額を何かの破片で浅く切ったのか、少しばかり出血していたが、ほとんど無傷で航空自衛隊の攻撃を凌いだのだった。とはいえ、彼女の胸中はいかほどなものか。
彼女は今、自分の部隊の戦闘機の格納庫にいた。いや、正確にはその跡地だ。格納庫ごと、戦闘機が吹き飛ばされてしまっていた。崩れた瓦礫から逃れることができなかった整備兵もいるようで、生き残った連中も大慌てである。
彼女は運良く瓦礫に潰されずに済んだ。だからこそ、空爆を受けた際に格納庫にいたにも関わらず、生きているのだ。爆弾もこの格納庫に直撃したわけではなく、隣の格納庫に直撃していた。その余波でこの格納庫も崩れてしまったのだ。もしこの格納庫に直撃していたらライラも死んでいたことだろう。事実、隣の格納庫にいたバルツェル兵達は尽く死体と化していた。
彼女は確かに運が良かった。だが、一方で運の悪かった人間もいる。
「……カリファ少尉……」
ライラをよくナンパしていた同部隊所属のリーチ・カリファ少尉。彼はライラの視線の先にいた。もっとも、見えているのはピクリとも動かない左手だけで、他は全て瓦礫の下だ。いつものようにナンパをしてきたカリファ少尉を適当にいなしていたライラ。そのすぐ後にこれである。
「ステンダム曹長! 無事か!?」
ライラの姿を見かけて駆けてくる第303飛行隊隊長のルーイン・ベネトン少佐。
「は、はい……。ですが、カリファ少尉が……」
ライラの指差す先を見てベネトン少佐は苦虫を大量に噛み潰したかのような顔をした。
「くっ……! なんたることだ……!」
「……早く、瓦礫を退けないと……」
「……頼んだ。私は他の部下の安否を確認する」
ベネトン少佐はそう言って他の部下を探しに駆け出した。
それを見つつ、ライラはどうしてこうなったのか考えた。空襲されたのは分かる。だが、どうやって敵が空襲を行ったのか分からない。周辺には味方の戦闘機もおり、レシプロ機が主流の大陸国家の空軍にそれを突破する能力があるとは思えない。
「そう言えば……」
まだ早朝の内から将校達が大慌てしている様子を彼女は目にしていた。その慌てようは尋常ではなく、真っ青な表情をして駆け回っていた。その後の空襲。無関係とは思えない。
そんなことを考えながらライラはカリファ少尉の上にのしかかる瓦礫を手で除去していく。女性の力ではなかなか動かしにくい大きな瓦礫も周囲の男性兵士に手伝ってもらいつつ除去する。
「……カリファ少尉」
やがて、カリファ少尉の全体が見えるようになった。顔は頭から血が出ているものの、綺麗なものだった。だが、背中には鉄筋らしきものが突き刺さっており、それは見事なほどに胸から突き出ていた。悪意すら感じるほどに正確に、心臓を貫通している。
ライラは見開いたままだったカリファ少尉の目を閉じてやり、簡略的ながらも祈りを捧げた。ナンパしてくるのは正直鬱陶しかったが、死んでほしいほど嫌いではなかった。むしろ、空戦技術は尊敬に値するほどの腕前であり、内心では高く評価していたのだ。そんな彼がその腕前を活かすことなく地上でこのように骸を晒している。
「ステンダム曹長……。彼のことは残念だった」
ベネトン少佐が戻ってきてライラにそう言った。ベネトン少佐の表情から、カリファ少尉以外にも多くの部下を失ったことが伺える。
「……我々を襲った敵について、基地内の生存者から聞き込みを行ってきた」
ベネトン少佐の言葉にライラはピクッと反応した。自分達を襲った敵について、彼女とて興味はある。
「実際に交戦した対空陣地は全て破壊されていて、生存者はほぼいなかったが……他に屋外に出ていた連中に話を聞いたのだ」
実際に交戦したとはいえ、1発も撃たずに尽くが潰されたことをベネトン少佐は知らない。対空兵器要員の名誉のためにも、このままでいいだろうが。
「敵機は……ジェットエンジンを搭載した航空機だったそうだ」
「そ、そんな……!」
ライラは愕然とした表情をした。この世界にはバルツェル共和国以外に実用的なジェットエンジンを保有する国家などいないはずだ。少なくともそう教えられてきた。
「事実だ。……そして、不快なことに、その航空機は我々の航空機の性能を凌駕している恐れがある」
「……というと?」
「私はレーダー施設の兵士に話を聞いたのだが、空襲される直前に、哨戒中の友軍の戦闘機8機のシグナルが瞬く間にロストしたらしい。そして、その直後に空爆が始まったそうだ」
「レーダーに敵機は映らなかったのですか!?」
「……そうだ。恐らくどこのレーダーも同じだろう。映れば報告が入り、我々にも戦闘準備が言い渡されたはずだ。全てのレーダーが故障していたとは思えない……つまり、敵はレーダーを欺く技術なり戦術なりを開発・運用していることとなる」
「……低空侵入を受けたのでは?」
ライラの指摘。確かにそれを行えば、レーダーを多少なりと欺くことができる。だが、ベネトン少佐は首を振った。
「敵機が基地上空を飛行している際も、レーダーにほぼ反応はなかったそうだ。機体自体がレーダー探知を受けつけていないのだ」
「そんな技術が……!」
「ああ……。我が国では着想すらされていない技術だ。それに、攻撃も異常なほどに正確だ」
破壊された格納庫を見回すベネトン少佐。
「極めて効率的で極めて高精度な攻撃を速やかに行い、離脱する能力……。控えめに見ても、我々の能力を超えていると見て間違いない」
「…………隊長、このままでは……」
「皆まで言うな。私も危機感は持っている」
もう、どうすることもできないが。そんな言葉をベネトン少佐は呑み込んだ。言わなくとも彼女も分かっているはずだからだ。
疑ってもいなかった祖国の勝利。だが、この半日にも満たない時間でその勝利は疑わしいことこの上ないと感じてしまうこととなった。
「……神よ、祖国に偉大なる恩寵を与えたまえ」
結局、戦闘機を失った自分達に今できることは祈ることくらいなのだろう。ベネトン少佐は無力感を感じながらも、神に祈らざるを得なかった。