第11話
プロットや設定を見直して再編集したり、試験勉強したりしている合間を縫って完成させました。いつも以上に文が安定していない気もしますが、とりあえず投稿します。
2034.4.28
エルスタイン王国 ウェルディス市 郊外
市街地
13:17 現地時間
エルスタイン王国西部の象徴的都市だったウェルディス市。その中心部はその栄華の欠片も存在していなかった。
代わりにあるのは廃墟。バルツェル共和国軍による空爆によって見るも無惨に破壊された文明都市の残滓である。
とはいえ、何もかも全てが破壊されたわけではない。尽くが廃墟になっているのはウェルディス市の中心部や工業地帯である。まぁ、街の中心部には行政機関などの公的施設があったし、工業はウェルディス市の主要産業である。これらが殲滅されれば、もはやウェルディス市の存在価値は失われていると言っても過言ではない。
その一方で郊外の住宅街は生き残っている場所も多かった。だからといって、どうなのだという話ではあるが。
そして、そんな破壊が行われた翌日である今日。その実行犯がこの地に足を踏み入れていた。
バルツェル共和国軍が進駐してきたのである。
最初の部隊が進駐してきたのは日の出と同じ頃。生き残ったウェルディス市民達は逃げる者か街に留まる者の2つに別れた。
逃げる者はもちろんバルツェル共和国を恐れたから。あのような破壊を見せられては逃げたくなるのも当然である。
街に留まる者はいろいろと理由があって留まっているが、多くの場合は当てがなかったというのが原因だろう。東部に行けば、反乱地域の住民だった自分達には迫害しか待っていない。だからといって、他の西部の街に行ったところでウェルディス市にいるのと大して変わらない。近い内に占領されることだろう。
それに、住み慣れた地を離れるのも気が引けたということもある者もいるし、バルツェル共和国も税収が必要だからそこまで無体なことはしないだろうという楽観論もちらほら見受けられた。
しかしながら、バルツェル共和国に抵抗するという気概のある者は誰もいなかった。働き手の男の多くは昨日の空爆で死傷者入りを果たし、無事な者は女子供が多い。さらに、彼らウェルディス市民達はあれほどの破壊を行ったバルツェル共和国に逆らおうなどとは思わなかった。やったところで無惨に殺されるに決まっているからだ。
この恐怖が占領地の住民の行動を縛ったことは、バルツェル共和国が狙っていたことだ。これこそが'見せしめ'の効果なのである。
……とはいえ、大人しくバルツェル共和国の支配を受け入れた市民達がバルツェル共和国にまともに扱われることはなかったのだが。
バルツェル共和国陸軍のトラックが隊列を組んで走る。多くのトラックには兵士や物資が積まれているのだが、一部のトラックにはそれ以外のものが積まれていた。
それはバルツェル人学生達である。バルツェル共和国軍は正面装備に予算をかけすぎて、後方支援が弱い。それに対応すべく考案されたのが学徒動員である。
全国の国立の高等学校から学生を徴発して後方支援任務の手伝いをさせる。戦闘は無理な上、軍の保有する機械の操作などもさせられないが、後方支援には人手が必要なので、ただの学生でも役に立つのだ。
バルツェル共和国における学徒動員は現代日本でいうと、青年海外協力隊への参加やボランティア活動と同じような捉え方をされるため、就職にも有利になる場合も多々ある。そのため、意外にもやりたがる学生達は多いのが実状だ。
とはいえ、戦場に近いところに行くことは事実である。そのため、親はあまり喜ばないし、気が小さい学生も嫌がる傾向にある。
それでも実際に行った学生が死亡した事例は未だに無い。これまで、バルツェル共和国軍は局地戦での敗北や劣勢などはあったが、壊滅的な大敗を喫するようなことはなかった。そのため、後方が攻撃を受けることなどほとんどなかったし、撤退するにしても学生などの民間人(それに加えて国家要人を親に持つ軍人)は最優先で退避することができるようになっている。
此度の学徒動員も今まで通りに進んでいる。動員された学生達の一部は今朝にバルツェル共和国軍が占拠したウェルディス市に到着した。彼らはここに設置される前線司令部に配置される。
実は前線司令部に学生が配置されるのは初めてのことである。本来ならばさらに後方に配置されるのだが、今回は敵が弱いこともあって、前線司令部でも十分安全だと判断されたのだ。
そんな前線司令部に配置される学生達が、このトラックの車列に乗せられているのだ。
「…………おしり痛い」
「何時間も乗ってるもんね……」
車列を構成するトラックの内の1つ。10人前後の学生が荷台に乗せられている中、2人の女子学生が話をしていた。
彼女達の内、片方は小柄で小動物的な雰囲気を持つ少女で、もう片方は落ち着いた雰囲気のある少女だった。どちらも整った顔立ちをしており、周りの廃墟という景色には到底似合わない。
小柄な方はアイリ・メルリア、落ち着いた方はナターシャ・メルリアという名だ。家名を見れば分かるように、彼女達は姉妹である。ナターシャが姉で、アイリが妹だ。
アイリはふわりとしたショートボブ、ナターシャはセミロングといった髪型をしており、どちらも金髪緑目だ。バルツェル人らしい外見的特徴を持っている彼女らは、バルツェル共和国の世間からはバルツェル美人と呼ばれるようなタイプである。
そんな彼女達は浮かない顔をしてトラックの荷台に座っていた。アイリは疲れきった様子でお尻をさすり、そんな彼女にあまり力の無い笑みを向けるナターシャ。疲労が蓄積されているのがよく分かる。
「……将来のためになるって言うけど、私は勉強していたかったな……」
アイリはそう呟く。別に彼女は勉強熱心なタイプではない。こんな戦場に近い前線司令部で働かされるくらいなら、あまり好きでもない勉強でもしていた方がマシだという彼女の心の内を吐露したのだ。
「そう言わないの。国立学校で学ばせてもらっている以上、私達に拒否権はないもの」
ナターシャはそう言ってアイリをたしなめる。このトラックで運ばれている学生達は大丈夫だが、アイリのセリフは正規の軍人や愛国心溢れる学生にでも聞かれたら一波乱が起きかねないものだ。
「……はぁ。それにしても、こんな景色だと気も滅入ってくるね」
アイリはそう言って話を変えた。さすがに先ほどの自分の言葉は時と場合によってはマズいと感じたのである。
彼女の言ったこんな景色とは、ウェルディス市の中央部の景色である。彼女達が乗っているトラックの車列は、西からウェルディス市に入ってきている。前線司令部はウェルディス市の東部に設営されるため、必然的にウェルディス市の中央部を見ることになった。
ウェルディス市の中央部はバルツェル共和国空軍の爆撃によって壊滅し、見るも無惨な廃墟と化している。これを見て愉快に感じるのは、ウェルディス市の人間に何かしらの憎悪を抱いていた人間か、あるいは狂人だけであろう。
しかしながら、悲惨な状態に陥っているのは中央部だけではなかった。工業地帯も廃墟と化しているが、廃墟にはなっていない郊外の市街地も悲惨な状態になっているのだ。他でもない、バルツェル共和国軍によって。
アイリとナターシャが'それ'を見たのは、彼女達の乗るトラックが街の中央部を抜けてしばらくした時のことだった。
トラックの車列は市街地の道路を走り抜けていた。幌のついたトラックの荷台でも、開いた後部から市街地の景色は見える。そして音も聞こえる。
「た、助けて! やめてくだ、くげぇっ!?」
「何が、『助けて』だ、このゴミクズが!」
市街地では疎らにだが、バルツェル兵が集団で現地住民を虐待しているのが見受けられていた。たった今も、バルツェル兵数名が寄って集ってまだ学生と思われるエルスタイン人男性に殴る蹴るの暴行を加えていた。
今、ウェルディス市では進駐してきたバルツェル共和国軍の兵による現地住民への暴行が横行しているのだ。それだけではない。略奪や殺人、さらには性的暴行も頻発している。
無論、全てのバルツェル兵がやっているわけではない。それを行っているのはバルツェル兵の中でも荒くれ者とされている連中だけだ。
だからといって、軍上層部は止める気はない。これが兵達の娯楽となるのなら、兵の士気を上げる結果となる。'こんなこと'で士気が上がるのなら、むしろ止める方が問題である。これが軍上層部の見解だ。
「……………………」
「…………見ちゃだめ」
アイリが唖然とした様子でエルスタイン人男性が暴行されているのを見る。ナターシャはアイリのそんな姿を見て、すぐに『見るな』と言った。
アイリはまだ15歳。この年頃の女の子にはショッキングな光景であろう。
……まぁ、ナターシャとて17歳でしかないのだが。
前線司令部に着いた時、アイリもナターシャも顔色は良くなかった。他にも顔色の悪い者はいた。しかしながら、軍はそんな彼女達を何らフォローすることなく、到着次第、指示を出してこき使うのだった。
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同日
同所
農園区画
14:07 現地時間
とあるエルスタイン人の男性は這いつくばりながら、目の前に立つ数人の異国人達に目で問いかける。どうして、このようなことをするのか、と。
エルスタイン人男性の言いたいことは分かっているのか、いないのか、異国人達の中のリーダーらしき男はニヤニヤとした邪悪な笑みを浮かべている。
「自分が、自分達が何故こんな扱いを受けているのか分かっていないようだな」
エルスタイン人男性の髪を掴み上げ、自分の目の前まで持ってくる異国人。あまりの力に思わず呻き声が漏れる。この力は明らかに何らかの訓練を受けて鍛え上げられたものだ。
「見れば見るほど薄汚くて下劣だな、エルスタイン人というのは。同じ人間とは思いたくもない。お前らのようなヒトモドキが文明ごっこなんて数百万年は早い。弁えろよ、猿人が」
そうして手を離す異国人。エルスタイン人男性は地面に顔を叩きつけられる。手足は動かない。全く動かないわけではないが、骨を折られていて、動かすと激痛が走るのだ。
今、進駐したバルツェル共和国軍による徴発という名の略奪行為が行われている最中だった。無論、他の場所でもこのような略奪行為は行われている。しかしながら、ここで行われていることは他とは少し違うところがある。他の場所で行われている略奪は、あくまでも個人単位や数名のグループ単位のものであり、軍の命令で略奪行為を行っているわけではない。だが、ここでやっているのは軍による命令による徴発だ。
素直に物資を差し出せば痛めつけることはしないが、抵抗すれば死なない程度に痛めつけられる。それがこの農園区画で行われていることだ。
別に農園区画であることに理由はない。今後、農園区画以外でも行われる予定だ。
さて、そんな状況のウェルディス市農園区画だったが、先ほどからエルスタイン人男性を痛めつけているこの男達は徴発を行っているバルツェル共和国陸軍の軍人ではなかった。
バルツェル共和国軍の進駐の以前より活動を行っていたバルツェル共和国軍情報局のエージェントである。そして、内戦が発生するようにウェルディス侯爵を上手く唆した張本人でもある。
彼は自分の名をアンディと名乗っていたが、彼の本名はランディード・ベルゲンガー。バルツェル共和国軍情報局のエージェントの中でも優秀な部類に入る人間である。……はっきりと優秀と言えないのは、嗜虐心が強すぎるという弱点があるからだったりする。
ともあれ、ランディードとその取り巻きは侵攻部隊の陸軍軍人ではない。それなのにここにいるのは調査のためである。その調査対象は現地の統治状況と表では言われているが、それは正解の内の半分でしかない。もうひとつは身内(軍)の監視である。陸軍に勝手なことをさせ過ぎないように睨んでいるわけだ。
ランディードも、この名も知らぬエルスタイン人男性を痛めつけているが、それはこのエルスタイン人男性がランディードに絡んできたからだ。エルスタイン人男性からすれば、同じバルツェル人である。それ故、男女問わずウェルディス市民が酷い目に合わされるのを見て、このエルスタイン人男性は思わず飛び出してしまった。
エルスタイン人男性ができたことは、反抗と呼べるほどの行為ではなかった。言うなれば、助命を懇願しているようなもの。
しかしながら、やられる側のランディードからすれば煩わしいことこの上ない行動である。それ故にランディードは部下と共にこの生意気な現地住民を痛めつけていたのだ。二度と自分の邪魔をする気など起こさせないように。
「ふん……蛮族には相応しい末路だな」
未だに煙がくすぶる街の中央部、そしてバルツェル兵による'教育的指導'を受けているエルスタイン人達を見て、ランディードはそう呟く。この光景こそが、この地にあるべき姿だったのだとランディードは思った。
劣った存在は劣った存在らしく、惨めに暮らしていればいいのだ。文明ごっこなど、ごっこ遊びとはいえ蛮族には身に余る行いだ。彼はそう信じて疑わない。
「さて、移動するぞ」
ランディードは部下達にそう告げた。ランディードが手を離した後もエルスタイン人男性を足蹴にしていた部下達はランディードに敬礼し、その指示に従う。
彼らの仕事は侵攻部隊の監視と統治状況の確認。まだまだ見回る場所はある。
ランディード達が去った後に残されたのは、全身の複数箇所を骨折し、息も絶え絶えで倒れているエルスタイン人の若者だけであった。
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2034.4.29
エルスタイン王国 ノルマーク平野 西ノルマーク野戦陣地
野戦司令部
15:04 現地時間
ウェルディス市にバルツェル共和国軍が進駐した翌日、エルスタイン王国政府軍の主力は西ノルマーク野戦陣地に集結していた。ここは野戦陣地と名のついているが、実際は西部反乱軍の鎮圧のための橋頭堡であり、物資集積所でもあるのだ。
ここで政府軍の指揮を行っているのはジェイガン大将。エルスタイン王国軍の誇る歴戦の老将軍である。彼を含む上級士官達がいるのは、塹壕の中に作った部屋に天幕を張っただけの簡素な司令部であったが、野戦陣地の中なのだから仕方ない。
「……現状はどうか?」
しわがれた声でジェイガン大将は副官に尋ねた。
「多少は効果を上げていますが、予想よりも進軍スピードが早い、というのが現状です」
ジェイガン大将は「そうか……」と言って黙考する。
彼が率いるエルスタイン王国政府軍がとった戦術は、ゲリラ戦法を織り交ぜた遅滞戦術である。ノルマーク平野の西には山や森が存在しており、政府軍は地の利を活かした戦術でバルツェル共和国の進軍を遅らせている。
山間部の道であれば、爆薬を使用して土砂崩れを引き起こして道を寸断し、森の中ではゲリラ戦法によって足を止めさせる。
これらの作戦は一定の効果を上げてはいる。実際、僅か30kmほどしかない山間部、森林部をバルツェル共和国軍は半日をかけても突破できていない。
しかしながら、やはり時間稼ぎでしかないのは事実だ。まともにやりあえば、まずエルスタイン王国軍側が大きな被害を受けるのは確定的であり、森林部に至ってはバルツェル共和国軍は戦車で木々を薙ぎ倒しながら進軍するという作戦に出ている。エルスタイン王国軍の歩兵装備でバルツェル共和国軍の戦車を相手にすることはほぼ不可能。それ故、この作戦は頭打ちとなりつつある。
さらには、陸軍はともかくとして、空軍はどうしようもない。遅滞戦術を行っている時も何度となく空爆を受けてエルスタイン王国軍は出血を重ねている。
「……この調子だと、明日か明後日には陸軍の主力同士の衝突となるか」
バルツェル共和国軍があの短い山間部・森林部を抜けてしまえば、後はだだっ広いノルマーク平野だ。残された時間はあまりにも少ない。
「悔しいですが、バルツェル共和国軍と正面からぶつかれば敗北は必至です」
副官の言葉に頷くジェイガン大将。
「分かっている。しかし、退くわけにもいかん。我々の役目は時間稼ぎなのだ。やりようはある」
「……確かに我々も準備をしていますが……」
副官は苦い表情をした。ジェイガン大将も彼の気持ちは分かる。現在のエルスタイン王国軍は時間稼ぎによって、次の時間稼ぎの準備する時間を得ているような状況だ。積み重なる犠牲と敵を打倒することを無視しながら戦っているのである。
「ニホン軍が来れば我々の勝ちなのだ。それを忘れるな」
「……はい」
真打ちであるニホン軍……自衛隊が戦闘準備を終えて戦闘を開始するまでの前座。それがエルスタイン王国軍。
頭では理解できても、感情では納得できない。
「私はもう歳だが、君はまだ若い」
ジェイガン大将の突然の言葉に副官は思わず首を傾げた。確かに副官はジェイガン大将に比べれば若いだろう。ジェイガン大将は続ける。
「残念だが、我々はバルツェル共和国軍やニホン軍に比べれば弱いのだろう……。だが、それは'今'だ。決して未来永劫ではない。君が私ぐらいの歳になる頃にはバルツェル共和国ぐらいならば独力で倒せる……そんな国になってほしい。君達の世代が率先してそれを為してくれ」
確かに今はエルスタイン王国は弱い。しかし、ずっと弱いままであると決まったわけではないのだ。この先、日本からの兵器購入も行われることから、戦力増強は遠い未来のことではない。そして副官はその場面に立ち会えるはずなのだ。
さすがに、単独でバルツェル共和国に勝てるほどになる、というのは些か楽観論に過ぎるだろうが、少なくとも今より希望のある状態に落ち着くだろう。それを成すのはジェイガン大将の世代ではない。
副官はジェイガン大将の言いたいことを察したのか、「了解であります」と微笑を浮かべながら了承した。
エルスタイン王国軍は絶望的な戦況でありながらも、絶望に呑まれているわけではなかった。それはある意味で'強い軍隊'とも言えた。
無論、それは日本という希望があるからである。多少は前座のような扱いに思うところはあるが、やはり頼りにはしているのだ。
エルスタイン王国軍は圧倒的なバルツェル共和国軍に対し、徹底抗戦の構えで待ち構えていた。
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同日
エルスタイン王国 ウェルディス市
バルツェル共和国軍 前線司令部
15:44 現地時間
「蛮族を相手に何故そんなに手間取っておるのだ!? 連中は私の顔に泥を塗るつもりかっ!?」
ウェルディス市に設営されたバルツェル共和国軍の前線司令部。郊外の屋敷を強制徴発して司令部としている。元の持ち主は先の空襲で死亡し、その家族は強制徴発の際に逃亡して行方不明となった。
そんな前線司令部の司令室では怒鳴り声が響き渡っていた。
怒鳴ったのはバルツェル共和国陸軍侵攻部隊の総司令官のゲベール大将。それに対応するのは彼の副官や無線連絡員、参謀長などの司令部要員である。
ゲベール大将が怒りをぶちまけているのは、エルスタイン王国軍によって進軍が遅れている配下の部隊に対してだ。このまま敵の妨害を受け続けて作戦行動に遅れが出たら、彼は本国で笑い者になってしまうだろう。
「て、敵は散発的なゲリラ攻撃と山道の破壊によって我々の足止めに終始しており、戦力の損耗は少ないのが現状です」
ゲベール大将の副官はハンカチで額を拭いながら、宥めにかかる。しかしながら、それでゲベール大将の怒りが収まることはなかった。
「蛮族相手に足止めを食らっている現状自体が私の顔に泥を塗っているのだ! 前線の連中は何をやっておるのだ!」
一応、ゲベール大将がいるここは'前線司令部'なので、その言葉は見事なまでのブーメランなのだが、この場での最高権力者である彼に指摘する勇気のある者はいなかった。
「で、ですが、もうじき突破も完了するかと。寸断された道も我が軍の優秀な工兵隊が整備し直して進軍し、森では戦車が木々を薙ぎ倒して突き進んでおります」
寸断されたと言っても、山間部の道が土砂で埋もれた程度。一応、マトモな工兵隊も存在する侵攻部隊なので、それなりに対応はできていた。
森はそこまで広いわけではないので、前線部隊の現場指揮官達は戦車で強引に突破することにしたようだった。こうなっては対戦車火力に乏しいエルスタイン王国軍歩兵部隊では歯が立たない。
「……それで? 我が軍と蛮族の主力がぶつかるのはいつ頃になりそうか?」
侵攻部隊の最高指揮官なのだから、それくらいは自分で考えて把握していてほしいものなのだが、バルツェル共和国軍では珍しい光景ではない。バルツェル共和国軍の高級士官のレベルはお世辞にも高いとは言えず、正直なところ、政界の有力者が我が子に箔をつけるために無理に軍の上層部に入れることも多い。
「早くて明日……遅ければ、明後日や明明後日にもなるでしょう」
ノルマーク平野への進出は今日中にも終わるだろう。そこで態勢を整えてノルマーク平野西部に陣取るエルスタイン王国軍を叩くとなると、副官の言った頃になる。
「ふん……! 蛮族共の逃げ足が早くなければ、ウェルディスの近郊で皆殺しにしてやったものを……」
ゲベール大将はそう呟く。
バルツェル共和国軍が電撃的侵攻を敢行した際、エルスタイン王国政府軍は妙に行動が早く、空軍の爆撃部隊が現地に到着した時には分散して退却していた。分散していたせいで爆撃の効果は思ったほど上がらなかったこともあり、多くのエルスタイン王国政府軍部隊がノルマーク平野までの退却に成功している。
ゲベール大将は逃げ足が早いだけだとエルスタイン王国軍を扱き下ろしていたが、一部のバルツェル共和国軍将兵は少しばかり違和感を感じていた。ゲベール大将の副官もその一人である。
(……何故、エルスタイン王国政府軍はあれほどまでに行動が早かったのか……? まるで、我が軍の侵攻があることを知っていたかのよう……)
そこまで考えて、頭を振ってバカな考えだと切り捨てた。エルスタイン王国の科学技術力は底が知れている。エルスタイン王国以外の大陸諸国とて、エルスタイン王国とそれほど変わりはない。どう考えてもエルスタイン王国がバルツェル共和国に対抗し得ることは有り得ない。
「胸糞が悪い。私はさっさと部屋に戻らせてもらおう」
これが作戦行動中の部隊の最高指揮官かと思うと溜め息が出るが、バルツェル共和国軍はここ最近(転移前も含めて)では格下ばかり相手をしているため、戦闘に対しての危機感が無さすぎる。そのためか、このような者が増えてきているのだ。
軍の腐敗。その象徴的なワンシーンである。
もっとも、バルツェル共和国で腐敗しているのは軍だけの話ではなかったりするが。
そして、バルツェル共和国がこのようにのうのうとしていられるのも、あと少しの期間だけだった。
DD-119は『あさひ』に決まりましたね。DD-120は『はつひ』あたりになるだろうと予測していますが、皆さんはどうですか?