表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交錯世界の日章旗  作者: 名も無き突撃兵
第一章
12/46

第12話

明けましておめでとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

2034.5.1

エルスタイン王国 中西部 ノルマーク平野西部

平原

08:00 現地時間






 朝陽が昇り、大地を照らす。天候は晴天。気温もほんのりと暖かい。

 こんな日はのんびりとしていたいと思うのが人情だが、状況はそのようなことを許さない。このノルマーク平野の状況は、そのような牧歌的な雰囲気を一切合切否定していた。


 このノルマーク平野西部では、2つの軍勢が対峙していた。


 片方は、この土地の元々の支配者であるエルスタイン王国の軍。

 もう片方は、この土地の新たなる支配者にならんとするバルツェル共和国の軍。


 エルスタイン王国軍は塹壕線や野戦陣地を形成して徹底抗戦の構えを見せている。一方のバルツェル共和国軍は基本ドクトリンである電撃戦の準備を行っていた。

 両者はほとんど動かずにお互いの射程外で対峙している。そのためか、今は妙に静かだった。その分、恐ろしいほどの緊張感がこの地に撒き散らされているのだが。


 時折、バルツェル共和国空軍の戦闘機が偵察や空爆を行っており、常に静かであるわけではない。対空砲の発砲音や砲弾の炸裂音、ジェットエンジンの轟音に航空爆弾が爆発した音。それらが響き渡ることが時折ある。


 バルツェル共和国軍がこの地に着いたのは4月29日の夕刻の時だった。エルスタイン王国軍による執拗な嫌がらせによって進軍は遅れ、そのような時間になってしまった。


 そして、苦労した先にいたのはエルスタイン王国軍の大軍。さすがにバルツェル共和国軍も、しっかりと態勢を整えてから攻撃をかけねば被害が大きくなりかねないと判断したのだ。

 エルスタイン王国軍はエルスタイン王国軍で、余裕があるような状況ではない。陸軍兵力の過半をここに集結させているのだが、これでも不足だと上層部は考えている。

 反乱軍との戦闘でいくらか損耗し、突然のバルツェル共和国軍による奇襲で逃げ遅れた部隊もいたため、万全とは言いがたい状態までエルスタイン王国軍は落ち込んでいるのだ。それでもエルスタイン王国軍は塹壕を利用した防衛線を形成し、バルツェル共和国軍と対峙している。





 そして、この日の午前8時を少し過ぎた頃。遂にバルツェル共和国軍の攻勢が始まった。

 バルツェル共和国軍の先鋒は航空部隊。『アンバーMkⅡc』ジェット戦闘機や『クリーガーMkⅠb』ジェット戦闘機を扱う戦闘機部隊(後者の数はかなり少ないが)に加え、『フレディアMkⅠa』ジェット攻撃機や『ドルテンMkⅣd』レシプロ爆撃機を扱う部隊が連合してエルスタイン王国軍に襲いかかる。

 エルスタイン王国軍は対空砲や対空機銃をバルツェル共和国軍の航空部隊に向ける。程なくしてエルスタイン王国軍の対空砲が火を噴き始めた。


 空に咲く黒煙の華。しかしながら、それに呑まれるバルツェル共和国軍機はなかなか現れなかった。

 レシプロ機が相手でも対空砲というのはなかなか当たらないものなのだ。実際、バルツェル共和国軍機の中でも珍しくレシプロ機である『ドルテンMkⅣd』爆撃機すら悠々と飛んでいるようにエルスタイン王国側からは見えた。

 ましてやジェット機である戦闘機や攻撃機に対しては、対空砲が当たる気配すらなかった。よく見ると、砲弾が炸裂する頃には加害範囲を通り抜けてしまっている。ジェット機を相手にするのが初めてだったのが災いしたのか、信管の設定が合っていないようだ。


「くっそ! 全然当たらんぞ!?」


「少しでも削らないと爆弾の雨が降ってくるぞ!」


 エルスタイン王国軍の対空砲要員の兵士達は必死だった。自分達がどうにかしないと、自分達だけでなく味方全体がピンチに陥るのだ。必死にもなる。

 まぁ、この戦場においてエルスタイン王国陸軍を指揮するジェイガン大将は、対空攻撃がバルツェル共和国軍機になかなか打撃を与えられないことも想定しているのだが。


「……気づいてくれるなよ……!」


 ジェイガン大将はそう願うだけだった。バルツェル共和国軍機が'あるもの'に気づかないこと。それがこの防衛線の'寿命'に大きな影響を与えるのである。





 そして、一方のバルツェル共和国軍航空部隊。彼らは彼らで、見た目ほど余裕があるわけではなかった。


「この……っ! 蛮族のくせして、なかなかの対空砲火だな……!」


 バルツェル共和国軍の誇る優秀な爆撃機『ドルテンMkⅣd』の内の1機。その機長がエルスタイン王国軍の対空砲火を見てそう吐き捨てる。

 対空砲火というのは、たとえ当たっていなくとも相手に与える精神的打撃は大きい。いつ当てられるかも分からないという恐怖は、搭乗員から冷静さと余裕を奪っていくのだ。


「うおっ!」


 近くで炸裂。被害こそないが、搭乗員達は心臓が飛び跳ねる思いをした。


「あ! 5番機が……!」


 副長のそんな言葉を聞いて5番機の方を見ると、四発あるエンジンの内の1つから黒煙を噴く5番機の姿が見えた。撃墜こそされていないが機体を傷つけられたようだ。


「やってくれる……!」


 機長は歯軋りする。たかだか劣等文明の蛮族如きにこのような仕打ちを受けるとは。機長もこれほどまでの抵抗は想定していなかった。

 だが、しばらくすると、ようやく待ち望んだ時がやって来た。


「敵防御陣地、捉えました! もうすぐ敵陣上空です!」


「中隊長から既に爆撃命令は出ている……爆弾倉開け!」


「了解、爆弾倉、開きます!」


 『ドルテンMkⅣd』爆撃機の爆弾倉がゆっくりと開く。ようやく小生意気にも対空砲火を放ってくる蛮族に正義の鉄槌を下せる。機長はニヤリと笑みを浮かべた。

 そして、遂にその時がやって来る。


「敵陣上空に到達!」


「爆弾投下!」


「了解、投下開始!」


 爆弾倉から次々と航空爆弾が放たれていく。重力に従って加速しながらエルスタイン王国軍の陣地に向かっていく航空爆弾を思い、機長は満足げな笑みを浮かべる。

 そこで機銃手が声を上げる。


「敵機接近!」


 機長が東の空を見ると、確かに小粒のような何かが群れを成してこちらに向かってきているのが見えた。とはいえ、どうやら敵機の狙いは爆弾を投弾し終えた爆撃機ではなく、未だに爆弾を抱えている戦闘機や攻撃機のようだ。

 彼らが所属する飛行隊の隊長機が旋回を始める。反転して帰還するのだろう。この場に長居する理由はない。


「正義の鉄槌は降り下ろされた。帰還するぞ」


 機長は飛行隊の編隊を維持しながら機体を反転させ、戦域を離脱していく。

 ……彼らはこの時点で、自分達が重大なミスを犯していることに気づいてはいなかった。





 爆撃機部隊の落としていった爆弾は次々とエルスタイン王国軍の陣地に着弾していく。

 エルスタイン王国軍の防御陣地の至るところで爆発が起こる。吹き飛ばされる対空砲。誘爆する弾薬。巻き上げられる土砂。宙を舞う人体のパーツ。阿鼻叫喚とでも言うべき惨状が防御陣地に生まれる。


 しかし、バルツェル共和国軍航空部隊の攻撃はまだ終わったわけではない。次々と戦闘機や攻撃機が降下して爆弾を落としていく。

 それを妨害せんと火を噴く対空機銃。そして、相手との性能差は歴然なことは承知の上で突っ込んでいくエルスタイン王国軍戦闘機部隊。

 エルスタイン王国軍の戦闘機は『オルファン』戦闘機。内戦の時でも活躍していた最高速度515km/h、10㎜機銃6門と高い運動性を誇る最新鋭機だ。


 爆撃態勢に入っていたバルツェル共和国軍航空部隊からすれば、エルスタイン王国軍戦闘機部隊の攻撃は奇襲にも等しかった。爆撃を行っているバルツェル共和国軍機に『オルファン』戦闘機が次々と機銃攻撃を見舞う。

 降下中とあって、バルツェル共和国軍機の速度は相当な速さであり、『オルファン』戦闘機の攻撃はなかなか当たらなかった。しかし、効果がなかったわけではない。


 バルツェル共和国軍の『アンバーMkⅡc』戦闘機の内の1機が右翼下のジェットエンジンポッドから火を噴き、独楽のように回転して地上へ墜落する。ジェットエンジンポッドに被弾したのだろう。


 それを見たエルスタイン王国軍将兵は勇気づけられた。


「やったぞ! 俺達だってやればできるんだ!」


「せめて一矢は報いてやる……!」


 エルスタイン王国軍は劣勢ながらも士気は下がらず、相変わらず優勢なバルツェル共和国軍に対して激しい抵抗を見せる。


「くそが……! 蛮族のくせに調子に乗りやがって!」


 投弾し終えた『アンバーMkⅡc』戦闘機のパイロットが自機を操ってエルスタイン王国軍の『オルファン』戦闘機の内の1機に機首を向ける。


「死にやがれ!」


 機首の20㎜機関砲が火を噴き、弾丸が次々と『オルファン』戦闘機を貫く。燃料と弾薬に引火したのか、空中で爆発四散する『オルファン』戦闘機。


「けっ……! ざまぁねぇな!」


 無数の小さな残骸の雨となって地に降り注ぐ敵機の姿を満足げな様子で眺めるパイロット。しかし、彼は失念していた。相手が技術的に劣っているとはいえ、ここは戦場であるということを。戦場で悠長にしているのは禁物である。


 ガガガガン! という連続した金属音。その時、彼は自分が被弾したことを察した。見ると、コクピット付近にも被弾していた。


「ちくしょう! どこからだ!」


 周りを見回してもこちらに機首を向ける敵機は見当たらない。となれば、と下を見ると、こちらに向けて弾を撃ちまくる対空機銃の姿が見えた。


「この……!」


 たかだか劣等文明の対空機銃に傷つけられたのが頭に来た彼は、操縦桿を動かしてその対空機銃の方へ機首を向けようとした。


「……なに……?」


 しかし、愛機は反応しない。慌てて自機の後方を見る。


「なっ……!?」


 そこには無惨に破壊された尾翼があった。水平尾翼・垂直尾翼の両方が千切れ飛んでおり、機能を果たしていなかった。

 さらに、機体は降下中であり、このままでは数秒後には地面と激しいキスをすることになる。


「くそ! 脱出しないと……!」


 自分の命の危険をようやく察知し、慌ててパラシュートで脱出しようとするパイロット。バルツェル共和国軍機には射出座席はついておらず、一般的なレシプロ機と同じく自力で脱出する方式だった。

 しかし、彼はさらなる絶望を目の当たりにする。


「んなっ!? 開かない……!?」


 スライド式の風防は少しだけ開くと何かに引っかかり、びくともしなかった。被弾したときにスライド部分がひしゃげてしまったのかもしれない。

 少しだけ開いた隙間では、とても出ていけたものではない。これで彼の命運は決まったようなものだった。


「嘘だろ……こんなところで……!」


 そんな言葉を残し、彼は愛機と共に母なる大地に高速で深く突っ込んだ。




 このようにバルツェル共和国軍が圧倒的に優勢な中で、エルスタイン王国軍は奮戦していた。それを見たバルツェル共和国軍の指揮官達は困惑する。


「何故だ……? 何故、奴らはあれほどまでに戦えるのだ……?」


 誰かが呟いた言葉。それがバルツェル共和国軍全将兵の心の内を代弁していた。

 この戦争以前に行われていたベールニア連邦やアーカイム皇国との戦争では、ここまで抵抗してくる部隊はなかなかいなかった。少しつついて圧倒的な力を見せつければ、尻尾を巻いて逃げ出すような連中が多かったのだ。それ故、エルスタイン王国軍がなかなか崩れないことが理解できなかった。


 ちなみに、エルスタイン王国軍がなかなか崩れないのはバルツェル共和国自身が原因の1つであったりする。

 バルツェル共和国がけしかけた反乱の誘発。それによって起きた内戦。

 それらの結果、実戦経験を積んだ将兵が数多く生み出された。そして、ベールニア連邦軍やアーカイム皇国軍はいきなりの戦闘で浮き足立っていたが、エルスタイン王国軍は内戦から続いてバルツェル共和国軍との戦闘である。下っ端の兵士ですら、心構えや覚悟は既にできていた。

 それが今の光景に繋がってくるのだ。




 やがて、上空からエルスタイン王国軍の『オルファン』戦闘機が消えた時、バルツェル共和国軍航空部隊には14機もの喪失機が発生していた。まさしく予想外の損害である。


 そして、予想を超える抵抗によってバルツェル共和国軍はあることを失念していた。本来、空爆で潰しておきたいものの1つを完全に忘れていたのだ。……まぁ、空からでは'それ'の姿を確認できなかったという事情もあったりするが。


 ともあれ、エルスタイン王国軍がバルツェル共和国軍航空部隊への対処を行っている内に、バルツェル共和国軍の陸戦部隊がエルスタイン王国軍の防御陣地へと近づいてきていた。


 バルツェル共和国軍の砲兵部隊が配置につき、砲撃を始める。機甲部隊が前衛を務め、その後ろに歩兵部隊が続く。

 砲撃はエルスタイン王国軍の防御陣地に次々と着弾する。多少の被害がエルスタイン王国軍側に発生するが、あくまでも限定的だ。防御陣地が主に塹壕で形成されているからである。塹壕は本来、砲撃による被害を極限化するために作られたものだ。そういう意味では、エルスタイン王国軍は正しく塹壕を使っていると言えるだろう。


 バルツェル共和国軍の機甲部隊がエルスタイン王国軍の防御陣地に迫る。バルツェル共和国軍の戦車兵達は、戦場という場にいることである種の興奮状態にあるが、概ね楽観的な気持ちでいた。理由は兵器の技術差だ。


 バルツェル共和国軍の主力となる『ガーディ8』主力戦車は、50口径90㎜戦車砲を搭載し、それと同等の火力を400m先から受けても一撃は耐えられる正面装甲を持っている。

 それに対して、エルスタイン王国軍の主力は『プリースト』中戦車。45口径45㎜戦車砲を主砲とする戦車なのだが、当然ながらその火力では『ガーディ8』の装甲を貫くことはできない。正面どころか側面も不可能だろう。そして、『ガーディ8』の主砲は間違いなく『プリースト』の装甲を容易く撃ち抜くことができる。


 それが分かっているが故のバルツェル共和国軍戦車兵達の余裕。それは相手を必要以上に侮らなければ、そのまま'余裕'と呼んでも差し支えないのだろうが、残念ながらこの戦場においては'余裕'ではなく'油断'と評せざるを得ない。それをバルツェル共和国軍戦車兵達は身をもって体験することとなる。



 バルツェル共和国軍は攻撃側なのに対し、エルスタイン王国軍は防衛側。必然的に地の利はエルスタイン王国軍側にある。

 エルスタイン王国軍は半身を塹壕に隠した野砲で砲撃を始める。エルスタイン王国軍も砲撃を受けているが、やり返すかのように砲撃を撃ち返しているのだ。エルスタイン王国軍将兵は勇敢というよりも、もはやヤケクソに近い心境で戦っている。

 野砲の砲弾は次々とバルツェル共和国軍の戦車部隊の周辺に着弾する。そのほとんどは地面を耕すだけに留まっているが、乗員に与えるプレッシャーは十分以上にある。とはいえ、所詮は対歩兵用の砲弾であるため、仮に戦車に当たっても効果は限定的だ。


 そして、遂にエルスタイン王国軍は対空砲の水平射撃を始めた。これがエルスタイン王国軍側の切り札というわけではないが、当てにしていた戦力の1つである。

 エルスタイン王国軍の対空砲は長砲身の85㎜砲。射撃精度も優れており、元より両用砲として開発された経緯もあって、榴弾や徹甲弾だってある。対空砲は『ガーディ8』に向かって……正確には、『ガーディ8』の足回りを狙って砲撃を始める。


 エルスタイン王国軍は事前にバルツェル共和国軍の兵器の予測スペック情報を自衛隊から受け取っていた。その情報から、距離が離れている状態では長砲身85㎜砲と言えども正面装甲を貫徹することは難しいとの結論に至っていた。そこから考え出された、距離が空いている時の対処法が足回りの破壊だ。さすがに履帯などの足回りは正面装甲ほどの防御力はない。足さえ止めてしまえば、時間稼ぎが作戦目標であるエルスタイン王国軍は、その目標を完遂できる。


 その考えの効果は出た。多くの砲弾……徹甲弾が狙いから外れて地面に当たったり、正面装甲に当たって弾かれたりしていたが、一部の徹甲弾が履帯に命中した。

 その効果は如実に現れた。履帯が吹っ飛び、それどころか転輪にまで損傷が発生した『ガーディ8』が複数両出たのだ。『ガーディ8』は正面において履帯の大部分が露出しており、それが複数両に及ぶ足回り破損に繋がっていた。足回りをやられた『ガーディ8』はキャタピラの片側しか動かせなくなる。そうなれば、真っ直ぐ進むことすらできなくなる。


「命中! 敵戦車、動きを止めたぞ!」


 エルスタイン王国軍兵士の誰かが歓声を上げる。遥か格上の敵に一泡吹かせたのだ。喜びも一入だろう。

 慌て出したのはバルツェル共和国軍の戦車兵達である。装甲を撃ち抜かれたわけではないため、死ぬわけではないことは承知している。しかし、劣等文明の兵器なんぞにやられていては先進文明の名折れである。そんな考えがバルツェル共和国軍戦車兵達の頭を過ったのだ。


「蛮族共が! ふざけやがってェ!」


 戦車兵の一人が喚き散らす。それは、得体の知れない方法で自分達に対抗してみせた敵への苛立ちの現れだった。


 そんなことをしている間にも次々と対空砲や野砲の砲撃が行われていく。少しずつだが確実に脱落する『ガーディ8』は増えていく。『ガーディ8』の足回りの防護性能は明らかに欠陥レベルだった。そこを突かれたのだ。……とはいえ、これまでは『ガーディ8』は問題なく活躍してきたのである。バルツェル共和国軍からしてみれば、これはもはや想定外の事態と言っても過言ではなかった。



 しかしながら、これほどまでのエルスタイン王国軍の抵抗をもってしても、バルツェル共和国軍の攻勢は止められない。元々の地力が違うのだ。どうしようもない、と言ってしまえばそれまでだが、非情な現実でもある。


 バルツェル共和国軍の戦車、そして後に続く歩兵部隊は確実にエルスタイン王国軍の陣地に近づいており、最前列同士の距離はもはや500mを切った。

 ここまで来ると、『ガーディ8』の走行間射撃も当たり始める。地面の凹凸で車体が揺れるが、敵に対して真っ直ぐ突っ込んでいる上に相手は静止目標なのだ。何度も撃っていれば当たる。


 次々と破壊されていく野砲や対空砲。先程からのエルスタイン王国軍の抵抗の主力であったそれらが破壊されていくのを見て、バルツェル共和国軍将兵達は安堵の息を漏らす。


「蛮族のくせして手こずらせてくれたが、さすがにもう限界のようだな……」


 バルツェル共和国軍の師団長の一人が呟く。その声は周りの他の師団長にも聞こえており、彼らは同意するかのように頷いていた。

 彼らからすれば悪夢のような状況だった。格下だと侮っていた相手がとんでもない方法で対抗してきたのだ。驚かざるを得ない。




 バルツェル共和国軍の戦車に接近されたエルスタイン王国軍の抵抗は激しさを増す。まだ残っている対空砲や野砲を撃ちまくり、さらに『プリースト』中戦車も塹壕に半身を隠した状態で主砲を撃ち始める。そして、最前線の歩兵部隊もライフル射撃を始める。

 だが、抵抗が激しくなっても、その有効性は著しく落ち始めていた。大きな効力を発揮していた対空砲の数が減ったのだ。仕方がない。


「……そろそろか」


 迫り来るバルツェル共和国軍を睨みながらポツリと呟くエルスタイン王国軍の司令官、ジェイガン大将。彼は小さく息を吐いてから、命じる。


「……砲兵部隊、攻撃開始」


 エルスタイン王国軍の防御陣地のさらに奥。そこで砲撃音が鳴り響いた。その音は1つや2つではない。

 しばらくすると、空気を切り裂く音ともにバルツェル共和国軍の部隊に着弾する。……機甲部隊ではなく、その後方の歩兵部隊に。

 土砂が巻き上げられ、着弾地点周辺のバルツェル共和国軍兵士達が倒れる。倒れた彼らには五体満足の者は少なく、一撃で死んだ者もいれば、身体を欠損するほどの負傷をした者もいる。


「ぎゃああああっ!?」


「あ、脚がぁぁぁァァぁァぁアッ!?」


 砲撃によって負傷したバルツェル共和国軍兵士が発狂したように叫ぶ。これを見ると、一撃で死ねたバルツェル共和国軍兵士はまだ幸せだっただろう。


 これを見て慌てたのはバルツェル共和国軍の指揮官達だ。師団長クラスの人間の大半が揃っている仮設指揮所では、真っ青な表情をした師団長達の姿を見ることができた。


「何故だ!? 敵に大規模な砲兵部隊は存在しないはずだっただろう!?」


「そ、そのはずだ! 空軍の航空偵察では敵に大規模な砲兵部隊は存在しなかったはずなんだ!」


「だったらあれは何だ!? バルツェル人の若者の命は安くはないのだぞッ!?」


 彼らが慌てていたのは、航空偵察では確認できなかった大規模砲兵部隊がエルスタイン王国軍には存在しており、それによって前線にいるバルツェル共和国軍の将兵の命の灯が次々と吹き飛ばされているからだ。当然だが、バルツェル人の命の値段は大陸諸国の人間に比べれば高い、というのがバルツェル共和国での常識だ。劣等文明の軍隊の抵抗如きで何百何千のバルツェル共和国軍将兵の命を失うわけにはいかないのだ。

 だが、この状況……遮蔽物のほとんど無い平原で歩兵部隊が敵の砲撃を受け続けるというのは、その何百何千というバルツェル共和国軍将兵の命を失うことに等しい。だからこそ、慌てているのだ。


「航空部隊は!?」


「爆弾を抱えた連中は既に爆弾を落としきって、基地に帰っている!」


「だったら予備の部隊を緊急発進させるように空軍の連中に言え! 何としても、被害が拡大する前に砲兵を黙らせるんだ!」


「そもそも何故砲兵部隊の存在に気づけなかったんだ!? 空軍の無能共め!」


 バルツェル共和国空軍の航空機が砲兵部隊を見つけられなかったからこそ、このような事態に陥っているのだ。彼ら陸軍の師団長達の怒りはもっともなことではある。

 しかしながら、航空偵察はそれだけで完全というわけではない。特に今回においては、エルスタイン王国軍側は砲兵部隊にカモフラージュを施していた。

 ノルマーク平野は確かに平野部がほとんどではあるが、ところどころに小さな林がある。エルスタイン王国軍はそこに偽装を施した砲兵部隊を隠していたのだ。

 これはジェイガン大将が以前、日本の自衛隊と交流した際、学んだ戦術である。日本から武器の輸入を行い、それを配備するのには相応の時間がかかる。それ故、何かすぐにでも真似できるものはないか考えた結果、カモフラージュ・偽装に目をつけたのだ。

 エルスタイン王国軍では未だに本格的な部隊の隠蔽は行われていなかった。地球世界でも二次大戦頃から急速に発展したことを考えると別段おかしいことではない。

 エルスタイン王国軍において、今回が初めてカモフラージュが活躍した戦場となったのである。そして、バルツェル共和国軍においては初めてカモフラージュにしてやられた戦場となった。

 バルツェル共和国軍でも本格的かつ効果的な隠蔽は行われておらず、またそれを行ってくる敵もいなかった。それ故、バルツェル共和国軍のカモフラージュ看破の確率はかなり低いのが現実である。



 バルツェル共和国陸軍の報告を受けて、後方の航空基地からは予備兵力として置いてあった航空機(主に戦闘機)が爆装を施されて緊急発進する。空軍もさすがに大慌てである。

 しかしながら、その間にも被害は増えていく。エルスタイン王国軍の執念の詰まった攻撃がバルツェル共和国軍歩兵部隊に襲いかかる。そして、バルツェル兵の若い命が文字通り吹き飛ばされていくのだ。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 この日のノルマーク平野西部での決戦。この決戦において勝利を手にしたのはバルツェル共和国軍であった。

 最終的にエルスタイン王国軍の砲兵部隊に空爆を行うことに成功し、抵抗が弱まったところで一気に防御陣地を突破することに成功したのだ。エルスタイン王国軍はじりじりと後退していき、やがてノルマーク平野西部における戦線を放棄して、東部まで撤退を始めた。

 バルツェル共和国軍は確かに勝利した。しかしながら、その勝利は苦いものであった。

 バルツェル共和国軍は死傷者約4400名という大きな損害を出してしまったのだ。これは軽傷者を除いた数である。一方のエルスタイン王国軍側の死傷者は約12000名。こちらも軽傷者は除いた数である。これを見ると、普通にバルツェル共和国軍が勝ったものと考えてよさそうなものだが、実際はバルツェル共和国側の方が技術力で圧倒しており、エルスタイン王国軍の主目標である時間稼ぎが達成させられたことを考えると、評価は別れるところだろう。……もっとも、バルツェル共和国側はエルスタイン王国側の主目標が時間稼ぎであることなど知る由もないが。


 バルツェル共和国軍はこの'悲劇的勝利'に危機感を募らせた。たとえ蛮族であっても条件が揃えば大きな損害を受けることが分かったからだ。

 ……まぁ、この後のことを考えると今回はバルツェル共和国にとってまだまだ幸せだったと言えよう。なにせ今次戦争のこの後の戦闘において、バルツェル共和国軍は勝利を掴むことなどなかったのだから。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ