朽ちた城4
なぜ我慢するのだろうか。酷い目にあってきたかもしれないが。それでも若干のいらだたしさを感じて俺は顔を顰めた。
「……んなわけないだろう? 人は弱い。誰が大丈夫なんて保証できるもんか」
手当するものは当然ない。食べ物や水さえも必要としない自分を呪った。とにかく俺は服の袖を乱暴に破ると少女の顔全体を拭った。当然身動ぎして抜けようとするのだがそんな事は気にも留めない。小さな傷でも大きな病気の元になることだってある。そう。あの項弦の様に。
俺は痛々しい縄に目を向ける。だがしかし今の俺では解けないだろう。やすやすと解けないように強固に結ばれているようだ。
「水は持ってないのか?」
凛は諦めたのかもう動くことなく俺をじっと見つめていた。俺の中の何かを窺うようにして。
「持ってない――けど向こうに小さな水たまりがあった。私はそこで飲んでるんだよ」
なるほど。どこからか逃げて来たらしい。おそらくだが――人買いから。移動中にこっそり抜けてここで隠れていたのだろう。まだ顔の色つやはいい。昨日あたりから隠れているのだろう。
「食べ物はどうしてるいるんだ?」
「昨日から食べてないよ?探してたらお兄さんを見つけた」
「風雅でいい――そう、か。」
部屋の中に古びた干し肉があったような無かったような気がする。当然二百年ほど前のだが。さすがに食べられないだろう。と考える。おまけに部屋は潰れているし縦しんば食べられるものだとしてもあそこから取り出すのは至難の業だろう。
凛の頭に包帯のようにして衣服の切れ端を撒くと終了の合図も兼ねて軽く額を叩いた。
「とにかくここを離れた方がいい。お前追われてんだろう? 俺にかまっている暇はないし、ここに食べ物はないしな」
かといってこの荒野に街や村があると言う保証も無い。もしかしたら行き倒れるかもしれないが幸運があるかもしれないと思った。ここにたどり着いた様に。
もしかしたら俺が言っていることは過酷なのかも知れない。こんな子供に一人で荒野を渡れなど。
「すごいねぇ。そんな事分かるの?」
そんな事露程も気にしていないらしい凛は巻かれた布に違和感があるのか、終始気にしていた。しかし当然のことだが俺はそれを弄ぶ事を禁じた。治るまでは付けていて欲しかったしこうしていれば少年に見えないことも無いだろう。
少女より少年の方が売られる率は低いのだ。
ただ枷が気になる。何とかしたいと思ってもやはりする術は見当たらなかった。せめて刃物があると良いのだが。
「大人だからだな、何でもわかる」
そんな事を考えながらサラリと言ってみる。凛は『大人ってすごい』とよく分からない歓声を上げた。
軽く罪悪感を覚えながら俺は苦々しい笑顔を浮かべて見せた。
「お兄――風雅はここから行かないの?」
「俺はここに居なきやいけないからな。行きたいとも思わねぇんだ」
「どう――」
「よう、凛。よくも逃げてくれたな?手間考えろよ」
凛の言葉に割り込むようにして突然粗野な声が辺りに響いた。野太い酒で焼かれたような声だ。見ると少女の表情から俺の後ろに少なくとも一人。そして俺の前には鈍そうな剣を持った小太りの男が近づいてきている。右にはひょろりとしたやせ気味の男。彼は瓦礫にもたれ掛りながら何かを食べている。食べ屑をぼろぼろと地面に零しながら。その汚らしさに俺は顔を歪めていた。
要するに囲まれている。でいいだろう。
凛が震えながら、すがるようにして小さな身体を擦り付ける。唇は固く閉じられその顔色は蒼白になっていた。
「あいつらが人買い?」
男の一人が喉を鳴らす。
「兄ちゃん。そのガキ寄越してくれた方が身のためだと思うけどな?それはもう買い手がいてててさあ。逃げられると俺たちも損害なんだよぅ」
凛の代わりに小太りな男が答えた。俺を値踏みするような目はどうやら自分より弱いと判断したらしい。見下すような視線と侮蔑的な笑みを浮かべている。
「それともなんだ? 兄ちゃんが買ってくれるのか?」
これは背にいる男だ。俺は三人が視界に入るように身体を少し斜めに動かした。もちろん凛を見えるところに移動させながら。
もう一人の男は筋肉自慢でもしているのだろうか。上着は来ていない。脂ぎった筋肉隆々の身体を持った髭面の中年だ。それは俺に剣を向けていた。
何かあれば躊躇などするはずも無いだろう。
「風雅。ごめんなさい」
上擦った凛の声が耳に入った。巻き込んだ事を後悔しているのだろう。このために俺が死んでしまうかもしれないと恐れているのだろう。泣くことをぐっとこらえるように少女は口許を一文字に結んでいた。
ため息一つ。俺は凛の頭を乱暴に撫でた。大丈夫。そんな事を心配しなくていい。そう言う代わりに。
俺は男たちを見据えた。
「買ってやってもいい。そうだな。代金は――その鈍刀でどうだ?」




