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幻夢境②その2

 月の理事会。

画家の理事席獲得のため、ノーデンス派は写実画家ジンジャーを、ニャルラトテップ派は恐怖画家リチャード・アプトン・ピックマンを繰り出した。


そして、二人の画家どちらが月の理事に相応しいか、その画力をもって決着をつける運びとなった。


 二人は絵筆を取って、それぞれのキャンバスに向かい作品に取り組み始めた。

絵の完成まで時間がかかる。その間、理事会は休憩となった。


 先刻、足利義政(あしかがよしまさ)は、理事会中に騒いでいたアレイスター・クロウリーとミヒャエル・エンデの仲間と思われ、他の夢見人から白い目で見られていた。

いたたまれなくなったので、気分転換をかねて議事堂から出て、外の風にあたっていた。

「まったく、あの南蛮人はとんでもない奴らだった。まぁ、汝の欲する云々は興味深かったが。

 どうしよう、善阿弥(ぜんあみ)には悪いけど帰ってしまおうか」


「おーい、義政」

 善阿弥(ぜんあみ)が手をふりながら駆け寄ってくる。

「どうしたんだよ、こんな所で。まさか帰っちまうんじゃないだろうな」

「正直、帰りたい。変な南蛮人の二人組のせいで他の夢見人に睨まれたり舌打ちされたりしたぞ」

「へぇ、そいつは大変だったんだな。でも、帰らないでくれよ」

「お前の頼みとあれば帰らないよ。

 それにしても月の画家の水準はあの程度なのか? あのジンジャーとピックマン、はっきり言って才能ないぞ」

「それは言い過ぎじゃないのか」

「そんなことはない。まだ描きかけの絵しか見てないが、だいたい想像がつく。

 まず、ジンジャーだが、あいつの絵は本当につまらん。

 風景をそのまま描いてるだけ。いったい何が楽しいんだか理解に苦しむ」

「辛辣だな」

「そして、ピックマン。奴を薦めるダ・カーポ理事もそうだが、あいつら芸術というものを根本からはき違えている。

 あのな。暴力や流血は人の感情に訴えて当然なんだよ。上手くても下手でも、生理的な嫌悪感を引き出して当たり前じゃないか。

 思考停止の直接表現を芸術とか言って得意面してやがる。底が浅い。

 おい、何がおかしい?」

 義政は語気を荒げた。

 善阿弥(ぜんあみ)がにやにやしているのだ。

「いや、すまんすまん。義政は芸術の話になると元気になるよな。

 ま、そこが義政の良いところなんだがな」

「芸術というのは、もっとこう静かで趣きがあり、無から有を見出す思考が必要なのだ。

 例えば、お前の枯山水(かれさんすい)。あれは砂と石を用いて、見事に水の流れを表現している。

 水を用いず、水を見せる。

 お前が理事をやったほうがいいんじゃないのか。余が推薦してやろう」

「残念ながら、庭師の理事席はないんだ」

「そうらしいな。

 発明家、彫刻家、建築家、音楽家、詩家、そして画家か。

 基準がよくわからんな。聞けば、それを決めたのは因幡の白兎だとか。

 ますますわからん。よし、余がちょっと文句言って画家の席を庭師の席に替えてもらおう」

「義政にそんな権限ないよ」

「なに?

 まったく征夷大将軍の肩書きなんぞ役に立ったことがない。

 富子の金儲けの道具でしかないな。虚しい限りよ」

 

 義政は、将軍の力の無さと、月の民との感性の違いを嘆くのであった。






 さて、画家たちの作品が仕上がり理事会は再開の運びとなった。

その後の顛末は『十二冒険者』に記されている通り。

 『鳥獣戯画』の発見により、月の民の支持を一手に集めた。

ジンジャーもピックマンも理事選辞退を余儀無くされた。

 そして、桃太郎の家来だった猿が理事代理となったのである。






「なんだ。月の動物たちわかってるじゃないか」

 傍聴席から理事席を見下ろし、足利義政は他人事でありながらも微笑ましい気持ちになっていた。

「『鳥獣戯画』は、ややふざけすぎて落ち着きが無いが、観る者の心を踊らす絵でもある。

 ジンジャーやピックマンの絵より奥の深い絵だ。想像力をかきたてる」


 横に座っていたイギリス人魔術師アレイスター・クロウリーは拍手を送っている。

「素晴らしい。さすが我が盟友ミヒャエル・エンデが愛した国の絵だ」

 

 そして、義政に握手を求めた。

「おめでとう。私は日本にそれほど関心は無かったが、今回の件で見直したぞ」


 義政はそれに応じ、クロウリーの手を握る。

「ありがとう、異国の方。余も一日本人として鼻が高い。

 ……ところで、先刻、あなた面白いことを言ってましたね」


 クロウリーは首をかしげる。

「さて、何か言ったでしょうか」

「あれですよ。――汝の欲することをなせ、それが汝の法とならん」

「あぁ、あれは仲間内の挨拶のようなものです。いい言葉でしょ」

「えぇ、自分の振る舞いに自身が持てます。

 実は余は征夷大将軍――、まぁ日本の王みたいなものです。

 しかし家臣どもは余を馬鹿にしてちっとも言うことを聞かず、好き勝手に振舞い(いくさ)を始め都を焼く始末。

 そこで余は芸術(わび・さび)の道を極めることにしたのです。おかげで今は充実した日々を送っています」


 クロウリーは義政の手を振りほどいた。


「え?」


 クロウリーの目は冷たかった。富子が義政をいびるときの目つきによく似ていた。

「汝の欲することをなせ。とはそういう意味ではない。

 己の心の奥底にある目的を探求し、己が本当になすべきことをなせという意味だ。 

 まぁ、王でありながら政治をないがしろにし、現実逃避するような男には永遠に理解できんだろうがな!」


 そして、どすどすと不機嫌そう床をならしながら立ち去ってしまった。 



 義政はあっけにとられて、ぽかんとしていたが、ハッと我に返って叫んだ。

「なんだあいつは!?」


 室町幕府8代将軍、足利義政。

今日ある日本文化の(いしずえ)を築いた男である。しかし、政治家としての評価は著しく低い。

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