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朽ちた城5

「あ?」


 ピンと張りつめるように変わる空気。男たちの目が険しくなった。別に痛くもかゆくも無いのだが。俺はそれを受け流すように肩を竦める。


「なめてんのか? 優しくしてればつけやがりやがって。凛を渡せって言ってるだけだろうが」


「たかがガキ一人にカッコつけてんじゃねえぞ? 殺すぞ?」


 低く放たれた酷く滑稽な言葉だ。それに思わず声を上げて笑ってしまった。そんな事をできるのならそうして欲しい。戦場にだって立ったことはあるが傷一つついたことなど無かった。例え一人で相手を全滅に追いやることはあっても。


「へぇ。やってみろよ?」


 喉を鳴らしながら俺は言い放った。


 脅え一つ感じられない俺に男たちどこか異様なものを感じたらしい。男たちは一瞬息を飲んだ。正解だ。殺気を叩き込んでやったのだから。


 しかしそんな事で引くはずも無いと思っていたが。


 基本的にこの輩は考えない馬鹿が多い。


「野郎っ!」


 苦し紛れに言ったのは筋肉男だ。向けていた剣を薙ごうとした。開いた懐を見逃すはずも無い。俺は一歩踏み出しながら左手で男の右手を弾き左手で顎を突き上げた。


 同時倒れる男を見ることなく弾き飛ばされた手から零れる剣を拾い、流れるように身を翻しながら宙を薙ぐ。そこにいるのは分かっている。


 遅い。


「ぐあああああ!」


 何かを滑る感覚と共に目の前を血が舞った。ほとんど贅肉で出来た男の腹に一本の血で出来た筋が走っている。みすぼらしい衣服は切り裂かれたところから上下に赤くゆっくりと染まっていった。


 どう見ても皮一枚切っただけのかすり傷だ。しかしながら男は苦しそうに身をくねらせた。殺すつもりだったのだけれどやはり二百年以上剣を振るっていないと鈍るものだろうか。それともこの剣が鈍だからだろうか。


 にしても。些か大げさだろう。半眼にして俺は小太りな男に目を向ける。


「――肉団子。かすり傷だろう?」


「だ、大丈夫かよ?」


 俺を警戒しながら最後の一人が小太りの男に駆け寄った。もう何となく馬鹿らしくなって俺はひょろりとした男の肩に剣を置いた。もちろん動けば殺す。そんなつもりで。


 その肩は一度だけ大きく揺れる。


「これでいいか? 凛は俺が貰う」


 否と言える筈はないことなど分かっていた。この男はおそらく自身の実力を知っている。知っているからこそ襲ってはこない。俺と戦うと言う事は死ぬと言う事で確定をしてしまうから。


 緊張が隠せないようでゴクリと唾を強引に見込む音が聞こえた。


「――分かった。代償は俺たちの命でいいな?兄ちゃん」


 絞り出す声は微かに掠れていた。恐怖におびえる眼に俺は冷徹な薄笑いを浮かべる。


「安すぎるけどな――早く消えろ」


 舌打ち一つ。


 俺は奴らを無視するようにすると凛を覗き込んだ。大きな目をさらに大きくさせて俺を少女は見る。ぱちぱちと瞬く瞼は何が起こったのか分からない様子だった。


「もう、問題ない。どこにでも行けるぞ? 凛」


 俺は持っていた剣で彼女の手枷を切り、足枷も同様にした。


 鈍い音を立てて地面にそれは落ち、凛は自由になった手首を労わるように撫でた。


「――本当に?」


 彼女は目を瞬かせた。嬉しそうに。


 手首の跡も足首の跡もしばらくは消えないだろうが気にすることはない。残っていたもう片方の袖を破るとそれを四等分にして凛の手足にそれぞれ巻きつけた。


「額の傷も、手足も後できれいな水でよく洗って、どこかで見てもらうといい。――大丈夫。奴らは来ないだろう。来たら――そうだな。ここに来ると良い。俺はここに居るから」


 視界の隅に見える男たちを一瞥した。ひょろりとした男は微かに悲鳴を上げて慌てて仲間を引きずるように去っていく。


「いつでも?」


 近くの瓦礫に座り込むと凛と視線が同じ程度になった。不安定に揺れる双眸に向けて落ち着かせるように笑いかける。


「ああ。ここに居る。絶対。凛が覚えてくれると嬉しい」


 それは本心だった。誰も来ないこの廃墟も知らないのはあまりにも寂しい気がしたからだ。誰かが知っていてくれると思うだけで嬉しかった。


 彼女は暫く不思議そうに俺を見ていたが突然ほとんど押し倒すような勢いで抱き付いた。何の力加減も無く。倒れまいとしたことが悪かったのだが、思わぬ腹部の攻撃に俺は一瞬息を詰まらせる。


「――じゃあ私もここに居る」


 ふて腐れたように言う声が聞こえて来た。その顔は俺の胸にうずもれていて見えはしない。


「は?」


 思わず間抜けな声を出していた。

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