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幻夢境①

 夢世界の月は太陽に対を成す星である。広大な土地は温泉区、農業区、芸術区、商業区、工業区に分かれて、独自の発展をとげ密接に関わることで月社会を支えている。

そして、現実世界にいる人間たちがもっとも訪れる場所でもあった。なぜなら月は地上のどこからでも見ることができる。日本にいてもイギリスにいてもドイツにいても、宇宙(そら)に浮かぶ月は同じ唯一無二である。

それなら太陽も、さぞ人が訪れると思うかもしれないがそうはならない。地上から見ているだけでも眩しいし、夏ともなれば身を焦がすほどに燃え上がる。

そんな場所に行こうものならアポロンの怒りにふれて焼き殺されてしまうだろうし、よしんば辿り着いてもアマテラスオオミカミがびっくりして天岩戸に引きこもり地上には永遠の夜が訪れるだろう。

 ゆえに、人は太陽ではなく月を目指す。月は人々を優しく迎え入れる空の入り口なのである



 農業区はもち米の生産が盛んである。月の兎たちはこのもち米から月見団子を作り上げるという。


「お待たせしました。どうぞ召しあがってくだせぇ」

 食事処で兎の店員は団子と茶を出す。


 それを受け取った男は微笑んで礼を言った。


 店内の人はまばらで、店員も暇なようで男に話しかける。

「お客さんは夢見人だね。日本人で……、それも高貴な身分とみた」


「いえいえ、そんなことはありませんよ」


 三十台半ばの、その男はやんわり否定した。


「そうかねぇ、お召し物の質も良いから王族か何かと思ったんだが……。

 もしそうでないらな、きっとお客さんは裕福な時代の産まれなんだね」

「はは、そうかも知れませんね」


 男は室町時代の人間。この時代で裕福な暮らしができる人間は武家と公家、それもよほど高い身分でなくてはならない。

彼は足利義政(あしかがよしまさ)、室町幕府8代将軍である。



「おぉおい、あんたも夢見人だな。俺の話を聞いてくれ!」

 酔っ払った西洋人が、義政に絡む。


 兎の店員は西洋人を注意した。

「お客さん、他のお客さんに迷惑ですよ。やめてください」

「るっせー、夢見人にはなぁ、夢見人にしか通じねえ話があるんだよ。兎は黙ってやがれ、ひっく」


 義政は兎の店員に言う。

「私は構いませんよ」

「え? お客さんがそうおっしゃるなら良いですけど。この人は相当酔ってますよ、気をつけてくださいね」

「ご親切にどうも」


 西洋人は義政の横の椅子に腰掛ける。

「お、その面、あんた中華の人か?」

「いえ、その更に東の国、日本の者です」

「あ? にほ? ああそう、ま、そんなことはどうでもいいや。

 俺の話をしよう。俺は発明家をやっている」

「ほう」

「今、俺が全身全霊で取り組んでる仕事があってな。

 天体望遠鏡というものを作ってるんだ」

「天体望遠鏡? 何ですそれは?」

「よくぞ聞いてくれた。空に星があるだろう。

 しかし、星はきらきら光ってるだけで何だかよくわからねぇ。

 それを地上に居ながらにして事細かに観察しようという代物だ」

「ほぉ! それは凄い」

「それがちっとも凄かねぇ!

 一番でかい月を観察しようと望遠鏡の試作品を作って覗いたんだが、岩と砂しか見えない。

 完成にはほど遠い!」

「岩と砂だけ?」

「そうよ、岩と砂だけで、生き物の影も見えねぇ。殺風景ったらありゃしねぇ」


 そばで聞いていた蛙が話しに割り込んできた。

「ゲコココ、そりゃあんた才能ねえよ。

 周りを見てみろよ、雄大な自然に農場、それにスミス&ティンカー社の大工業地帯。

 そりゃ、覚醒の世界の月はこっちより廃れてるんだろうけど、廃墟と森ぐらいは残ってるだろ。

 それが岩と砂しか見えないとかありえんぜ」

「るせー! だから悩んでるんじゃねえか、酒でも飲まなきゃやってらんねーよ」


 兎の店員は肩をすくめた。

「その望遠鏡でしたっけ? 完成してほしくないねぇ。

 そんな物が完成したら、地上からあっしらの私生活を覗き放題だ」

「そんなことねぇよ、完成品ができたら一つあんたにやるよ。

 そうすれば、ここから地球が見放題だぜ。

 でも、幻夢境って面白いよな、大地が丸くて地球って言うんだろ。

 いやよく滑り落ちないもんだぜ」

「お客さん、月も丸いんですよ」

「そうだった。いやはや夢の世界は不思議なことだらけだ」


 酔っ払いの西洋人は機嫌が直ったようで、意気揚々と店から出て行った。


 店が静かになったので、義政は団子を口に運んだ。






「よぉー、義政、ここにいたのか、探したぜ」

 一人の男が馴れ馴れしい態度で近づいてくる。その男の年齢は義政と同じくらいのようである。


「……善阿弥(ぜんあみ)なのか?」

 義政は不思議に思う。彼の知っている善阿弥(ぜんあみ)は年齢が五十近く離れているのだ。

しかし、目の前の男の顔立ちと声、随分と若々しいが善阿弥(ぜんあみ)のそれである。


 善阿弥は義政の疑問に気付いた様子だった。

「死者に子どもも老人も年齢は関係ないだろ。だからこんなに若々しいのさ」

「死者? 善阿弥お前、昨日まで元気だったじゃないか。余が寝てる間に死んでしまったのか?」

「いや、そうじゃない。いや俺は死んでるんだが、義政が来た時間ではまだ生きてるんだ」

「?」

「この話はよそう。義政も死ねば、すぐにわかることさ。義政は夢見人だから必ずそのときにまた会える。

 そのときにまた芸術について存分に語り合おうじゃないか」

「……そうだな。で、余を探していたというのは?」

「おぉ、そうだった。月の政治が大変なことになってるって話は知ってるよな?」

「……あぁ、知ってる。深淵の神ノーデンスと混沌の神ニャルラトテップが覇権を争っていると聞いている。

 仏教にも神道にもそんな神がいることなど聞いたことも無い。『古事記』も『日本書紀』もあてにならんな。

 で、それが?」

「うん。で、ニャルラトテップの家来にアレグロ・ダ・カーポって奴がいるんだが、そいつが明日、公開理事会を開くと宣言した。

 義政にはその理事会の立会人になってほしいんだよ」

「立会人? 何をすればいい」

「座って黙って話を聞いてるだけでいい。証人になってほしいわけだ」

「う~ん、月の政治なんて興味ないよ。実はね、月に少し幻滅していたんだ。

 あんなに美しい月が、実は政争のまっ只中。勝元(かつもと)宗全(そうぜん)の喧嘩の続きを見させられてるような気分だ」

「そうは言っても、頼める人は義政くらいしかいないんだよ。今、月にいる夢見る人には全員に案内が行ってるんだ。

 理事会の立会いには住民や月外部者もたくさん出るんだけど、どうしても夢見る人は少ないんだ。

 覚醒の世界の人間に立ち会ってもらってこそ意味があるんだ」

「……そうか、わかったよ。善阿弥の頼みとあっちゃ断れない」

 義政は、しぶしぶ立会人の役を引き受けた。



「さすが義政! やはり持つべきは親友だな!」

「で、善阿弥はノーデンス側? ニャルラトテップ側?」

「ノーデンス。まぁ、別に俺はこだわりは無いんだけど、今の俺の雇い主がノーデンス側なんだ」

「へぇ、やっぱりここでも庭師を?」

「あぁ、俺の庭園に理解のある人でね。……いや、人ではないか」

「?」

「俺の雇い主は猿なんだ」

「え、猿!?」

「しかも、ただの猿じゃないぞ。桃太郎の家来だった猿なんだ!」

「なんと!?」


 義政は思わず大声を出してしまった。そして、その瞬間、意識も遠のいた。

 天体望遠鏡を作った人物は、その望遠鏡で月を眺めて失敗したと思ったそうです。なぜなら月が神話の内容と違い、岩と砂だけの荒涼とした世界だったから。

それは正しい観察だったのですが、その発明家は想像していた月と違っていたので失敗だと思ってしまったわけです。

 この話を何かで読んだのか聞いたのですが、調べてみてもソースが見つからない。誰かの創作だったんだろうか。

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